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サイクリストはタイヤの空気圧の違いを感じとることができるのか? : (前編)

こんにちは
ロードパーツが大好きなSilicate meltと申します。

何かとお金がかかるロードバイク趣味の世界
パーツを変えると、なんでも「良い方向」に考えたくなるものです。
例えば、Amazonで売られているラテックスチューブのレビューを見ると
加速が良くなった」だの、「乗り心地が上質になった」だの

言ったもん勝ち

の様相を呈しております。

果たして本当にそうなのでしょうか?


別にラテックスを馬鹿にしているわけではないのですよ。
ワタクシだって、Vittoriaのラテックスの愛用者です。
でも、性能なんて最初から期待していません。
ブチルと比べて前後2000円程度の差で最上級クラスのものが使えるなら、
自己満足度に対するコスパは高いだろうと…
ただそれだけのこと
「加速が良くなった」、「乗り心地が上質になった」
なんてのは、投資した自分を納得させるための方便でしかないのです。

こうした "ロードパーツのプラセボ効果
をブラインド試験で確かめてみようというのが、
本稿の趣旨なのであります。



ことの発端は、タイヤの空気圧と転がり抵抗の関係を調べた時のことです。

空気圧と乗り心地の関係
一般的には、
低圧にすると乗り心地は良いが抵抗が大きくなるので速度が遅くなる、
高圧にすると抵抗は減るが、路面のわずかな凸凹での突き上げが大きく振動を感ずるようになる

と言われています。

ところが、ワタクシ
5barから10barまで空気圧を1barずつ換えて試験走行をしたにも関わらず、乗り心地の違いがさっぱりわかりませんでした。

なぜ自分には違いがわからないのか?
実際のところ、
空気圧と乗り心地の関係を正しく評価できるサイクリストって、
どれくらいいるのだろうか?

そこで、こんな試験をしてはどうだろうかと、提案をしました。

空気圧評価者資格試験

< 実施方法 >
(1)自分の普段の空気圧の±1barの範囲(常用7barなら、6bar〜8bar)で何度か走行し、速度と乗り心地の変化を覚える。
(2)自転車仲間に、自分のバイクの空気圧を±1barの範囲でランダムに変えてもらう。このとき自分はポンプの圧力値を見ないようにする。
(3)(2)のバイクに乗ってみて、圧力を当てる(6 bar、7bar、8barの三択)。
(4)(2)と(3)を10回繰り返して、正答率を求める。

実を言うと、これは単に空気圧の評価だけに終わる話ではないのです。

このようなブラインド試験で、
高い正答率(例えば80%以上)を出すことのできるサイクリストこそ、真にロードパーツと乗り心地の関係を語ることが許される、一流のサイクリストであると言えるのだ!




1. 序章


上のような話をS君にしてみたところ、協力をしてもらえることになり、AUCC(秋田大学サイクリング部)の20数名の部員の中から、精鋭3名を選抜してもらい、私とS君を含めた計5名で、「空気圧評価試験」を実施することになった。

10月のとある土曜日
9:00 学校正門前集合

私、A君、S君、K君と順番にやってきた。
集合時刻を過ぎたのだが、1年生のY君が来ない。

4人でパーツの話やらレースの話をして待つ。
最近のAUCCはレースにも積極的に参戦しており、上位に食い込む選手も出てきたりして、そこそこ活躍しているらしい。
ゆるポタ中心のお遊びクラブかと思っていたが、そうでもないようだ。

それにしてもY君が来ない。
S君が電話をする

どうやら寝てたらしい(笑)

「先に行っててください」
とのこと

先に行ってろったって、場所わからんでしょうに

9時30分
Y君がやってきて全員が揃った

ワタクシが今回の試験の趣旨と方法を簡単に説明する。

この試験の正答率で5人の順位をつけようと思う
上位の者ほど "違いの分かるサイクリスト" であり、ホイールやフレームを買い替える価値があると言えるだろう
逆に正答率50%以下だと、それはもう何乗っても同じってことだわな(笑)」

