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Sam Gendel "Fresh Bread"
アメリカ・ロサンゼルス出身のサックス奏者による、約4ヶ月ぶりフルレンス4作目。
自分が Sam Gendel のことを知ったのは割と最近で、2020年のアルバム・オブ・ザ・イヤーを決めるとなった際に、彼の "Satin Doll" と "DRM" が色んな人から挙げられているのを見たのがきっかけだった。試しに自分も聴いてみたところ、ざっくり言えば "奇才" というのが第一印象だった。幼少の頃からジャズを志し、Miles Davis や Charles Mingus などの定番をきちんと通ってきている、にもかかわらず、彼の作る楽曲は正統的なジャズからは随分と遠い距離にあるものなのだ。エレクトロニクスを多く使用、と言うよりも生音にエレクトロニクスが侵食してアンサンブルを解体し、ジャズ本来の洒脱あるいは妖艶なムードはほとんど脱色され、どこにも着地する気配のないサイケデリックな音像ばかりが延々と垂れ流される、なんともアバンギャルドな楽曲の数々。昨年自分が聴いた中で言えば、例えば Ambrose Akinmusire がフリージャズの可能性を追求して大いにプログレッシブな演奏を展開していたのとも、Moses Boyd や Kamaal Williams がクラブサウンドとジャズを融合して先鋭的なダンスミュージックを錬成していたのとも、彼はまるっきり別の方角を向いている。伝統を受け継ぐでもモダナイズするでもなく、ジャズの素養を元としてただ気の向くままに音の実験に没頭してばかりいる、そんな飄々としたクレイジーさが彼の楽曲には強く感じられた。
そして今作では、そのクレイジーさがいよいよ臨界点に達しつつある。なにせ全52曲、トータルタイム3時間40分の超特大ボリュームなのだから。これにはさすがに聴く前から目まいを禁じ得なかった。
情報によれば、今作は2012年~2020年の間にホームレコーディングした未発表曲(一部はライブ音源)をかき集めたアンソロジー的な内容とのこと。なので制作時期がバラバラなら参加メンツもバラバラ。言わば完パケする前のラフスケッチ集のような状態だと思われるが、曲ごとの仕上がりは過去の作品と比べてもさほど遜色はない。むしろ趣味性の高さが功を奏してか、洗練させる前の原液の濃さ、フリーキーさに拍車がかかっており、その意味で彼の持つ個性を十二分に堪能できる作品となっている。
順に曲を追っていこう。まず1曲目 "Eternal Loop" 。その名の通りループ感がキモで、アンビエント成分の強いシンセがミニマルに反復される中、サックスの音色が涼やかな風のように吹き抜け、一気に陶酔の底へどっぷりと浸ることができる。この心地良い浮遊感は2曲目 "Waraku3" でも継続するが、3曲目 "Junk_Theem" では中東風のエキゾチックな旋律がシュールで奇怪な印象を楽曲に与え、それまでのアンビエント感を地に足のつかない居心地の悪さに転化させている。そして4曲目 "Alto Voices" ではノスタルジックな暖かみのあるメロディにほろりとさせられるも、5曲目 "Shrimpo" の妙にねちっこくチープな IDM サウンドで神経を逆撫でられる。その後も基本的にはずっとそんな調子で、隙間の多いアレンジによるミステリアスな感覚は全体に通底しているが、曲が変わるごとに醸し出される雰囲気もあっさりスイッチしていくため、弛緩しっぱなしの曲調ばかりでありながら先の読めない緊張感が終始保たれている。また1トラックにつき1フレーズ、1アイディアのみを生かすという取り決めでもしているのか、1曲の中で複数の展開をすることがほとんどなく、どの曲もジグソーパズルのピースみたく断片的な状態のままで完結しており、それらが前後と連結してアルバム全体がひとつの組曲のような体を成しているのである。
その後の楽曲でも多彩な趣向が凝らされ、アルバムはますます混迷の様相を呈していく。今作中では珍しくボーカルが入ってボサノバ風の軽やかなメロディをなぞる "Sometimes I Feel So Good" 、ほんのりファンキーなビートにヒップホップからの影響を感じる "Iguana Queen" "Iguana King" 、日本民謡風の郷愁たっぷりなフレーズで困惑すること必至な "干し芋" 、Louis Cole の曲をサンプリングしたらしいが結果的に Oneohtrix Point Never のような底意地の悪さばかりが生まれている "Sustain" などなど。メロウな味わいと不条理な毒気の配分を楽曲ごとに微調整しつつ、生ぬるい温度感だけが絶えず持続して聴き手の意識をトロトロにふやけさせていく。ゲストプレイヤーが明記されている以外は Sam Gendel 本人がすべてのパートを担当しているはずだが、本業のサックスですらもエフェクターやポストプロダクションをフル活用して音色が歪曲されていたりで、もはやシンセとサックスの境目は融解し尽くしてしまっている。ジャズとジャズ以外の境目も同様だ。ここまで脱構築が進んだ内容をジャズと括ってしまっていいのか、正直なところ自分にはわからない。まあそもそも演者自身にとってはジャンル分けなど無用の長物に過ぎないだろうが、ここにあるのはジャズというジャンルがカバーできる領域ギリギリのライン、その峡谷に潜んでいるジャズ的な何か、としか言いようがない。よくぞここまで怪曲ばかりを揃えたなといっそ誉め称えたいくらいだ。
あなたはここに収められた52曲に何を見るだろうか。ジャズを想定して取りかかった人は狐につままれた心地になっただろうし、エレクトロニカや現代音楽を想定していた人も、あまりの取り留めのなさ、そしてあまりの尺の長さに途中で音を上げてしまっているかもしれない。かく言う自分も、さすがに52曲を一気に通して聴くのは体力気力的に無理がある。ただそれでも、この作品の磁力に不思議と引き込まれている。少しずつでもじっくりと聴き進めたいと願っている自分がいるのである。いつまで続くともしれない迷宮の中を手探りでさ迷い歩き、柔らかな音の響きがゆっくりと質感を変えていく様に見とれ、やがては酩酊の淵へと沈んでいく。不穏さが安らぎにすり替わり、ポップさが胡散臭さにすり替わる。最終的に何かしらの解決へと辿り着くことがなく、一定の解釈すらも許さず、わからないことがわからないままで過ぎていく感覚。まるで「ドグラ・マグラ」だ。いやあそこまでおどろおどろしい描写がこの作品にあるわけではないが、連綿と続く "わからなさ" にある種のマゾヒスティックな快楽を見出せたならば、Sam Gendel の脳髄の奥底に隠された真意へと到達できるのかもしれない。知らんけど。