大人向けの『白雪姫』
1938年のディズニー・アニメ版『白雪姫』は、1812年のグリム兄弟の『白雪姫』とは、異なる点がある。
(ちなみに。グリム童話はドイツの「昔話集」であり、グリム兄弟は昔話を収集しただけ。創作はしていない。正式なタイトルは『子どもと家庭のメルヒェン集』である)
今回は、知っているようで知らない白雪姫の話をする。
白雪姫の見た目のイメージは、ほとんどの人の中で、おそらく統一されている。
しかし。これを聞いて驚く人もいるだろうが……グリム童話の中には、実際、白雪姫の見た目に関する描写はない。
以下のような描写はある。
雪の日に、黒い窓枠の近くに座り、裁縫をしていた女性。針で指先を刺してしまい、赤い血が白い雪に落ちた。その日から、白と黒と赤という色の組合せを好むようになり、「雪のように白くて 血のように赤い唇と この窓枠の木のように黒い髪 をもつ子どもがほしい」と言いはじめた。後に、その女性が出産した。
私たちが勝手に、この母親の願望はまるまる叶ったのだと、思いこんでいるだけなのである。
白雪姫の本名を知っている人はいるだろうか。
白雪姫の名前は、白雪(スノー・ホワイト)である。それ以外、言及されていない。
ヴィランにも名前がない。Evil Queen(邪悪な女王)やクイーン・グリムヒルド(残忍さを隠しもった女王)と、表現されているのみ。
原作にある暗い内容が、ディズニー・アニメ版では削ぎ落とされている。
子どもたちやお茶の間向けに、そうして、正解だったろう。グリムらも、小さい子をあまりにも怖がらせてしまうという懸念から、一部を削っていたし。
以下で、詳しく解説する。
狩人
アニメ:狩人は、より道徳的な意味で罪悪感を感じ、白雪姫の殺害をやめる。
原作:狩人は、白雪姫の美しさゆえに躊躇して、彼女を殺せないだけ。
原作はルッキズム全開。
心臓
アニメ:殺害の証拠として魔女が狩人に要求したのは、白雪姫の心臓。
原作:それが、心臓ではなくて肝臓と肺。
心臓はわかりやすいが。原作は具体的で気持ち悪い。
カニバリズム
アニメ:魔女が、狩人にとってこさせた白雪姫の心臓を魔女がどうしたのかについて、触れていない。狩人の偽装で、本当はブタの心臓。
原作:魔女は、夕食用にそれを調理するようにと、料理人に命じる。魔女は白雪姫の臓器(と信じるもの)を食べる。狩人の偽装で、本当はイノシシの肝臓と肺。
3度の暗殺
アニメ:魔女は、老婆に変装し白雪姫をだまし、彼女に毒入りのリンゴを食べさせる。
原作:
① 魔女は行商人に変装。白雪姫に呪いがかかった衣服を試着させる。白雪姫の胸はしめつけられ息ができなくなる。小人たちが発見し服を切る。
② 魔女は一般人に変装。白雪姫は、またも、知らない人を家に入れてしまう。髪をとかしてもらうがクシに毒が仕込んであった。小人たちが発見し髪からクシをとり去る。
③ 魔女は違う女性(老婆ではない)に変装。白雪姫に毒リンゴを食べさせる。ついに、小人たちは彼女を救えず。
原作には、人を疑わないことと慎重に生きることの区別がつけられず、何度もだまされる女が描かれている。小人らもお手上げだろう。
王子
アニメ:白雪姫と王子には面識がある。白雪姫の歌声を聞き、王子は彼女に好感をもつ。2人で一緒に歌をうたう。交流は短いが、真実の愛のキスをする前に、せめて互いを知っている。
原作:旅行中の王子が、小人たちの家に立ち寄る。白雪姫について聞いた王子は、ぜひ会ってみたいと言う。仮死状態の白雪姫とガラスの棺ごしに、初対面。その美しさに衝撃を受ける。
王子は、白雪姫を森に一人にしておけないと言い出す。部下たちに、どこへ行くにも彼女の棺を運ぶように命じる。「私に彼女の棺をもたせてくれ。そうすればいくらでも金をやる」王子が小人に言ったセリフだ。
正直、気味の悪い話だ。
真実の愛のキス
アニメ:真実の愛のキスがカウンター呪文として機能する。2人の愛が邪悪な呪いに打ち勝つ。
原作:2人はキスをしない。使用人の1人が白雪姫の入った棺を落とす。その衝撃で、彼女ののどにつまっていた毒リンゴの欠片が出る。
原作、まさかのなんの物語性もない。
魔女の末路
アニメ:小人や野生動物が、魔女を山頂まで追いやる。魔女は崖から転落死する。
原作:白雪姫らは、魔女を結婚式に招待する。魔女に熱い鉄の靴をはかせ、死ぬまで踊れと命じた。おそらくは余興を見るかのように、みんなでそれを眺めた。
比喩や隠された話を見てみる。
毒リンゴ
禁断の果実。白雪姫は比喩的にイヴである。
7つの大罪
7つの大罪の多くが、魔女の性質に見受けられる。白雪姫は、それらとは対極的な美徳をそなえている。前者:嫉妬や強欲や怒り。後者:謙虚さや労働倫理や親切心。
アニメでも原作でも。魔女がどれほど白雪姫のようになりたいと願っているか、が表現されている。
7人の小人
7は、キリスト教で、完全や神聖を意味する数字でもある。
Happy, Doc, Grumpy, Dopey, Bashful, Sleepy, and Sneezy. ごきげん、先生、おこりんぼう、おとぼけ、てれすけ、ねぼすけ、くしゃみ。こちらは、7つの罪ではなく7つの「気分」だ。
7人の小人で、人間のもつさまざまな性格が表現されている。
『白雪姫』は、国によって、いろんなバージョンがあるらしい。
各国のタブーなどが反映されて削られたり、強調したい教訓が編集されたり、しているのかもしれない。