【私の本棚#3】今月の5冊(2020年10月)
1.はじめに
仕事が長い停滞期に入り新常態化した。慢性的な疲労感が心身を蝕み続ける日々は不健全極まりないが、自分に現状打破できるだけの実力がないのが口惜しい。多くの時間を仕事と向き合うことに費やしてしまい、擦り減る自分を補ってくれる書籍を無意識のうちに探していたように思う。
本当は腰を据えてじっくりと取り組みたい古典的名著や専門書があったが、全体的にライトな書籍を栄養補助飲料のごとく注入した。その中から5冊を取り上げて棚卸す。
2-1.『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(NewsPicks Publishing)
GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のサービスや製品は、私たちの生活にすっかり浸透している。これらプラットフォーマー企業は、文字通り「場」を提供することで自らの製品・サービスの価値を際限なく高め続けている。日頃の生活からは、GAFAのビジネス方面での影響力に注目が当たりやすい。
他方で、少し視点を国際政治の舞台に引き上げると、これらの米国発のテックジャイアントや中国の新興テック企業(BATH=Baidu, Alibaba, Tencent, Huawei)が主権国家の脅威となり、米国・欧州連合等から攻勢を受けている縮図が見えてくる。
本書は、現在進行形で進行中のテック企業と国家の攻防がなぜ生じているのか。ニュースで断片的に語られるファーウェイやTikTokを巡るトランプ政権の対処法の裏には、どのような懸念が横たわっているのか。そのような疑問に対する「見方」を提示してくれる。
完全に余談だが、著者の塩野誠氏は、私のゼミの大先輩にあたる。たまたま本書を購入して著者のプロフィールに目が留まった時に気が付いた。不思議な縁である。
学生時代に国際政治学を専攻していた私からすれば、国際政治というフィールドにおける非国家主体(Non-State Actors)の影響力というのは、古くて新しい問い掛けでもある。従来の国際政治の教科書では、それらは多国籍企業の複数国間に与える経済的便益や雇用の創出、あるいはNGO/NPOの国際機関等で行使する国際世論形成力を中心にして記載されていた。
2010年代半ば以降の情勢を鑑みれば、非国家主体の典型例の一つに、GAFA/BATHは必ず追記されなければならない。これらテック企業は、圧倒的な情報量というパワーを持ち、国家及びその構成員たる個人を意のままにできる潜在的能力をすでに有している。
私たちは、賢明なGAFA製品/サービスの利用者として、「情報」というパワーを持つ(そして、そのパワーの増幅に加担さえしている)GAFAの国際政治に及ぼす影響力にも一定の注意と関心を払うべきだろう。
2-2. 『アメリカ大統領選』(岩波新書)
アメリカ政治学者として名高い久保文明教授と朝日新聞記者の金成隆一氏の共著。久保教授は、私が大学院時代に所属したゼミの担当教授であり、一冊目の著者も学部時代に同ゼミで学んでいる。
本書は、アメリカ大統領選挙の基本情報に始まり、2016年のトランプvsヒラリー・クリントンの選挙戦での豊富な現場取材記録、そして選挙の帰結としてのトランプ氏当選の背景を平易に説明している。
現場の取材記録を紐解く中で見えてくるのが、米国社会の分断である。米国政治は、典型的な二大政党制の下で、権力が一方の政党から他方に移る余地を4年に1回残しながら、その時々において「妥当」だと判断されるスタンスを採った政党の候補者が国のトップとなる。民主党と共和党の違いはあれど、ひとたび選挙が終わればノーサイド。星条旗の下での結束を誓う。
そんな慣例が、もしかすると2020年の選挙に於いては破られてしまう(いや、そこまではいかずとも破られる兆しくらいは見えてしまう)可能性がある。それほどまでに、各政党の支持者は、他方の政党に対する敵愾心を養い、異なる意見・思想への寛容さを失いつつあるのが、現在のアメリカ合衆国の実像のようだ。
さて、現職大統領が優位な中、世論調査ではリードしているバイデン氏が当選するのか。それともトランプ大統領の新たな4年間が始まるのか。。。
2-3. 『仮想空間シフト』(MdN)
多数の著作がある、尾原和啓氏と山口周氏の対談をまとめた本。