フッ
どうせみんな、正答率なんて40%程度で
たいして変わらないのサ…

とほくそ笑む、私



2. 試験の方法


説明が終わったところで、秋田市向浜の試験コースまで全員で移動した。
ここはワタクシのパワーメーター試験の試験地でもある。

秋田市向浜の試験コースの路面状態
路面には写真のような亀裂やそれを補修した凸凹が多い
この亀裂は融雪期の日中の雪融けと夜間の凍結を繰り返すことに
より生ずるもので、雪国にはよくある路面の劣化状態である。

試験コースの舗装路面の様子を上図に示す。
ここは路面の状態があまりよくない。
一般にロードバイクの乗り心地の違いは、路面状態の悪い場所であるほど感じ取りやすいと考えられている。
だからここは、タイヤの空気圧を判別しやすいコースということになる。
もしもこの場所で空気圧の違いがわからないのであれば、一般的な県道や国道で感じ取るのは困難であろう。

試験のやり方は、上に書いた「空気圧評価者資格試験」の通りである。
まずはじめに、フロアポンプを使って、各自で自分の常用空気圧の±1barの範囲で変えながら乗ってもらい、空気圧と乗り心地の関係を確かめてもらった。

次に、秘密の空気圧に設定された各自のバイクで試験走行を行った。
試験コースは1.5km先で行き止まりになっており、適当な場所で折り返して戻ってくる。
挑戦は一人あたり10回であり、正答率(%)と次の式による合計失点を求めた。

合計失点 = Σ | xi -yi |

ここで i は試験回数(i=1~10)で、xi と yi は、それぞれi番目の空気圧の設定値と予想値を表す。
例えば常用7barで、設定が x=6bar だったのを y=8bar と誤認識すると、それだけ失点が大きくなる。

なお試験前に、この試験に対して
自分がどれくらい自信があるか?
正答率を予想してもらった。


3.試験の様子


最初の挑戦者はA君
AUCCのレーサー兼次期専属主任メカニシャン候補
市内のロードバイク専門店でアルバイトをしながらメカニックの修行をしている理工学部1年生
夏休みに325kmを自走して実家まで帰ったロングライダーでもある。
バイク:CANYON
タイヤ:BS R1X 28C、クリンチャー
普段の空気圧:7bar
ロードバイク歴:5年
好きな食べ物:サーモン

自分の正答率の予想は70%

A君には少し離れていてもらいます。


その間にバイクの空気圧を設定
A君は普段7barで乗っていますが、7barはこのタイヤの使用上限なので、5bar、6bar、7barの3通りをランダムに設定します。

秘密の空気圧に設定されたバイクに乗ってA君が出発します。
さっそく、ブツブツ言っていました。
うわぁー、わかんね〜 って聞こえた、笑)

試験後に首を傾げるA君
空気圧、さっきと変わったかな〜??

これを10回終えたら交代です。


次の挑戦者はK君
AUCCのレーサーで理工学部4年生
実は1年ちょっと前、私は乗り始めたばかりの時の彼に会っているのだが、この1年間でロードバイクに関する知識と経験をかなり身につけて来たようだ。
バイク:TREK Emonda
タイヤ:Bontrager R1 28C、クリンチャー
普段の空気圧:7bar
ロードバイク歴:1年半
好きな食べ物:オムライス

自分の正答率の予想は50%


K君のバイクの空気圧を設定します。
フロアポンプを使ったことがないY君に、先輩が使い方を教えます。


三番目の挑戦者はS君
AUCCを代表するレーサーで、専属メカニシャンも務める大学院修士2年生
空気圧の設定には細心の注意を払うパーツオタクでもある。
バイク:KUOTA Kryon
タイヤ:フロントVittoria CORSA SPEED G2, リアCORSA G2 25C、チューブラー
普段の空気圧:7bar(正確には前後でわずかに変えているらしい)
ロードバイク歴:12年
好きな食べ物:サーロインステーキ

