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2022年間ベストアルバム50選

国内外のアクトのライブ活動も盛んになってきて、ようやくコロナ禍の生活が落ち着いてきたかと思えば、戦争や宗教といった新たな問題が次々と勃発し、ろくでもなさに拍車がかかるばかりだった2022年。だがそんな世相とは裏腹に、音楽家たちは今年も多くの傑作を届けてくれた。ネット上を少し掘るだけでいくらでも素晴らしい音楽が見つかってしまう昨今では、もはや豊作でない年はない。あの手この手で刺激や安息を与えてくれたアーティストの皆に心からブラボー!と叫びたい。というわけで今年も、自分が特に素晴らしいと感じた50のアルバム作品をリストにした。それぞれの視聴リンクも貼ってあるので、参考にしていただければこれ幸い。また、このリストに準じたプレイリストも Apple MusicSpotify で作成したので、時間のある方はこちらも合わせてぜひチェックを。




50. Sun's Signature "Sun's Signature"

Jul 29, 2022 / Partisan

イギリス・ロンドン出身のポップデュオ。Elizabeth Frazer (Cocteau Twins) の実に13年ぶりとなる正式音源、しかもタッグを組む相手は私生活でもパートナーである Damon Reece (Echo & the Bunnymen / Spiritualized) 。この時点で往年のドリームポップファンにとっては垂涎の的であろうが、決して過去の栄光の再演ではない。もちろん彼女ならではの優しく美麗な歌声は健在だが、かつてニューウェーブ/ポストパンク全盛の時代に Cocteau Twins で放っていたエキセントリックな魅力、俗世と分け隔たれた場所からの呼び声のようなミステリアスさは成りを潜め、ボーカルは歌詞がはっきりと聴き取れるくらいに確かな輪郭を持ち、シアトリカルでゴシック要素の強い「ポップソング」を真っ当な形で演っている。角張りが取れて成熟した末の新鮮味。こういう作品を聴くと、長く音楽を好きでいて良かったなと思う。

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49. Nia Archives "Forbidden Feelingz"

Mar 10, 2022 / HIJINXX

イギリス・ロンドン出身のシンガー/プロデューサー。今年の夏、フジロックの CM が炎上していた。CM が炎上していたのか CM を批判したツイートが炎上していたのかは微妙なところだが、その一連の流れの中に「音楽のチョイスがダサい、なんで今になってドラムンベースなんだ」という意見をちらほら見かけた。何にも分かっちゃいねえ。今こそドラムンベースが熱いんだろうが。この EP 作ではドラムンベース、ジャングル、さらにはその祖先に当たるレゲエまでをも包括し、流麗で艶めかしいムードをまといながら、電光石火の速度で駆け抜けるエッジーなダンスミュージックばかりを取り揃えてある。中でも "Give me a motherfucking breakbeats!" の掛け声から火の玉ストレートのアーメンブレイクに突入する "18 & Over" が最高だ。現在彼女は23歳。ドラムンベース黄金期の90年代に真新しい刺激を見出す彼女のセンスを、自分は信頼する。

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48. Viagra Boys "Cave World"

Jul 8, 2022 / YEAR0001

スウェーデン・ストックホルム出身のロックバンド。アルバムの最後を締めくくる "Return to Monke" で、彼らは「社会をやめろ、猿になれ」と繰り返し過激にアジテートしてくる。インターネットはデマの情報で溢れ返り、世界中が5Gの電波で覆われ、ワクチンに混入されたマイクロチップを通じて個人情報はすべて秘密結社に盗まれている。どこに敵が潜んでいるかわからない。生まれた時は愛らしかった赤ん坊も、やがて自前で銃や兵器を用意する犯罪者に成り下がる。人間に社会は早すぎた!俺たちは全員猿からやり直すべきなのだ!そんな陰謀論にインスパイアされた毒気たっぷりの風刺を、ガラの悪さ全開な猥雑ダンスパンクに乗せてお届け。石野卓球のお墨付き

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47. Shoko Igarashi "Simple Sentences"

May 27, 2022 / Tigersushi

山形出身、ブリュッセル在住の作曲家。そもそもはサックス奏者としてジャズ畑を中心に活動していたとのことだが、この初のソロ作品では完全にシンセサイザー/エレクトロニクスが主体。しかも初期 YMO とスーパーファミコン時代のゲーム音楽の中間地点のような、絶妙にチープな感触を目指したユーモラスなもの。"Sand Dangeon" "Anime Song" などの曲名にしてもコンセプトが明確で、それこそ架空のアドベンチャーゲームのサウンドトラックのような趣が全編に共通している。痛快にポップ、粘っこくファンキー、何処か遠い目をしたノスタルジックなムード、そして何より、見知らぬ迷宮を手探りで探索する時と同種の高揚感!これこそがショーコイズムか!いつ聴いても愉快な気分になれる好盤。

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46. Moor Mother "Jazz Codes"

Jul 1, 2022 / Anti-

アメリカ・ペンシルベニア出身の詩人。アルバム表題にもあるジャズに始まり、ソウル、ブルース、ヒップホップ、そしてフットワーク。これらの音楽ジャンルは全て黒人発祥の、いわゆるブラックミュージックに属するわけだが、この数十年に渡ってダイナミックに変遷しては世界中に強大な影響を及ぼしてきたブラックミュージックの潮流、歴史が今作には凝縮されている。昨年リリースの傑作 "Black Encyclopedia of the Air" で見せた方向性をさらに拡張/深堀りし、ボリュームは一回り増加してフィーチャリングゲストも大勢参加。歌詞には John Coltrane や Sun Ra など偉大な先人の名前をドロップしつつ、前作同様にラップとポエトリーリーディングの中間を行くボーカルスタイルが絶妙なグルーヴを醸し、アブストラクトな浮遊感を保ちながら音世界が果てしなく膨張。こうして歴史は続いていく。

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45. Ho99o9 "SKIN"

Mar 11, 2022 / Elektra

アメリカ・ニュージャージー出身のヒップホップグループ。ゼロ年代から時代が一回りし、かつて隆盛を極めたポップパンクやニューメタルのリバイバルが活発になってきているかと思うが、この Ho99o9 はそのニューメタルリバイバル勢の中でも特に手つきが乱雑で、ダークな野性味に満ち、なおかつ本能的な快楽原則に忠実で在り続けている。圧の強いエレクトロニクスとヘヴィギター、縦横無尽に荒れ狂うドラムビートを混ぜ合わせた楽曲はとことんアグレッシブに振り切れており、それ故の底抜けなキャッチーさで身体をどてっ腹から突き上げてくる。それこそ "BITE MY FACE" にゲスト参加している Corey Taylor (Slipknot) がその筆頭であったように。メタルとヒップホップ双方の攻撃性が掛け算され、何乗にも膨れ上がった痛快作。

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44. Fievel Is Glauque "Flaming Swords"

