ディファレンシャル・リアル・イコール・シンレイスポット

ネオサイタマの労働は過酷だ。それは表現する者も同じく。「これじゃ売れない!ケジメだケジメ!」「アイエエエ!」カートゥーンの作家達にもマッポーは等しく襲いかかるのだ!「ちょっとやめませんか」
割り込んだのは美しい女のアシスタントだ。その胸は平坦であった。「指を失ったらカートゥーンは描けません。そうなればあなたはビジネスチャンスを潰したとされてクビになります」「ヌゥ…」アシスタントの巧みな割り込みに編集者は言葉を詰まらせる。
圧迫編集者をあしらい安堵を取り戻した漫画家とアシスタントは再び仕事に取りかかる。ネオサイタマでは上司が部下に高圧的な態度を取るのは普通であり、逆らうのはムラハチも覚悟しなければならない。だがこの女はそんなことをまるで恐れていないようだった。
「たまには休まないとな…」身体はこの程度では問題ない。しかし毎日原稿と向き合いっぱなしというのは思いの外ニューロンへの負担が大きい。健全さを保つためにも休みが必要だ。その女の頭の上からイタチの…正確に言えばオコジョの耳が出る。
彼女は動物の耳を移植しているのか?否。いつの間にか彼女の手も動物めいて毛皮に包まれていた。んーっと伸びたあと、彼女の姿は再びもとの美しい女性に戻っていた。こんな幻を見るなんてきっと私たちのニューロンは疲れているのだろう。スシを補給せねば。
…我々は確かに幻を見ていた。だがそれはニューロンの疲労とは無関係である。このアシスタントの女は…実はニンジャであった。モータルとしての名前はいくらでもあるがその真のニンジャネームはディファレンシャル、または…イカイ・ニンジャ。

どういうわけか連載している雑誌が一か月休刊になった。渡りに船といったところか、ちょうどいい機会なので気分転換に街を散策することにした。バイクをログインさせてネオサイタマに躍り出る。無軌道な開発が行き過ぎてマッポーと化したこの街に。花々の代わりに視線を引き寄せるのはネオン看板。
(あんまり美しいものではないな)植物も看板も無軌道さと部分的に保つ規則性は同じだ。だが枯れて次の命の糧となる花と違い看板は放置され壊れたまま役目もなく光るだけである。今はまともな動物が住めそうな自然は絶滅しかけていた。
(なんか面白いことないもんかな)せっかくの休日だ。何か面白いことをしたい。彼はIRCのニュースサイトに接続する。「サイバネアイが流行っています」「疲れた体にバリキドリンク」ピッ。「またも凶悪事件。早く政権交代を」「ネオサイタマのモラルの低下は深刻」ピッ。扇動的て過激なニュースばかりだ。彼はため息交じりにサイトを転々とする。
現状に不満がある人が多いからこういった怒りを起こさせる内容のニュースは人気だ。過激で直情的、下品な言葉で責任がありそうな相手めがけて罵る。そういった感情の共有は安い娯楽だ。自販機で買えるドラッグのようなものだ。使いすぎれば精神は荒廃する。
ディファレンシャルはネオサイタマができる前から、ずっと前から生きてきたリアルニンジャである。過去はドージョーで修業し、メンキョを授かりハナミ儀式をしてニンジャになった。そして人々の間にそのジツの才能を生かして紛れ込み、時にニンジャを殺した。その表現能力のおかげでジツは非常に優れたものになった。
