キツネミミ・トラブルシューター

死んだ表情のサラリマン達がアンコシチューめいて行き交う。よくあるネオサイタマの出勤風景である。既にぎゅうぎゅう詰めなのに歯車のごとく流れに乗って目的の路線へたどり着くのは慣れてない者には困難であろう。
「アバッ!?」一人が階段から転落する。幸い高い場所からではなかったため外傷は殆どない。だがそのサラリマンは目を覚まさない。おおかたカロウシだろう。例え死んでいないとしてもこの人混みに潰されて死ぬだけだ。 
サラリマン達はその倒れた人に対し円形になるように距離を取って見物する。誰も助けには行かない。仮に救えたとしても自分の名誉にならず、もし助けられなければケジメ案件である。見て見ぬふりがネオサイタマでは最も効率的なのだ。だが倒れたサラリマンにマッポーには珍しくブッダが微笑んだ。
「どけ!」人混みを掻き分ける誰かが一人現れてサラリマンに近付く。
そのオーエルめいた女の奇妙な姿に誰もが目を合わせ、一部は珍しがるように目を開く。なぜならその女は狐頭だったからだ。それどころか長い尻尾もあり、ワーキツネそのものといった外見である。あまりのマッポーさにヨーカイが間違えて現れてしまったのだろうか?
ヨーカイではない。この見物するサラリマン達にもこのキツネを知っている者がいる。
近年台頭したトラブルシューティングを主な事業とする多角的企業キツネミミ社、その社長。シロヅカ・ハルミ…またの名を、シルバーフェイス。裏の世界では有名なソウカイ・ニンジャである。
シルバーフェイスは倒れたサラリマンを仰向けにし、呼吸や脈を確認すると蘇生措置を始める。何の得にもならない手間だけの救命行為を行うのはニンジャとして明らかに奇妙であろう。シルバーフェイスはそんなニンジャだった。ニンジャになったときから、もっと前から。
(そういえば7…8年くらい前か…)人口呼吸と心臓マッサージをしながら回想する。蘇生は順調だった。ソウカイヤ最上級のカラテの持ち主、この程度は造作もないのだ。
先程何の得にもならない行為と行ったが、短くない時間を経てこのような行為が彼の助けになっている事実があったりするのだ。奇妙なサイオー・ホースである。
周期的な動作の中、彼のニューロンは過去のイメージが再生されていく…

「会社を作る?」「ああ、そう言って認められたよ。ラオモト=サンに」「お前も毎回変わったことを言うもんだな。シックスゲイツになりゃあいいもんをさ」「よく言われるよ」「して、なにをすんだ?密輸でもすんのか?」「さあな…まだ決めてない。事務所の場所をこれから決めにいくおころだ」「そうか。オタッシャデー」「オタッシャデー」
知人のニンジャと適当な会話を済ませ彼はトコロザワ・ピラーを後にする。
読者のみなさんが知る時代から7年ほど前…正確な時期はわからない。
ザイバツの襲撃を受け、シルバーフェイスはその迎撃にあたった。
そしてマスター二名含む多数のニンジャを殺し、ラオモトから褒美を貰うことになった。
シルバーフェイスはソウカイヤの中でも古参である。圧倒的なカラテに広範囲にわたる能力、そして扱いにくい奴という評価も昔からのものだ。
金銭も求めぬ、地位も要らぬ。およそニンジャらしからぬ欲のなさ…他者を虐げることもなく、むしろ隠れて少しずつ救ってきたほど。
餌で動かない犬は躾が難しい。それと同じようにシルバーフェイスはその欲望が周りからは見えず非常に扱いにくい男だった。男である。決して無欲ではない。彼が欲しかったものはソウカイヤの価値観からずれていただけなのである。
だが望んだ物を他人の手からもたらされるのを待ち続けるほど彼も気長なわけではなかった。
彼はどんどんマッポーになっていくネオサイタマを憂いていたのである。しかし自分に変える力がないことも知っていた。ゆえに学び、カラテを磨いた。だが、力をつけても世の中のしきたりを変えるのは困難だった。
今日もある人はカロウシし、ある人は飢え、ある人は重金属酸性雨に打たれている。ソウカイニンジャも大半は奪い、減らすだけだ。ニンジャは助けたり作ったりしてはならないのか…?彼がキツネミミ社を創る、と言ったのはこういう疑問があったからだ。
しかし今現在、程度の力を身に付けたはいいものの今度は何から手をつけるべきか解らぬ。ネオサイタマの悪いところを数えればシルバーフェイスの毛の本数では足りないのだから。
そういうときはまず観察だ。自分はカラテもある。ビジネスもできる。道を行けば変えられる部分などどこにでもあるだろう。シルバーフェイスはおもむろにバイクに跨がりネオサイタマの市街を駆けだす。注意深く周囲を観察していく。
信号をひとつ曲がったところ、IRCに通信が入る。SOSである。「なんだよ、まだ殆ど進んでないぞ」発信者は最近ソウカイヤ入りしたニュービーである。今日はシルバーフェイスは休みなのだが…「仕方ない。行ってやろう」
彼はバイクを停車させると、直後に消えた。いや、シルバーフェイスを知るみなさんなら消えたのではなく、視界に捉えられないほど足が速いだけなのだと解るだろう。…じゃあなぜバイクに乗っているのだろう?

