マッポー・ビフォア・エグザム・ヘル

キーンコーンカーンコーン、規則的な余鈴が授業の終わりを告げる。これで放課後。生徒たちは思い思いに教室を出ていく。誰かは遊び、誰かは部活をし、誰かは勉強をするだろう。そして解放されるのは教師のほうも同様だった。
「お疲れ様です」「まだ仕事はありますが、授業に比べれば楽なものです」「頑張りましょう、今日のスシ・デリバリーはちょっといいものにしますか?」「いいですね!そうしましょう!」サラリマンと変わらないような会話がそこにあった。
エングチはどこにでもいるようなサラリマンがそのまま高校教師をしているような男だった。労働時間は長いし、クラスの成績が落ちれば給料も落ちる。過酷な世界だ。だがエングチはこの仕事が好きだった。
自分の好きな現代文に関わる仕事ができ、また教えることで自分の成果が出る。小さな、だが確かな幸せだった。幸運にも彼のクラスは比較的成績が良かった。実際充実していた。
彼の勤めるホンゴ・ハイスクールはやはり平凡な高校である。生徒は装甲スクールバスや駅から直通の空中回廊や地下街を通って登校する。教師も概ね同じだ。治安が悪い場所を生身で通らないのはネオサイタマを生きる知恵だ。
今日もきっと何事もないだろう。いや、センター試験を控える学生にとっては毎日が戦いでもあるが…
職員会議ではいくつか起きた暴力事件を事務的に処理していく。「アバッ!?」突然、校長が悲鳴を上げる。「アイエエエ!!」近くにいた職員がさらに悲鳴を上げる。…校長が息をしていないのだ!
「アイエエエ!!」エングチも恐れおののく。一体校長になにが起きたのか?「ちょっとすみません」場違いな問いがかけられるが応えられるものはいない。そして問いかけた主ともう一人、窓から入ってきて校長に近付く。
その入ってきた二人の姿は…ワーアニマルとでもいうべきか。獣の耳と尻尾があり、頭も動物そのものだ。無論このような狂乱状態では誰も正確に観察などできていないが。
「ねー大丈夫?」「…ダメですねこれは。死んでます」「あー…カロウシってやつ?」「そのようです。では生きましょうか」謎の侵入者は去って行った。一体何をしに来たのか?いろいろと疑問はあるが彼らがニンジャで悲鳴を聞いて駆けつけたのだと考えれば辻褄は合う。
「カロウシ…?」「ナムアミダブツ…」次第に落ち着きを取り戻す会議室。ようやく通報もした。だがもはや会議どころではない。人がカロウシしたのだ。結局その日はすべての授業が自習になり、生徒は喜んだという。
翌週、早速新しい校長が決まった。生徒も職員もどんな人が来るだろうと噂している。エングチも気になったが、当然誰も知らないから生徒と笑い話のタネにしただけだった。
朝の職員会議、早速新しい校長が前に出てアイサツを始める。マスクをしている?いや、マスクとは違うような何かで顔を隠している。「あっ、スミマセン」軽くぶつかってしまった若手教員が謝る。「ザッケンナコラー!」校長のドスの効いたヤクザスラング!コワイ!
しばしの沈黙、職員の半分ほどが失禁しているのだ。エングチも命が脅かされるような恐怖を感じた。あの校長はいったい?
「ドーモ、新しく校長になります。ソバオです。ヨロシクオネガイシマス」
まともに聞き取れたものなどいない。聡明な読者の皆様のご察しの通り、校長はニンジャだからだ!
誰もが恐れる職員会議が始まる!
ソバオは資料を見ながら「エート、2年8組の成績は…少し下がってるな」「スミマセン!ですが今回は難しかったようで…」「ケジメ、いやセプクだ」「アイエッ!?」ナムサン!この程度の失敗に対して余りにも重い罰ではないか!?
「エ…アイエエエ…」2年8組の先生はカタナを手渡され泣いて失禁していた。そして紙に何かを書いている…ハイクだ。
「アイエエエ!」恐れをなした3年4組の先生が逃げ出す!彼のクラスの成績は酷く悪化しているからだ!「イヤーッ!」「アバーッ!?」ソバオはペンを投げるとその先生の脚に命中!転倒する!「お前もセプクしてもらおう!」
(アイエエエ!?)最早全員が失禁していた。ハイクをしたため、家族にメールを送っている。死を覚悟したのだ。「どれお前は…よし上がってるな。この調子で頑張ってくれよ?」「ハイヨロコンデー!」

ソバオ校長が就任してからひと月ほど経った。平和な学校は瞬く間にジゴクに変わった。成績の落ちた生徒はその場でセプクを強いられる。さらに転校も許されない。問題事を起こした生徒もセプクだ。なんたるサツバツとした教卓か!
既に生徒の4割程を失ったクラスもある。更に不登校も多数現れ、もはや登校する生徒は2割にも満たない。エングチは生徒には登校しないようにとこっそり指示した。今の惨状を見れば妥当な判断だろう。
ソバオ校長は不機嫌だった。成績は落ちる一方なのだ。(どいつもこいつも学習意欲が足りぬ!センタ試験はそんなに甘くはないぞ!)成績の落ちた生徒を殺せば残り物生徒は本気になるだろう。そう思っていた。しかし実際は逃げ出す者が大勢だった。
(仕方ない。センタ試験からは逃げられないと教えてやる!)ソバオは家庭訪問を始める。「お子さんと会いたいです」「え、や、やめてくださいアバーッ!?」母親無惨!「アイエエエ!」「お前はセンタ試験から逃げたな?ジゴク行きだ!」「アバーッ!?」生徒死亡!
「ふん、お前などどうせマケグミにしかなれぬ奴よ…」ソバオは吐き捨てて去っていく。(アイエエエ…)それを見たのは通りがかりのエングチである。(ブッダ…生徒たちを…助けてください!)だがソバオはニンジャ、モータルの手にはとても負えぬ!
おおブッダ!寝ているのですか!今も謂れのない暴力が若い命を奪っているのです!