そうして彼は名実共にアーチニンジャとなった。彼の持っていた荘園には多数のアーティストが住んでいた。しばしば街に出てスカウトしていたのだ。彼は強大なニンジャであったが、イクサは好まなかった。世界が戦争の時もアートを守り続け、そして作っていた。
彼の荘園はネオサイタマの中にある。だが今は人々に受けぬ。荘園内のモータルと相談し、電子戦争の直後あたりに彼はネオサイタマのアーティストに化けて研究することにした。だがそこで知ったのは彼の予想を超えたマッポーだったのである。モータル達は最早表現の場所すら奪われていた。
彼はバイクを転がしながらサイトを転々とする。新設されたハイクの投稿サイトだ。まだ数は少ないが稚拙なもののそこには確かに表現をしようとする心があった。彼はサイトの開設者にアクセスした。そして予測検索によからぬ単語を見つけた。「ナナクサ 消された」(なんだって…?殺された?)しかし無数の情報が跋扈するネオサイタマで真実を知るのは難しい。
解決方法を検索する。探偵をあたる。信頼できるかどうかも念入りに。彼はアーチ級バカシニンジャ。容易に騙されることはない。(だめだ…あてにならん)消された、となれば危ない橋だろう。となればニンジャに依頼したいがこんなマッポーにそんなニンジャは…そもそもネットにニンジャの情報なんかそうそう転がってないのだ。(ならば…)
彼はハッカードージョーの近くでバイクを止めた。そして中を拝見する。(誰にするか…よし)トイレに向かった生徒に狙いを定める。ディファレンシャルは忍び込み、物陰に隠れると集中した。prrrr!「エッ!?急用だって!?」彼は荷物をまとめて慌てて帰っていく。そしてディファレンシャルは入れ違いにドージョーに入る。その姿は今出て行った生徒そのもの!
バカシ・ジツは他者になりすますことが可能なジツだ。しかし全く関係のない今見ただけの人物に外見に寸分も違いのない完璧なヘンゲは極めて高度な技術が要求され、可能なのはクランの中でも1%未満である。ディファレンシャルはその1%未満の一人だ。これがアーチ級のバカシヘンゲである!
ちなみにIRCの着信もジツによって偽装したものだ。事象を歪んで認知させ自身を有利にさせる、これがバカシ・ジツ!悠々と空いているunix端末に座りタイピングを開始する。一切の生身ながらその速度はテンサイ級。ソウカイネットにあるニンジャの情報を調べに行く。外見的特徴。菖蒲色の長髪。美しい。平坦。ビジネスが上手い。そしてキツネ。
(思った通りだ)思いのほか情報量が多い。その恐るべき経歴を調べ上げると彼はすぐに切断した。相手から辿られてこのドージョーに危害が及ぶのは好ましくない。必要な情報は集まった。そしてまたも都合のいい情報を手に入れて彼は口角を上げた。今日はタイアンキチジツだ。
ドージョーを出てバイクを走らせる。そして絵の投稿サイトを開いた。バイクに乗りながらネットサーフィンというのはニンジャとて実際アブナイ!「あっ」壁に擦らせてしまい、彼はしぶしぶサイトを閉じた。スマホ運転、やめよう!

