音の感触
清水屋商店BOOKS vol.13
「レコードという物質は、創造性のある微粒子を圧縮して堅い円盤にしたもので、それをカツブシ削り器を使うように針の先で引っ搔いているからで、そんな原理を頭に浮かべた昔の人は、やっぱり偉い。」
これは植草甚一の『退屈の利用法』(晶文社)という本の一節。
音楽は演奏をその場で聴くかあとで聴くかのふたつ。生演奏を聴くことがいちばん良いことですが、音楽に触れることの大半はあとで聴くというもの。
つまりは記録媒体を介して音楽を再生して聴くということですが、いまは記録する方法がたくさんあり、それと同じ数のデバイスがあります。
「音楽をかける」「音楽をながす」といった表現をしますが、音楽の使い方はいろいろあります。その場の空気を作るためにBGMとして使ったり、
その音楽自体を楽しんだり、誰かのためであったり、いろいろなシーンで使います。
それだけ音楽がもたらすものがたくさんあるのだと思います。そもそもの音楽の始まりを想像すると、きっと手で何かを叩いたり、モノとモノをぶつけたりして出る音に興味を持ったところなんじゃないかと思います。それは偶然の産物だったけど、それを意図的にやってみるうちに、規則的に鳴らしてみたり、規則的なところから外して鳴らしてみるなんて遊んでいるうちにいわゆる「リズム」が生まれたんじゃないでしょうか。
それを繰り返し繰り返しやっていくうちに、気持ち良いものとそうじゃないものがわかってきて、気持ちの良いものを探していったり、それだけをやるようになったりして、そうして音楽が生まれた。きっとそうなんじゃないでしょうか。
だから音楽は人にとって気持ちの良いものや心地良いものであることが大切なのでしょう。
さて、そんな音楽をどうやって聴くか。
Spotify? 音楽プレーヤー? それともCD? はたまたレコードか?
これは好き好きですね。ちなみにレコード以外は、デジタルデバイスでここに大きな差はないですし、環境に合わせて使い分ければよいものでしょう。ただ、レコードだけは趣が違います。とても物理的で手間がかかるし、場所を選ぶ。それでも今なお愛されているのにはそれ以上の魅力があるからなのでしょう。
ここに2冊の本があります。
『針と溝 stylus & groove』
著者:齋藤圭吾
出版社:本の雑誌社 (2018/1/24)
価格:税込3,025円
針と溝 stylus & groove | 齋藤圭吾 |Amazon
本の雑誌社は1976年に椎名誠さんなどが創業した出版社。創業当初から現在まで雑誌『本の雑誌』を40年以上刊行しています。「本屋大賞」との関わりも深い出版社です。
そんな文芸色の強い出版社が出した写真家の齋藤圭吾さんの写真集。サブタイトルにある「stylus(スタイラス)とは針、「groove(グルーヴ)」とは溝のこと。スタイラスは文字や図を刻むための筆記具として古代から各地に存在していたものだそうで、レコード針が溝を引っ掻いていく様からこの名前になったと言います。グルーヴはもともと水路や轍と言う意味の言葉だったものをレコードの溝に名付けたと言います。ジャズなどのミュージシャンやDJがよく使うフレーズですが、レコードの溝にハマるようなフレーズだというスラングとして一般化したそうです。
この写真集は前半にレコードの針を接写した写真、後半はレコードの溝を接写した写真で構成されています。頭からめくっていくとただただ似たような写真が続く退屈なものに見えがちですが、各写真に針の品番が記載されているのと、レコード溝の写真にはアーティスト名と曲名がクレジットされています。
それでも、一般の僕にはピンときません。が、最後に「索引」があり、写真ごとに解説がされています。レコード針であればその針が出す音の特徴や素材のこと、レコードの溝であれば曲の紹介と捉えた溝の音のことが書かれています。おそらくここがこの本のもっとも重要なところ。これがあってこの本がただの写真集ではないことがわかります。
たとえば索引を見るまで、なぜ同じ曲の溝を左右ページに別々に載せているのか謎でしたが、索引を見ると右がモノラル盤で左がステレオ盤の溝であったことがわかるといった具合に各写真の解像度がグッと上がる仕組みになっています。
レコード針の先端やレコードの溝の一部分にピントを合わせた写真はそれだけでも不思議な魅力があります。そのなかでもレコード針が溝に落ちているさまの写真が圧巻です。
まさにいま音が再現される瞬間をとらえたような緊張感があって、見てはいけないものを目撃してしまった罪悪感すら持ってしまう。
ちなみに表紙のタイトルの文字に遊びがあって「針」という文字を細身に「溝」という文字を太身になっています。背表紙のタイトルも同じですのでかなりのこだわりを感じます。
『音のかたち』
著者:有山 達也 (著), 齋藤 圭吾 (写真)
出版社:リトル・モア (2019/9/5)
価格:税込2,750円
音のかたち | 有山 達也, 齋藤 圭吾 |Amazon
1989年創業の出版社。『真夜中』、『FOIL』などの雑誌を出版していたが、現在は書籍の刊行のみになっています。近年は映画の制作プロダクション事業もやっているおもしろい出版社です。
アートディレクター/グラフィックデザイナーの有山達也さんと写真家の齋藤圭吾さんの共著であるこの本は、先に紹介した『針と溝』の続編または兄弟本といったようなものです。それだけでも稀有な存在です。
それぞれの本が異なる出版社から出されている点は気になりますが、むしろ1年半という時間をおいて連動したと思えば、とても意味深いようにも思います。
前作のミクロな視点から針と溝が再生する「信号」がどういう仕組みで「音」になるのかを解き明かす内容になっています。アンプを作っている人、レコードを作っている人、レコードの針を作っている人、オーディオを売っている人を訪ね歩き、「良い音」の秘密を探る旅を通して、「音のかたち」を考える内容です。本の中ほどに音が生まれる仕組みを図解しているのですが、これがわかりやすく解説されていて文系の僕にも理解できました。
各職人へのインタビューの中で、デジタルとアナログの決定的な違いが何度も出てくるのですが、ここに僕の中の感覚的なものを言語化されたような爽快感がありました。
やっぱり、デジタルが目指しているのはアナログであるということはもっと気づかれても良いのではないでしょうか。この30年の技術進化は、バーシャルはリアルに向かい、デジタルはアナログに向かっていただけであって、現時点ではまだ「まがい物」であるということ。最新技術は代替品であることを前提に物事をみれば、大切にすべきものが何なのかが見えてくるように思います。
そして、この差が縮まることはあっても、けっして埋まることがなければいいなと思います。
そんなことを思いながら、レコードに針を落としてゆっくり音楽を聴くとからだで音の感触を感じる気がしてきます。
おわり
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