Nov 25, 2022 / MATH Interactive

アメリカ・ニューヨーク出身のジャズユニット。Stereolab の全国ツアーのサポートアクトに抜擢されてにわかに注目を集めている彼ら。ボッサ/ラウンジテイストの洒脱で涼やかなメロディセンスは確かに Stereolab と直結している。しかしエレクトロニックなアートポップではなく、複雑な変拍子をドリフト走行ですっ飛ばす辣腕アンサンブル、ほぼ全曲が1~2分の尺でまとめられたショートカットスタイルで、グラインドコアにも匹敵する目まぐるしさでローラーコースターのごとく展開していく様が痛快極まりない。この鋭敏な肉体性と遊び心満載のポップさの取り合わせは Deerhoof を思い出させるし、常に今いる場所から抜け出そうとメタモルフォーゼし続ける前傾姿勢は black midi にも通じるかもしれない。"recorded 100% live" の謳い文句も燦然と輝くミュータントプログレッシブジャズ怪作。

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43. Horace Andy "Midnight Rocker" / "Midnight Scorchers"

Apr 8, 2022 / On-U Sound
Sep 16, 2022 / On-U Sound

ジャマイカ・キングストン出身のレゲエシンガー。1972年のデビューから今年でちょうど半世紀というアニバーサリーを飾るこの連作。"Rocker" の方がセルフカバーを含むオリジナル作で、"Scorchers" がそのダブミックス盤。ともにプロデュースはレゲエ/ダブの重鎮エンジニア Adrian Sherwood 。完全に鬼に金棒のタッグなので間違いようがないのだが、実際の仕上がりもさすがの切れ味。弛緩したグルーヴでありながら強烈に低音の効いたプロダクションがヘヴィな緊張感を醸し出し、Horace の滋味深いファルセットボイスはディープなダブ音響と合わさって聴き手を恍惚の底なし沼へと誘い込む。オリジナルの "Rocker" の時点で十二分に濃ゆいのに、Adrian によって拡大解釈された "Scorchers" も加わればもはやブラックホールのごとき磁力だ。盟友 Massive Attack の "Safe from Harm" カバーという目玉もあり、長大なキャリアをなお前に動かす野心作。

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42. Cave In "Heavy Pendulum"

May 20, 2022 / Relapse

アメリカ・マサチューセッツ出身のロックバンド。メタルコア/カオティックコアに始まり、プログメタル、スペースロックへと大きく迂回しつつ、ロックンロールの原初的な快楽も決して置き去りにしなかった彼らは、もう少しで結成から30年を迎えようとしている今、メタルシーンの最たる良心のひとつと呼んで差し支えないと思う。2018年にベーシスト Caleb Scofield が急逝し、新たに Nate Newton (Converge) を迎えてから初となる今作は、前述のロック/メタル要素を余すことなく統合し、獣性と知性が交差してパノラミックな激音世界を展開する全14曲70分超の大作となり、どの部分を切り取っても Cave In ならではと言える充実の内容に仕上がった。デビュー作以来の起用となった Kurt Ballou (Converge) プロデュースによる逞しいプロダクションも当然間違いようがない。彼らは筋を通し切った。

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41. Sam Wilkes & Jacob Mann "Perform the Compositions of Sam Wilkes & Jacob Mann"

Sep 23, 2022 / Leaving

アメリカ・ロサンゼルス出身のベーシストとラスベガス出身のキーボーディストによるコラボ作。今年待望の来日を果たした Sam Wilkes とサックス奏者 Sam Gendel のデュオによるライブは、終始イイ顔でファンキーなベースプレイを繰り出す Wilkes が何とも無邪気な様子で、音源でのシュールで掴みどころがないという印象をガラリと払拭するくらい、演者の躍動感や熱量がはっきり感じられる素晴らしい内容だった。そこで発揮していたモダンジャズ音楽への飽くなき探求心は今作にも通底している。やはりエレクトロニック/アンビエント色は強いが、Sam Gendel 作品よりも緩急の流れが掴みやすく、"The Cricket Club" の小気味良いリズムから "Wichita Wilkes" のピースフルな雰囲気へと至る独自の音世界に身を委ねているだけで、やはりライブ同様なんとも微笑ましい気分になるのであった。

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40. Congotronics International "Where's the One?"

Apr 29, 2022 / Crammed Discs

Konono Nº1 、Deerhoof 、Juana Molina などの総勢19名によって結成されたスーパーグループ。2009年のフジロックに Congotronics vs Rockers として出演した時の、あの雨と泥に塗れた夜更けの祝祭空間が帰ってきた!電子カリンバの野蛮な響きと地響きのような打楽器の群れ、そこにロック(と言うには随分と変化球な)由来のソリッドなグルーヴも追加され、向かうところ敵なしのトライバルダンス曼荼羅が繰り広げられる様には即座に降参。楽曲が複雑すぎて演者本人たちが「曲の出発点はどこだ?(Where's the One?)」と口々に漏らしていたというのも今や良い話。一切の垣根を超えた大所帯で放たれるコンゴトロニクス・エナジーの下に世界はひとつとなったのだった。めでたしめでたし。

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39. PUP "THE UNRAVELING OF PUPTHEBAND"

Apr 1, 2022 / Rise, Little Dipper

カナダ・トロント出身のロックバンド。これが初のメジャーレーベルからの作品ということだが、だからと言って彼らは生真面目に洗練へと向かうようなバンドではなかった。むしろピアノやホーン、シンセといった装飾が盛り沢山であると同時に、バンドサウンドのノイズ成分も割り増し、結果として過去の作品よりもますます雑然さの際立った内容となっている。変拍子や不協和音を交えながらパンクロック由来のエネルギッシュな快活さはキッチュに捻じ曲げられ、持ち前の牧歌的でキャッチーなメロディセンスはオペラロック風の拡がりを見せる。PUPはもう破産だ!とヤケクソで叫び、露悪的な遊び心をふんだんに塗しながら展開するバロック・パンクとでも言うべき痛快作。

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38. Saba "Few Good Things"

Feb 4, 2022 / Saba Pivot LLC

アメリカ・シカゴ出身のラッパー。生音を基調としたトラックの美しさが印象的。リリックには前作リリース以降に名を馳せて成功したが故の自信と、成功者となったことで出自であるシカゴの貧困層を置き去りにしているのではないかという葛藤、そして10代の頃へのノスタルジア、かつ10代の頃がもう戻らないと自覚する力強さと切なさ、また自身の家族を守ることについてなど Saba のパーソナルな情感/思索が多面的に紡がれている。それは時に悲痛さやダークさを孕む場面もあるが、暖かみのある R&B 風のメロウな感触を強く打ち出したトラックによって、それらの言葉すべてはひとつの緩やかな流れに溶かされ、翳りを帯びつつも決してそこに囚われず、繊細な淡色の鮮やかさで彩っており、それがひどく心地良く、同時に鋭利に突き刺さってもくる。

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37. The Comet Is Coming "Hyper-Dimensional Expansion Beam"

Sep 23, 2022 / Impulse!