ディファレンシャルはネジレシッポ・ジャンクヤードにバイクを走らせる。ネオサイタマによくあるジャンクヤードだが最近は開発のために重機が通っている。彼がここに来たのはとあるニンジャに依頼をするためだ。
道行く人がその美しさに思わず振り返った。バカシニンジャ達は普段は美しい女性の姿をしていることが多い。アーチである彼は目が覚めるほど美しく化けることができる。貧しい割に人々はちゃんとした耐重金属酸性雨コートを着ていたのが不思議だった。
住所などないため所在地は大まかにしかわからない。ここからは探す必要がある。「ドーモ、シロヅカ=サンを知ってますか?」「シロヅカ=サンですか?今日は別のビジネスがあるらしくていないです」む、空振りか。日を改めるかと彼が踵を返そうとしたときひとつ気になる臭いを嗅ぎ取った。
「いるな…ネコの臭いだ」ネコ、とは言ったがただのネコではない。つまりはネコめいた何か…おそらくニンジャ。注意深くニンジャソウル痕跡を探ってみる。あちこちに走り回っているようだ。
 
「て、てめえ!俺の給料を!」「きみの給料じゃないのは知ってるよ!返してもらうからね!」「な、ナンダトー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」シャイニングボウの拳がその男を吹き飛ばす。「アバー…」「オタッシャデー!」
ネジレシッポ・ジャンクヤードは開発が進んでいるとはいえ治安はまだよくない。泥棒はチャメシ・インシデントである。こんな場所にマッポはいない。では誰が治安維持を行ってるかというと、シャイニングボウだ。
コートの頭部分はネコミミめいて大きく膨らんでいた。彼女の背後には尻尾も見える。飾りではなく体の一部だ。ワーキャットのニンジャなのだ。
身のこなしは機敏、しかし今のパンチを見ればまだ録なカラテのないニュービーであることは間違いない。実際先日ニンジャになったばかりなのだ。だがニンジャになったからといって彼女の日常が大きく変わることはなかった。それは悪い意味ではない。
彼女は正式にネジレシッポ・ジャンクヤードのヨージンボとなった。盗人や暴漢は懲らしめる。人は守る。盗まれたものは取り返す。ジャンクヤードの泥棒娘は今までもなんとなくやってきたことをなんとなく続けているだけだ。変わったことといえば、おうちの雨漏りとすきま風がなくなったこと、毎日スシが食べられるようになったこと。
(またいる…)彼女は川を挟んだところに不審な人影を見た。そのネコの瞳は暗闇を日中のように明瞭に映した。どうやらその人影はこちらを観察しているらしい。しかしそれだけではカラテを振るっていい理由にはならない。不必要な暴力はやめろ、と指示されている。
「うーんもうねよ」夜も遅い。でもあの人影も気になる。ニンジャになったはいいものの彼女は物事を予測して動けるほど聡明ではなかった。よって争乱の兆しに気付いていながら対策を取ることが出来なかった。

翌日、ジャンクヤードには見慣れぬ「サイバネ手術が安い」「今だけ安い」「逃したらできない」といったノボリが立っていた。(よめないよ…なんて書いてあるの!?)シャイニングボウはそのよからぬ文字列とその旗に記された三つ巴のマークの意味が解らぬ。だがよくないことが起こっているのはなんとなくわかった。
「なにしてるの?」「ネコチャン!よくぞ聞いてくれました!」「我々はこの貧しい地域にサイバネの良さを伝えるために来ました!」「手術すれば作業効率アップ!たくさん働いてたくさん稼げる!しかもツヨイ!アブハチトラズ!」
「さいばね?」シャイニングボウは何度か聞いたが未だに意味が解らぬ単語に首を傾げた。体が機械に変わってしまうのだとは解る。それが何を起こすかはよく解らない。「…」記憶を辿ってみる。機械の体…「…あっ!だめだよ!あぶないよ!暴れちゃうよ!」シャイニングボウはその記憶にたどり着き叫んだ。
「患者に配慮」「実際安全」「リスクは限りなく0」ノボリの文字がオムラ社員の言葉を代弁する文字に変わった。触れば通り抜けるホロノボリなのだ。相変わらずシャイニングボウは読めないが。
「でも暴れたよ!人が殺されたよ!覚えてるよ!」「技術は進化しています!」「きっと闇サイバネなのでしょう!でもオムラはツヨイから安心!」シャイニングボウは悩む。彼らがジャンクヤードの人に違法なサイバネ手術を施し、金を搾取しようという魂胆を持っていることは彼女には解らない。しかし言ってることを鵜呑みにすれば利用されるという知恵はこの治安の悪い地域で育ってきた彼女の遺伝子にしかと刻まれている。
「こんなとき…あった」そこには無線端末があった。たった一人にしか繋がらないそれを見よう見まねで操作する。「シルバーフェイス=サン!たすけて!」「い、いきなり叫ばないでくれ…どうした」「えっとね、さいばねしゅじゅつを勧めてくる人がいるの!」「サイバネ…オムラかハヤイかヤナマンチか…どこかわかるか」「オムラ…オムラはツヨイから安心だって!」
一呼吸置いてシルバーフェイスが言う「オムラか…ちょっと待ってろ。そいつらはよくないやつだ。だが手出しはしないでおけ」「はーい」悪いやつなのに殴ってはいけない?矛盾した指示に疑問を感じたが無闇に殴れば危険なのは知っていたから従うことにした。幸か不幸かそのオムラ社員はシルバーフェイスの名を知らないようだった。シックスゲイツすら恐れる銀のワーキツネを。
シャイニングボウが何かをいいかけた時、動物めいた人が三人の前に立っていた。女性…?いや、あれは男だ。彼女の直感だ。それはニンジャソウルに由来する直感。「あぶないよ!その人たちよくない人!」その動物めいた…正しく言えばワーオコジョの美しい女性めいたニンジャはゆっくりと振り返って笑った。
「ありがとう。だが私にとっては実際安全だ」その万色が宿る瞳と目が合った時、シャイニングボウは全身の毛がざわつき、思わず失禁しかけた。圧倒的なニンジャ存在感を感じ取ったからである。
「お前たち、本当に安全か?」「あ、安全、です!」「ならば調べてみよう」その女は長めに息を吐いたのち叫ぶ!「ディファレンシャル!」

