竈生魔 短編ホラー小説【8,640文字】
まえがき、注意
こちらは非常に「汚い」そして「蟲」「虫」をテーマにしています。
耐性が無く苦手な方は、ご遠慮下さい。
陰謀
何故か、原因も分からずに『死者数よりも行方不明者が多い』町、村が存在する。
昔の人は皆、口々に「神隠しだ」とか「韜晦だ」とか言っている。そんな訳がない。バカな連中だ。やれ物の怪だ、妖怪だと、理解し難い現実からの逃避と原因を追究することを諦める惰性で、多くの女子供たちが現に消えているというのに・・・・・・
私は、村の連中がその閉鎖社会を良いことに、隠れて時代錯誤な「生け贄」の儀式をやっているんじゃないか・・・もしくは程よい人を攫い、外国へ売っているような輩もいると聞く。
「唐行き」と言って、ハイカラな文化を根付かせてそれがオシャレで最新だと国民を洗脳し、女奴隷の商いの正当化をする今の国の政治のやり方すらある。そこに託けて人身売買を行う非国民が介入しているとも聞いた。どいつもこいつも許せない。
女だけでなく労働力、戦闘員として、奴隷の様に男児を誘拐し死ぬまで働かせる者共も居るんだ。「舵子」「借子」と言ってな・・・・・・
税金とはまた名を変えた「年貢」を厳しくし、国民を困窮させて身売りや自戒を余儀なくさせ、一部の金持ちがより裕福に成る為だけの制度なんて・・・間違っている。
「廃刀令」という表向きの名だけが恰好を付けた、要は「刀狩り」により多くの武士、侍たちが立場を失い無力化をさせられ、路頭に迷わせまた外交という名ばかりの「徴兵」として、強く勇ましい日本の武士たちは御国の為ではなく海外の前戦へと駆り出されて、無念にも死んでいく・・・・・・
そうして、今の日本は「民族浄化」システムが着々と進められているのではないか。
勿論、豊臣秀吉が行った「刀狩り」によって、武家と農民、商人、平民とのカーストを生み「切捨て御免」と言いながら傍若無人な似非侍も多く居ただろう。そう言った「差別」を失くそうという大層に表向きな大義は間違っていない。が、その裏の顔がまるで陽に当たり落ちたより一層な漆黒の影のように、邪悪で最悪ではないか。
私には、そういった国という規模を転覆させるような力はなく無力でしかない。しかし、絶対にこの非人道的な村の者どもの足取りだけでも着き止めようと、私たちはある村に潜入していた。
この村は山の奥にある元々は小さな集落だったが、ここ数年で住む者がどこからともなく増えてきて、周辺の集落を吸収しながら大きく拡大してきたらしい。
ここの調査をしようと思い立ったきっかけだが、『二つ』ある。
一つは親身にしていた友人がその吸収されていったこの地の出身で、友人本人は上京してきたが両親はそこで住み続けていた。
だが突然、連絡が取れなくなったそうだ。
もう一つは、私の知人・・・はっきり言おう、私の婚約者がここで消えたのだ。そして、婚約者である私の彼女とは、その友人の妹でもある。
私たちは二人で、その友人の家族の行方を辿る為に、私の婚約者を救うために、数少ない友人の親族などと連絡を取り合い、この村への潜入に成功した。
新興国
村の中心部からは外れにある入口付近、メインの土系舗装から分岐するように獣道があり、そこを約十分も歩かない場所に今では誰にも使われていない古屋があるのでと、今夜はそこに案内された。
「すまないね、お二人とも。私たちには見えない監視みたいなものが付いていてね。陰湿な田舎ならあるあるだろ?迂闊には動けないんだ・・・今日も、私は都市部へと農品の新たなルート交渉という名目で出てきた帰りに、君たちと接触をしている。こんな所で申し訳ないのだが、理解してくれ」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます。食、住だけでもあれば十分です」
「ああ、そうそう、錬太郎はもう分かっていると思うけど、出来るだけ夜間にトイレだけは行かない様にしてくれ。野性の『モノ』が出るからね」
「野生の?オオカミか、熊、とかですか?」
「まぁ、そんなところだ。あ、因みにトイレは『汲み取り式』なので、この辺では少し北に行った場所に共同として設置してある。そこで頼むよ」
