ストレイ・イントゥ・バカシ・ドージョー


重金属酸性雨が窓を叩いている。シャイニングボウはヘイキンテキに入りつつその音に耳を傾けた。雨粒のひとつひとつが奏でる音が鮮明化していく。ザゼンは苦手だがこういった音に耳を傾けることで心を楽しませつつ穏やかに出来ることに気付いた。
地道な鍛練は苦手な彼女だがあまりおろそかにする訳にもいかない。7~8年前ほど、ニンジャになったばかりの時実感した。あの域にはまだ届かないが、少なくとも強くはなった。今はネジレシッポにシルバーフェイスが援護に来ることも殆んどない。シャイニングボウの培ったカラテはジャンクヤードを守るのに十分に足りうるからだ。
そのまま目を開けて目の前の廃材とモニターを見つめた。そのモニターには美しいワーアニマルの女性めいたニンジャがゆっくりと回転している。廃材を組み立て始める。緑色の燐光をまといつつ恐るべき早さで何かになっていく。それはモニターに移ったワーアニマルの形とほとんど同じ!ワザマエ!
「…イヤーッ!」後ろのほうで声がした。そのワーキャットのニンジャ…シャイニングボウの前には同じく緑色の燐光を纏う廃材で作られたワーアニマルの像があった。我々の目にはモニターの形と全く同じ三次元立体にしか見えない!タツジン!
…いや待って欲しい。シャイニングボウが二人?どちからが偽者ということか?しかしその姿立ち振舞い、とても我々には区別がつかない!違うところと言えばだいたい同じに作れた方は明るい表情だが全く同じに作れた方は平常のままだ。
「ねー!ちょっとうまくできたかも!」「成程、まだ改善点は多いが上達が見てとれるな。良いヘイキンテキだった」「雨のおかげだよ!音がよく聞こえた!」「そうか、今の感覚を磨くべし」シャイニングボウは姿を表す。それはワータヌキの姿…アンディフィナイト。現ワイルドネス・ドージョーのセンセイであり…リアルニンジャ。
「まだ俺も改善点が多いな」我々の目には同じにしか見えないが、アンディフィナイトはまだずれを感じていた。そもそもアンディフィナイトは見比べながら作ったのではない。たった一周、全身を確認したのちすぐさま廃材を組み立てて同一の形状を作り上げたのである。なんたるニンジャ観察力!
これはれっきとしたバカシニンジャ・クランに伝わる修行である。この修行によって彼らは観察力を磨き、正確なヘンゲのワザマエを高めていった。アーチニンジャともなれば一目見ただけの人物にニンジャでも看破が難しい精度で化けることなどベイビー・サブミッションに等しいのだ。
カラテに於いても細かい動作から敵の意図しない死角や急所を見抜く動作として役に立てられる実際有益な修行である。シャイニングボウとしては楽しいのが助かった。この修行のためにワイルドネス・ドージョーには不思議なオブジェが溢れかえることになり、来るものの頭を傾げさせることとなった。
雨音に紛れてドージョーをノックする音がした。彼らの大きいケモノの耳はその音をしっかりと捉えていた。このドージョーは特に宣伝などもしていない。来客は珍しいことだ。それにその来客からはニンジャソウルの気配が感じられなかったのもまた珍しいことだ。
「ドーモ」アンディフィナイトが見たのは余りにも普通すぎて逆に不審な少年だった。中学生くらいか。ニンジャのドージョーにモータルが来るとは只事ではない。主にモータル側に。「アイエエエ…」今アンディフィナイトはワータヌキの姿である。当然少年は失禁した。
「タヌキ…タヌキナンデ…?」「だれだれー?」「アイエエエ…!」ワーキャットの登場によりさらに失禁した。アンディフィナイトは彼が何の他意もなくこのドージョーを訪れたのだと察した。ドージョーの扉を叩いたということは…
少年は焦燥した様子だった。何の理由かは解らないがカラテを欲しているのは明白。「落ち着くがいい。ドージョーを訪ねたということはカラテが欲しいのだな?」「ハ、ハイ…!」アンディフィナイトは理由は問わなかった。カラテとセイシンテキを鍛えてから向き合うべきだからだ。
「よぉし、明日から修行をするぞ。今日は泊まっていけ!はっはっは!」「ハイ!」