「…え!?」シャイニングボウはどこか別の場所にいた。何かの像がオムラ社員三人を見下ろしていた。「さあ本当のことを言うがいい」像…ブッダデーモンは恐ろしい声でオムラ社員に問う。「アイエエエ!?」三人は失禁した。
「お前たちは本当は違法なサイバネを植え付けて金を奪おうとしていたな?」「ハ、ハイ!」あまりの恐ろしさに涙と尿を垂れ流しながら社員が答える。「そしてその後もジャンクパーツを安く植え付けてメンテナンス代をむしり取ろうとしたな!」「ハイ!ス、スミマセン!」
一体何が起こっているのか!?「そしてそういったことを今までも沢山行ったな?」「ス、スミマセン!懺悔します!」ブッダデーモンの首が動く。「懺悔したければ今すぐこの行いから足を洗い、今までやった手術患者を探し正式な物に取り替えるのだな。しかも、無料でだ」「「「ハイヨロコンデー!!!」」」「では行け!」

「…あれ」いつの間にか景色は戻っていた。オムラ社員は逃げるように走りながら失禁していた。「懺悔します」「許してください」「欺瞞を恥じます」ホロノボリの文字が変わっていた。
「あいつら、これ置いていってしまったな」その女は触れないホロノボリに手を通しながら言う。そしてシャイニングボウのほうを向いた。「ドーモ、ディファレンシャルです」震える手を合わせてシャイニングボウもアイサツした。「ドーモ、ディファレンシャル=サン。シャイニングボウです」

ディファレンシャルはシャイニングボウの手の震えに気付いて「ああ…怖かったか。大丈夫だよ」と言った。こういった話を素直に聞くのはよくない。まず疑うことからかかるべし、というコトワザをシャイニングボウが知るわけもないが、実践はしている。
「だれ…なの?」まるで肉食動物を前にした草食動物めいて怯えるシャイニングボウ「私は…ニンジャで、イタチで、正確にはオコジョで、ニンジャで、漫画家だ」「???」ディファレンシャルの目にはシャイニングボウの頭の上に複数のクエスチョンマークが出るのを見た。
だがその答え方は聞き覚えがある。あの時のネコも似たような言い方をしていた。「…ニンジャで…まんがか?」少し警戒心は薄れた。彼女が警戒を持ったのは当然でありむしろ推奨されることだ。相手は間違った情報を与え、敵を化かすニンジャなのだから。とはいえディファレンシャルは実際化かすつもりもなく、敵意もなかった。むしろ仲間になりに来たのだから。一方でディファレンシャルも予想外のニンジャに遭遇したためどうすべきか考えていた。今すぐシルバーフェイスの名を出せば警戒されてしまうかもしれない。相手はバカシニンジャなのだ。間違った情報であることを疑うのは当然のことだ。このバカシニンジャのソウルを宿した若娘はちゃんとそのことを解っている。
「あいつらは暗黒メガコーポの手先さ。ここにそういったやつらは似合わない」先ほど調べた情報と照らし合わせつつディファレンシャルは言葉を選んでいく。「どうやって追い払ったの?どうして逃げていったの?」ディファレンシャルは笑った。「ジツだ。バカシ・ジツ」バカシ・ジツの言葉にシャイニングボウの尻尾が動く。聞いたことのないその単語がどうしてか耳に残るのだ。ディファレンシャルはシャイニングボウを観察した。
(これは最近なったばかりのニュービーだな)それは正解だ。実際シャイニングボウがニンジャになってから一月も経ってない。(だが悪くない観察力と判断力。少しインストラクションしてやろう)ワザマエをインストラクションとして授けるのはニンジャとしての本能。ディファレンシャルは手始めにジツを教えることにした。その瞳の万の色が煌めいた。
(ソウルの格はあるな。ならジツがあるはずだ)この娘に宿ったのはグレーターニンジャのソウル。ならば使うことが出来る。バカシ・ジツを。「シャイニングボウ=サン、何かを作ることはできるか?」うまく情報を引き出すように問う。
「つくる…できるよ!」背中の籠には金属混じりのスクラップ。あれで弓やいろんなものを作るのだ。ニンジャになってからはいろんなものが作れるようになった。不思議な緑の光を纏い、くっついてくれるのだ。籠を置いて早速何かを組み立て始めた。慣れた手つきで組み立てたそれは緑色に仄かに発光する廃材のキツネになった。ジツが廃材を組み木めいて繋ぎ止めているのだ。本来は組み合わされない形が間違って組み合わさっている。ガラクタはネオサイタマめいて間違えながらひとつの形を表していた。
「遥かに良い!シャイニングボウ=サン!遥かに良い!」思いがけぬアートに遭遇しディファレンシャルは感動した。今日はなんてついているんだ!ディファレンシャルは表現の巧拙は気にしない。表現しようとする気持ちを形にすれば、それ即ちアートなり。
「いいでしょ!やったー!」シャイニングボウも喜んだ。作ったものが誉められたのだ。なぜかはわからないけど嬉しい!「…取り込み中のところ失礼する」冷静な声が割り込んだ。「誰だ?」「ドーモ、ディファレンシャル=サン。シルバーフェイスです」