「分かりました」
「市町村合併なんて大袈裟なことは何千人と村人がいての制度であり、こんな数十人規模の村では勝手に吸収やら廃村になろうが比較的自由にさせている。この辺一体の者は村の北側、山の麓へと集められてそこの発展に注力させられているが、物置場よろく何らかの物資を取りに戻ってくる者が居ない訳でもないから、一応に気を付けてくれ」
「はい」
「また、明日の朝にでも仕事へ向かうと銘打って食事を持って来るから、今日はゆっくりとしてくれ。では、幸運を祈る」
そう言って、友人「錬太郎」の叔父は景気付けにとお酒とアテの干乾し魚を置いて去って行った。
私と友人の錬は、本当に景気付け、と言うよりも『最後の晩餐』のような気分で酒を味わうと共に、気を紛らわせるように談笑を交わす。
「知っているか?何故『後進国』で牛の血や小便を飲むのか」
レンは個人的に人類学を学んでおり、そういった研究をしたく上京してきたのもある。大学へは資金の問題で行けなかったが、今はお金を貯めて「自然人類学」を専攻するのが夢だった。私の話は殆どがこの友人であるレンの受け売りなのだ。
「あれじゃないの、儀式とか習慣?俺たちも祭事に神酒とか飲むじゃない」
「そういった部分もあるかもなぁ。いや、厳密には違うんじゃないかと、俺は思っているんだ。日本では世界に比べて比較的に、早い段階で人糞も農作の肥料として活用していく文化が根付き、鎌倉時代にはもう『汲み取り式便所』が使われていたそうだ。付喪神、物を大事にし何でもリサイクルする日本人ならではだね。それ以前では世界と同じく無作為に川々に流していたんだけど、日本の川は山々の傾斜が激しく、流れが激しい。なので川が『汚染』される事も少なかったんだ」
「・・・何が言いたいんだ?トイレ事情話か??」
「まぁまぁ。定期的な雨季もある日本では、飲料水の確保も直接的に川からでなく井戸を掘り、自然の『ろ過』装置で清潔な水の確保が出来る。だが、世界ではそういった俺たちの『当たり前』が通用しない。清潔な川の維持も出来ず、インフラも充実しない国で川の水を飲むということは結構、命取りになることがあるんだよ」
「なるほど・・・雨が降らない土地では一本の川が最大の命綱、ってことか」
「そう。で、その川の上流で流行った病原菌なんかが感染した上流階級どもの糞尿を、多くの人が流した下流ではその水を飲む事が出来ない。しかし、脱水で死にかけてしまう事のが目前ならば、その汚染された水を覚悟して飲むしかない・・・・・・」
「ってことは、その汚い川の水を飲むよりも血や動物の小便を飲む方が『安全』って、ことだな?」
「そうだ。ある種の『肉体ろ過装置』ってとこだな。その文化が形骸化して、その風習だけが残った地域もありそうだなぁ、って話」
「相変わらず、面白い考え方をするなぁお前は」
「でさ、ある国では『家族や友人の糞尿を喰う』って文化もあるらしいぞ」
「マジ?牛や馬ならまださっきの話を鑑みれば理解出来なくも無いが・・・人糞かよぉ、まるで『便所コオロギ』だな・・・・・・」
「牛とかの家畜すら居ないもっと過疎地、辺境地だと、もうそれしか選択肢が無いみたいだな。これも『噂』だけど、人糞に『寄生虫』が含まれていれば、それがまた良い栄養素にもなるんだって・・・・・・」
共食い
私はいつものように、レンの独自の考察話を聞きながら酒を熱燗にしてヒレ酒をチビチビと舌鼓していると、下の方を催してきた。
夜は危険だとここの者、レンの叔父さんが言っていたのもあり、わざわざ少し遠い厠まで行くのも面倒だったので古屋の裏手にでも用を足しに行こうとした。
「おい、どこ行くんだ?」
「ああ、”ちょっと”ね。直ぐに戻る」
「・・・一緒に行こうか?」
「いや、’’その辺’’でしてくるから」
「ああ・・・何かあったら、大声で呼んでくれ」
連れションをするような仲ではないのもあって、私は一人で”ソレ”を臭わせてオイルランプに火を灯して外へと出て行った。