「…む?昨日の少年はどうした?」「学校行きましたよ。学生でしょう」「学校?頭がいいのか?」「中学生だから義務教育です。最も楽しいもんじゃありませんけどね…」「ふむ…まあ帰ってからでいいか…はっ!」アンディフィナイトは気付いた。「名前聞いてねえ!」

「ドーモ、昨日は名前を聞いてなかったな。俺はアンディフィナイトだ」「ドーモ…アンディフィナイト=サン、アマドです」「お前、昼飯を食ってないな?」「エッ」図星!「ブレイドアーツ=サン、スシの用意を。一人前だ」奥から返事が聞こえてスシが出された。アマドは無言で食べ始めた。
アンディフィナイトの洞察力をもってすればアマドに何が起きたかは大体解る。恐らく陰湿ないじめに遭い昼飯を取り上げられたのであろう。外傷は見当たらずとも肌の色の悪さや立ち振舞いでその苦しみは理解できる。だがそれを言うことはない。弱さをこちらから暴くのは大変なシツレイだからだ。
「気にせず食うがいい。体力回復にはまずスシよ」アンディフィナイトは笑いながら言った。この者は自らの苦境を打破するために動いた、なんと痛快か。既に彼はアマドを徹底的に鍛え上げるつもりでいた。キツネミミ社ニンジャがそのカラテを鍛え上げる場に関係のないモータルがたった一人で修行に来る。なんたる豪胆さか!
「どのジュー・ウェアも抜け毛まみれだな…気にするな。むしろ暖かい」んなわけあるかと滑面坂道ダッシュをするブレイドアーツは心の中で突っ込んだ。「まずは礼儀作法だ。正直めんどいがこれから始まると決まっている」アンディフィナイトはあまり細かいことを気にしない男である。

「さあお待ちかねのカラテだ。最初は声からだ」「声…」「返事は勢い良くすべし。ハイ!だ」「ハイ」「もっとだ!」「ハイ!」「腹の底に力を込めるべし!」「ハイ!」「よし!」一見普通のトレーニング光景であった。アマド以外は人の外見をしてないことを除けば…

「ハァー…ハァー…」「これ以上は体が持たぬか。今日は終わりだ」初日の稽古が終わった。見た目とは裏腹に普通の稽古であった。「しっかり食って寝るべし!」食堂から会話が漏れ聞こえる。「あんなに動いたら明日筋肉痛ですよね…」「まだ月曜日なのにね」まだ週の最初だ!がんばれアマド=サン!

区立ヌマガキ中学校、アマドが通う中学校である。アマドは筋肉痛と眠気と戦っていた。少しでも意識が飛べばあのもふもふだらけのドージョーの光景が浮かぶ…あの毛皮をもふもふすればどれだけ気持ちいいだろう…だが今は授業中、寝るわけにはいかぬ!
その授業に潜入する者あり…一見何も異常はないように見えるが今日は登校してきた隠れて落書きしている不登校の生徒…(ふぅむ、ムラハチとまではいかぬがなかなかな事をしておる…)もしあなたが特殊なニンジャ洞察力を持っているなら解ったかもしれない。彼はアンディフィナイトが化けたものなのだ!
「学校が嫌いな人なんて珍しくないですよ。ましてやアマド=サンの境遇なら行きたくないに決まってます」弟子の一人、ブレイドアーツの言葉が気になった。他人に関心を向けない彼がアマドを気遣ったのは意外だったし、ついでに学校というものを知るためにも潜入してみたという話である。
アンディフィナイトはクラスを注意深く観察する。どうやらいくつか派閥があるようで入らない奴は窓際族かいじめの対象か…というサツバツとした教室の様子を。(あいつの話も解るというものよ。なかなかに過ごしにくい場所だ)
(こんなものをあと2年もするつもりなのか?それくらいの時間があればレッサーながらニンジャになる奴もおるぞ)早くも退屈してきた。勉強もこちらが考えることはないか前提がすっ飛んでいて理解不能。ブレイドアーツにも校内の偵察を依頼してるが授業中に面白いことが起こる可能性はほぼないとのこと。
やっと昼のベルが鳴った。ザゼンのトレーニングのほうが楽だわ!と内心突っ込みながら早くもスシを食った。観察はこれからが本番なのだ。遠くの掃除係の女と目が合った。化けたブレイドアーツであり、まだなにもないよとのサイン。
アマドの扱いの悪さは想像以上だった。プリントを分配するときに配られず、難しい問題では他の生徒に指名され答えられないところを嘲笑され、体育では笑い者。暴力がないだけに反撃もままならぬ陰湿さである。思わず自分の手で殴ろうと思ったほどだ。
「アイエエエ!!」アマドの悲鳴だ。彼の昼飯が取り上げられている。…が「アバーッ!?」突然口の中が裂けるいじめっ子!あまりの痛みにのたうち回る!(お前も陰湿さでは負けてなかったな。だが今のやつは痛快だな)(ドーモ)ブレイドアーツがジツでいじめっ子の口の中をローポリの刃で切ったのである。手口が解らない攻撃はこういった暴力が慎まれる場において極めて有効。陰湿!だがアマドの受けた精神的痛みはこれ以上!