イギリス・ロンドン出身のジャズバンド。サックス担当の King Shabaka こと Shabaka Hutchings は Sons of Kemet や Shabaka and the Ancestors といった複数のバンドを並行で動かしているが、この The Comet Is Coming はそれらよりもファンクやサイケデリックロック、エレクトロニカといったジャズ以外の要素の比重が高く、異種混合によりスタイルの革新を目指すというアティテュードが如実に表れている。スペーシーでいてグルーヴィー、スピリチュアルでいてパンキッシュ。さらにこの新譜では3~4分台にまとまった楽曲が多く、Shabaka がかつて在籍していた Melt Yourself Down を思わせるキャッチーな馴染みやすさもあり。思いきりの良すぎなアルバム名/曲名も含め、彼らならではのブッ飛んだ持ち味をサクサクと楽しめる快作。

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36. Alvvays "Blue Rev"

Oct 7, 2022 / Polyvinyl

カナダ・シャーロットタウン出身のロックバンド。どんなに楽しかった体験も、どんなに大切だと感じていたものも、年を取ると次第に霞んで忘れそうになってしまう。時計は右にしか回らないし加齢という器質的変化には決して抗えない。自然の摂理はあまりにも残酷だが、過去の輝かしい記憶は全く別の事柄によって鮮明に息を吹き返すことが、幸運にもたまにある。何もかもを振り切るようにして疾走するエイトビートを、ノイズや不協和音を物ともせずに荒ぶりまくるギターソロを、目の前の一切を眩しく彩るクリーントーンを、涼やかに吹く風のように流れて涙を誘う歌声を、時に見せる愛らしくとぼけたユーモアを、この世にシューゲイズという素敵な音楽があったことを、自分はきっと忘れかけていた。ありがとう Alvvays 。

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35. 蒼山幸子 "Highlight"

Jan 26, 2022 / Sony Music Artists

千葉出身のシンガーソングライター。ねごと時代から地続きのポップスメイカーとしての作家性を改めて確立したソロデビュー作。曲調には大きく分けて二本の軸がある。清冽なエレクトロポップと、しっとりと憂いを滲ませるシティポップなのだが、いずれにも彼女の歌声はよく映える。リズムに対する言葉の当て方に伸縮性があり、潤んだ声質による微細な揺れがナチュラルに情感を引き立て、歌詞も眼前にパッと景色が開けるような修辞、ワードチョイスのセンスに長けている。特にアルバム表題曲 "ハイライト" や "スロウナイト" "PANORAMA" にはすっかり参ってしまった。軽やかで美しく、どことなく苦い。決して何かが取り立てて目新しいわけではない。だが…普遍的という言葉を使うのには少し慎重になってしまうが、ここにあるポップソングの魅力は普遍に知れ渡ってしかるべきものだ、と言い切ってしまおう。

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34. Sam Gendel & Antonia Cytrynowicz "LIVE A LITTLE"

May 13, 2022 / Psychic Hotline

アメリカ・ロサンゼルス出身のサックス奏者と、同じくロサンゼルス出身の映像作家 Marcella Cytrynowicz の妹によるコラボ作。情報によればレコーディング当時の Antonia は11歳で、たまたま彼女の歌声を聴いた Sam がいたく感動し、特に打ち合わせもなく完全ノープラン状態で、歌詞もメロディもアレンジも全て即興で作り上げたのが今作なのだという。この情報をあなたは理解できるか?自分はひとつもできない。もちろん Antonia の才能にも恐れ入るばかりなのだが、Sam の創作における鋭敏な直感、そして楽曲を形にするまでの異様な瞬発力の高さは、もはや気味の悪さすら感じるほどだ。いかにも子供らしいあどけなさの中に寂寥や虚無感が不意に顔を出し、それが寄る辺のないアンビエントトラックとともにひっそりと浮遊する。何かと怪作の多い Sam のカタログの中でも、今作は群を抜く異質っぷり。

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33. Nilüfer Yanya "PAINLESS"

Mar 4, 2022 / ATO

イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター。ロックというジャンルの音楽的形式が解体され、ヒップホップや R&B など他のジャンルに援用される最近の潮流に対して、それをロックの発展と取るか衰退と取るかは意見の分かれるところだろうが、そもそも形式とは手法に過ぎない。肝心なのはその手法を用いて何が表現されているかだと思う。Nilüfer Yanya はこの作品で、Nirvana のジリジリと燻ぶる憂鬱、中期~後期 New Order の艶やかに踊る透明感、Radiohead の叙情とインテリジェンス…といった90年代オルタナティブロックからの影響を露わにし、それらを自身の歌、R&B のフォルムへと密接に組み込むことで、美しさを一層深みのあるものに仕立てている。文脈の豊かさとポップソングとしての明快な魅力。

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32. Wormrot "Hiss"

Jul 8, 2022 / Earache

シンガポール出身のメタルバンド。不気味な静寂を切り裂いて放たれるグラインドコアサウンド21曲33分。ただ暴虐の限りを尽くす音楽性ではあるが、苛烈な勢いの中にブラックメタル由来のシアトリカルなダークネス、音楽原体験の中に Green Day や Offspring が含まれているが故だろうか…の快活なロックンロール・エッセンス、またエモーショナルな悲壮感を湛えたコード進行や狂気的なバイオリンの音色も取り入れるといった創意工夫が随所にあり、押し一辺倒な中にもふくよかな起伏のある流れが作られていて自然と身体を持っていかれる。グラインドコアをすでに完成されきったジャンルではなく、自由度の高いアートフォームと捉えた豪傑ならではの手腕。「女囚さそり」シリーズの梶芽衣子をオマージュしたアートワークもクール極まりない。

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31. Burial "ANTIDAWN EP"

Jan 6, 2022 / Hyperdub

イギリス・ロンドン出身のプロデューサー。よくよく耳を澄ませてみれば遠くの方に4分打ちが鳴っていたりするが、いつもの Burial 印と言えるような高速ダブステップ・ビートはここでは皆無。R&B 曲やゲーム音楽など方々からのサンプリングと思しきサウンドコラージュにより形成されたのは、ちょうどアポカリプス後の SF オープンワールドを想起させる、果てしなく荒涼と広がる実験的アンビエント。ただ陽の光に背を向けるアルバム表題ではあるが、不意に差し込まれるメロディの切なさ、暖かさ、そして音の層が分厚くなるにつれてエモーショナルな昂ぶりも感じさせたりと、楽曲の随所に聴き手のイマジネーションを刺激する仕掛けが張り巡らされている。EP といいつつ実質的に2007年作 "Untrue" 以来のフルレンスとなる今作は、彼のカタログの中でも特に異端な、ひとつの最深部と言えるもの。

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30. Bill Orcutt "Music for Four Guitars"