外は立秋とはいえ、まだまだ夜でも暑く蟲たちが五月蠅い。夏の繁殖の繁忙期を終えてよりその数を増やし、そして世代交代していく。その過程で、種に寄っては産卵後のメスや繁殖争いでキズ付いたオスといった弱った同種を「共食い」する、そんな粗暴な若い世代が多くいる昆虫類も少なくは無い。
カマキリは交尾の後、メスの栄養の為に身体の小さなオスはメスに食われるという話は有名だが、件の集団生活をする動植物では否応なしに弱者は食われる運命にある。そんな種類と比べれば、まだカマキリの世界はマシだとも言える。わざわざ人間の前や道路、天敵がいるのにも関わらず根城から表に出て来て死んでいくのは、正に『同種の仲間に喰い殺されないように』逃げてきたボロボロな個体なんだ。
私は様々な蟲の声を聞きながら、そんなことを考えていた。
程なく、小だけでなく便の方も’’もよう’’し、その場でさっさと用を済ませて家の中へと急ぐ。
中へ入ると、レンはもう眠っていた。さっきの頼もしい「何かあったら・・・」という言葉を、撤回してもらいたいものだ。
失踪
翌朝、私が目が覚めるとレンの姿が消えていた。
飲みかけの酒がお椀に残ったまま、まるでさっきまでそこに居た様な雰囲気すら残して、各室内を隈無く探すが忽然と居なくなっていた。
何か伝言を残すことも無く、書置きすらも無く。
「・・・おはよう。昨晩はよく眠れたかね?」
レンの叔父がいつの間にか、簡単な朝食を持って玄関に顔を出していた。私はその気配の感じずにいたことにびっくりしながら振り返り、今の状況を伝えた。
「あ!す、すいません、先ほど、起きてみるとレン君が居ないのですが、ご一緒されていますでしょうか?」
「え?いや・・・私も今ここへやってきたばかりだが・・・錬太郎が、居ない??」
叔父の反応は私と同じく初見で驚きと戸惑いを感じる。では、彼は独断でどこへ行ったのだろうか・・・・・・
「・・・私も、仕事がてら探してみるよ。心当たりがある場所を回ってね。夕方にはまたここを通り過ぎるので、その際に情報を共有しようか」
レンの叔父はそう言って、そそくさと去って行った。
さて、私はどうしたものかと考えた。当初の予定では、今日昼間の内にこの村の外周を回って全体を把握するつもりだった。もし私の婚約者やレンの親が幽閉や拉致されていた場合、救い出せた後の逃走経路を考えておかなくてはならず、川や別の道路、海など、そして逆に追手に追われて逃げる場合には、未開拓の地へと身を隠せるような密林の方向を知っておかなければならない。
少し考えて、レンの無事を祈りながら私は考えているだけでは何も始まらないとも思い、とにかく当初のプラン通り周辺を回り、ここの土地勘を得に出かけて行った。もしかして、ただ急ぎ足で先に出て行っただけというレンと道中に出会うかもしれないと、無根拠な望みも掛けながら。
私たちが泊まった古屋はこの村の最南端に当たる。先ずはこの開かれた空間に沿って森林の中を東へと迂回しながら北へと進むのに、先ずは昨日、レンの叔父が言っていた厠へと進む。
夜では全く見えなかったが、確かにポツンと数十メートル先に小さな小屋があった。その先は田畑が左右に並び、真ん中を土系舗装の道が村を分断するかのように真っすぐと伸びている。
この厠は恐らく農作業時に村人が使用されるのと、私が泊まっていた古屋は村前でこの村で採れた名産の物を露店したり、村の外部へと売りに遠征する際、一時的な保管場所のようだった。
そして、大分前にだがレンに聞いたことがある。
外部から来た者、もしくは何日も遠征に出かけた村の者が帰宅時、村からある程度外れた場所に軟禁され、数日ほどそこで暮らしてからでないと村内部へ入れて貰えないようにしている所もあると。
天然痘やペスト、赤痢などの細菌やウイルスがこの日本にも萬栄した時など、そういった措置が取られていたのも仕方がないことである。
私はそのまま寂しく設置された厠を後にし、森の木々に身を潜めながら村を迂回して行った。
村人
私たちが泊まった古屋周辺の田畑は人があまり手を付けなくなって荒れに荒れていた。もう殆ど使用しなくなったようで、多くの様々な雑草が生い茂っている。
