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【7】 盛土は決まった、そして彼女は泣いた

盛土本契約の議決まで、残された時間は少なくなっていたので、私は地点9の住民を一軒、一軒、回り始めた。そしてこの地域の状況を大体つかむことができた。

地点9は、だいたい60世帯くらい住んでいて、高齢女性の一人暮らしや未就学児のいる家庭も複数ある。いちばん心が痛んだのは、インターホンを押したあと、出てくることすら時間がかかった高齢女性で、耳も悪く、私の話も理解できなかった。「遠くにいる娘と話さなければわからない」と言われた。ここが浸水したら、この方はどうなるんだろう、と思った。

最も被害を受けるのがここの住民たちなのに、ここにいる人たちはここの浸水深が深くなるなんてこと、誰一人として知らなかった。「区長、組長に伝えたので、そのあと末端まで回ったはずだ」と認識していた議員もいたようだが、実際には回覧を回した区もあれば回していない区もあったそうだ。しかし確かなことは、ここの地点9の人たちのうち、地域の自治会に入っている人はほぼいなかった。だから、知る機会すらなかった。行政が回れば、あっという間に回り切れる世帯数なのに。本当にそれでいいのかよ。

突然やってきた怪しい私に、拒否反応は当然多かった。けれど、ある青年はじっと私の話に耳を傾けて、「こちらが少人数だからといって、多くの人たちのために犠牲になっていいというのは違うと思う」と言った。私は胸をつかまれた思いがした。ある若いお母さんは、浸水深が最大1.1mになると言った私に、「私の子ども(3歳)は助かりませんよね・・・」と言った。私はそれを言われるまで、子どもの目線で考えてなかったことに気づいた。そうだ、1.1mというのは子どもが助からない高さなんだ。子どもを留守番させられなくなるのが、1.1mだ。

もう時間がなかった。でも何かしたかった。周りの友人にお願いして、議員たちに連絡してもらった。「どうか議決前に、ここに住む人たちに会いにきてほしい」と頼んだ。けれど、来てくれたのは佐伯美保議員と岩下豊議員、いつもの二人だけだった。市民政治ネットワークの豆田優子議員には、友人を通じて頼み込んでもらったが、「意見を変える気ない」という返事だった。「意見を変えなくていいから、とにかく来てほしい」と友人が食い下がったら、「忙しい」って言った。忙しいってなに。議員として今、被災する可能性が高まる人たちの話を聞くこと以上に、大切な用事ってあるの。あるとしたらなに?

一般的には市民派であるはずの市民政治ネットワークの豆田優子議員と社民党の石田まなみ議員に関しては、私はあきらめがつかなくて、二つの県本部に要望書も送った。「どうか、この盛土の本契約案だけは、賛成しないでほしい」と。それでも両方から、断られた。各支部に任せてある、と。誰のための政治だ、と思った。社民党に関しては、「二度と福津市で、いのちと暮らしを守るとか言うな」と思った。

議決が行われる日の朝、私はこのプラカードを持って、役所の玄関前に立った。本当はもう一人、流域のおばちゃんが来るって言ってくれてたけど、やっぱり怖くなったんだと思う、来ないことになって、一人で立った。市民ネットの豆田議員と、社民党の石田議員が来て、二人とも私を見るとものすごい形相で近づいてきた。豆田議員は私に、「あなたが、県本部に言いましたか」と言ったので、「はい、そうです」と言った。こんなときに、だよ。流域住民が浸かることが決定する、こんなときに、心配するのは自分の身かよ、ふざけんな、と思った。

職員がやってきて、敷地内でプラカードを持ってはいけないと言われた。規定を見ると、確かにそう書いてあったので、「わかりました」と言って、役所の門の外に出てプラカードを持って立った。

不思議な気持ちだった。「私って、一人でもこんなことできるんだ」っていう驚きもあった。こんな恥ずかしいこと、ありえないこと。でも、私にはできた。それは、地点9の住人のみなさんの顔があったから。私の話を理解すらできないおばあちゃんの姿、ショックを受けた若いお母さんの顔、悔しそうに顔をゆがめた青年の顔、彼らの姿が脳裏にあった。彼らのために立つのは、こんなに簡単なことだったんだとわかった。

議会が始まって、私は傍聴席に移った。盛土本契約の議決のときがきた。予想はしていたけど、反対議員が3人、反対討論をした一方、賛成議員は何も言わず賛成をした。13対4で、盛土は決まった。

「賛成するなら、賛成討論くらいしてくださいよ、当たり前でしょ!」

私は傍聴席から叫んでいた。直前まで何を言おうとか思ってなかったけど、声が口をついて出た。議長が注意を始める前に、「はいはい、出ますよ」と言って、議会を出た。こんなに市民を蔑ろにする議員たちなんて、一人残らずいなくなればいい。市民の代表である資格がない人たちだから。

そのあとで会った佐伯議員は、泣いた。「市議の考えを変えられなかった自分が悔しい。そしてあんな市議会のメンバーであることが恥ずかしい」と言った。彼女が泣くのを私は初めて見て、私も泣いた。R6年3月22日だった。

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R6年3月議会 盛土本契約の議決が行われた局面
私のヤジ部分はカットされていました

【盛土業者との本契約に賛成した議員13人】
 大山隆之(維新)
 中村恵輔(国民民主)
 井手口忠信(公明)
 倉元敏徳
 福井崇郎
 秦浩
 石田まなみ(社民)
 中村晶代(公明)
 尾島武弘
 豆田優子(市民政治ネット)
 榎本博 ▶︎ この方は今は反対に回った
 米山信
 中村清隆

【反対した議員4人】
 山本祐平
 佐伯美保
 岩下豊(共産)
 戸田進一(共産)



R6年3月議会での、佐伯議員の一般質問


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