見えない引き立て役
現在、私が通っている宣伝会議 編集・ライター養成講座の少人数クラスで出されていた、インタビュー記事の課題をリライトして載せました。
今回はいつもより少し長めの記事ですが、読んでいただけたら嬉しいです。
「見えない引き立て役」
長期連休を迎えた4月下旬、私は最寄りの駅で一人の人を待っていた。無人駅ではあるものの、近くに大きなお寺さんがあり、そこに咲く藤の花がちょうど見頃だということもあって、駅前からつづく参道は多くの人でにぎわっていた。
彼女はたいてい予定時刻を10分ほど過ぎた頃に現れる。昨日友達と飲んでいたから寝坊しただの、ヒールの靴を履いてきたから電車を一本逃しただの、いつもそんな理由だ。この日も予定時刻の11時半をずいぶん過ぎた頃、のんびりと手を振ってやってきた。R、私の4つ下の妹だ。
LINEなどで頻繁に連絡してはいるものの、会うのは年末年始にうちへ遊びに来たとき以来になるだろうか、髪の色がまた明るくなっており、肩まであった髪もすっかり短くなり、丁寧に巻かれていた。前日に自分で施したという新しいネイルも、春らしく淡い白色に塗られている。流行ばかりを追っているわけではないが、Rは人一倍身だしなみには気をつけている。それは彼女が「デザイナー」という仕事をしているからだろう。
◼️仕事内容をご存知ですか?
Rはランジェリー、つまり女性下着のデザイナーをしている。「ランジェリーデザイナー」と聞いて、どんな仕事をしているかイメージできるだろうか。単に下着の形や色を決めるだけではない。
「既存の素材を組み合わせて使う場合もあるけど、そんなにいいものじゃないから、レースのデザインからはじめることがほとんどかな?」とRは自分の仕事について、楽しそうに説明してくれた。まず、イラストレーターで描いたレースのパターンと「糸帳」とよばれる色見本をもとに配色を決める。一般的には同じデザインは三色で商品展開されるそうで、例えば 3月〜4月に販売されるものなら、サクラの花をモチーフにしたデザインで、ピンク・ホワイト・イエローといった春らしいパステルカラーが選ばれる。また、季節に関係なく、メインの配色と対照的な色がとり得れられることや売れやすい無難な色が使われることもあるという。
「上下おそろいのセットの他に、スリップドレスやガーターベルト、ローブなどのオプションを作るときもあるけど、全部社内の企画会議で決まるんだよね」とのこと。費用との兼ね合いもあるが、デザイナーの個性やプレゼン力が試されるときでもある。
デザイン、配色が決まったら、生地の発注だ。縫製、染色に関しては中国の工場とやり取りをしているとのことだが、両社で同じ色見本や完成図を共有していても、なかなか思い通りのものにならないときもあるという。出来上がった見本の品が国際便で届き、実際に手にしてみると、刺繍がずれていたり、思っていた色に染まっていないということもある。針を打つ箇所や染色する回数なども細かく指定できるというが、そうするとコストもかかってしまうというから、なんとか妥協方法を見つけなければならない。
ここまで聞くと、どうして女性ものの下着が使っている布地面積は少ないのに、あんなに値が張るのかおわかりいただけただろう。一つの商品として出来上がるまでは、毎回手間と時間がかかると話してくれた。
バラの花をモチーフにデザインしたレースの図案と糸帳
◼️デザイナーとしてのやりがい
「デザイナーとしてやるべきことは、まず売れる商品を作ること。そのためにはまず展示会でバイヤーたちに認めてもらわなくてはならない」と仕事の厳しさについても話してくれた。毎年2月、6月、10月に行われるという展示会に向け、10ヶ月ほど先の販売予定時期を見込んで、商品を作成していくという。女性ものの下着を取り扱う百貨店や専門店のバイヤー向けに東京や大阪を中心に開催され、コレクションのテーマやディティールが伝わるよう、見せ方にも工夫して商品を売り込んでいく。
「モデルさんの着衣撮影にも毎回立ち会わせてもらっているし、展示に使えそうな造花なんかも自分で見付けてきては、展示品の配置、飾り付けまでやっている」という徹底さに、Rのこだわりや気持ちの入れようが感じられる。
また、デザイナーの一人として展示会に参加し、商談をする中で、どんなときに仕事のやりがいを感じるのか聞いてみると「やっぱり自分自身でも気に入っているデザインがバイヤーさんだけでなく、お客さんにも受け入れてもらえたときかな」という。そして、Rが入社して2年ほどたったとき、社内ブランドの一つを任されてデザインした『シェヘラザード』というランジェリーのシリーズが大変評判になったときのことを嬉しそうに話してくれた。