「イヤーッ!」「グワーッ!」駅の構内では野良ニンジャとニュービーソウカイニンジャが交戦していた。「ど、どうだ…お、おれの…うで…」野良ニンジャの名はアイアンボルト。全身をサイバネの鎧で包んだニンジャだ。(今から見ればだいぶ旧式のサイバネだ)「ハァー!ハァー!」重症のソウカイニンジャはクォーラル。まだ録なカラテもなく、このサイバネを穿つ力は無い。片腕は既にケジメされていて逃げるばかりだ。駅には巻き込まれて倒れた人達もいる。
(早く!早く来てくれ!誰か!)クォーラルのニンジャになったときの全能感は既に消失していた。今はもうかつてのように来るはずの無い助けを祈るばかりだった。そう、誰もわざわざ生意気な末端ニンジャのピンチなど助けに来ない。今日は大半のニンジャにとっては休日なのだから。
「お、おまえ、こわす…たのしい…」サイバネ手術で狂った目がクォーラルを見下ろす。コワイ!「壊すのは楽しいか。だが片付けをするまでが遊戯だ」「かた…ずけグワーッ!?」オイランめいた細い腕がサイバネをひしゃげさせる!見た目に似合わぬ凄まじいカラテ!
「ドーモ、シルバーフェイスです」「ドーモ、シルバーフェイス=サン。アイアンボルトです。おまえ、こわす…!」アイアンボルトはシルバーフェイスに向かって突撃する!「イヤーッ!」シルバーフェイスは避けぬ。自殺志願か!?否!「イヤーッ!」「グワーッ!?」拳の軌跡にシルバーフェイスはいない。そしていつの間にかその足をシルバーフェイスのヒールが破壊していたのである!ワザマエ!「アバーッ!?」ヒールはただ美しいだけではない。脚の威力を集中させる恐ろしい武器でもあるのだ。
(新型のサイバネか。なるほどニュービーには手に余る)シルバーフェイスは冷静に分析する。女の子めいた外見ながらそのカラテは凡百のニンジャとは比較にならぬ。オイランに化けたシルバーフェイスを前後しようとしたニンジャの股間を破壊し、殺したこと数知れず。
「イヤーッ!」「グワーッ!」目にも止まらぬ裏拳がアイアンボルトに突き刺さる。そしてシルバーフェイスはまたいない?「エ?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」脊椎を狙う肘打ちがクリーンヒット!シルバーフェイスの脚力を乗せた一撃であり、それは容易くアイアンボルトの背骨を破壊!倒れたアイアンボルトを前にシルバーフェイスは小型unix端末を取り出した。「最近のサイバネは確か…あるんだったな」Lan端子を繋げる。画面に情報が写し出され、直後シルバーフェイスの指が見えなくなる。高速タイピングである!ニューロンから情報を引き出しているのだ。
「…特になしか。ただのサイバネ狂人か」最近はこういう奴が多い。サイバネもちゃんと使えば大変有益なものなのに…そう思いながら端末をしまい振り向く。「…なんだ、まだ逃げてなかったのか」「アイエッ!?」
シルバーフェイスに敵意はない。相手がニンジャやヨタモノではないことは解っていた。ましてAEDを持ってきているのだから。「エット…」「こいつはほっとけ。死ぬべき奴だ。他の奴を助けてやれ」「ハイ…」そういって彼は倒れている人を助けに行く。男子中学生か、何の得にもならないのによくやるものだ。
実際シルバーフェイスは一人で生き残りを救命をする予定だった。彼のおかげで助かる人数を増えるだろう。シルバーフェイスは彼に感謝した。
救急車は呼んだがマッポは呼んでない。すでに治安機構は腐敗しきっており、自分の部下に任せたほうがいい始末だ。だがあいにくの休日。動くのは自分しかいないのである。確認がてら周りを見るともう一人負傷者に近付く者がいた。しかしそれは誰かを助けるために近付いたわけではなかった。