もう少し奥へと進むと、田畑は今までの荒々しさは途端に無くなり手入れされ使用されている状態が伺える。そこらで農作業をしている村人を数える程度、目撃しその人々は至って普通の田舎人だった。
その先、ポツンとメインストリートの様に続いていた土系舗装の道の突き当りには「集会所」らしき他の木造の日本家屋とは全く違い、西洋風のまるで教会のような建築物に何人かが集まっていた。その場違いで異様な建物はその場だけが異世界の様に感じ、なんだか身震いをする。
開けた田舎の集落では人目に付きやすいので、そこまでの移動は困難だがその集会所から出てきた一人の男性の後を遠目に見張る様に追うことにした。
男はどんどんと村の北へと向かい、山の麓へと行くにつれて集落は密集して行く。平地では米や麦等の農家を営み、山地ではまた別の標高の高い場所で実る作物や果物を育て、材木を伐採した林業をしていそうな家屋も見られ、村の活気を少し感じられていった。
追っていた男はその山の斜面、家の裏側は竹藪が多く茂ってる場所に住んでいる様で、今の私にとって身を隠しながら行動が出来て好都合だった。このような場所に陣取るのなら、恐らく筍の収穫か竹細工を生業にしてるのだろう。
私は少し深く藪に入り、男の家の背後からその家に近づいて行った。
周辺の物、念のために物置っぽい小屋を調べ、地下室のような入口などを探してみる。本当にただの物置で地下への扉らしくも無く、特に異常は見られなかった。
換気のための、恐らく台所と思われる下地窓から中を覗く。奥で先ほどの男性ともう一人、女性が何かを話している。その会話を聞けないかと、その部屋の外壁まで回って聞き耳を立ててみると
「・・・村のもの・・・本拠地に・・・大丈夫だ」
「でも・・・・・・やめて・・・危険な真似は・・・・・・」
本拠地・・・恐らくさっきの集会場のことだろう。やはりあそこが怪しいことだけは分かった。
「〇✖@?▼■?」
「✖▼@@^¥■〇」
???
後は、音声が聞こえても全く聴き取れない言語で終始、夫婦と思われるこの二人は会話をし出した。方言が激しいのか、まったくと言ってもいい程に日本語には聞こえなかった。
逢瀬
あれから私は最初の古屋へと戻りがてら、レンの捜索をするが彼と出会うことは無かった。
古屋に戻ってみてもレンが帰宅していることもなく、私は何だか少し侘しい気持ちになる。
そのまま待つこと夜の何時になったとしても、レンの叔父すらもこの古屋へと顔を出すことは無かった。
私は孤独を感じながら、それを紛らわすかのように残った酒を一人で舐める。猪口に入った少量の酒をグイっと一気飲みをしてから闇夜に乗じてあの、如何にも怪しい洋風建物の周辺から調べて入れそうな場所があれば侵入してみようと決起した。
その前に、また下の方を”もようして”きたので、昨日と同じ古屋の裏手で用を足そうとした、その時、夜目がまだハッキリとしていなかったが前方で蠢くなにかの塊りのような影が倒れている。
なんだか嫌な予感がした。
私は急いで灯りを取りに戻り、そしてまた裏手へとやってくると、そこには大量のコオロギのような、ゴキブリのような虫たちが人型に集まっていた。
「うわあぁぁぁ・・・・・・」
私は叫びとも言えぬ、悲鳴のような声を漏らすように上げて、灯りであるランプを近づけていった。よく見ると蠢いている蟲はコオロギでもゴキブリでもなく、『カマドウマ』だった。
触りたくはなかったので、代わりに持っているランプで蟲たちを掃うようにして、何に群がっているのかを確認してみる。
少しランプのオイルが垂れてそこに引火し、周囲が一つの明かりよりも増えもう少し明るくなってしまうと同時に、暗くてジメジメした場所を好む竈馬たちがバラバラと散らばり去って行く。
数匹の竈馬にも引火し、それらはパチパチとよく燃える。
見えてきたその蠢いて群がっていたその中は、友人の錬太郎でした。
「レン!!おい!大丈夫か!?!」
私は群がる竈馬群のことも自分の便意のことも忘れて、レンを抱えその息を確認する。
息は無く、脈も無かった。
悲しみと失意に襲われながら、私は外傷や死因を調べるが、致命傷と言える傷は無く、表情は苦悶のまま死んでいる。何があったのだ・・・・・・
ガサッ・・・ガサガサッ!!