「依頼?」「そうだ。人探しをお願いしたい」そんなことのためにソウカイネットにハッキングを… ソウカイヤ重役情報への極秘アクセスが見付かってソウカイヤの警戒レベルは上がっていて、電算室のハッカーが何人かケジメした。
「人探し…このハイク投稿サイトのナナクサ=サンを?」「そうだ。消されてしまったという噂の審議を確かめたいんだ」シルバーフェイスは訝しむ。何故なら圧倒的なニンジャ存在感を放つ半神的存在のようなニンジャからこのような依頼、しかも一見何の得にもならない人物を探せという依頼だからだ。
とはいえシャイニングボウとは良い関係になってしまっているし、あの場でオムラ社員を殺さず追い返したとなればこちらも誠意を以て対応するのが道理。この強大なニンジャが敵でないことを祈った。
「なるほど…確かに連絡が取れないのか」シルバーフェイスはインターネットに強い。裏掲示板を巡り、企業の機密情報をハッキングして瞬く間に調べ上げる。「あのような表現の場を与えるものが虐げられることがあってはならない。助けたいのだ」
シルバーフェイスはこの男の言葉から自分に似たアトモスフィアを感じ取った。会話しながらもタイピングの手は緩めない。その速度はディファレンシャルをも上回っていた。(かなりの腕だ。アンディフィナイト=サンにも会わせたいものだ)
「待てよ…消される、か…」ハイクの投稿を探ってみる。予測検索の表現が引っ掛かった。シャイニングボウが顔を覗かせて見守った。文字列がソーメンめいて流れていく。(暗黒メガコーポが絡んだのかもしれない)指の速度が速くなる。セキュリティを破っているのだ。目的はプレミアム会員用投稿掲示板。
「…やはりな」指が止まった。画面には…「断ち切りたい LANケーブルの 接続な」のハイク!たくさんの評価がついているこのハイク、一体これが何を意味しているのか?「そういうことだったのか」
「本当に消された可能性が高いな」「確かめることは?」「直接行くほかない」シャイニングボウは二人のタツジンの会話についていけない。あらゆる意味で。
このハイクの意味を説明しよう。接続、という言葉は暗黒メガコーポのひとつ、ハイセン・セツゾク社を指している。生体LAN端子などを取り扱う企業であり、確かに早いもののそのメンテナンス頻度の高さや悪徳商法で知られている。
つまりこのハイクが消されず存在するということは暗黒メガコーポへの微力な反乱に他ならない!その他もネオサイタマの現状を憂い、暗黒メガコーポの支配を批判するハイクがたくさん!これはあまりにもアブナイ!
「シャイニングボウ=サン、ついてきてくれるか」ディファレンシャルが問う。「うん!」何が起きたのは全く解らないがシャイニングボウは頷いた。なにより一人では心細い彼女にとって圧倒的な力をもつニンジャ二人が味方で心強かった。意外にもシャイニングボウは自分は弱いニンジャという自覚があったからだ。
相手は暗黒メガコーポ。ニンジャ戦力は当然あるものと考えるべきだ。シルバーフェイスはシャイニングボウを置いていくことも考えたが実践で鍛えるべく動向させることにした。いつまでも守られる必要のあるサンシタではいけない。
カチコミの算段はこうだ。ディファレンシャルのジツで忍び込み、立ち塞がる敵はシルバーフェイスが殺す。単純だ。そしてシャイニングボウにカラテを教える。シルバーフェイスの教えられるのはカラテだけだ。
「セツゾク社…活動履歴…よしいたぞ」「生きてるか」「生きているようだ。最もじきに死ぬ。捕らえたのはニンジャだ」「何人いる?」「6人。少々多いが大したことはない」6人!シャイニングボウは戦慄した。とても勝てる人数ではない!
「ねぇ、勝てるの?」二人のニンジャは振り向いた。その表情には不気味なほど焦りはなかった。「楽勝さ、シャイニングボウ=サン。バカシのイクサを教えてやろう」「バカシのイクサ?」「そうだ。ジツだ」

