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SRSQ "Ever Crashing"

Aug 19, 2022 / Dais

アメリカ・テキサス出身のシンガーソングライターによる、3年10ヶ月ぶりフルレンス2作目。

各位へ。各位は「夏に似合う音楽」と言われたらどんなものを思い浮かべるだろうか。フェスの現場を思い出させる縦ノリのダンスロックか、思うさまレイドバックしたレゲエか、歯切れの良いギターカッティングで胸を締め付けるシティポップか。自分はと言うと、真っ先にシューゲイザーやドリームポップが思い浮かぶのである。何故か?立っているだけで目が眩むほどの暑さがギターあるいはシンセの幻惑的な重層に、透明感に満ちたメロディラインが涼やかな風の一吹きに、ミッド/ロウテンポでループし続けるグルーヴの恍惚が強烈な日差しの向こう岸に浮かぶ陽炎に近似しているからだ。そんなわけで今日もその類の音楽を聴く。今回のこの SRSQ("seer-skew" と発音しよう)の新譜もまた、今年の夏を彩るに相応しい傑作である。実際今作には "Saved for Summer" なるタイトルの楽曲も含まれているわけだし。いやいや7曲目は "Winter, Slowly" じゃないかって?野暮なことは言うなよ。

情報の整理。SRSQ こと Kennedy Ashlyn はかつて Them Are Us Too というエレクトロデュオの一員として活動していた。当時の音楽性は、彼女らの共通の趣味であった Depeche Mode 、Cocteau Twins 、The Sisters of Mercy …要するにゴスの波動を受けた類の80年代ニューウェーブサウンドを直に受け継ぐものであった。しかし2016年、相方の Cash Askew がイベントの最中に火災に巻き込まれてしまい、22歳の若さで逝去。残された Kennedy は2018年に SRSQ 名義での活動を開始し、亡き Cash への追悼と感謝の意を込めたデビューアルバム "Unreality" を上梓する。その後 Kennedy は ADHD や双極性障害といった診断を受け、これまで以上に自身の内面を見つめ直した末に、今作を完成させるに至った。

音楽性はやはり、これまでの流れを汲んだドリームポップ。しかしながらこれまでよりも音作りは重厚で、開放的なスケール感を持ち、説得力は一層増している。ほぼ全曲がミドルテンポの深いグルーヴで、80年代シンセポップのノスタルジックな質感を程良く含みつつ、それこそ Elizabeth Fraser ばりに存在感のある Kennedy の歌声が、ゴスの闇を振り切るポジティブな生命力を感じさせる。そしてどの曲も尺が長い。10曲60分で、6分~7分台の曲が半分を占めるという構成。BPM が遅いのもあるが、それに加えてリフレインも多く、じっくりと時間をかけて丁寧に、濃密に世界観を築き上げていくという作者の狙いがはっきり表れている。これはヒットを飛ばすための昨今の定石からは乖離しているかもしれないが、決して冗長ではなく、味わい深い歌声やサウンドがジワジワと身体に浸透していく心地良さの方が勝り、どっぷり曲の中へ陶酔できる作りなのだ。そもそも陶酔するためのドリームポップにインスタントさは最初から求めていないわけで、彼女の判断は正解だと断言したい。ちなみにプロデューサーはこれまでに Slowdive や Beach House などを手掛けてきた Chris Coady 。盤石の人選である。

歌詞に目を向けると、4曲目 "Used to Love" では "I want that stone roses" という一節も出てきたりで、オマージュもここまで徹底していると思わず笑ってしまうのだが、上にも記した通り、今作の完成までには精神的にヘヴィな状況に陥ったりの紆余曲折がある。もちろん Cash との別離も完全には払拭できたわけではない。綴られる言葉の至るところには苦しみからの解放、救いを求める表現が刻まれている。9曲目 "Élan Vital" などはその極致で、「私は破滅に陥っている」「私にはもう何もない」といった苦々しい言葉が続きながらも、終盤では「私は歌に救われた」と一筋の光明を見出す。過去を綺麗に箱詰めし、自身を受け入れ、未来へ歩を踏み出すための壮絶なプロセスの始終。ミュージシャンを志してからの彼女の足取りを丸ごと、全身全霊で注ぎ込んだような多重コーラスが聴き手をすっかり洗い流してしまう。そんなどっしりした力作の後なだけに、終曲 "Someday I Will Bask in the Sun" での直球のアーメンブレイクがやたらと鮮烈に映る。この曲のみアップテンポで、ドリームポップを通り越して The Cranberries や The Sundays を彷彿とさせるジャングルポップへと接近している。あえての軽快で甘酸っぱい幕引きはあまりにも感動的だ。 

まだもう少し暑さは続くが、夏は終わる。疫病のせいでどこにも出掛けられなくとも、これと言った思い出が作られなくとも、今作を聴きながら自分なりに夏の生活をデザインできれば、まあ悪くはなかったかなと思う。

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