Sep 2, 2022 / Parlialia

アメリカ・フロリダ出身のギタリスト。表題通り4つのギターパートで構成される本作は、インプロビゼーションを得意とする彼にしては異色と言えるであろう、Steve Reich を思わせる現代音楽のミニマリズム、緻密な構築性を重んじた内容に仕上がっている。鋼の弦の振動する様子がありありと目に浮かぶような、極限まで研ぎ澄まされた鋭角ギターサウンドが、不協和音をふんだんに盛り込みながら竹籠のように複雑に編み込まれて幾何学的な総体を成していく。その歪なコード感はともすればポストパンクに通じる不穏さを孕み、しかし Bill 本来のブルース/カントリーらしい朗らかな感触も不意に顔を見せ、なおかつ荒ぶる野性味にも満ちている。何かしらの一定の場所に収まることを良しとしない彼独自のミニマルミュージックは、わずか1~2分程度の短い尺の中で即座に、聴き手を微睡みに誘い、同時に強烈な覚醒を促す。何言ってるかよく分からない?じゃあまずは飛び込もう。

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29. Sam Prekop & John McEntire "Sons Of"

Jul 22, 2022 / Thrill Jockey

アメリカ・シカゴ出身、ロックバンド The Sea & Cake のメンバー2人によるコラボ作。内容はポストロックではなく、BPM110~120程度の丸っこい4分打ちキックが何処までも伸長していく、モジュラーシンセを駆使してのいかにもテクノらしいテクノ。だが上モノにはアンビエント風の浮遊感と上品なポップさが常に保たれ、音のレイヤーの巧みな抜き差しによって絶えず景色が変化していスリリングな感覚もありで、直球でありながら遊び心を忘れない楽曲構成に自然と引き込まれる。そして何より、音響技術の極意を会得した両者ならではの空間的な音の鳴りがひたすらに心地良く、緩やかな音の旅に身を任せている間はずっと全身リンパマッサージを受けているような恍惚の果てに。4分打ちというシンプルなリズムパターンの、シンプルだからこその深みを堪能できる4曲56分。

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28. Bobby Oroza "Get On the Otherside"

Jun 10, 2022 / Big Crown

フィンランド・ヘルシンキ出身のシンガーソングライター。今作で彼はアルバム全編において、ヘルシンキのファンクレーベル Timmion Records の箱バン Cold Diamond & Mink とがっぷり四つでタッグを組み、ソウルミュージック、その中でも良く言えばサイケデリックかつヴィンテージ、悪く言えば昭和の場末のリゾート施設なんかで流れていそうな、ともかく現代的な洗練とは真逆を行く湿っぽくディープな空気感がムワッと匂い立つ、なんとも濃密な音楽性を披露している。こういった作品がヘルシンキから出てくるというのが何だか不思議なのだが、まあそれを言えば日本だって小島麻由美や坂本慎太郎みたいな人が出てきてるんだから変わらないか。腰が抜けるほどにスウィートで、意識が遠のくほどにレイドバック。心地良さ以外に遮るものが何ひとつない、これもこれでひとつの小宇宙。

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27. Shygirl "Nymph"

Sep 30, 2022 / Because Music

イギリス・ロンドン出身のラッパー/シンガーソングライター。待望の、ようやく、といった言葉が似合うこの初フルレンスだが、もっとエクスペリメンタルなものを想像していたのだけど、意外にも真っ当にポップで聴きやすい。Arca 、Mura Masa 、Vegyn といった現代の尖端を突っ走るエレクトロニック・アーティストの助力を得ながら、挑発的で蠱惑的、時にはダークでインダストリアルな凄味も発しつつ、基本はヒップホップや R&B の最も原初的と言えるメロディ/グルーヴの心地良さが優先され、UK ガラージからトラップ、4分打ちといったリズムの多様な移行も滑らかで、ポップミュージックとして驚くほどすんなりと受け入れられる。そして歌詞はこれでもかというほどセクシャル、不遜、それでいて内省的。Shygirl の存在が自分を惑わせる。

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26. The Smile "A Light for Attracting Attention"

May 13, 2022 / XL

Thom Yorke と Jonny Greenwood (Radiohead) を中心とするロックバンド。無邪気だなあ、というのが一番の印象。もちろん楽曲自体は強迫神経症的でシリアスなムードが通底し、演奏やプロダクションにしても極めて厳格なプロフェッショナルのものに違いないのだが、それ以上に、メンバーの中に試したいアイディアが山ほどあり、それらを逐一具現化してやろうというフットワークの軽さが全曲に生かされている。オルタナティブ、ジャズ、クラシカル、エレクトロニック…あとファンクやアフロビートのグルーヴも持ち込まれているのはドラムを務める Tom Skinner (Sons of Kemet) の影響か、しかしながらこれらの要素は本隊の Radiohead でも多く見られたものであり、その意味では新鮮さは薄い。だがそれは然したる問題ではない。大事なのは実際に形にすること。巨大な存在になり過ぎた Radiohead では迂闊にできなくなったアレコレを消化するための新バンド。名義の使い分けは大事。

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25. Mary Halvorson "Amaryllis" / "Belladonna"

May 13, 2022 / Nonesuch
May 13, 2022 / Nonesuch

アメリカ・マサチューセッツ出身のギタリスト。アルバム表題、またアートワーク的にも綺麗に対を成しているこの2作。"Amaryllis" はホーン、ビブラフォン、リズム隊などを従えた本来のジャズらしい編成で、"Belladonna" はニューヨークの弦楽四重奏 Mivos Quartet を全曲でフィーチャーしたクラシカルな方向性。だがいずれも根幹にある狙いは共通している。不協和音スレスレの領域を掻い潜るようにアンサンブルは奇妙なハーモニーを奏で、つんのめるような変拍子も盛り盛り。しかしフリージャズ的な即興性というよりは、むしろプログレッシブロックに通じる緻密な構築美を感じさせる。喜怒哀楽のいずれか、三原色のいずれかに収まる明快さを良しとせず、その境界線にある微妙な質感ばかりを追い求める演奏はスリリングこの上ない。新種の幻惑がここに。

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24. 水曜日のカンパネラ "ネオン"

May 25, 2022 / Warner Music Japan

日本のポップユニット。きっと誰しもが思っていたはずだろう。ユニットの顔役であり楽曲の個性を決定付ける存在であったコムアイが脱退すると報じられた時に、水曜日のカンパネラは完全に終了したのだと(実際ケンモチヒデフミ自身もそう思っていたとインタビューで述べている)。そしてきっと誰も思いもしなかっただろう。後任で加入した新ボーカル詩羽が、これまでのカンパネラの個性を損ねるでも別方向に切り替えるでもなく、ヘタウマの味に頼らない歌唱力の高さでもって真っ当なグレードアップを果たし、新曲をしっかりヒットさせて新たな顔役として定着するなどと。今年自分が見たライブでは "桃太郎" はレパートリーから外れ、多くの観客が "エジソン" を心待ちにしていた。ミュージシャンは現在進行形が最も美しい。

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23. Marina Herlop "Pripyat"