「…おい、私の目の前で泥棒とはいい度胸だな?」「エッ?」「その手を見せてみろ。いや今後ろに移したな?」「…えへへ、ばれちゃったー」中学生くらいの女の子である。その身なりは汚く、明らかにまともな出で立ちではないだろう。おそらく悪意があって盗みをしていたのではない。そうしなければ生きられないのだ。
「…金はおいてけ。だが食い扶持に困ってるなら明日この駅に来い」「…くいぶち?」「腹いっぱい食えるとうことだ」「わーい!」「待て、名前くらい教えてくれ。私は…シロヅカ・ハルミだ」「私はザラメだよ!オタッシャデー!」ザラメは走って去っていった。(そうだな、手に届くところから始めよう。悩んでいても仕方がないさ)
応急処置が終わり手配も済ませた。こういうことは慣れている。シルバーフェイスは誰もいなくなったあといつも後始末をしていたものだ。ニンジャになるずっと前から。今も変わらず。そういった人知れずに行う活動が物事を円滑にするものだと思っていた。気づかない奴は墓の下に行っても気づかないが…といった皮肉もセットで。
「あいつは…もう行ったか」おおかた応急処置は済んだ。クォーラルはもう避難しただろう。あの中学生ももう行ってしまったようだ。マケグミの家庭だろうし奨励金くらい与えたかったが仕方ない。
せっかくの休みが台無しだ。しかしやるべきことは見つけたから無駄ではない。事業のプランを練りつつシルバーフェイスはタッパーを開けてスシを食べた。イナリ・スシである。…キツネだから仕方ない。

