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Portrayal of Guilt "Devil Music"

Apr 20, 2023 / Run for Cover

アメリカ・テキサス出身のロックバンドによる、約1年半ぶりフルレンス4作目。

例えば、一口にメタルと言っても Black Sabbath から Deafheaven に至るまでの距離の間に無数のサブジャンルが存在し、同じく一口にパンクと言っても Iggy Pop からおとぼけビ~バ~に至るまでのグラデーションはあまりにも幅広い。そのうち何かしらの一箇所のみにクローズアップするバンドがあれば、あちこちの場所の垣根を取っ払ってさらなる複雑な色味を生み出すバンドもあるわけだが、この Portrayal of Guilt は後者に当たる。それも、上記のような長大な歴史を振り返ってみても、きっと他にはあまり類を見ないタイプのものであり、今回の最新作 "Devil Music" はそのユニークさが特に際立っている。

そもそも彼らは、2018年リリースの 1st "Let Pain Be Your Guide" や、2021年リリースの 2nd "We Are Always Alone" の時点では、ブラックメタルの湿っぽく禍々しい空気感を多く孕みつつも、土台にあるのはあくまでもエモ/ハードコアのスポーティな瞬発力や燻し銀のメロディセンスであり、両者を擦り合わせることで「パンクロック」としての独自の路線を提示していた。それが 2nd からわずか10ヶ月後に発表された 3rd "CHRISTFUCKER" では、火の玉ストレートなアルバム表題が示すようにブラックメタルやスラッジメタルの比重が一気に高くなり、さらには Christian Death のようなニューウェーブに繋がるゴシックロックの要素も合流して、バンドの攻撃性はどんどん気分を害するタイプのネチっこい質感へと変容していった。そういった経緯を踏まえた上での今作。ますますアングラに徹したアートワークに加え、表題はずばり「悪魔の音楽」。火の玉ストレート二投目。佐々木朗希か?

今作の大きな特徴は、アルバムの方向性が前半と後半で大きく分かれた二部構成となっている点だ。前半は言わば「通常通り」のバンド演奏、後半は同じ楽曲をすべてアコースティック楽器による室内楽バージョンにアレンジし直したもの。前半はもちろん強烈である。背筋を這う気色悪さがとにかく前面に立っていた "CHRISTFUCKER" に比べると、フィジカル面の攻撃性がかなり戻ってきた感がある。ブラストビートからグルーヴィなテンポダウンへの移行をヌラヌラこなしつつ、直線的なスピード感を終始失わない構成で、発酵した腐臭を漂わせる陰鬱なムードはやはり通底しているものの、血気盛んな御仁のニーズにもきっちり応える獰猛さが貫かれている。

問題は後半だ。チェロ、ホルン、チューバのトリオ編成。いずれも華やかと言うよりは中低音の厳かさが印象的な楽器ばかりで、ヘヴィなギターリフは物々しいクラシカルな旋律に姿を変え、ブラストビートは土着的なパーカッションに置き換えられている。上に貼り付けたショートフィルムにおいても十分に証明済みだが、このアレンジによってバンドの目指す黒魔術的な世界観がより一層具現化し、何ならバンドサウンド以上に聴き手に恐怖感を植え付ける仕上がりとなっている。元々ワルツ調の三拍子だった "Untitled" などは完膚なきまでにゴスミュージックだし、"Where Angels Come to Die" の高らかな勇ましさは伊福部昭の SF 交響曲を思い出さなくもない。いずれにせよ、初期にあったエモ・パンクの面影はすっかり搔き消えてしまっている。

長くに渡る年月の中で生み出されたメタル/パンクのグラデーション、その中でも特にろくでもない部類のものを彼らは抽出し、大胆な二部構成によってオリジナルな高みへ登り詰めようとしている。極めて実験的な手法ではあるが、代々引き継がれてきたロック地下層のイデオロギーを正統に受け継いでいるとも思う。まだまだロックはえげつなくなれるというある種の希望。果たして彼らはここからどこに転ぶのか?全然予測がつかない。だからこそ着いていくべきだわな。

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