May 20, 2022 / PAN

スペイン・バルセロナ出身のシンガーソングライター。元々はクラシカル畑出身のピアニストだったようだが、今作はいわゆるクラシカルや現代音楽的な内容とも言い難い。南インドの伝統音楽に影響を受けて制作されたとのことで、メロディラインには確かにエキゾチックな感触が表れているが、架空の言語を用いての歌唱は神秘的な中にユーモラスな表情も垣間見られる。なおかつ IDM 風の細かくフラグメント化したリズム音を奔放に散りばめたトラックも手伝い、歌声の印象は祈りのように切実だったり不気味だったり、多くの可能性を追い求めてあちらこちらへと飛び回る。確かな音楽的理論や素養を蓄えながら、それらを全て否定して別の次元へと身を移そうとしている過程のような、遊び心と表裏一体のひりついた痛み。

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22. SRSQ "Ever Crashing"

Aug 19, 2022 / Dais

アメリカ・テキサス出身のシンガーソングライター。清々しいくらいに一直線なドリームポップ。しかもほとんどの楽曲が BPM70~80 程度のミドルテンポで、壮大かつ透明度の高いメロディを5分以上の尺に引き伸ばし、じっくり丹念にシンセサウンドの幻想世界を紡ぎ上げていく。朗々と高く広がるボーカルはもちろん Elizabeth Fraser の面影を感じさせるが、明確に言葉の聴き取れる輪郭の太さ、ソウルフルとも言えるエナジーを湛えている。火災に巻き込まれて22歳の若さで逝去した元バンドメイト Cash Askew の名前をステージネームとし (SRSQ=seer-skew=C. Askew) 、彼女の無念を背負い込む形でスタートしたこのソロユニットが、今作ではその悲しみを開放的な美しさへと昇華し、いかにも夏空に映える優秀なポップソングに結実してみせた。その凛々しさには何度聴いても胸を打たれてしまう。

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21. Kendrick Lamar "Mr. Morale & The Big Steppers"

May 13, 2022 / pgLang, Top Dawg Entertainment, Aftermath, Interscope

アメリカ・コンプトン出身のラッパー。チャート1位やグラミー受賞はもちろんのこと、"Alright" がブラック・ライブズ・マターのテーマソングとして多くの民衆に指示されたり、"DAMN." がヒップホップとしては初のピューリッツァー賞を獲得したりと、もうこれ以上に何がある?というくらいに名実ともにテン年代ヒップホップシーンの頂点に君臨した彼。今作はそれ以降に二人の子供を授かり、またコロナ禍へ突入とするいった大きな出来事を踏まえ、セラピー/父性/宗教/ジェンダーなど多くのトピックに触れながら、ラッパー以前にひとりの人間としての自分を徹底的に掘り返している。もちろんラップスキルもトラックもおしなべて一級のクオリティなのだが、個人的には今までの作品の中で最も泥臭く不安定な内容だと感じた。王者だの救世主だのといった頼もしい呼び名を脱ぎ捨てての、一寸先は闇の中を手探りで模索する危なっかしさに、こちらまで内面を混ぜっ返される心地になる。

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20. 明日の叙景 "アイランド"

Jun 27, 2022 / Asunojokei

東京出身のメタルバンド。おそらく今年リリースの新譜の中で最も衝撃的と言えるジャケットを見て、いったいどういう風の吹き回しだ…?と訝しんだものだが、決して斜に構えたものではない。これこそが本来の彼らの王道なのだ。今作の制作に影響を及ぼした楽曲が彼ら自身によってプレイリストにまとめられているのだが、Deafheaven や Liturgy といった分かりやすいブラックメタル勢から、THE BACK HORN 、凛として時雨、果ては LUNA SEA やポルノグラフィティまでと、いくら何でも雑多すぎてさすがに困惑さを隠せない。しかも実際の楽曲を聴けば、確かにこれら全てが曲中に存在しているのだから余計に困惑する。シューゲイズ・ブラックメタルを一番の軸としつつ、ニ次元趣味含めて彼らの内にあるインプットを余すことなく注ぎ込んだ結果、暴虐でありながら極めて爽快で甘酸っぱい J-POP の究極型がここに誕生した。これが明日の叙景の、何ひとつ隠し事のない全貌なのだった。

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19. Lady Aicha & Pisko Crane’s Original Fulu Miziki of Kinshasa "N'Djila Wa Mudujimu"

Oct 21, 2022 / Nyege Nyege Tapes

コンゴ民主共和国・キンシャサ出身のパフォーマンス集団。Konono N°1 に端を発するコンゴ発のアフリカン・ダンスサウンドの最新鋭であり、近年めきめきと頭角を現しているウガンダの音楽レーベル Nyege Nyege Tapes の新たなる刺客。多層的なアフロ・パーカッションのエナジー迸る演奏、それを理知的なプロダクションによりエレクトロニックに接近させ、グルーヴの熱量に拍車をかける男女ツインボーカルのアジテーションはヒップホップあるいはハードコアパンクの爆発力も。舶来の資本力に依存せず、スクラップの山から部品を調達して DIY で楽器を自作し、まるっきりのゼロから音楽を作り上げる真にクリエイティブな活動姿勢にも圧倒される。残念ながら今作のレコーディング終了後にメンバーは離散してしまっているが、今作が持つ刺激はあまねく全ての音楽ファンを発奮させるはずだ。

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18. Makaya McCraven "In These Times"

Sep 23, 2022 / International Anthem, Nonesuch, XL

フランス・パリ出身のジャズドラマー。情報によれば今作は、5つのスタジオ音源と4つのライブ音源を Makaya 自身が綿密に編集し、7年もの歳月をかけて完成に至ったのだという。ライブさながらにオーディエンスの歓声から始まる今作は、すぐさまドリーミーな浮遊感を湛えたストリングスへと移り変わり、叙情的なサックスの咽び泣きが切り込む。明らかにエレクトロニックな意匠だったり継ぎ接ぎの違和感はどこにもないが、リアルな臨場感に満ちているかと言われるとそれも違う。様々な時期、様々な場所の演奏を混ぜ合わせて形成された楽曲群には、実際にはあり得ないはずの現実、言わば白昼夢のような掴みどころのない感覚が通底している。つんのめるような変拍子を多用した独自のグルーヴはもちろん肉感的な魅力もあるが、過去の経験の最良の部分のみを結集させて完成したジャズミュージックの理想郷は、聴き手に親しみと畏れを同時に感じさせ、幽玄の美を持って佇んでいる。

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17. C.O.S.A. "Cool Kids"

Jan 12, 2022 / SUMMIT, Inc.