既にドージョーに帰宅した二人はその陰湿さに怒りを覚えながら会話していた。「お前が学校とやらを嫌う理由がよくわかった。殺したくてたまらなかった」私はニンジャになったあと殺しましたけどね、とブレイドアーツは内心答える。積年の恨みは殺すまで晴れなかったのだ。
だが学生であるアマドが人殺しなどをすればムラハチ間違いなし、ノーフューチャーである。「…やはりカラテだ。理不尽をそれ以上の力で叩き伏せる、それこそが答えだ」

「イヤーッ!」「力を込めすぎて動きが硬いぞ!」「イヤーッ!」アマドの怒りのこもったセイケンヅキを受け止めるアンディフィナイト。毎日僅かずつであるがその重さが増していくのを感じる。ニンジャでないがゆえにインストラクションの有無で劇的に変わるということはないがトレーニングが確実にカラテを育てているのだ。
1ヶ月、アマドは厳しい稽古と学校生活に耐えた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」反撃を受けると思わなかったいじめっ子が失禁!僅かながらカラテを有する一撃!しかしそれでも一人を後悔させるのには十分!
反撃が来ると解ったら今までほど直接的な責めはできない。陰湿さは増していくばかりだった。だがアマドの視線は以前より強かった。勝つことができるという希望が救いになったのだ。
3ヶ月、僅かな期間ながらまるで別人のようになったアマドがそこにいた。そもそも彼にカラテを仕込んでいるのはニンジャ。そしてそのトレーニングは…まさしくニンジャへ至るためのトレーニングそのものだったのだ。2ヶ月ほど経つと過激な稽古やバカシ・ジツに関わる鍛練もしたが彼は復讐心に従い稽古を重ねた。そしてこれなら勝てるとのアンディフィナイトの見立てにより憂いを絶つべくカラテの試合を挑ませることにした。今こそ強さを見せる時だ!

いじめっ子達に目立たない所に連れ込まれたアマド。だが彼はむしろ好都合と考えてすらいた。…心置きなく殴ることができる。「お前いつから生意気になったんだよ?」「ヤッチマイナ!」その手にはバットが!卑怯!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」だが容易く投げ飛ばすアマド!一撃で気絶!
アマドのニューロンに修行の光景が甦る。(いいか、武器を持った相手にはワン・インチ距離に潜り込んで対処すべし。そうすればこちらは投げや締め、細かい打撃などいくらでもやりようはある)
「ざ、ザッケンナコラー!」面食らいつつ突撃する男子生徒!その手には卑劣武器ナックルダスター!「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」だがカラテのない突撃、頭を蹴って更にソバットを叩き込んだ!ワザマエ!
「ナ、ナンオラー!」「スッゾオラー!」威嚇しかできぬいじめっ子達!ブザマ!だがそのうち一人が…コケシマート製の拳銃を取り出す!ナムサン!「死ねー!」発砲!モータルのカラテでは銃には無力!あまりにも卑劣!
銃弾がどこにも着弾しない。「アイエッ?」そしてアマドといじめっ子を遮るようにワータヌキが立っていた。アンディフィナイトである。その手で銃弾を弄んでいる。隠れて見守っていた彼は銃を見た瞬間割り込んで銃弾を指で挟んで掴んでしまったのである。タツジン!
「さすがに卑怯が過ぎるぞ?お前らよ」「アイエエエ!!!??ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」アンディフィナイトがほんのちょっとだけキリングオーラを晒すといじめっ子達は半数が気絶、半数が失禁してドゲザした。「セ、センセイ…?」「ゆ、許してください…ハンセイします…」「アマド=サン、どうする?」アマドはツカツカと近付いた。「…イヤーッ!」「アバーッ!?」一人一人、積年の恨みを叩き込んだ!

