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Ethan P. Flynn "Abandon All Hope"

Oct 6, 2023 / Young

イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライターによる初フルレンス。

Ethan P. Flynn という名前をどこかで見た記憶がかすかにあった。脳の片隅までをウンウン唸りながら自力で掘り返すよりもググった方が早かった。そうだ、FKA twigs の2018年リリース作 "MAGDALENE" に数曲を提供していたのだった。その他にも過去には Jockstrap や Vegyn とのコラボレーションの経験もあるとのことなので、そういうエレクトロニック畑の人なのだとすっかり思い込んでいた。なのでこの正式デビューアルバムを聴いて、まさかこんなゴッテリしたオルタナティブ・フォーク・ロックが出てくるとは思いも寄らなかった。Jockstrap というよりも Black Country, New Road に近い方向性だし、何なら BC,NR よりも切実で、MV での飄々とした佇まいとは裏腹に力みがあり、湿度の高い情念が大きく渦巻いている。

基本にあるのはアコースティックギターを主体とする牧歌的なフォーク/カントリーで、そこに歪みの効いたロックバンド、室内楽風のストリングスといったアンサンブルの装飾が加わる。メロディは馴染みやすく、曲展開も自然だがヒネリが活かされていて、賑やかでありつつ上品さをしっかり保っている。なのだが、脱力していて垢抜けない Ethan のボーカルがその中に加わると、状況は一変する。例えばアルバム表題曲 "Abandon All Hope" 。冒頭はいかにもカラッと軽快な調子で始まり、コーラスパートも洒脱でポップな仕上がりだ。しかし曲が進むにつれてどんどん不穏なノイズが全体を覆い始め、最終的には「雪の中に沈み/すべての希望を捨て去る」。あっけらかんとした明るさは薄ら寒さとなり、ヘナヘナした歌声はシュールさと陰惨さを同時にまとう。わずか4分弱の尺の中でほのぼのした音像がグロテスクなものへと変容していく、その様には思わず固唾を飲んだ。さらりと凄いものを見せられた気がした。

他にも "In Silence" や "No Shadow" のさり気なくドラマチックなコード進行とメロディ、マンドリンの音色が滋味深い "Clutching Your Pearls" など、丁寧で真っ当なグッドソングの応酬なのだが、Ethan はそもそも丁寧なままで曲をまとめることを良しとしていない。失意や後悔、諦念が歌の端々にこびりつき、時には閾値を超えてカラフルな演奏を突き破ってくる。スキルフルな曲作りとは裏腹に、片付けようのない情念がずっと音の底の辺りを這い回っていて、聴いている間はどうにもザワザワして落ち着かないのだ。そして極めつけは "Crude Oil" 。この曲のみ16分を超える長尺曲なのだが、少しずつゆったりと緩急のギアを切り替え、感傷的なメロディと薄汚れたノイズが交差しながら、明確なクライマックスであったり、落ちるべきところに落ちるといった感覚はなく、最後までぼんやり不明瞭な足取りで曲が終わってしまう。この「不明瞭さ」こそが、アルバム全体で彼の求める感覚の最たるものではないだろうか。

今作を聴いていて、自分はアメリカのロックバンド Car Seat Headrest を思い出した。ローファイながら威勢の良いインディロックの演奏と、Weezer に通じるキャッチーなメロディ、そしてそれらに泥を塗りたくるかのごとくナイーブで鋭利な情念を発散するバンマス Will Toredo の姿はあまりにも物悲しく、どこかコミカルに見せる様子が逆に痛切だった。今作での Ethan はそんな Will のやけっぱちな姿と重なって見える。クローザー "Demolition" の中で、ここではないどこかへ抜け出そうとする Ethan はいよいよ収集がつかなくなり、声を荒げて叫び出す。みっともなく。希望を捨てると宣言するということは希望が捨てられないということだ。みっともなさや不明瞭さを優美に輝かせようとする彼の手法を、自分は支持したいと思う。 

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