愛知・知立出身のラッパー。「俺の見た目なら強盗犯」な強面のルックスであったり、実際のラップも武骨でハードコアなスタイルだったりするが、その言葉の端々には憂いや悔い、諦めといったブルーの感情が常にこびりついている。暴力を振るうことでしか自分を表現できなかった過去、自分の弱さを受け入れる時の痛み、子供が生まれて人生のステージが変わっていく最中で浮かび上がる感傷。自分の感情や経験を切り売りするというような大袈裟な話ではなく、普段つけている日記のようなさり気ない語り口で(中盤ではシリアスな閉塞感が表れたりもするが)、極めて自然に、だからこそのリアルな切実さをまとって紡がれる内省的な言葉の数々。硬質に研ぎ澄まされたビートとメロウな上モノの塩梅も、リリックのほろ苦さを引き立てるのに抜群の相性だ。何ひとつ嘘も誇張もない傑作。

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16. Soul Glo "Diaspora Problems"

Mar 25, 2022 / Epitaph

アメリカ・フィラデルフィア出身のロックバンド。ジャンルとしてはハードコアパンク。非常に快活で、スピード感を殺さないまま緩急のギアチェンジも巧みにこなし、とにかく言葉数を詰め込んで捲し立てるボーカルはヒップホップの影響も色濃い。実際に歌詞中には「Juice WRLD や Pop Smoke の時代に俺は生きてる」とも綴っていたり、権力による抑圧、人種差別に真っ向から対峙するポリティカルな姿勢を見せたりと、2022年時点の現在を多角的に鋭く見据え、パンクバンドとしての矜持を貫いている。のだが、彼らはシリアスさをそのままシリアスには表現しない。終始血管ブチ切れ寸前のテンションのまま上擦った声でシャウトし続ける様は、そのやりすぎっぷり故に何処かコミカルな印象すらあり、反射神経に優れた曲作りも含めて異様にキャッチー。怒ることも踊ることも笑うことも忘れない、その意味で自分は彼らに System of a Down の面影を見た。

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15. Björk "fossora"

Sep 30, 2022 / One Little Independent

アイスランド・レイキャヴィーク出身のシンガーソングライター。今作の背景に2018年の母親の死が大きく存在し、そのメッセージ、世界観の象徴としてジャケットにもある通りキノコがモチーフにされているのが面白い。菌類が持つ繁殖のエナジー、滋養でもあり猛毒でもある多種多様な個性、あるいはサイケデリアへの入口にも成り得る神秘性、それらは彼女が目指す音楽表現の本質を的確に反映しているとも言える。音楽的にはインドネシアのテクノデュオ Gabber Modus Operandi 、バスクラリネット六重奏 Murmuri 、そして二人の実子の参加といったトピックも。ガバとクラリネットを掛け合わせる発想自体がすでに異常だが、実際今作はこれまでのキャリアの中でも上位を争うくらい、ビートは激しく、上モノは厳粛で、彼女ならではのテイストがさらなる異形へとアップデートされている。終わる生命への手向けと続いていく生命への讃美を全霊で表した、歌に似た祈祷。

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14. tofubeats "REFLECTION"

May 18, 2022 / Warner Music Japan

神戸出身のプロデューサー。前作収録の "WHAT YOU GOT" は、パーティーの熱狂に顔を埋めようとすればするほど、心の片隅にあった不安や逡巡が浮き上がってくる、何とも複雑な気分にさせられるダンスナンバーだった。それが今作のリードトラック "PEAK TIME" では逆転し、決して消えることのない不安や逡巡をそのままに、それでもなおパーティーの熱狂を目指そうとするエナジー、ある種の決意のようなものが感じられたのだ。上京、結婚、突発性難聴、コロナ禍…この4年の間に人生のステージが何段も移り変わった末に、自分という存在を映し出す「鏡」をテーマとした今作を作り上げ、その冒頭を飾るのが "PEAK TIME" というのは、彼の明確なステートメントだと自分は受け取った。多くの人々が笑みを交わし、汗を振り撒くダンスフロアを取り戻そうするのは時代の流れに逆行したものだろうか。生き甲斐を人は簡単に捨てられるだろうか。自分にはできなかった。

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13. Kathryn Joseph "for you who are the wronged"

Apr 22, 2022 / Rock Action

スコットランド・インヴァネス出身のシンガーソングライター。最初に打ち鳴らされるキーボードの一音で、空気が即座に冷え込むのを感じる。本人による弾き語り、そこに薄っすらと空間的なシンセの音色が差し込まれる程度の簡素なアレンジ。あどけなく幻想的な中に割れたガラスのような鋭利さを見せる歌声は Stina Nordenstam を彷彿とさせる。漂うように軽やかでメロディの美しい楽曲ばかりなのだが、そこで綴られるのはマグマのごとく煮え滾った情念、怨念と言っても良いだろう。裏返しになった愛情という名の加害、身を焼き尽くすほどの憎悪。「不当に扱われた人々」に向けられた歌の数々は、今にも消え入りそうなくらいにささやかで、それ故に聴き手の全身を硬直させる緊張感に満ち満ち、同時に聴き手が望まずとも抱え込んでしまっている心の傷を浄化する作用も併せ持っている。取扱い方を間違わずに注意して接するべき毒薬盤。

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12. Denzel Curry "Melt My Eyez See Your Future"

Mar 25, 2022 / Loma Vista

アメリカ・フロリダ出身のラッパー。曲名が "Sanjuro" や "Zatoichi" だったり、黒澤明からの影響を公言したり、カバーアートにも日本語が多用されていたりとやけに親日な側面が目立つが、要するに往年の日本映画でテーマとされていた硬派なヒューマニズム、人間の内面を深く堀り下げようとする姿勢に強くインスパイアされているのだと思う。音的には過去作よりもメロウな要素が濃くなり、かつてのダーティで不遜な攻撃性だけでなく、その裏側に逡巡や憂鬱も入り混じった微妙なニュアンスを表現している。ローファイな質感で陰翳が深く、丸みを帯びたスムースな音像は新たな次元へと歩を進めていくラディカルさを礎としたもので、その馴染みやすさとは裏腹の挑戦的なスリルに背筋から痺れさせられる。もちろんスキルフルなラップも健在で、ブーンバップとトラップの切り替えも難なくこなし、メロディアスなフロウも交えながらで切れ味はますますの冴えっぷり。確かにここには未来が在る。

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11. Zeal & Ardor "Zeal & Ardor"

Feb 11, 2022 / MVKA

スイス・バーゼル出身のメタルバンド。ブラックメタルとブラックミュージックの融合というのがバンド始動当初のコンセプトだったわけだが、誰もが一笑に付して済ませそうなこのアイディアを、バンマス Manuel Gagneux は極めて挑戦的な手つきで見事に形にしてきたし、このセルフタイトル作ではもはやそのコンセプトでは括り切れない音楽性にまで発展した。ブラックメタルと言うよりむしろニューメタルやインダストリアルメタルの要素が台頭し、ダイナミックなグルーヴと硬く太く鍛え上がったヘヴィネス、つまりサブジャンルに寄らない本筋のメタルの魅力を全編で漲らせており、それが従来のゴスペルやブルース由来の渋味を含んだメロディセンスと合わさることで、何ともスケール感豊かでヒロイックなカリスマ性を獲得しており、その凛々しい佇まいは何なら Foo Fighters ともタメを張りそうなくらいに、自分には見える。それでいて "Emersion" や "Hold Your Head Low" ではブラックメタル由来の叙情性も忘れていないのだから抜かりがない。これまでの実験を踏まえて更なる広大なフィールドへ打って出た力作。

