夫婦の深い愛情ゆえの難しさ
認知症を患った方が病気と共に生活する中で、どのような思い、喜び、不安を持っているのかは図りしれませんが、私が感じたもの、私なりの解釈をいれつつ綴りたいと思います。
認知症の方、認知症の方が家族にいる方への理解が広がることを願っている、認知症専門看護師の投稿です。
認知症を患ってケアホームで暮らしている90代の男性がいます。
妻は指先の慢性的炎症と痛みを抱え日常生活が非常に困難ながらも何とか自宅で暮らし、週に数回は夫に会いに ケアホームにやってきます。
ある日、ケアスタッフが私に夫婦喧嘩を始めたので止めて欲しいと連絡してきました。
ケアホームでの看護師の業務は本来 健康問題に関すること、医療行為 薬剤に関するものです。
けれど 実際は、全ての困りごとが集まってくる職種でもあります(汗)
男性の部屋を訪れると、妻が「今すぐ来いって電話があって、慌ててきたのよ。」っと。飲もうとしていたコーヒーカップから、怒りと、混乱で手が震えてコーヒーがこぼれそうになっています。
夫は、「YUKO, 大変なんだよ、胸に入ったコイツが大きくなってきて、急いで手術して取り出さないことにはダメだ。」と、ペースメーカーを指さしていました。
男性はここ1か月皮膚の痒みや乾燥も、数十年は入っているペースメーカーが原因と疑い私に相談していました。本人は胸に入っているものが心臓の働きを助けるペースメーカーだということは理解しています。
一つのものや、事柄についてわかっていますし、一つずつ説明をすると理解もできる認知レベルではあるのですが、複数のことが繋がると、まるで絡まってしまうような思考になります。
胸の違和感がもしかしたら、心不全の悪化かもしれませんし、呼吸が苦しいことの言い換えかもしれないので、私は訴えに対して、あらゆる想像を膨らませて聞き取りをする努力をして、いつも情報収集をします。
さて、私がこのご夫婦の話を聞き、まずするべきは、興奮気味の二人の血圧がこれ以上上がらず、ゆっくり呼吸ができるような状態作りです。
夫の訴えを、隣に座り落ち着いて聞き、ペースメーカーや胸部の観察をさせてもらいました。そして、訴えを医師に相談し、必要があれば大学病院の心臓外来に連絡すると話ました。夫は、すぐに今すぐ急患室に行かないと行けないと焦っていますが、まずは朝ごはんを食べないと、急患室では朝ごはんが出してもらえないので、体に悪いと説明すると、「大学病院の急患室はいつも混んでいて、待たされて、何も食べられもしない。」と、我が街にあるスウェーデン国内でも最大規模かつ、常時スタッフ不足で住民の心配事である急患室事情をよくご存じで、理解してくれました。
その後、妻を借りると私が夫に伝え、妻と一緒に部屋からでました。
人のいないラウンジへ妻と行くと、90歳を超えている妻はもう泣き出しそうな顔です。呼吸も早くなり、何から話して言っていいのかさえ分からなくなっています。
一緒に深呼吸するように背中をさすると、呼吸数も減り、表情も落ち着いてきました。
「あなたは今、何を考え感じているの?」と聞くと、「私はいつだって彼を優先して助けているのに、彼は私に厳しく、強く当たる。」と。
夫は、以前は警察や軍隊で働いていました。人生の多くの時間を指示や規律の中で生きた人のようでした。
「今朝も、起きた時に電話があって、『今すぐ来い!!』なのよ。私の予定は全て置いて来たのよ。」と、少し怒りをにじませながらも、悲しい表情です。
妻には、夫は今ケアホームで暮らし24時間スタッフがいるから、緊急な事態は私たちから連絡行くので、夫から電話が来たらスタッフに電話をして状況を確認すればいいと言いました。
彼は自宅での暮らしが困難になって、ここで生活しており、我々が責任をもってケアしていること、妻は自分の健康管理を大切にして、笑顔で夫に会いに来ることがみんなにとって大切なことだと伝えました。
私の言ったことなど妻は100も承知です。夫の状況も病気も、自分が彼のケアをできないことも頭では理解しているのです。
妻は「私たち69年一緒にいるの。いつも彼のそばに私は居たから。」と。
それ以上妻は言いませんでしたが、きっと自分がそばにいられない悔しさを、頭では状況をわかりしつつも、気持ちがついていかない、受け入れがたいのでしょう。
夫婦の関係や、存在の意味というのは二人でしかわかりえないものですし、別々な場所で暮らすようになったからといって変わるものでもないのでしょう。
看護師として高齢者に関わらせてもらうとき、いつもこのような人生の多くの学びを頂けて、本当に感謝しかありません。夫婦の関係、家族のカタチとても興味深いです。
妻との話が終わり、夫の部屋へ二人で戻りました。二人とも落ち着いていますがまだ少し苛立ちを抱えている表情です。
私が夫に、「今日はすぐに来てくれた妻に感謝して、ありがとうって言わないとね。」と言うと、気まずいのか、「ああ-そうだな。」と言ってごまかします。
そこで私は「これはもうハグして感謝だね。気持ちは行動で伝えないとね。」と提案しました。
スウェーデン人にとってハグは愛情、友情を示す大切な表現で、日常のことです。コロナ禍、みんなが出来なくて悲しかったことが、ハグでした。
夫は、妻に近づくとハグをし、キスもしました。
その瞬間、妻が笑顔に変わると、夫の顔も笑顔に。
きゃんっ。二人もと愛情を確認できたら、一件落着だね、と幸せな気持ちにさせてもらいました。
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