さすがにムラハチかと思ったが何故か一切自分が悪いことになっていない。アマドは安堵した。…ようやく平穏が手に入るのだ。そしてそれが今まで幸運にも気付いてこなかった事実に気付かせてしまった。
なんでセンセイ達はワーアニマルなんだろう?どうしてよくわからない修行や観察の稽古をしたのだろう?なぜセンセイは銃弾を掴めるのだろう?恐ろしい可能性が浮上して、それを否定しようには事実という裏付けが余りにも強すぎる!もしや…不良やパンクス、いじめっ子なんかとは比べ物にならないくらい恐ろしいものなのでは…?
アマドは今別の岐路に立たされていた。決して知る必要のない疑問を知るべきか、否か。もしその疑問を投げ掛けてしまえば今までの関係性が壊れてしまうのでは…?彼の感受性がその疑問が禁忌に触れかねないことを察知していたのだ。

スクールバスはハイウェイを通っていた。治安の悪い地域を通っているため下の道を避けているのだ。その隣には鉄道も走っており、時間によってはちょうど並走する形となる。時々手を振る学生がいる。
アマドが疑問を聞こうか聞くまいかと悩んでいるとき「エー!?トレインジャック!?」「コワイー!」女子の声だ。当事者でなければ映画の中の娯楽に等しいのだ。「ホラ、あの電車だって!」例え目の前で起こっていようと。
別にアマドにとってもどうでもいいことだったのだが…後方から違法速度で走ってきた車がそれを重要な事に変えた。「アイエッ!?」車は減速したものの、その上には二人のワーアニマル…それはワイルドネス・ドージョーにいた、ワーキツネ、ブレイドアーツとワーキャット、シャイニングボウ!
現在70kmほど、そんな場所でなぜ平然と立っていられるのか!?そして彼らは電車へ向かって飛ぶ!自殺志願か!?否!無惨にハイウェイに落下し転がるかと思いきやワイヤーアクションめいて大きな跳躍、電車の上に落下!「オオ…」「映画の撮影?」

「イヤーッ!」先頭車両の一つ前の車両の窓を破ってエントリー!先頭車両は装甲仕様であり直接の進入は困難!そこに今回の犯行集団が籠城していのだ!「物理鍵です、解除お願いします」「おっけー!」シャイニングボウが解錠に取り掛かるのを見て振り返り、ブレイドアーツは空中へセイケンヅキ!「イヤーッ!」何かにぶつかる!
「イヤーッ!イヤーッ!」ひたすら空中とカラテをするブレイドアーツ。一体何を…?「グワーッ!」空中から悲鳴!これはステルス・ジツを使ったニンジャ!「ドーモ、ブレイドアーツです」「ドーモ、ブレイドアーツ=サン、インビジブルです」姿を現したニンジャとアイサツ!今回の犯行グループの唯一のニンジャである!
ブレイドアーツは、いやシャイニングボウもステルスを完全に見切っていた。その大きなケモノの耳が示す通り彼らの聴覚は並外れており、音の反射で目で見えているかのようにインビジブルを捉えていた。
(ニンジャ…ニンジャナンデ!?)アマドはバスからそのイクサを見ていた。五感を鍛えるバカシの鍛練により彼はメガネが不要になり高い視力を持つに至った。ブレイドアーツが空中と…見えない何者かと戦っているのはしっかり解った。
「イヤーッ!」インビジブルがスモークグレネードを投げ、再びステルス・ジツを起動する!だが既にステルスを攻略している相手にそれで戦うのは不利!先程もシャウトがなかったゆえにカラテの威力が出ず押しきられたのだ。
そもそも力に劣る代わりに感覚と偽装を武器とするニンジャの一派を相手に武器になるシャウトを伴う高威力のカラテを捨てるのはウカツ!
インビジブルは不可視状態、だが「……イヤーッ!」「グワーッ!」アンダースローめいたフォームで見えないインビジブルの股間を正確に打撃!ボールブレイカー!