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10. Sabrina Claudio "Based On a Feeling"

May 6, 2022 / Atlantic

アメリカ・フロリダ出身のシンガーソングライター。彼女が歌い出した瞬間に部屋の湿度が高まり、昼が夜に変わり、百華の匂いがむせ返るほどに立ち込めてくるのを感じる。悦びと悲しみをひとつに溶け合わせた、この上なく感傷的で深いムード。それは一言で言えば「エロい」となる。そもそもヴィジュアル面からしてそうだが、Sabrina はエロスをポップアートの最たるコンセプトだと捉え、自らの身体をフル活用しての多角的な表現を目指している。アメリカではなかなかに Parental Advisory な代物がヒットチャート上位を席巻していることが昔からよくあるが、彼女の楽曲もその方向性を組みつつ、パワフルな圧はなく、逆に高貴なベルベットのようなムードを持った繊細な歌ばかり。しかしそれが異様なまでのリアルな艶めかしさを持って、聴き手の神経を優しく逆撫でて魅惑する。狂おしいほどに肉感的。エロスとはタナトスと表裏一体を成す生の情動であるというのはフロイトの言葉らしいが、今作から放たれる生の実感、生きることへの希求の尊さは並ではない。

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9. Hinako Omori "a journey…"

Mar 18, 2022 / Houndstooth

横浜出身、ロンドン在住のシンセサイザー奏者。森林浴が体にもたらすヒーリング効果にインスパイアされ、音の持つ各周波数を緻密に計算しながら楽曲を構築したという、極めて科学的/数学的と言うか、ある意味で実用性の高い今作。実際、ここで鳴らされているシンセサウンドは機材本来の特性を生かしつつ、中音~低音の響きが鼓膜から脳に至るまでを優しく慰撫し、暖かな光の中に全身を包まれるような錯覚に陥る。だがそういった機能的な面だけでは収まらない。楽曲によってアブストラクトなドローンサウンドから弾力性のあるポップな質感までを使い分け、Hinako 本人も聴き手を夢の中に誘う幻惑的なウィスパーボイスだったり、ディープな音響と同化するように伸びやかな歌声を聴かせたりと、多彩なスキルやアイディアを生かしたユーモラスな魅力も持ち合わせている。「アンビエント」というジャンルが持つ実験性からポップ性までを余すことなく網羅し、彼女独自の哲学を貫いたデビュー作にして傑作。

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8. Fontaines D.C. "Skinty Fia"

Apr 22, 2022 / Partisan

アイルランド・ダブリン出身のロックバンド。The Cure が彼らの重要な影響元なのはもちろんだが、この新譜を聴いて自分は The Velvet Underground を想起した。特に "The Velvet Underground & Nico" 。バンドサウンドはより硬質で殺伐とした印象が強くなり、BPM をどっしりと落とした楽曲がメインを占め、パンク由来の攻撃性からゴシックロックのアート性を重視した方向性にシフト。しかし Grian Chatten の粗野なボーカルは Robert Smith のような耽美さよりも、それこそ Lou Reed の甘さと苦々しさ、ワイルドでありつつ理知的にも映るスタイルと直結するもので、プロトゴシック~アートパンク~グラムロックの変遷を綺麗に捉えた、ある意味ポストパンクアクトとしての最も由緒正しい立ち振る舞いだと自分は考える。昨年リリースの VU トリビュートで彼らがカバーしていた "The Black Angel's Death Song" と、今作は確実に地続きだろう。ここ数年続くポストパンク再リバイバルブームも隆盛を超えて飽和状態に差し掛かり、様々なバンドが次なる一手を求められる中、彼らの筋の通し方はやはり凡百と一線を画している。これこそ2022年時点のゴスの最良の形。

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7. Duval Timothy "Meeting With a Judas Tree"

Nov 11, 2022 / Carrying Colour

イギリス・ロンドン出身のピアニスト。情報によれば今作は2019~2022年の間に、自宅を含む様々なスタジオでのテイクや、Duval 自身による携帯電話やハンディレコーダーを使用してのフィールドレコーディング、さらに各楽曲ごとにゲストを招いて音を追加してもらうといったプロセスを経て完成したのだと。結果的に今作は、ジャズやクラシカルに軸を置きながらもエレクトロニックな装飾であったり実験的なポストプロダクションが目立っていた過去の作品に比べて、本来のピアニストとしての魅力が素直な形で表れた内容になっている。ピアノの演奏が昂ぶりを見せると同時にエレキギターの破裂音も加わってポストロック的な壮大さに展開する "Plunge" や、坂本龍一または久石譲にも肉薄する感傷的なメロディに胸を打たれる "Wood" など、これまでの実験性を踏まえながら明快で親しみやすいドラマ性が全編に表れており、門戸は広く、かつイマジネーションをかき立てる深みを損なわないままでいる。今年出会った作品の中でも最上の美しさ。

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6. ハチスノイト "Aura"

Jun 24, 2022 / Erased Tapes

知床出身・ロンドン在住のシンガー。夢中夢在籍時に披露していたオペラ歌唱から大きく発展し、エレクトロニクスの力を借りるのは必要最小限、歌詞のメッセージは完全に排除。純粋に「声」、声帯が持ち得る可能性をとことんまで追求した異形作。ブルガリア合唱を思わせる荘厳かつエキゾチックな歌声から、言葉という概念が生まれる前の時代の謝肉祭を幻視させるコーラス、ともすればコミカル一歩手前のオノマトペ、あるいは鳥や虫の鳴き声の声帯模写など様々な発声法を駆使して重ね合わせ、アルバムのほぼ全編をボーカルパートのみで創り上げており、手法の独特さ、展開する世界観の凄みには畏怖の念すら湧き上がる。極めてプリミティブでありつつ、実験的、理知的な印象も受ける声の重層は、テクノロジーの進歩や異なるジャンル間の越境、新しい世代の倫理観などといった、現代のポップスを推進させているおよそ全てのテーマからも解き放たれた、音楽の本質そのものだと思う。

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5. White Lung "Premonition"

