茗荷料理専門店
「茗荷(みょうが)料理食べたい」
今度、店を探しておくよと言って彼女からの電話を切った。
付き合って何年になるか。いつもあいつは、こうだ。こっちが仕事中でも構わず、食べたいものを言ってくる。でも、そこがいいんだよね。その食欲を満たしてやるんだ。
「惚れた弱みっすね」後輩からよく言われた。
ミョウガの専門店なんかないか、茗荷谷あたりにあるかあ。そんなことをぶつくさ呟きながら、午後の仕事に取りかかった。
ちょっと面倒な仕事だった。
はかどらない。すぐ3時になったので、テントの中に潜り込んだ。
「先輩、もう仮眠ですか。律儀に会社の規則守って、フロアのテントで仮眠しているの、先輩くらいですよ」
「クライアントの仕様書がちと乱雑で、頭がいたくなった」話しながら、眠気が襲ってきた。
すぐ眠りに落ちた。
「最近、物忘れがひどくてな」
「一服もられたか、おぬし」
「身に覚えはないが。毒味もさせておる」
「じゃあ、茗荷か?」
「あん?茗荷?」
「知らぬのか、おぬし。。字を見れば想像できそうなものぞ」
「草かんむりに、名。荷なう。。。」
「おう、そうよ。自分の名さえ、忘れるから、己の『名』を荷なって歩いていた男がおるのよ」
「初耳じゃ」
「初言じゃ」
二人の男が、ニヤリと笑った。
「ホラ話か」
「いや、まことよ。そういう男がおったことはな」
ちょっとの間だったが、ぐっすり寝た。妙な夢だった。
彼女からの迷惑なリクエストがこころの隅にでもひっかかっていたか。
次の週末、いつもの八百屋に出かけた。家の近所にある古い商店街の中でも、ひときわ古い店だった。雨で茶色に変色したトタン屋根が好きだった。適当な料理屋が見つからなければ、自分で作ればいい。彼女の食欲を満たすために、結局自分で料理することになることが、今までもよくあった。
山ほど茗荷を買い込んだ。酢の物がうまいよと馴染みの店員が寄ってきた。
「茗荷料理のフルコースをつくってやるんですよ」
「え、彼女に?」
「そう」
「茗荷、好きなんだ、彼女」
「じゃ、ないんですかね。食べたいって言うから」
「ラブラブだね」
それには黙って歩き出した。
料理は好きだ。皿選びからこだわる。フルコースだ。オードブルは酢を使って、ぴったりだ。メインは、パスタにちょっと手を加えるか。冷蔵庫に常備の食材と、新顔の食材を組み合わせて、夕方には間に合った。
果たして彼女は、喜んだ。フルコース完食。
「お腹いっぱいになったら、眠たくなったあ」と、ベットにコテンと転がった。
スヤスヤ寝息をたてるのに、ものの数分もかからなかった。
日曜日の朝の陽がだいぶ上の方に登っても、彼女は眠っていた。
彼女に背を向けて、キッチンでコーヒーを淹れていた。
「ぎゃっ」という女の声が、した。
「ここどこ? なんであたし、ここにいるの?あんた誰?ちょっと変なことしなかったでしょうね。信じられない。酔ったのかな。ムリヤリ連れ込んだあ?」
一通り怒鳴って、バックをひっかけて、その女は私の向こう脛を思いっきり蹴飛ばして、乱暴にドアを閉めて出て行った。
(うまくいったみたいだ)
ニヤリと笑った。
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