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Vicky Farewell "Give A Damn"

May 10, 2024 / Mac's Record Label

アメリカ・カリフォルニア出身のシンガーソングライターによる、約2年ぶりフルレンス2作目。

彼女の経歴を調べてみると、Vicky Nguyen 名義で Anderson .Paak のアルバムに作曲で参加したり、Kali Uchis や WILLOW 、Mac DeMarco などのサポートを務めたりと、すでに確かな実績を残している(今作も Mac DeMarco の主宰するレーベルからのリリース)。だが自身のソロ名義においては、彼女は煌びやかなスターダムを見据えて…といった姿勢はあまり見られず、むしろ全編をアパートの自室にてセルフプロデュースにより仕上げたという今作は、確かに地に足のついた DIY 精神で、自分の内面と向き合い、慎重に丁寧に、俗世の空気とは一線を画したエレクトロ・ドリームポップを作り上げている。

上のリードトラック "Push It" はわずか2分半で終わる。アルバム全体を総合しても30分にも満たず、聴き手が音の世界観に耽溺するよりも前に姿をくらましてしまうので、おぼろげな幻、白昼夢といった感覚に拍車がかかる。優美なキーボードにはジャズやフュージョンの影響が感じられ、多重録音によるコーラスワークには R&B の洗練された美しさと Kate Bush 直系のエキセントリックなアート性が入り混じっているような印象を受ける。丸っこい音像は80年代シンセポップのレトロフューチャー感をリバイバルした風でもあるが、自身の歌と演奏のみでリズムトラックはかなり簡素。それゆえに生まれるミステリアスな奥深さ、また尺の短さも手伝ってひどく脆弱な雰囲気をまとい、同時に親密な暖かみもある。

もうひとつのリードトラック "Tern Me On" はある意味でさらにインパクトがある。慎ましやかで可愛らしいポップメロディが、もはや R&B やらを通り越し、平松愛理谷村有美なんかの平成初期の J-POP みたく思ってしまうのは自分だけだろうか?自分は1983年生まれなのでその頃のポップスはリアルタイムと言えばリアルタイムだが、小室哲哉が社会現象レベルのブームを巻き起こしてからはすぐに「一昔前の懐メロ」と化してしまっていた記憶があるので、自分にとってはただただ懐かしい、古めかしいという印象しか残っていない、そんな音楽を彷彿とさせてくるのだ。彼女がその辺の質感をあえて狙ってきてるかどうかは…まあ単なる偶然…いやでも Ginger Root みたいな例もあったりするので実際のところは分からない。ともかく結果的にノスタルジアを強烈に湧き起こしてくるこの楽曲で、自分はすっかり参ってしまった。ああ良いなあ…と、しみじみ唸るしかない。

それとついでに言えば、Vicky のボーカルは坂本真綾とかなり近似していると個人的に思う。クセがなく透明感に満ちた声質、ハイトーンに向かった時の力の抜き方、声が伸びる時の揺れ方、多重コーラスで見せる幻想的で柔らかな広がりなど…常に繊細さを失わない歌声が、しっとり歌い上げる際の坂本真綾を強く思い出させるのである。坂本真綾から Kate Bush に至るまでの間隙、あるいはフュージョンから J-POP 勃興期に至るまでの間隙をさらりと埋めてしまう、そんな魔法じみたベッドルーム・シンセポップがここには多く並んでいる。今作が持つ輝きはあくまで内省的で密やかなものではあるが、幅広いリスナーに訴えかけられる外向きの魅力もきっと備わっているはずだ。

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