インビジブルは姿を現し力なく倒れた。ブレイドアーツはインビジブルの股間を踏み潰しインビジブルが気絶すると同時にシャイニングボウが解錠に成功した。
「「イヤーッ!」」「「「グワーッ!」」」二人は犯行グループ10人ほどを一瞬で伸びさせるとブレイドアーツは管理用unixに向かう。「…壊れている!」ナムサン!unixは破壊されブレーキを入れることができない!このままではこの先の急カーブで脱線し大事故を起こしてしまう!
「どうしたの?」「…ブレーキが壊れてます。なんとか止めないと…」だがいかにニンジャとて70kmで走る電車を正面から止めればネギトロ不可避である。「ねぇ、ブレイドアーツ=サン、体にサイバネある?」「いや、ありませんけど…何故?」「よかった。後で助けてね」
シャイニングボウは後ろの車両から外に出て先頭車両の上に乗った。機械の暴走なら止める手段がある。やるしかない。懐から葉に包まれたスシを取り出して咀嚼する。目の焦点が定まらなくなっていく。美味ではあるが強力な幻覚毒を大量に含むスシ、オドリ・スシなのだ。
幻覚性のオドリキノコを使ったオドリ・ビネガーで味付けをしたコメとネタを握り幻覚性植物の葉で包んだこのスシはかつてある集落でサケの代わりに楽しまれ、それを人に化けて食したバカシニンジャがその美味さと作用に感動してクランに持ち込んだという。
幻覚を起こす作用はゲン・ジツに役立つため相手に食わせる、自分で食うなど広い範囲で使われた。自ら幻覚状態に陥ればゲン・ジツと一体化し短時間だけその規模を拡大させることができる。
足元すら覚束無いシャイニングボウ、しかし幻覚による深い陶酔作用の中であれば普段不可能な精神統一状態に入ることが可能だ。そして記憶の底からかつて偶然使用したバカシの切り札を引き摺り出し、意図的に引き起こす!「ガラクタ!」

ブレイドアーツのいる車両は錆だらけで座席も綿が所々吹き出す放置されたような車両に変わっていた。「これは…?」サイバーサングラスも壊れてしまって何も映さない。着ている装束もボロい布きれに変わっていた。「シンレイスポット・ジツ…?まさかシャイニングボウ=サン!?」
シンレイスポット・ジツは辺りを自身のゲン・ジツで覆いつくすジツだ。中では物理法則すら歪めてしまうこの巨大なゲン・ジツ、まさかシャイニングボウが使えるとは!
電車は動力が伝わらなくなり徐々に減速していく。シンレイスポットの中での出来事は全てが幻ではない。発生した物理的変化や生物の死などは現実である。ではシャイニングボウはどうなっているのか?
「………」廃車両の上、妖しい影を蓄えた瞳でアグラ・メディテーションを行っていた。オドリ・スシの作用により今の彼女に現実とジツの区別がつかない。だが狙い通りジツが作用すれば電車は止まる。ならばジツを維持しつつ待つだけだ。
電車はやがて人の走る速度に、そして歩く速度にまで減速しカーブに差しかかろうとする直前止まった。「シャイニングボウ=サン、止まりましたよ。シャイニングボウ=サン?」だが彼女はジツを解かずアグラのままである。幻覚のせいで気付いていない!
「これは…どうしたものか」ジツを解いて休ませてあげたいがこのままでは気絶するまでジツを維持してしまうだろう。触ってもまるで反応がない。だがそれが却ってブレイドアーツの悪戯心を刺激した。「ならば…」額を撫でてみる。シャイニングボウは気持ち良さそうに目を瞑った。
顎から首を撫でる。さながら猫を撫でるように。もふもふの手がもふもふの体を撫でる。シャイニングボウの体が揺れ、倒れるのを受け止めた。
そのまま撫でるのを続けるとシンレイスポットは消えて止まった電車の上にいた。シャイニングボウは眠っていた。ブレイドアーツはシャイニングボウを抱えネオサイタマの闇へ跳躍し、消えた。