翌日、駅に行くとザラメが待っており、シルバーフェイスに向けて手を振っていた。「シロヅカ=サン!おそいよー!」「本当に待っているとはな。ひとまず「ごはん!」「え」「ごはん!」シルバーフェイスはザラメの純粋な瞳を見て、あきらめた。余程腹を空かせてたのだろう…食わせてやってからでいいか。それにただこの女を誘ったわけではない。ジャンクヤードに詳しい者がいると彼にとっても助かるのだ。
「…おいしーい!」ザラメは本当になんの教養もない女だった。食事などの立ち振る舞いからもそれを伺える。観察はバカシニンジャ・クランの者にとっては極めて重要な行動だ。何をすれば相手の虚を突けるかは相手の動作を見れば伺えるのだ。
もしバカシニンジャ・クランを初めて聞いた人がいるならばここで説明しておこう。彼らはワーアニマルの女性のような姿をとる、ゲン・ジツを扱いイクサや政治を行うクランだ。最もシルバーフェイスにジツはないのだが。
皆さんもザラメの動作を観察してみよう。まず彼女はショーユをつけずにスシを食べた。対重金属酸性雨コートもとっていない。そして手も洗っていない。ただその手は汚れているが洗っても落ちない類の、劣悪な生育環境が理由によるものだ。
シルバーフェイスは改めてネオサイタマのマッポーさを実感する。ザラメのように悪意はなくとも犯罪に手を染めねばならぬ者はたくさんいる。そのようなことはチャメシ・インシデントである。(彼らは何か悪いことをしたからこうなったのか?違う。悪いことをしなければいけない環境こそが悪なのだ)
「ザラメ=サン。どこに住んでいるんだ?」「えっと、ネジレシッポ・ジャンクヤードだよ」「わかった。案内してくれ」シルバーフェイスはザラメを後部座席の乗せてバイクを走らせる。今日はずいぶん混んでいるようで、なかなか進まない。ザラメはバイクに乗ってはしゃいでいるようだった。「事故でもあったのか?」「じこ?」「車が人かなにかにぶつかったんだな」
シルバーフェイスは大きなキツネの耳を動かし、細い目を開閉させ奥の様子を探る。バイクのモニタには近辺のニュースを映している。「全身サイバネの男が暴走中!」「巨大な腕で破壊行為」「迅速に避難」それを聞いてザラメが言う「誰か暴れているって」「そのようだな。少し待っていてくれ」シルバーフェイスはソウカイネットに接続した。おそらくサイバネ手術をしたニンジャだろう。情報があるはずだ。
だがその必要はなかった。ニュースの画像に映るニンジャの仕草、ふるまいは…先日助けたクォーラルではないか!(なんてこった!あいつめ…!)恐らく自分もサイバネ手術をすれば強くなれると思ったのだろう。だが戦闘用サイバネ手術はドラッグに近い存在だ。正しく扱えずその力に飲み込まれれば破滅は免れない!
あまりの無差別殺戮にソウカイヤからも殺害依頼がきている。もはや躊躇う理由はない。「ザラメ=サン。ここで待っていてくれ」「どうして?」「あの暴れてるやつを殺しに行く」「えっ?」バイクを物陰に停車させシルバーフェイスは駆ける。さあ行けシルバーフェイス!狂った破壊者をカラテでねじ伏せるのだ!

交差点では既にクォーラルの暴虐によりトラックが横転し、死体がいくつも転がるサツバツとした空間と化していた。「アイエエエ!」「お前もまだ生身だな。どれ、俺が手伝ってやる」「アバーッ!」昨日のイクサでケジメされた右腕が最新の(読者の知る時期から見れば3~4世代前の)物々しいテッコに置き換わっているではないか!
これは手加減をすることを一切想定していない戦闘用の義手であり、そんなもので握られれば…「アババババー!?」ナムサン!アルミホイルめいて腕がひしゃげる!おおブッダ!もし起きているのであればこの暴虐を止めていただきたい!
そしてその祈りは届く!「イヤーッ!」「グワーッ!」白い突風のアンブッシュがクォーラルに突き刺さる!だが速度を乗せたその攻撃をクォーラルは耐えた!
「ドーモ、クォーラル=サン。シルバーフェイスです」「ドーモ、シルバーフェイス=サン。クォーラルです。お前もサイバネにしないか?」「その姿で言われても宣伝効果はないな。イヤーッ!」「グワーッ!」すでにシルバーフェイスの拳は鳩尾に命中!しかしその感触は明らかに人の肉体ではない!
「…最新のサイバネフレームか」「おお、シルバーフェイス=サンのカラテが痛くない!なんと偉大な!」これは時間がかかるなとシルバーフェイスはシミュレーションを組みなおす。みなさんの見立てからもわかる通りカラテの差は圧倒的。サイバネで補ったところで絶対的なカラテの差は覆らぬ。「イヤーッ!」「グワーッ!」だが160にも満たぬ軽量級ニンジャのシルバーフェイスのパワーではこれを穿つのは容易ではないことも事実。
「イヤーッ!」クォーラルのテッコの機構により加速されたパンチが迫る!その威力はコンクリートを容易く破壊するほど!その拳が捉える!「グワーッ!」シルバーフェイスがビルの窓を突き破って飛んでいく!「どうだ!これがテックの力だ!偉大な力だ!」
…読者のみなさんは既にお気づきだろう。シルバーフェイスがこの程度のカラテを受けるはずなどないことに。そしてバカシニンジャ・クランの憑依者を相手に起きたことを鵜呑みにすることの愚かさを!
「ウオー!テックは偉大なりー!」「………ィヤーッ!」「グワーッ!?」シャウトが遅れて聞こえる程の速度で突っ込んできたシルバーフェイスの渾身の飛び膝蹴りが命中!サイバネがエラーを起こす!
「まったく、お前らが増長する気分もわかるというものだ」カラテを構えなおすシルバーフェイス。その構えは半身になって相手側の手を開く独特な型である。「だがカラテが覆せると思うなよ」