新型コロナウイルスの影響で、一気にテレワークが進み、仮想空間シフトが強制的に行われた昨今。ここ半年間で自分の身の回りに生じた変化を、客観視して捉える一助として本書は知的に面白い視点をいくつも提供してくれる。
対談の中できれいなまとめだと思ったのが、仮想空間の解像度を上げる四象限。
テレワークが始まってからの仕事は、圧倒的に第一象限と第三象限に集中していったように思う。すなわち、毎回の会議の議題(アジェンダ)が明確で、会議の結論も予定調和的。確かに効率は良いが、新しいものを生み出している感覚は皆無である。
従来のオフィスワークに存在した雑談や、会議室でのディスカッションでは、自然発生的に予期せぬアイデアが創出されることがあったように思う。では、第二象限に該当する取り組みが今のチームで出来るかと言えば…。少し年配のコンサルタントたちと、オンライン上でチームビルディングをしていくのは、なかなかハードルが高そうだ。
2-4. 『僕は君の「熱」に投資しよう』(ダイヤモンド社)
若手ベンチャーキャピタリストが送る若者へのエールの本。本書冒頭では、とにかく夢中になるものに全力を注ぐことを訴えているが、途中からそれはあくまでも起業、あるいはベンチャーキャピタリストとして世の中を変えることに当てるべきだと強引に持っていかれる笑
私が今後起業家やベンチャーキャピタリストを目指すかはさておき、掛け値なしで読んでよかった一冊だ。それは著者の佐俣アンリさん自身の経験談が、仕事の進め方や生き方に様々な示唆を与えてくれているからだ。
個人的に納得だったのはDay2の「場所論」。一部の人間を除き、私たちの大半は今いる場所によっても考え方や生き方が規定される。だからこそ、理想とする自画像がぼんやりとでも自分の中に描かれているのであれば、まずはその「場所」に身を置くべきだと。正しい場所が自分を正しい方向へ導いてくれる。書いてみれば当たり前のことだが、自問自答してみると果たして今いる場所が、自分にとって正しい場所なのか…?
コロナ禍で「場」の多くが、仮想空間へとシフトしてしまったが、自分を変えるためにはまず環境から。今いる環境に物足りなさを感じるなら、それは移り時なのかもしれない。
2-5. 『月の満ち欠け』(岩波書店)
今月読んだ小説の中では圧倒的に面白かった。第157回直木賞受賞作の佐藤正午氏の小説『月の満ち欠け』。「解説はお断りします」という伊坂幸太郎氏の解説も面白い。
本作は『前世を記憶する子どもたち』という専門書に着想を得て書かれた、不思議な物語である。ある少女が、何度も転生を繰り返しながら、ある目的を達成するために尽力する。
読者の多くが経験するであろう読書体験はおおよそ次のようなものであろう。
①まず初めに時間軸が曖昧となる
②次に話の中心となっている少女と別の時間軸の女性との関連に朧気ながら気が付く
③少女の奇妙な言動にある仮説が浮かぶ
④以降、その仮説が正しいかどうかを神の目線で検証しながら物語世界を楽しむ
本作は、私たちの思考の柔軟さが試されていると思った。あるいは、理解不能・不可解なものに対する受容力と言い換えても良いかもしれない。私も初めにうちは巧妙なトリックに惑わされ、前後関係が分からなくなりかけた。小説という表現技法を用いた、上質な思考実験としての本作の価値はかなり高いと思う。
3. 最後に
10月は仕事に忙殺され、精神の袋小路に入ってしまった。学生時代からの習慣で、そういった時は2つの対象に入り込むことで精神を安定させるように努めている。
一つが音楽。特にクラシック音楽は、各々の作曲家の壮絶な人生や当時のヨーロッパの凄惨な戦争の歴史も相俟って、味わい深い。現在の朝ドラ『エール』でも音楽によって励まされ、時に絶望する作曲家古関裕而を描いているが、彼の人生の足跡をたどるだけでも心洗われる部分が多くあった。
もう一つが宇宙。自分にとってどんなにか重大な悩みであっても、それを宇宙規模まで拡大して見つめれば大した大きさではないことに気付かせてくれる。最近は、リフレッシュのためにハッブル宇宙望遠鏡の映像を見る等して、興味の対象を遥か彼方の世界に向けることもよくある。
そんな折、見つけて読んだ『宇宙に行くことは地球を知ること』は興味深いエピソード満載だった。野口聡一さんは、またこの11月15日にスペースXのクルードラゴンに搭乗して国際宇宙ステーション(ISS)へ向かうことが決まっている。宇宙での様々な体験を言語化しようと試みた力作であり、心が躍った。