背後の草むらに、何かが居る気配がした。
竈生魔
それは人なのか、虫なのか・・・皮膚の所どころが茶褐色の土くれに固められ、両手足は”あさって”の方向を向いている。足関節は完全に逆に曲げられ立っているのがやっとという風に見える。右腕は肩関節から頭上の背後へと続き、脇から手の平が見えている。
最初は、何がなんだか分からなかった。
最近、街角で見られる人間を模した「マネキン」と言われる人形の様にも見え、現実味を一瞬、失っていた。
土のようにも見えたその茶褐色の物体は、糞が固められ乾燥した物のようにも見え、一部、残尿のように残された人間部分の皮膚はヌラヌラと濡れていて、火が踊り燃えているのに合わせてキラキラと輝きを反射させていた。
《こいつが・・・やったのか?》
不器用に曲がった四肢を駆使し、フラフラと異様な化け物がこちらへやってくる。私は恐れ慄き、とにかく人が居る方へ。敵だとか侵略者だとかはもうどうでもよかった。人でさえいれば誰でも良かった。村の主要道路を一目散に、とりあえずあの洋風建築の集会所へと走った。
途中、ひたすら走り逃げている最中、左手にあの「厠」が見えてきた。その中から誰かが出て来るように見え、立ち止まる。手にはもう灯りは無く、淡い月明りでしか見えない。厠の扉が開かれたが、中は先が無いブラックホールの様に漆黒の闇でしか無かった。
「おい!」
・・・返事が無い。ならばと、私は引き続きその場を走り抜けた。
背後からは、さっきの化け物が二体、ゆっくりと迫ってきていると考えていた。異質な恐怖から暑さの汗と冷や汗、脂汗が湧き出てくるのを感じる。
例の集会所へと到着し、大きめの正面扉、観音開きの片方の取っ手を掴み押し開けると、意外にもあっさりと扉は開いた。鍵などは掛かっていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
とりあえず一息付こうと、その扉を背後にもたれ掛けながら呼吸を整えて行く。
休憩の間、私の意識、五感は全て扉の外側へと向けられていた。何らかの声や物音は一つもしない。その安堵から心が少し落ち着いていき、建物内へと意識が向いたその瞬間、激臭が鼻を突いてきた。
「うわっ・・・・・・」
思わず鼻を抑えながら、前方に蝋燭の明かりが二つ見えたので、そちらへと怪訝で細めた目を向けた。
二つの灯りの中央奥で、何かがまた蠢いている。
先ほどのような群れの蠢きではなく、もっと大きな物がギシギシと左右に、教壇の向こう側で犇めき合っていた。
私はゆっくりと、恐怖に怯えながらも、震えるぐらいの恐れから当然のように、この先に在るのは天使のような救済か、それともまた地獄の悪魔の再来か、確認するしか手は無かったのだ。
中央に置かれた教壇を迂回し、その存在をしっかりと確認した私は、絶叫と共にまた走り出した。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
反射的に逃げ出した私は扉へと体当たりをするかのように、中からは開き戸であるその扉を、バンバンと叩きながら助けを乞いた。
ギリギリギリギリギリギリ!
背後から、鳴き声とも犇き音とも言えない音が鳴り響く。さっき見た化け物がここでも『二体』・・・いや、さっき見た奴よりもより体中に糞のような土くれがびっしりと全身を覆いつくし、頭部も蟲のような触覚や顎を持った本物の化け物が舞台上で「交尾」していた!
私はその化け物の声に触発されたように、扉をなんとか震える手で引き開くことが出来た。もうこの村から立ち去ることを決めた。徒歩では何日も掛かっても構わない。とにかくこの場から逃げることしか頭には無かった。
悲壮
ここに告白する。
交尾していた「完全なる化け物」から逃げる途中、先に見た化け物へと変貌を遂げようとしていた村人が、レンの遺体を抱きかかえながら私たちが泊まっていた古屋へと入って行くのを走りながら横目で見た。しかし、私はもう心が挫け、抗う事なんて出来なかった・・・・・・
言い訳にしかならないが、あの時はただ逃げる事しか出来なかった。
もう、あの村へ行くなんてことも到底出来ない。
警察も政府も、各地村々の小さないざこざに口を出していたらキリが無く、地域に縄張りが有り地方は地方に任せっきりで解決の糸すら掴まない。
閉鎖的空間と集団は、それぞれの事情がありその範疇で組織化していく。
何を信じ、何を隠すかも、事情からそれは「都合」へと変貌する。
それは、まるであの化け物たちのように・・・・・・
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