クォーラルの視界はノイズまみれだった。視界だけではなく、思考も。体がいうことを聞かぬ。壊れたマシンめいてガクガクと動く。やがてその思考は赤く染まり、体も油が差されたかのように効率よく動き出す。そして順調に動くたびに思考が、感情がなくなっていく。目的、破壊。不要なもの、感情、肉体。再起動します。

「…ピガーッ!ピガーッ!」クォーラルが悲鳴を上げながら急加速する!シルバーフェイスは危険を察知し側転6回で間合いを取る。そして目の前の機械のカイブツをバカシの目で観察する。狂ってひたすら破壊を繰り返すサイバネ狂気の犠牲者を。(最早心はないか。哀れなものだ)
「ピガーッ!ピガーッ!」クォーラルは…シルバーフェイスを無視して横へ走る!そこは…未だ渋滞で動けない多数のモータルが!(何!)シルバーフェイスは先回りして立ちふさがる。そして輪郭が霞むほどの速いカラテを打ち込む!「グワーッ!」だが悲鳴はシルバーフェイスから!その毛並みは不自然に逆立っている。帯電しているのである!ナムサン!これでは接触が困難!そしてクォーラルは再び進みだす!
シルバーフェイスは集中する。ここで引けばモータルが死ぬ。余計な犠牲を出したくはない。ニューロンを加速させ可能な限りの適切な解放を導き出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」接触して最も電気を浴びずに済む方法、すなわちトビゲリ!だが短時間の接触でも確実にシルバーフェイスを蝕んでいく!サイバネフレームはまだ破壊できぬ。なんたる耐久力、テックの力か!
(持つか?)体重の軽いシルバーフェイスに電撃は厳しい攻撃だ。いつまで耐えられるかは分からない。ジリー・プアー(徐々に不利)か。彼のカラテはその性格とは裏腹になにかを守ることは苦手なのである。サイバネフレームは未だ破壊できぬ。接触が封じられたためシルバーフェイスの有効打の殆どが機能しないためだ。彼の善性が生んだ劣悪なフーリンカザンなのである。「アイエエエ…」「早くしてください!」せめて後ろのモータル対策もあろうというものを、シルバーフェイスの信念がそれを許さない。

「あ、あの!一人ずつ!列になってください!」「なんだと!?」「私が先です!」後方に変化がある。だが状況を動かすには至らぬ。…いや、その声には聞き覚えがある。昨日救命を手伝った男子のものだ!「邪魔すんな!」「死にてえのか!」「グワーッ!」思わぬ状況の変化。この機を逃してはならぬ。そして負の連鎖を断ち切るべく声を出した者が虐げられることなどあってはならない!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」足払いを仕掛け時間を稼ぐ。そして後方に振り向いて叫ぶ!
「全員、そいつに従え!!」
短時間の沈黙。ニンジャの、それも並々ならぬカラテの持ち主のキリングオーラに充てられてほぼ全員、失禁しているのだ。
「「「…ハイヨロコンデー!!」」」さながらクローンヤクザめいた斉唱!ニンジャへの脅威は万人共通なのだ!
するとどうだろう。みるみるうちに渋滞が解消され、あれほどいたモータルはほとんどいなくなってしまった。なんたる統率性か!
(ありがとう、名前も知らぬ少年よ)シルバーフェイスは心の中で感謝をしつつクォーラルへ向き直る。これなら全力で戦える。しかし如何にしてこの装甲を破るべきか?状況を確認する。そして奥からバイクのエンジン音。(…っておい!)「ねーだいじょうぶー!!?」心配になったザラメが来たのだ。幸いクォーラルはまるで見ていない。「なにをしている!早く逃げろ!」「わかってるけど…わかってるけど!」ということはこいつは義憤か何かで助けに来たのか?だが今は邪魔なだけ…いや待てよ?バイクに乗ってきたのか?物理錠前をかけてきたはずなのだが。
ニューロンが再び加速する。そして見落としていた回答を、新たに発生した打開手段を導き出す。「イヤーッ!」
バイクに寄りザラメと会話する。「お前、車の鍵は外せるか」ザラメは少し意外そうな表情をしたあと「できるよ。どうするの?」「アレに突っ込む」「…わかった!」ザラメは適当な車の物理解錠に取り掛かる。
解が見えた。もう迷うことはない。「さあかかってこい」クォーラルを睨む。今必要なのは時間稼ぎである。味方がいる戦い、なんと頼もしいことか。「イヤーッ!」テッコの加速パンチ!シルバーフェイスは紙一重回避!「イヤーッ!」加速ラリアット!シルバーフェイスはブリッジ回避!「イヤーッ!」加速アッパー!シルバーフェイスはメイアルーアジコンパッソで反撃!「グワーッ!」姿勢を崩すクォーラル!シルバーフェイスに電撃が走るが実際これが最適解!なぜなら、おお見よ!車のドアが開いている!ザラメが解錠に成功したのだ!(よくやった)だが車は動かない。なぜ?