ホンゴ・ハイスクール前のラーメン屋。生徒が来なくなり客足の減ったラーメン屋に二人の奇妙な客が来た。
そいつらはなんというか…獣頭?いやワーアニマルそのものといった外見である。ラーメンを注文すると何か図を出して会話し出した。
「……入れないの?」「かなり頑丈なようです」
そして珍しいことにもう一人客が入ってくる。トレンチコートとハンチング帽の長身の男である。そいつはその二人の席の裏側に座る。キツネみたいな奴はどこか怯えているようだった。そしてその男は問う。「オヌシらは何をするつもりだ」「えっと…です」「そうか。ならば…」ここからではよく聞こえなかった。

ソバオは校長室のソファに座った。校長室は厳重な警備体制となっており、特に校長室はまるで金庫のように頑丈なロックによって守られている。さぬがらシェルターである。
「ちっ…ラーメン・デリバリーでも頼むか」成績の悪い生徒はまだ殺しきれてない。苛ついたからデリバリーでも殺そうと考えていた。5分後、ドアのインターホンが鳴る。「よし入れ」
「ドーモ、ラーメンを届けに来ました」入ってきたのは若い女だ。あまり身なりはよくない。マケグミだろう。「ご注文はにんさつラーメンでお間違いございませんか?」「何?」注文したのはにんにくラーメンである。随分と物騒な言い間違えだ。「…にんにくラーメンだ。お前はセプクだ」「あれ、おかしいな…スミマセン、確認してください」
その女が置いた出前箱の蓋を開けると…そこには禍々しい「忍」「殺」のメンポをした赤黒のニンジャがこちらを覗いているではないか!「エ…?」数秒間の沈黙ののち、そのニンジャが飛び出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」トビゲリ・アンブッシュを決めたそのニンジャがアイサツを決める!「ドーモ、プレパラトリー=サン。ニンジャスレイヤーです。ご注文は死で間違いないな」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。プレパラトリーです」二人のニンジャの間合いはタタミ二枚分。「なぜ俺の名を知っている!」「オヌシを殺すためにケモノから聞いてきた。教えるのが下手だと言っていたぞ」「なんだと!イヤーッ!」プレパラトリーは怒ってパンチを放つ!だがこの短い間合いで大振りな攻撃は反撃のチャンスを与えるだけだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはがら空きの懐にチョップ突きを繰り出す!「な、なにっ!?」既にニンジャスレイヤーの手は既にプレパラトリーの胸の中にあった。そして未だ鼓動するそれを適当に握り潰した。「サヨナラ!」プレパラトリーはしめやかに爆発四散した!

学校をマッポーに変えたニンジャは死んだ。だが一度ついた悪評はなかなか消えないだろう。生徒はきっと戻って来ない。一度ついた悪評は血の臭いのうに消えないものだ。「wasshoi!」ニンジャスレイヤーはネオサイタマの闇へと消えていった。先程のワーアニマルめいた客から(脅して)手に入れた情報を辿り、ソウカイヤを滅ぼすために。
ホンゴ・ハイスクールはどうなるのか?生徒は、先生はどうなるのか?

「こんな格好は慣れませんね…」「まあ仕事だ。それに面倒な奴は払ったしさ、書かれた通りにすりゃあいい」「まあそうですけどね~」記者会見の会場にいる誰かが話す。ホンゴ・ハイスクールの教師の記者会見があるのだ。日本には被害者が記者会見しなければならない恐るべき風習があるのだ!
だがその風習を利用して何かを企む者あり。ニンジャ。
そして会場に四人の教諭が出てきた。一人はエングチである。(アイエエエ…)実際何を聞かれるか気が気でなかった。ネオサイタマのメディアは人の失態が大好きなのだ!
会見が始まり教頭が口を開く。「えー此度はこのような悲惨が事件が起こったことを心から申し訳なく思っています」普段ならここで堰を切ったように糾弾の洪水が起こるだろう。「大変でしたね」「恐ろしかったでしょう」ところが記者の反応は意外なものだった。
(エ?)だが幸運なことには間違いない。教頭は続ける「今後このようなことがないように努力します!」「応援します!」「再建がんばってください!」「しかしこのような事件があってマッポが動かないとはどういうことだ?」「そうだ、これはネオサイタマの杜撰な治安機構が生んだ事件では?」
ナムサン!これは巧みな情報誘導!これでは世論は学校の糾弾ではなく応援をしてしまう!なんたる邪悪な行いか!
「一日も早い授業再開とセンタ試験対策を始めたいと思います!」「いいぞ!」「がんばってください!」
エングチは涙していた。そうだ、この一ヶ月は夢みたいなものだったんだ…きっと戻れるんだ、元の穏やかな学校生活に。そう思えると心に穏やかさが戻ってくるような気がした。


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