ナナクサは独房に囚われていた。酷い怪我で脱獄しようにもまともに動けない。まして見張りに見付からず逃げることはできそうもない…見張りはニンジャだからだ。
「ハッキングされただと?」「セキュリティが全て突破されています。これは危険です」どうやら電子戦を挑まれたらしい。この会社に電子戦を挑んで勝てる企業はそうそういない。余程優秀なハッカーがいるのだろう。

三人はセツゾク社のオフィスに忍び込む。必要な情報は全て共有してあり、無線も繋げておいた。
slvfc:今のところ見付かっていない。だが相手は警戒体制だな
dfrtl:ハッキングでバレたか。徘徊しているな。!隠れろ!ヘイキンテキだ!
(シャイニングボウ=サン、ヘイキンテキをするぞ。自分の中にあるものを感じろ)(わかった)隠れ進みながらニンジャとしてのアティチュードを教えていく。セイシンテキ、ヘイキンテキ。心を制御化に置き、ニンジャとしての力を引き出す。遠い昔ドージョーで行った、今も色褪せぬ経験をこの新しいニンジャに伝えていく。
鼓動、血の流れ、カラテの循環が感じ取れる。音が澄んで聴こえる。全身から程よく力が抜けて無駄が失われていく。そうしている途中、足音が近付く。「全く無謀なやつもいるもんだぜ。もし目の前にいたらネリモノに変えてやるのによ」そのニンジャの腕はミキサーめいた回転ブレードに置換されている!コワイ!しかし物陰のシャイニングボウとディファレンシャルに気付かず通りすぎていった。
徘徊するニンジャが十分に離れたあとシャイニングボウはディファレンシャルを見た。そして言葉の出ない感動を覚えた。座ってセイシンテキを高めるディファレンシャルからはアートめいたオーラを感じ取れた。さながらワーアニマルのブッダ像!
やがて立ち上がると浮遊感すら感じさせるような足取り。神秘の余韻を残しつつ口を開いた。「これがヘイキンテキだ。精神を澄み渡らせることでカラテやジツを引き出せる。今の感覚を忘れるな」シャイニングボウは頷いた。
十分な精神の鍛練こそ己のソウルの闇やサイバネの狂気に抗う最良の手段なのだ。ニンジャソウルに振り回されてはいけない。使いこなしてこそだ。
slbfc:鍵発見。ニンジャが持っている。殺すことは避けられない
dfrtl:了解。頼む
「イヤーッ!」物陰から現れざまにシルバーフェイスの首狩りチョップが放たれる!「へ」一撃で切断し爆発四散!タツジン!「まあ状況が悪かったな」シルバーフェイスは言い捨てて鍵を開けて奥に進む。二人も続く。
「さすがにこれに気付かれずに進むのは困難だぞ」シルバーフェイスが言うのも無理はない。大群の新型クローンヤクザ(我々から見れば旧型)が配備されているのだ。
「二人とも、バカシ・ジツの切り札を見せてやる。私の表現手段だ」ディファレンシャルは息を長めに吐いて精神を統一する。「ディファレンシャル!」
「これは?」シルバーフェイスは目を疑った。世界がカートゥーンめいて描画されているのだ。シャイニングボウも、ディファレンシャルも、クローンヤクザも…自分すらも。ゲン・ジツ?しかしこれほどまでに大規模だとは!
ディファレンシャルの用いたジツは周辺を自身のゲン・ジツで塗り替えるシンレイスポット・ジツというバカシニンジャ・クラン固有の大技だ。この中では情報はおろか物理法則やエテルの流れすら歪んでしまう。よって巻き込まれれば思うように戦うことは困難になる。
「アバッ!?」「アバッ?!」ヤクザが次々と自分の心臓にドスを突き立てて死んでいく。彼らへの命令を歪ませ、「自害せよ」というコマンドを指示したのだ。これだけで大量のヤクザは自ら死んでいった。
ディファレンシャルは一歩も動いていない。ヤクザはあっという間に全員死んだ。「こいつらは効きやすくて助かる」シンレイスポットを解くと世界が元に戻る。しかし息絶えたクローンヤクザはそのままだった。生死や破壊といった内容は実際にもきちんと反映されてしまう。
シンレイスポットを解除し悠々と進んでいくディファレンシャル。相手に間違った認識を与えることがバカシ・ジツの本懐であり、イクサの中に犯した致命的誤解はそのまま相手のイポンを許すこととなる。
「また来る」「隠れるか?」シルバーフェイスは考える「いや…インタビューしよう。手早く済ませたい」「成程。では一芝居見せてやろう」足音の主はさっきのニンジャだ。ミキサーめいた腕のブレードの回転音がシャイニングボウを緊張させる。