自分の正答率の予想は強気の90%
できれば満点を目指したいとのこと


S君のバイクの空気圧を調整するA君
空気圧は、直前の結果を聞いて当たったかハズレたかを確認しながら、
当てられないように作戦を考えて、ポンプを押す人が決めます。


試験に出発したS君


戻ってきて蛇行させながらタイヤの感触を確認します。
低圧はハンドルを切りながら蛇行するとわかるのだという。



四番目の挑戦者はY君
これからレースにもチャレンジをしようと思っている期待の新入部員、理工学部1年生
バイク:PINARELLO RAZHA
タイヤ:Continental Ultra Sports 25C、クリンチャー
普段の空気圧:不明(特に意識したことがない)
ロードバイク歴:半年
好きな食べ物:お寿司

自分の正答率の予想は弱気の20%
空気圧のことはよくわからないし、全く自信がないとのこと。


試験走行から戻ってきました。
一応、空気圧を予想しますが、やっぱり自信がなさそうです。


最後の挑戦者はワタクシ、Silicate melt
十代の頃、シマノに入社してレーシングコンポの開発者になることに憧れていた中年サイクリスト。ロードに乗っている時とパーツいじりをしている時は精神年齢15才になる。
バイク:LOOK 565
タイヤ:Continental GP5000 25C、クリンチャー
普段の空気圧:7bar
ロードバイク歴:38年
好きな食べ物:妻の手作りアップルパイ
好きな言葉:Cレコ期

自分の正答率の予想は40%
三択だから確率的には勘でも30%は当たるはず
でも少しくらいは違いがわかるかもしれないから、40%にしてみた(笑)

A君とK君が空気圧を調整してくれています。


ワタクシは少し離れた所で様子を見守る。


バイクを受け取って試験に出発


戻ってきました。

ダメだ、まったく分からねぇ


正答率40%は無理かもしれない(笑)

という訳で、約2時間かけて5人全員の試験が終了したのでした。


4.結果発表!


それでは、挑戦順に結果を発表します。

< A君の結果 >

正答率70%、合計失点4

試験前の予想正答率は70%で、結果も同じでした
首を傾げながら走っていましたが、正答率70%は優秀なのではないでしょうか。分かるもんですねぇ

< K君の結果 >

正答率60%、合計失点5

試験前の予想正答率は50%、結果は60%。予想よりも良い結果でした。
半分以上当たっていますから、これは有意な差でしょう。
2回目で8barを6barと予想したことで、失点は多くなってしまいましたね。


< S君の結果 >

正答率60%、合計失点4

試験前の予想正答率は90%、結果は60%
彼は3回目で、出走して数秒で「6bar!」と当てて帰ってきました。
しかし次の連続した6barには気が付かず…
空気圧設定にこだわるS君ですが、想像した以上に難しかったようです。
でも、予想が外れても1barのズレで済んでいるのは流石ですね。

< Y君の結果 >

正答率80%、合計失点2

試験前の予想正答率は20%
ロードバイク歴半年、空気圧のことなど意識したことがなく、全く自信がないと話していたY君でしたが、結果はナント正答率80%

これには本人もみんなもびっくり!!



いよいよ最後になりました。

< ワタクシの結果 >

試験前の予想正答率は40%

(´・ω・`)


30%



8






           (´;ω;`) ブワッ





空気圧評価試験:結果のまとめ

ヤバい
久々にコレを思い出してしまった

↑ Silicate melt



空気圧と乗り心地の関係について、
どのように感じたのかを聞いてみました。

A君:「6barと7barはシッティングでは変わらないが、ダンシングをすると違いを感じた
6barが最も良いと思った

K君:「7barは振動を感じた
自分には6.5barくらいがちょうど良いのではないかと思った

S君:「8barは振動を感じた
6barはハンドルを切った時にモッサリ感がある

Y君:「8barは振動を感じた
今まで空気圧のことを考えたことがなかったが、6-7barくらいが自分にはちょうど良いのではないかと思った


5.考察


(1)サイクリストは空気圧の違いによる乗り心地の差を感じ取れるのか?

