「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」を観る。
昨日(2024年6月1日)、キノシネマ新宿にて「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」を観た。
公開はその前日の5月31日。すでにXでは絶賛の嵐のようだ。
たしかに、フォーク・クルセダーズの盟友・北山修や、サディスティック・ミカ・バンドのメンバーだった角田ヒロ、高中正義、小原礼、(元気だった頃の)高橋幸宏や坂本龍一、名盤『黒船』をプロデュースしたクリス・トーマス、東芝EMIのディレクターだった新田和長、「結婚しようよ」をアレンジしてもらった吉田拓郎、アルバムをプロデュースしてもらった泉谷しげるなど、多くの関係者による証言は、レア映像とともにとても貴重だ。
そして映画の最後を締めくくる、高田漣などが演奏し、坂本美雨、北山修、坂崎幸之助などが歌い、さらに北山修や松山猛など大勢の人がコーラスに加わった、高野寛アレンジによる「この素晴らしい愛をもう一度」にも心揺さぶられた。
いい映画だった、と簡潔に締めくくればいいのかもしれない。
だが、自分は物足りなさ、もっと言えば引っかかるものを感じる。
例えば、1965年生まれの自分にとっての加藤和彦は、まずYMOと極めて近い位置にいたミュージシャンというものだった。そこから、ミカバンドや、あの「帰って来たヨッパライ」の作者だったことを知っていったのだが、本作の監督・相原裕美(1960年生まれ)の視点がどこにあるのかが、よくわからないのである。
複数の証言で繰り返されるように、加藤和彦は時代ごとに見た目も音楽性も次々と変貌を遂げ、一貫性が見えにくい。なので、つまり加藤和彦とはどんな存在だったのかというと、「とても才能があった」「全てに一流のものを好んだ」「オシャレだった」という、ありきたりの結論しか出てこない。
まあ、無理やり結論を設定して、その結論へと強引に持っていくのは、ドキュメンタリーとしてやってはいけないことなので、それはそれでいい。
けれど、本作のタイトルは「音楽家加藤和彦とその時代」なのだ。
冒頭、「オールナイトニッポン」で1日何回も「帰って来たヨッパライ」をかけまくったという斎藤安弘(アンコー)アナウンサーの証言とともに、ツイッギーや吉田茂死去など、当時の新聞の見出しが掲げられる。
そして大ヒットした「帰って来たヨッパライ」に続くシングルとして企画された「イムジン河」が、朝鮮総連からの抗議などで発売中止となった、その経緯についても詳しく紹介している。
このあたりまでは、たしかに「その時代」も色濃く追っているのだが、ミカバンド以降、それがなくなってしまう。
『黒船』制作のくだりでは、スタジオのスピーカーを2日がかりで再セッティングしたエピソードなど、とても興味深い証言が収められているが、実はそれはプロデューサーだったクリス・トーマスがやったことであり、加藤和彦自身のことではない。
そして、ミカバンド解散後、安井かずみと公私共にパートナーとなり、それがいわゆる「ヨーロッパ三部作」に結実していくわけだが、そのあたりのソロ活動の背景となる「時代」についての描写はない。
代わって、「旅」や「料理」についての証言が、かなりの時間を取って語られる。特に料理については、この映画の出資者との兼ね合いもあったのだろうが、正直退屈だった。もちろん加藤和彦が音楽と同じくらい、旅や食についても時間と労力をかけていたことは知っていた。だが、繰り返すが、この映画のタイトルは「音楽家加藤和彦とその時代」なのである。省いても問題なかったはずだ。
ついでにいえば、「安井かずみと一緒になったことで加藤和彦が遠くに言ってしまった」という新田和長の述懐は、結構重い。
安井かずみがいなければヨーロッパ三部作はできなかっただろうし、竹内まりやも出てこれなかったかもしれない。その一方で、安井かずみとのコンビには、金持ちが道楽で音楽をやっているようなスノッブ臭も感じた(逆にそれがいいという人も、もちろんいるだろうが)。
それともう一つ、1980年代初頭のヨーロッパ三部作から、いきなり2009年の自殺に時代が飛んでしまうのもどうかと思う。この間のミカバンドやフォークルの再結成は省いてもいいだろうが、他にも映画音楽や市川猿之助のスーパー歌舞伎などの舞台音楽も手掛けているのだから。
この監督の前作は、2020年に公開された『音響ハウス Melody-Go-Round』である。こちらの方は音響ハウスを建てた人からエンジニア、ミュージシャン、守衛さんに至るまで幅広い人物に取材した名ドキュメンタリーだった。
制作費などの都合で、ある程度端折らなければならなかったのも想像できるが、それだけの作品を作れる腕があるのだから、もう少し充実した内容にしてほしかったと思うのは酷だろうか。
とはいえ、劇場の大音響で聴く「タイムマシンにおねがい」や「塀までひとっ飛び」「うたかたのオペラ」などの名曲たちは素晴らしかったし、おそらく加藤和彦が亡くなった直後、加藤和彦が歌う『黒船』の「さよなら」に合わせ、延々とインプロビゼーションを弾く高中の映像も心を打った。
これまで自分が指摘してきたことは、ある程度加藤和彦を知っているから感じる不満なのかもしれない。加藤和彦のことをよく知らない世代なら、何の抵抗もなく受け入れられるだろう。
ぜひ、幅広い音楽ファンに観てほしいと思う。
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