「シャイニングボウ=サン。ヘイキンテキをするんだ」シャイニングボウは頷いて弓を構える。緑色の燐光は彼女の精神に呼応するかの如く弓に収束され目立たなくなった。指先に超自然の力が篭り獲物を射る瞬間を待つ。
「……イヤーッ!」敵が軌道に入った瞬間矢を放つ!その矢はいつもより細い!失敗?否!その弾速は通常の数倍!いや速度だけではない!「グワーッ!?」その腕ミキサーのニンジャの胴体を貫通し穴を開けた!収束されたエンハンスが凄まじい破壊力をもたらしたのだ!
「大丈夫か!?」影から現れたのはこれも重サイバネのニンジャ。「襲撃者の…アンブッ…シュ…気を付けろ…」「捕らえたやつは無事か?」「大丈夫…です…」「今はどこに?」「最上階の…牢屋…」「そうか…ではお前の役割は終わりだ」「アイエ…?」そう言うとサイバネのニンジャは姿を表し脳天にカイシャク!「サヨナラ!」爆発四散!これぞバカシニンジャ的インタビュー!
「侵入者ドスエ」ニンジャが殺されたことによりアラート発生!「む?」「当然だ。だがこの方が実際早い」「待て、シルバーフェイス=サン」ディファレンシャルは先へ行こうとするシルバーフェイスを止める。「…インストラクションだ。これでも私はアーチニンジャだからな…リアルニンジャの、アーチだ」リアル?アーチ?シルバーフェイスは初めて聞く単語だ。
「「「「ドーモ、セツゾク社ニンジャです」」」」重サイバネのニンジャが続々とエントリー!その数、8!(アイエッ!?)シャイニングボウはその絶望的な状況にシルバーフェイスとディファレンシャルの表情を伺う!そこにはガーゴイル・ビースト石像めいた堂々とした姿のアイサツをするワーアニマル!
「バカシとは表現だ。その表現が物事を変えるのだ」ドリルが、赤熱アームが、超振動ブレードが迫る!狙いは隙を見せたシャイニングボウ!「「イヤーッ!」」残像が残るシルバーフェイスのカラテとディファレンシャルの放つ刃をなったカラテミサイルがインターラプトする。無傷!
「イヤーッ!」「グワーッ!」そのカマイタチ・カラテミサイルが胴体を両断!「表現とは即ち感情なり。感情とは元々生存のためのものだ。故に強い」ディファレンシャルは戦いながらインストラクションを続ける。シャイニングボウは弓を構えるが激しくカラテを繰り広げる二人への誤射を懸念して射てぬ。
「己の感情を使え!それを表現するのだ!」感情?シルバーフェイスはあまり己の感情を自覚していなかった。ゆえに悩んだ。「私の…感情?」それはしばしば言われた問い。お前は何を考えているのかわからないと。
「「イヤーッ!」」「「グワーッ!」」敵を弾いてインストラクションを続ける。「何が好きか、何が不満か、何が大事か。それら一切、無駄に非ず。何を感じてきたか、思い出してみよ」
シルバーフェイスは僅かな時間で記憶を巡る。私は何を感じてきた?ケジメやセプクといった無駄な責任争いが嫌だった。地位を巡っての汚い争いも嫌いだった。ゆえにシックスゲイツにならなかった。今のネオサイタマが嫌だった。嫌いなことばかりだった。
「…?」シャイニングボウも思い出してみた。ガラクタに溢れたサップーケイ…それだけだった。彼女の頭脳ではあまり考えられぬ。嫌なもの…つまらないのは嫌じゃないの?その答えはシルバーフェイスがたどり着くべき答えでもあった。
シャイニングボウはシルバーフェイスを見た。ディファレンシャルも見た。そこにいる美しき紫銀のワーキツネが怒れる獣に化けるのを感じた。ニンジャの攻撃が迫る!「「「イヤーッ!」」」「イヤーッ!」「「「グワーッ!? 」」」その細腕が頑丈なサイバネを一撃でひしゃげさせ、貫き、破壊した!
一切何が起こったのか!?いずれかのジツをバカシで隠蔽したのか?それともさっきまでのシルバーフェイスは本当の力を隠していたのか?後者が正しい。だがそのことは誰も気付いていない…ディファレンシャルを除いて。
「イヤーッ!」「アバーッ!?」速く、強い!ディファレンシャルはもはや戦っていない。仮に万全の状況で8人が今のシルバーフェイスに挑んだとて、勝ち目はない。「それこそ表現だ、シルバーフェイス=サン。それが力だ」
「これが…私の力か?」ニンジャの残骸を見下ろして自分の力に驚いた。「そうだ。感情がカラテに乗ったんだ」ディファレンシャルは満足げに言う。「今の感覚を忘れることなかれ」「ねーわたしは?」シャイニングボウが遮った。「シャイニングボウ=サンは…まずはカラテかな」「カラテ?」「カラテだ」