Dec 2, 2022 / Domino

カナダ・バンクーバー出身のロックバンド。前作からの6年の間にコロナ禍が到来し、ボーカリスト Mish Barber-Way は2人の子供を出産した。自身を取り巻く環境が激しく変化した末にメンバーにも転機が訪れ、バンドは今作のリリースを最後に解散することを明言している。そういった前提で制作されたからか、今作は White Lung 史上最もラウドで、最も猛々しいドライブ感を持ち、そして最も明快なポップさを放つ最高傑作となった。子供を持つことの喜びや覚悟を歌詞に刻み込み、それを祝祭的な華やかさではなく、バンド本来の出自であるパンクロックのエネルギッシュな切迫感で爆発させている。アルバム中盤などは本当に圧巻で、曲が変わるごとに一段ギアを上げて加速度をグングン増していく、あまりにもスリリングな白熱演奏の応酬で思わず笑いすら込み上げてくる。最後の "Winter" に至っては頭の中が真っ白になるくらいの爆速だ。パンクバンドとしてこんなに美しい終焉が他にあるか?アルバム表題は直訳すれば「予感」。バンドは終わるが、新しい何かが始まる輝かしさもここには満ち溢れている。

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4. Anteloper "Pink Dolphins"

Jun 17, 2022 / International Anthem

アメリカ・ニューヨーク出身のジャズユニット。今年リリースされた中で最も凄まじい音響作品のひとつ。プロデューサーに Jeff Parker (Tortoise) を迎えて何時間にも及ぶセッションを編集し、そこにギターや電子音などを大量追加して完成したとのことだが、互いの出方を伺うように緊張の糸を張り詰めて鳴らされるメンバーの生演奏と、空間を包み込むサイケデリックなシンセサウンドが立体的に交差し、それらの音すべてがソリッドな臨場感を持って聴き手の鼓膜を四方八方から刺激してくる。アルバム全編が ASMR 状態。ちょうどジャケットのイラストが思わせるような神秘的でドラッギーな心地良さももちろんあるが、jaimie branch の勇壮なトランペットはその空間を真っ二つに切り裂くかのごとく鮮烈に鳴り響き、Jason Nazary のドラムは不定形にうねりながら恍惚を醸成しつつ、時に地鳴りのような迫力で楽曲をパワフルに推進する。未開拓の地平を突き進むこの野心が今後どれだけ発展していくのか楽しみだったが、残念ながら jaimie branch は39歳の若さで今年8月に逝去。どうか安らかに。

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3. OMSB "ALONE"

May 25, 2022 / SUMMIT, Inc.

アメリカ・ニュージャージー出身、相模原在住のラッパー。アルバムの中核に位置する "大衆" の一節「さあお前も今日から大衆だ」を今年のベストパンチラインに認定したい。他の曲もグッと胸を掴まれるフレーズだらけなのだが、これには本当に食らってしまった。上記の C.O.S.A. や tofubeats にしてもそうだが、年を重ねて時間の流れに身をさらす時間が長くなるほどに、少しずつ身の回りの状況や考え方が変化し、それが作品にもダイレクトに反映されてくる。リアルであることを正義とするヒップホップなら尚更だ。自分は他のみんなとどこかが違う。そんな疎外感に中指を突き立て、世間の言う常識とやらにガソリンぶっかけて火つけちまえと不敵にラップしていた頃から、時を経てやがて彼は自分自身を受け入れ、俺はどこまでいっても俺だというある種の降伏を踏まえ、大衆の一部へと溶け込んでいく。その甘やかさと切なさ、肩の荷が降りた風通しの良さが "ALONE" のシンプルな一語に集約された、なんとも叙情的で秀逸なコンセプトアルバムが今作だ。たとえラッパーでなくとも、ここでの彼の姿に自己を重ね合わせてしまう聴き手はきっと多いだろう。「エモい」だけでは済まないエモーショナルな大傑作。

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2. beabadoobee "Beatopia"

Jul 15, 2022 / Dirty Hit

フィリピン・イロイロ出身、ロンドン在住のシンガーソングライター。デビュー作 "Fake It Flowers" で彼女の個性を定義づけていた、90年代~00年代初頭のリバイバルを意識したオルタナティブロック路線は、実は彼女の魅力のわずか一側面に過ぎなかった。ここにはシンセポップがあり、フォークがあり、ボサノバがあり、チェンバーポップがあり、ドラムンベースやヒップホップもある。禁じ手無し。しかしそれが散漫な印象にならないのは、彼女特有のウィスパーボイスを基調とする上品かつキャッチーなメロディセンス、また宅録風のささやかで親密な感触が共通しているからだろう。それはより広義での90年代リバイバルと言えるかもしれないが、自分は今作に懐かしさを感じない。ここにあるのは豊かな音楽性を片っ端から試していく冒険心、自身の内にある世界を美しく彩る奔放さ、つまり新しさだ。そもそも自分はオルタナ好きとして半端者である。Sonic Youth は通ったが Pavement は通っていない。Radiohead は昔から好きだが Oasis や Blur にはいまだに興味が湧かない。Slowdive や My Bloody Valentine に比べて Ride はあまりピンと来ていない。そんな聴く側の素養の話は今作を聴く上ではどうでもいい。文脈や引用に依らず、広く門戸が開け放たれているからである。それぞれが異なる表情を持つ14曲の全てが、この蠱惑的な桃源郷に迷い込む入口なのだ。

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1. 優河 "言葉のない夜に"

Mar 23, 2022 / FRIENDSHIP.

東京出身のシンガーソングライター。現代の音楽が作曲、演奏、録音の三大要素で成り立っているとして、このアルバムは今年自分が触れた中で、それらの要素すべてにおいてパーフェクトだった。ギタリスト岡田拓郎を筆頭とする魔法バンドが全面的にバックアップを務めているのも多大に貢献しているだろうが、鳴らされる音のひとつひとつに確かな輪郭があり、ふくよかで親密な温度感、ライブ録音に等しい臨場感を持って聴き手に対峙する。自分は iPhone にイヤホンを差してサブスクで音楽を聴くのが常なのだが、そんな視聴環境でも今作の音の良さはずば抜けていた。いったいどうやって生み出しているんだこの音は。本当に魔法なのか。そして楽曲はフォーク、ロック、ブルース、歌謡曲の狭間をゆらりと行き来しながら、しなやかな広がりのあるメロディをたっぷり聴かせる秀曲ばかり。子守歌のように優しく、繊細な情感に満ちた歌の数々に没入するための、全ての歯車が合致した最良の成果がここにある。

それと個人的に、この作品を聴いていると五輪真弓を思い出す。1972年にデビューした五輪真弓は、Carole King や Joni Mitchell といった当時の女性シンガーの最高峰を翻案し、実際に Carole King 本人の協力も得ながら、日本人ならではの情緒をフォークミュージックに乗せて、国内のポップスを歌謡曲から一歩前に推進させていた。優河には Carole King はいないが魔法バンドがいる。彼女らが今作を作る上で、例えば Bon Iver や Jack Antonoff といったオルタナティブフォーク方面の作家から着想を得たことはすぐに想像がつくが、もちろん着想が全てではない。元来持ち合わせていたオリジナリティを丁寧に練り込みながら、優河と魔法バンドは1から100を生み出し、2022年時点のポップスの最先端へと躍り出た。今後の彼女の動向を追っていくことが、更なる刺激的な音楽体験の充実への、最良の道程かもしれない。

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