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乾杯〜遥かなる友よ

スティーブ・マッケンジーはあれこれ仕事を終えて、バーボンの瓶と葉巻を握りしめて庭に出た。
夜空には満天の星が光っていて、天の川銀河も姿もよく見える。
荒野に一人で住んでいるスティーブは、ロッキングチェアに腰を下ろしてため息をついた。
もう70歳になろうとしていて、以前のように軽快に動くことはできない。
あちこち身体に痛みもあって、本来ならこんなところでログハウスを建てて住む必要などない。
色々やらなければならないことも多く、毎日が同じパターンだ。
「お義父さん、もういい加減にこっちにいらしてくださいよ。息子たちもそう言っているんですよ。じいちゃんに会いたいって。」
「あの子たちにも会いたいな。だが・・・ここじゃないとダメなんだよ。」
つい先程も、息子嫁からの電話に答えたばかりだ。
スティーブはロッキングチェアを揺らしながら、葉巻に火をつけた。
良い香りに包まれると、身体の痛みを忘れてしまう。
しかし今夜は、どうしてもここにいる必要があった。

スティーブは腕時計を見た。
「そろそろのはずだな。」
スティーブは葉巻の火を消して、バーボンの瓶を握った。
もうすぐやってくるはずの、あれを待つ。
スティーブの脳裏には、まだ50歳になる前の記憶があった。

スティーブは宇宙船航宙士だった。
重力を無にする「ヒッグスレス」装置の開発とアンドロイドに自分の意識を移植する方法の発展によって、恒星間航行が可能になっていた。
スティーブはクルーと探索していたが、設定ミスとアクシデントによって船は超新星に近づいていた。
「危険だ!避けられんのか!」
「無理です!脱出するしか方法は残っていません!」
キャプテンたちの怒号が飛び交う中で、スティーブは己を責めていた。
まさかの浮遊ブラックホールを見逃してしまった上にヒッグスレス装置の故障が重なり、船はあらゆる宇宙ゴミの攻撃をモロに受けてしまっていた。
もはや航行は不可能だ。
だが、こういう場合にはアンドロイドボディを組み合わせて脱出船に変化させることができていた。
クルーたちはそれぞれ意識データを保存してボディをコンピューターに任せていった。
「おい、スティーブ。お前は家庭があったよな。」
話しかけてきたのは、友人のジョージ・キサヌキだった。
「ああ、だから帰ってやらないとな。」
「そうか。かわいいだろ、子供って。」
「ああ、そりゃあな。なんでそんな話するんだ。急げよ!」
スティーブは航宙士として、地球までのルート計算をしなければならない。
ジョージは何か言いたそうだったが、スティーブには余裕などなかった。
ようやく脱出準備が終わろうとして、最後に残ってスタートさせるのはスティーブの仕事だった。
だが、一人だけいない。
「ジョージ?お前、何やってるんだ!早く来い!」
だが、ジョージは通常回線ではなく、非常用回線で返答してきた。
『あのさ、俺には使命があってさ。』
『何言ってるんだ!』
『俺は、実は監視員だったんだ。』
『監視員?』
『ああ、総領府に任命されてな、クルーを監視して報告するってやつだ。』
『ジョージ、お前・・・まさか!』
『ああ、そうだ。俺には身寄りがない。俺みたいな人間を、総領府は雇って、いつでも使い捨てできるようにしている。俺は最後を報告しなくちゃならんし・・・平気で一緒に帰るわけにはいかない。』
『バカ!俺しか知らないんだろ!黙って戻ってこい!』
『そうはいかん。俺のボディは、任務放棄したら爆発するよう仕掛けられている・・・スティーブよ。お前は本当にいい奴だ。俺はお前を唯一の友人だと思っている。ありがとうな。』
『ジョージ・・・。』
『お前と美味いバーボン飲みたかったよ。お前がいつも自慢していただろ。荒野の香りってやつな。お願いがあるんだ・・・お前たちが地球に着く間際に、俺は爆発する。俺のシグナルとお前たちが離れたら、自動的にそうなるんだ。多分だが20年くらいしたら俺の光が地球に届く。そこをお前得意の計算して、その時に乾杯しようぜ。』
『ジョージ!嫌だ!』
『しょうがねえだろ。ああそうだ・・・タエコによろしくな。俺、あいつ好きだったんだ。俺の個人データ内に、あいつへのレターが入ってる。お前だけは入れるようにしているんだ。お前の生体認証でできる。渡してくれよ。』
『バカ野郎!自分で渡せよ!』
『もう出発しないといけないだろ。じゃあ、20年後に会おう。ありがとう・・・友よ。』
ジョージの回線は切れた。
スティーブはありったけの言葉で罵倒した。
泣きたかったが機械では泣けない。
「ジョージ・・・またな。」
スティーブは最後にボディを脱出艇に組み込み、意識データを移した。
これが終われば自動的に発信するように設定していたので、脱出艇は本船から離れ、超高速で発信した。

「お・・・。」
スティーブは椅子から立ち上がった。
夜空に強烈な光が広がったのだ。
「ジョージ、待たせやがって・・・これが、お前が飲みたかったバーボンだ。」
スティーブはバーボンを2つグラスに注ぎ、両手で持った。
「ジョージ、ちゃんとレターは渡したぜ。あのな・・・タエコも好きだったそうだ。良かったな。」
スティーブは右手を高く掲げた。
「乾杯!」
そして一気に干した。
強い酒が喉を通っていった。
「おや・・・来てたのか?」
スティーブは、横に誰かがいるような気がしたが、あえて見なかった。
それで良かった。
多分だけど、ジョージの横にはタエコがいるはずだ。
目を閉じれば、若い2人がいると思うだけでよかった。
スティーブは椅子に腰を下ろして、今度は瓶から直にバーボンを飲んだ。
そしてつぶやいた。
「乾杯・・・友よ。」

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