「だれ…アイエエエ!?」ナナクサが悲鳴を上げたのは無理もない。女性のワーアニマルニンジャが(本当に女性なのは一人だけだ)三人も現れたのだから。「では一仕事しますので」後始末にシルバーフェイスは先に行った。「生真面目なやつだ…だけどやらずにはいられないんだろうな。それでいいんだ」

救出が終わると既に夕暮れだった。
「私が見込んだ通りだ、シルバーフェイス=サン。今日はありがとう」「ドーモ…ディファレンシャル=サン、あなたは一体?」リアルニンジャ、アーチニンジャ、そして謎の存在感…ディファレンシャルというニンジャの謎は信頼に足る者という以外は全く解らない。
ゆっくりと目を開けて語り始める。リアルニンジャのこと、バカシニンジャ・クランのこと、そして自分が自らのドージョーを開いてカイデンを授けることができるアーチ級バカシニンジャ、イカイ・ニンジャであることを。自慢めいてしまうためか少し歯切れが悪かった。
「私は表現と感情の力を信じている。だからそれらを汚すのが許せなかった…」個人的な怒り、だがそれはどこか奥ゆかしさもあった。「インストラクションを忘れることなかれ。カラテも表現も自分の感情を知ってこそだ」「わかりました」「?」シャイニングボウに哲学的な部分は伝わってなかった。

重金属酸性雨は止んで白い月がジャンクヤードを照らしている。二人のセンパイニンジャは協力を約束しそれぞれの場所に戻っていった。シャイニングボウは再び一人になった。彼女のまだ平坦な胸の中には今まで感じたことのない感情があった。寂しさだった。
冷たい風が吹き抜ける。コートの下の毛皮に包まれたしなやかな体が覗いた。寂しさを紛らわせるためにあの時言われたヘイキンテキを試してみた。だけど集中できぬ。近くには昼に作ったスクラップのキツネがあった。ディファレンシャルに誉められたことを思い出すと寂しさは再び募るのみだった。
カタッと懐からIRC端末が転がり落ちた。ディファレンシャルに買ってもらったものであり、まだ連絡先には二人だけ。手回し発電機で充電してシルバーフェイスに繋げてみた。「シルバーフェイス=サン、いる?」「モシモシ…?どうした」話す内容はなんでもよかった。「あの…カラテ、おしえて」「ああ教えるとも。二日後に行けるからその時だ」「今じゃだめ?」「今か…そっちから来てくれるか?」「どこにいるの?」「あのときの駅に来てくれ」「わかった!」シャイニングボウは橋を橋を渡って眠らないネオサイタマへ走り出した。涼しげな風が吹いて毛皮が揺れた。

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