(ニンジャ…ワーアニマルの…ニンジャだ…)アマドは半ば狂乱しながら帰宅していた。ドージョーに通っていたワーアニマルがニンジャであると解ってしまったからだ。
(センセイもニンジャ…あそこはニンジャのドージョーだったんだ…!)これからどうすべきか?逃げる?いや逃げればむしろ怒らせて殺される?どうすればいいかわからず酩酊したサラリマンめいてふらついていた。そこに遅刻しそうで急いでいる車がショートカットして車両通行禁止のこの道に走ってくる!アマドは気付いていない!
ナムサン!誰もがアマドは空中に飛ばされオタッシャするものかと予想した。だが一人の男が片手で車を受け止めていた。「アイエッ!?」運転手は失禁した。
車は80km近く出ていたのにも関わらずへこみも傷もなく、受け止めたその男もどこにも傷はない。その姿はワータヌキ…そう、アンディフィナイトだ。お、恐るべきリアルニンジャのカラテ!
「ここは車は通っちゃいけないぜ」タイヤが空転した。この小柄な男の腕に捕まれ全身もバックもできないのだ!「無事か?全くめんどくさい街だな、ここは!」「アイエエエ!!」その圧倒的なカラテは誰も傷つけない形で作用した。アンディフィナイトは弱者を痛め付けることなど興味がなく、むしろ鍛え上げることが大好きなのだ。
「さぁて今日も稽古だ。俺は好かんがそろそろジツの稽古もしなくてはならんな。なんせそういうドージョーだからな!」「アイエエエ!!」アマドを掴まえてドージョーへ歩くアンディフィナイト。このときにアマドは悟った。このニンジャからはいろんな意味で逃れられないことを…
「ほら腹が減ったろう、スシだ。食え」「ハイ…」幻覚植物の葉で包まれたスシを差し出す。「さっきアプレンティスらと握ったスシでな、最近オドリビネガーが手に入ってようやくオドリ・スシが…」「アバー」ナムサン!ニンジャにとっては微量な幻覚毒でもモータルには強すぎる幻覚作用!アマドはふらふらと謎の仕草!これがオドリ・スシの命名理由。喰うと幻覚で踊ってしまう!
「はっはっは!強すぎたか!じきに慣れる!」「アバー」「さあ来い!踊るついでにジツでも教えてやるわ!」「アバー」「さあてお前ら、今日はジツの修行だ!」幻覚でふらふらとしているアプレンティスで溢れるドージョーにエントリーした。「…分量を間違えたかのう?まあいい、ジツを教えるのには丁度いいことよ」

(ま、また字が間違って見えた…テストが近いというのに!)アマドはノートを取りながら黒板に目を凝らす。最近文字や色が間違って見えるときがあるのだ。一度そう見えると暫く間違ったままで困る。漢字の書き取りなど致命的になりかねないケースも多いのだ。
テスト期間中なので稽古は精神トレーニングと軽い鍛練のみにしてもらっている。集中力が磨かれ今まで以上に集中できるのはドージョーに入ってから実感している。が、この幻覚めいた作用が厄介である。
自我科か?それともセンセイに訊くべきか?幻覚を操るニンジャと言っていた、きっと詳しいはずだ。明日の稽古が終わったら訊いてみよう…「あれ?」公式を書き写そうとしたらノートに既に書いてある。この式はまだ書き込んだことがなかったはずなのに。
そう思うと消えた。しかし教科書と照らし合わせるとさっきの幻覚は正しかったのだ。
別の問題の関数の図を書こうとすると…これも正しい図が既に書かれていた。書かれているはずがないと思うとやはり消えた。一度イメージした図が幻覚としてノートに写されるのだ。フシギ!
法則がわかってきたので途中式をイメージしてみる。そうしたらその途中式がノートに現れていくではないか!便利!これは勉強が捗る!
この幻覚はまだ他の人物には見えない。カメラを通したら消えてしまった。これはまだ自分の知覚を騙しているだけだからだ。だがそれでも紛れもないゲン・ジツである。つまりバカシニンジャ・クランの最初のステップを登ったことに他ならないのだ。


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