シェヘラザードといえば『千夜一夜物語』に登場する女性の名前で、その名の通り、オリエンタルな幾何学模様のレースが特徴的で、ネイビーブルーやワインレッドなどを起用した、深みのある色合いのランジェリーのシリーズだった。そんな先輩たちからの手も借りず、自分一人で手がけた自信作がバイヤー受けし、多くの注文があったというが、ここで喜んではいけない。本や雑誌と同じように買い取りをする販売店が少ないので、売れなかった場合には全て在庫として返品されてしまう。しかし、このシェヘラザードに関してはほぼ完売で、その時期に売り上げた社内のトップ商品の1位から3位までを独占した。それだけでなく、次の時期にも同じデザインで配色を変えた商品を展開してほしいと販売店からも要望があったというから驚きだ。
しかし、商品が売れて嬉しい反面、思わぬところで悔しい思いをすることもあるという。市場調査をしに都内のあるファッションビルを訪れた際、急に後輩が「Rさん、これ…」と言って指差した先には、自分がデザインものと同じ下着が売られていた。もちろん、材質や刺繍の繊細さまでは表現しきれてはいないが、上下のセットには安い値札が付けられていたという。食品や電子機器に限らず、売れるものであれば身に付ける下着までマネされてしまうという恐ろしさ。
「いくら服に隠れて見えないからといっても、あんな安っぽいものは着てほしくないなぁ」と、単にいいデザインだから使われたという思いだけでなく、中途半端なもので満足してしまう消費者がいるということに対しても嘆いていた。
展示会の様子(左) / シェヘラザード(右)
◼️今後の活動について
そして最後にデザイナーなら一度は考えるであろう、独立について聞いてみた。彼女がこの株式会社エスポールに勤めはじめたのが2014年7月、もう5年ほど経つ。
「自分のブランドを立ち上たいとか、そういった考えは今のところないかなぁ」とあっけらかんとした表情で話す。社内には「ドウルチェフィオラ」「リリアージュココ」「ドゥレリア」「グラナティス」といったコンセプトやターゲットの年齢層が異なるブランドがあり、Rは「ドゥペルル」という20代後半向けのセクシーでエレガントなイメージを持つブランドの商品デザインを担当している。
「自分の実年齢用より少しの上の女性向けだけど、自分の好みとあっているし、とにかく自分の好きなように制作できることが嬉しい」と満足げに話してくれた。Rの作り出すデザインのよさはもちろんのこと、先のシェヘラザードの成功もあってか、誰にも口出しをされることなく思うがままに創作でき、それでいて会社に支えられていると感じているそうだ。
また、会社の規模は大きくはないものの、ワコールやトリンプといった大手企業に次いで創業年数も長い。「それなのに社名があまり認知されていないから、もっと多くの人にエスポールを知ってもらえるようにしたい」とも話してくれた。
都市部に限らず北海道や長野県などにも直営店がオープンし、近年はInstagramでの新商品の紹介や、BASE(ベイス)というオンラインショップでの販売も積極的に取り入れている。遠方のため、なかなか店舗まで足を運べないという方はもちろん、下着を選んでいるところを異性だけでなく、同じ女性からも見られたくないという方にも好評で、売り上げも着実に伸びているそうだ。それだけではなく「この前紹介していた新作、さっそく購入したよ!」などと実際に購入してくれる友人までいることを嬉しそうに語ってくれた。知名度を上げ、ブランド価値を高めることにも自ら携わることで、Rがこの会社でデザイナーをしている意味につながっていると感じられた。
「手頃なもので済ませてしまうこともできるけど、周囲から見えないからこそ、自分のために魅力を最大限に生かすデザインやサイズの合ったものを身に付けてほしい」と話す。手に取った際には、ランジェリーデザイナーの想いが紡がれているんだと、細部にまで目を向けてもらいたい。
【参照】
株式会社エスポール
https://www.espoul.co.jp/sp/
Dolce Fiora /Instagram
https://instagram.com/dolcefiora_official?igshid=i65mft3vcad0
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