Belong "Realistic IX"
アメリカ・ニューオーリンズ出身のデュオによる、約13年半ぶりフルレンス3作目。
激しく歪められたギターサウンドの重層と、反復し続ける簡素な打ち込みのリズム。不協和音の波が幾度も押し寄せる様は、アグレッシブでありつつ幻想的でもあり、聴き手の脳内を即座に別次元へとトリップさせる。この音楽を一言で表すとするならば、きっとほとんどの人が「シューゲイザー」と答えるだろう。しかし、興味深いインタビューを見つけた。その中での彼らによると、自分たちは My Bloody Valentine は好きだが、その他のシューゲイザーバンドに影響されたことはなく、自分たちの音楽もシューゲイザーのレッテルが相応しいとは決して思っていないのだと。
確かに、よくよく考えてみれば、昨今のシューゲイザーバンドで MBV の要素を強く感じる例は、意外にレアなものかもしれない。シューゲイザーに対する愛着を隠さないリバイバル勢の多くは、MBV よりも Ride や Slowdive などのように、ロック/ポップスの旧来的な曲構造を維持したバンドが、良くも悪くも大多数だったと思う。シューゲイザーに限らず、そのジャンルの始祖と見なされているミュージシャンが、実はそのジャンルの中で最も異端な音楽性であるというのはままある話だろう。MBV の楽曲は、メロディ自体は一筆書きのように至ってシンプルなものだが、徹底的に緻密に練り込まれたギターノイズサウンドを合わせることで、甘酸っぱくキャッチーなメロディをひどくダークで深遠な印象へと転じている。この研ぎ澄まされたシンプルさと極端な実験性の掛け合わせは、同世代や後進のどんなバンドとも明らかに一線を画すものだ。Belong が影響されたものは、MBV の創り上げた(そして一大ブームを巻き起こした)サウンドの表層だけではなく、この極端さを目指す精神性だろうと解釈できる。
1曲目 "Realistic (I'm Still Waiting)" は、出だしのギターリフこそ豪快なロックンロールらしさを感じるものの、そこからこれといった展開を見せることはなく、ボーカルもほとんどギターの音にかき消された不明瞭な状態で、爆音の不協和音サウンドが一定のテンションで延々と繰り返されるという、言わばクラウトロックに近い曲構成をとっている。もちろん単調と言えば単調なのだが、ガレージパンクの最も刺激的な部分のみを抽出拡大し、納得いくまでひたすらに反復し続けるというある種の潔さによって、ディストーション本来の聴覚的な刺激にドラッギーな恍惚を付加することに成功している。シンセをギターに持ち替えた Suicide といった趣の "Difficult Boy" 、IDM やアンビエントからの影響も強く感じる "Crucial Years" 、どことなくマッドチェスターの高揚感も滲み出た "Image of Love" など、曲によってギターサウンドの質感を変えながらも、この恍惚だけは常に一貫している。
今でこそオーバーグラウンドに至るまで影響が波及しているシューゲイザーだが、そもそもは "You Made Me Realise" や "Feed Me With Your Kiss" に代表される、退廃的でアングラな、ともすれば露悪的とも受け取れる攻撃性こそがジャンルの起点だった。長くに渡って世代交代を繰り返す中で、徐々に抜け落ちていったシューゲイザーの原点にある毒々しさ、それまでのロックサウンドを否定する苛烈な精神性を、Belong はもう一度再生しようと試みている。放たれている音が目新しいかどうかは争点ではない。ここに提示されているのはシューゲイザー、ひいてはエレクトリックギター作品に対する改めてのシャープな批判なのだ。