うんこ味のカレーとカレー味のうんこの話 : THE TALE(邦題:ジェニーの記憶) 後編
フッと覚醒した。目を開けて寝るもんで眼球が乾燥して、よく見えないしまぶたもはりついて動かない。蘇生するように全身の感覚が戻っていく。そういや昨日は会社の人らと宅飲みしてそのまま雑魚寝したっけ。じわりと気温が認識されて鳥肌がたつ。酔っ払いの寝起きは寒い。
指先にジーンと感覚が戻った頃に、やたら痛い場所があるような気がしてきた。乳首がいたい。右の乳首がやたらと痛い。眼球にありったけの潤いを集めて、やっと見る機能を復旧した。寒いはずで私の衣服は顎の下にすべてまくり上げられて、鈍痛の走る乳首はオッサンの口の中に収まっていた。
は?
選択の余地のない選択肢というものがある。YESと言うと、嫌なことが起きるかもしれない、NOと言うと、何か怖いことが起きるに違いない。その2択は2択のようで、どちらも行き着くところは経路の違う不利益だ。この質問は自分を大人だと思うジェニーにてきめんに効いた。自分はわがままで未熟な、世間を知らず物分かりの悪い、子供ではない。その一心で、嫌なことを勇んで選択してしまうのだった。たとえその質問が身の毛のよだつものであっても。
火の消えた暖炉の前で、寒くないと気丈に振る舞う13歳の少女に、ビルは優しく毛布を差し出した。ジェニーはされるがままに毛布をかぶり、言われるがままに情愛の詩を音読した。40歳のガチムチのビルが毛布に潜り込み、困惑するジェニーにビルは「シャツを脱ぎたくないかい?」と問うた。
間。どう断るか考えたわけでも、シャツを脱ぐ利益について考えたわけでもないだろう。ただ、この人は何を言ってるんだ?と困惑し、困惑したことによって沈黙し、沈黙してしまったことに焦り、断ったらどうなるか、想像もつかないけどきっとビルに嫌われる違いないというところまで考えただけだろう。沈黙を遮るために唇を押し開いた言葉は「もちろん」だった。ブラジャーも必要ない乳をみてニヤついたオッサンにもろチンぶち込まれてもまだ、ジェニーの思考はそこで足踏みしていたに違いない。断ったらどうなるかわからないけど、きっと今より悪いに違いない。想像もつかないくらい悪いに違いない。
ジェニーが裏垢女子よろしく、微笑んで乳首を公開したのには、ただ嫌悪する家族からの逃げ場をくれる「美しい女性」とビルに嫌われたくない一心からだったからだろう。
破瓜の少し前、ジェニーは美しい女性と共にビルの家を訪れていた。帰り際にビルは、僕がジェニーを家まで送るよ、と提案した。美しい女性は微笑んで、ジェニーに問いかけた。「ジェニー、カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どっちがいい?」そして美しい女性はジェニーを置き去りにした。ジェニーがどう答えたか、結局のところわからない。こうして少女と男は2人きりになったのだった。
どうしてこうなったの?それはあなたが選んだからよ、ジェニー。誤った自問自答と、虫唾が走るような現実。
真っ赤に腫れ上がったライト・ニップルに保冷剤を当てながら、宅飲みスラムの朝日を浴びて優雅に乳首トルコアイスパフォーマンスをキメていたオッサンの姿を思い出して虫唾が走った。その光景を部屋の反対側で眠る同僚に見られたくない一心で、結局私は右乳首を吸いまくるオッサンを無視して寝たフリをしたのだった。
確かに無視は良くない選択だったと思う。乳首がクソ痛い。何か大切なものを失った気がする(気のせいではない)。しかし、おそらく反対側にあった選択肢をとっていても、乳首13(サーティーン)cmなどと陰口を叩かれる良くない選択だっただろう。
冷静になればわかるが、良くない選択をしたのは私ではない。会社の飲み会で、女性社員の乳首を吸う行為を選択したこのオッサンだ。あと吸い方も良くないからとりあえずヘルスか何かで勉強してきて欲しい。乳首はそんなに強く吸うもんじゃないし、吸いながら反るもんでもない。
どうしてこうなった?それはあなたが選んだからよ、オッサン。ブタ箱でコンドームでも吸ってなさい。
うんこ味のカレーのトラウマはそれまでにおいしいカレーを食べている程薄くなる。ジェニーは成熟と共に次々に男にのっかり、仕事で向かった先の女性に体験談を聞くことで、無意識にうんこ味のカレーをカレー味のカレーまで薄めていった。忘れて、薄めて、最後には全てを受け入れて、エンディングにはジェニーを抱きしめたくなる。これもハッピーエンドでいいんだよ、と。
幸い私は魔女だから、トルコアイスジジイのせいでカレーの味は変わらない。
ただ今のところ、ハッピーエンドは迎えられそうにない。