「Kathy,I'm lost」【プロポ】220919
ポール・サイモンの卓越した詩を味わうなら、この一曲をオススメしたい。
(次はビートルズとか言ってたやないかーいと思った方は、お友達になりましょう。)
もはや、一つの短編小説と言える歌詞である。
それが3分半で、しかも美しいメロディラインと歌唱ともに堪能できるのだから、優れた楽曲というのはとても贅沢だ。
今回も私による和訳なので、そこは違うだろという箇所があったとしても、ご容赦願いたい。
歌詞の冒頭がセリフということだけでも、すでに芸術的だ。
希望に満ちた二人の若い男女が、将来を約束するシーンから物語は始まる。
ここから、二人の旅が始まる。
ここで言う「アメリカ」とは、曲のタイトルにもなっているのだが、とても抽象的で、かつ象徴的な言葉だ。
別の国から、アメリカを目指しているわけではない。
アメリカに住む二人が、「自分たちにとってのアメリカ」を探しに行く。
もっと言うと、「生きる意味」を探しにいく。
私はそう解釈しているし、きっとズレていないと思う。
ちなみにこの曲が制作されたのはベトナム戦争真っ只中の頃であったらしい。
「アメリカとは?」
「正義とは?正しさとは?」
戦争とは?平和とは?世界とは?豊かさとは?
誰もが未来への不安を抱えていた、その世相を、
『アメリカ(国家)を探しに行く』
という言葉で表現したのだから、まさに、天才的な詩人だと言える。
バスの中でふざけて笑い合う、心底楽しげな二人。
自由を謳歌する喜びと、まだ見ぬ未来への希望。
しかし、どこか、得体の知れない不安や恐怖を、無理やりに心の奥へ押し込んで見て見ぬフリをしようとしているようにも感じられる。
ここから、曲調もぐっと落ち着き、物語もそれに呼応するように展開していく。
高揚感に満ちた昼間とは打って変わって、月が象徴するように、「夜」が二人を包み込んでいく。
そして、おそらく、この数時間後であろう。
誰もが寝静まった、深夜のバスの中で、主人公がひとり、語り始めるのだった。
横にいる恋人が眠っているのを知りながら、
いや、眠っていてくれているからこそ、本当の気持ちを吐き出す。
からっぽで、痛い。
でも、理由は、わからない。
なんだか、この物語から数十年たった現代の我々も、全く同じような気持ちで生きているのではないか、という気がしてくる。
そして、この物語は、二人がこの先どうなったのかを語ることなく、終わりを迎える。
優れた作品は、時代も、国境も越える。
流行りのラブソングを聴くのもわるくないが、
今夜は、『America』を探してみるのは、いかがだろうか。