AUCCの4名は全員正答率が60%以上であり、空気圧の違いによる乗り心地の有意な差を感じ取っていたと結論できる。

(2)28Cタイヤの適正空気圧について
A君とK君は、これまで28Cのクリンチャーを7barで使用してきたそうである。しかし、今回の試験により、それぞれ6bar、6.5barの方が良いと感じたようだ。それらの値は、iRC監修のサイスポの推奨値とよく一致している。
(サイスポ2019年12月号によると、体重60-70kgの時の28Cの最適空気圧はキレイな路面〜荒れた路面に対して、5.8〜6.5barであるとされている)
彼らはそれを感じ取ることができていたと言える。

(3)なぜY君は空気圧を当てることができたのか?
AUCCの4名のうち、最もロードバイク歴が長く、空気圧に対してコダワリのあるS君の正答率が低く、初心者で空気圧のことなど考えたことがないY君の正答率が高い結果となった。
ちなみに、仮に10回全てを勘で答えるとすると、3択で8割正答する確率は0.3%である。Y君は確かに "違い" を感じ取ることができていたのだ!
知識や経験よりも個々人の感覚の方が勝るということなのだろうか?

なぜY君は空気圧を当てることができたのか?
帰ってからS君とメールで議論をした。
彼の意見は、「Y君のホイールがスポークテンションの高い鉄下駄であったために、振動を感じやすかったのではないか?」
とのことであった。

確かにバイクの状態も関係していたのかもしれない。
ただ、私が気になったのは、
Y君のスタイルが他の4人とは大きく異なっていたことである。
Y君はレーパンを履いておらず、手はグローブをしておらず、ペダルはSPD-SLであるものの、履いているのはランニングシューズ
つまり、彼は完全に「街乗りスタイル」で空気圧試験に挑んでいたのだ。

やったことがある人は分かると思うが、ビンディングペダルを普通の靴で乗ると、足の裏の骨のあるところの下がスカスカになって、めちゃくちゃ漕ぎずらいのである。
足元が不安定なためにペダルに体重がしっかりと乗っておらず、素手のままハンドルを握る手に上半身の重さが掛かっていたこと
レーパンを履かずにサドルにどっかりと座っていたこと
そうしたことから、Y君は振動を感じ取りやすかったのかもしれない。


最後に少しだけ言い訳をしてみたいと思う
ボクの LOOK 565は振動吸収性能が抜群にいいんだ!
( ´ω ⊂ヽ グスン

それにGP5000だって、転がり抵抗が空気圧で変わらない万能タイヤだ
(ソースはこちら
( ´ω ⊂ヽ グスン

だから…
だから、6barだろうが、8barだろうが関係ない
どんな条件でも同じようにスイスイ走ってくれる
最高のロードバイクなんだ
つまり、本当はボクのロードバイクこそ世界一なんだ! (’;ω;`)ブワッ



6.まとめ

  • サイクリストは一般に、サイクリングをしているときに路面の悪い状況に出くわすと、60-70%くらいの確率で空気圧と乗り心地の関係を感じ取ることができるらしい。

  • 街乗りスタイルでロードバイクに乗ると、空気圧の違いをより敏感に感じ取ることができるらしい(Y君の例)。

  • ただし、例外的にそうしたことが皆目わからない鈍感な人もいるらしい (ワタクシの例)( ´ω ⊂ヽ グスン


Acknowledgement

AUCCの皆様
今回はどうもありがとうございました!


(後編に続く)


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