「…どうすればいいのー!!」そう、ザラメは運転の方法がわからないのだ!バイクは見よう見まねとAIもあり動かせたが車は中に入ったこともなく、アクセルを踏むという行動にたどり着かない!
(…ウカツ!運転方法がわからないのか!)ならば自分で運転するか?そう考えたとき目に映る少年の姿。先ほど整列を促した少年である。足を引きずっているが自力で歩く。「車を運転します!」「…おねがい!」

普段シルバーフェイスに味方するのはニンジャや訓練、経験を積んだ部下だ。これほどまでに頼りない味方など普段は足手まといになるだけである。だが今はそのわずかな助力が状況を打開する力になっているのだ。
クォーラルの攻撃を華麗にさばきながら状況を判断する。車の運転などしたことないだろう。つまり曲がれないと考えるべきである。ならば敵を確実に轢ける状況を作らなくてはいけない。…それは極めて容易なことだ。何故ならお膳立ては彼にとってチャメシ・インシデント、朝飯前なのだから!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」シルバーフェイスは回し蹴りでクォーラルを吹っ飛ばす!「グワーッ!」だがそれは本命の一撃ではない!二人の乗る車が、クォーラルに全速力で衝突する!「今だ!」車がシルバーフェイスのバイクを弾き飛ばしさらに加速!バイク無惨!そして姿勢を直すクォーラルに目掛けて突進!
dogooon!!重サイバネニンジャといえど1tの鉄のカタマリとの衝突はただごとでは済まない!「サ…ヨ…ナ…ラ…」クォーラルは爆発四散!
だがシルバーフェイスは安心しない。全部が潰れた二人が乗る車に駆け込む!あの二人の安否は!?果たして無事なのか!?


「いや実際奇跡ですよ。あんな状況でほとんど傷がないなんて」「そうですか」シルバーフェイスはほっとしてため息を吐いた。実際生存スペースはほとんどなかった。勇気を出した二人へブッダがほほ笑んだと思うほかないだろう。ブッダなど信じないシルバーフェイスであったが、ここは素直に感謝することきした。
やはりむやみに力なき者に頼ってはいけない…だがネオサイタマを変えてくれる芽あることは確認できた。ならばそれを育てるべきだろうと。他者にも頼ってみるべきだと昨日のイクサで学んだのだ。
なおここは闇医者のベッドの上である。彼も電流で負傷したから治療していたのだ。
「一応、身元も調べてみるか…」unixにアクセスする。
少年はオヅタ・コウ。なんの変哲もないマケグミの家庭。
ザラメは調べるまでもなかった。戸籍すらない。
まあ闇医者なので保険云々はなくどうせ高い(シルバーフェイスにとってはどうせ大したことのない出費だ)のだが。
あとは二人が無事に戻れるようにすればいい。そう思っていたがそうもいかないようだ。
どちらも戻るべき場所がないことがわかったからである。オヅタはモンスターペアレントにより心を病んでおり、ザラメは家庭がない。別にネオサイタマでは珍しいことではない。故に脱するという考えすらなかったのだろう。
みんな苦しいのだから我慢しなくてはいけない…それでいいのか?そういった苦しみがより大きな苦しみを生むのではないか?彼はネオサイタマの大多数を占める想像力の欠如した人間を責めた。
寝ている二人に向き直る。まともに優しさなど受けとったことのない二人がどうして人を助けたのだろうか?自分が受け取ったこともない優しさを与える行為はあまりにも空しくないだろうか?
彼は心の中でそういった負のスパイラルを変えようと決心した。そのために会社を使おうと。
それに二人くらい救っていいだろうと。彼は闇医者を後にして事務所の場所を決めに行った。オヅタ=サンはひとまず仮の住居に住ませてやろう。ザラメ=サンは…そうだな。直接面倒を見てやるか。
そういえばまだ社名を決めてないじゃないか!彼は己のウカツを恥じた。
そういえばまだ何か忘れてるような…まあいいや。
早く手続きをしなければ。社名はそうだな…キツネミミ社だ。

サラリマンの呼吸が戻る。全く見ているくらいなら手伝ってくれよな!と彼は心の中で愚痴を言った。だがまあこんな無駄なことをする物好きも珍しいような、と正当化するように自虐した。
「よし…大丈夫だな」脈正常。呼吸も問題ない。「エット、私はなにを…?」「カロウシしかけたんだ。お前の会社を教えてくれ」「エ…ナマコ・コーポです」「わかった」
それだけ言ってシルバーフェイスは立ち去った。彼にもビジネスがあるのだ。

キツネミミ社のビジネスは最初は再開発とトラブルシューティングから始まった。
社員は自ら頼んで雇った。大体は組織に異を唱えたりあるいははぐれもの扱いされたような人だ。
事業のひとつがネジレシッポ・ジャンクヤードの開発。しかし元いた住民を切り捨てるのではなく、救うように。
ネジレシッポ・ジャンクヤード…現在のネジレシッポ区は今もトレーラーハウスが並ぶ地区であるが街並みは綺麗になったし治安は良好でドラッグもない。かつて住んでいた住居を捨ててないだけだ。
計画的な開発が功を奏した。勿論ここまで来るのに時間もかかった。
シルバーフェイスは彼らに職を与えた。出来ることは少なく当初はなかなか上手くいかなかったものの、精密作業にも慣れて今は緻密な部品を作れる工業地帯になった。
キツネミミ社はそれだけでなく周辺地域の問題や事件を解決する事業を行った。マケグミ達も依頼できるような値段であり当初は赤字続きだったがやがて社員も増えて黒字化した。
そして必要に応じるたび事業を拡大していった。武器製造、食品加工、農業…
全てが順調とはいかなかったが、今はだいぶ成長し地域に根差した企業となった。
現在は区役所と交渉している。条例の締結や公的機関の整備ができればより住み良い場所に変えられるはずだ。
全うな発展をしているがゆえ、それを利用そようとする敵も多い。だがその善意に付け入ろうとする者は彼自身のカラテで殆どその目論見を砕かれることとなった。そして今は彼自身が手を下すことも少なくなった。何故なら奇妙な廻り合いで彼をそのカラテで助ける者が一人二人ではないくらいにいるのだから。

今回のようなこともいつかサイオー・ホースとなって彼を助けるのか?あるいは今度は苦しめるのか?いかにシルバーフェイスといえどもそれは知りようがない。
だがまあ…まさかあんな形で巡ってくるとはな…あの時の行動は彼すら予想だにしない形で彼を助けることになった。
そういえば…何か忘れてたな…あの時、1点だけ致命的ではないが大きな見落としをしていた気がするのだ…
さすがにだいぶ時間も経ってしまい、そんな細かいことを思い出すのは…いや決して細かくないことな気もするのだ。
何故、思い出せないのだろう…きっと必須なものではないからだな。そういえば今日の昼は何を食べようか。スシ・デリバリーでも頼むか。今はあのバイクを常用する人も増えたな。シルバーフェイスも物を持ち運ぶのに便利だからしばしば乗…ん?バイク?
…………
「あっ!バイク!!」
ニューロンの中で壊れたバイクを見下ろすワーキツネとワーキャットが申し訳なさそうに目を逸らした。


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