Lia Kohl "Normal Sounds"
アメリカ・シカゴ出身のチェロ奏者による、約1年半ぶりフルレンス3作目。
海の波、鳥のさえずり、雨音といった自然の音に美しさを見出すのは難しくないが、それに比べて日常の人為的な音の魅力は見落とされがちだ…というのは、公式 bandcamp にある今作の紹介文の導入部だが、この考えは今作のみならず、デビュー時から共通して Lia Kohl の内にあるテーマの最たるものだろう。金属質な騒音や自動音声のアナウンス、他愛ないラジオ放送なんかにも美しさはきっと潜んでいる。そう考えた彼女はフィールドレコーディングで採取した環境音と、自身の演奏によるチェロやピアノなどの音色を組み合わせ、どうということもない日常の片隅にスポットライトを当てるようにして新たな世界観の提示を試みている。その手法は1年おきのハイペースなリリースを重ねて着実に研鑽され、この新作においてはさらなる精度に高められている、というわけだ。
「普通の音」と銘打たれたこの度の新作には、テニスコートの照明、車のアラーム、セルフレジといった無機質な単語ばかりが曲名になっているが、それらがそのまま曲中に使用したサンプリング素材だということだろう。例えば1曲目 "Tennis Court Light, Snow" は、ジーーーッ…と照明器具が放つノイズ音から曲が始まるが、そこにすぐチェロの音色が重なり、テクスチャーを多く重ねながらメロディをぼんやりと浮き上がらせていく。照明器具の持つ温度や陰翳、その周囲に漂ううら寂しい雰囲気、それらにもひとつの物語が存在すると言わんばかりに、ただ殺風景と思われていたノイズに幻想的な色味がさらさらと加わる。続く "Car Alarm, Turn Signal" ではニューヨークの前衛音楽家 Ka Baird によるフルート、また6曲目 "Car Horns" ではロサンゼルスのサックス奏者 Patrick Shiroishi を迎えての即興演奏を交えるなどで、無機と有機が淡く入り混じるサウンドデザインの中、抽象的だがしみじみとした情感を湛えている。
最後の "Ignition, Sneakers" は少しだけ毛色が違い、ミニマルに繰り返されるシンセサイザーの丸っこい音色が特徴的で、ジャズやクラシカルの要素が濃い他曲よりもポップな印象が強まっている。暖炉の薪が静かに燃えている時のチリチリとした音、バスケットボールの試合中に体育館に響き渡るスニーカーと床の擦れる音、そこにシンセやチェロ、微かなドローンノイズが合わさると、もちろん実験的ではあるのだが、やけにノスタルジックで暖かな、至ってナチュラルに鼓膜をふわりと包み込む柔和さが感じられる。この感触は実はアルバム全体にも通底しているものだ。明確なフレーズを奏でることをしないチェロの険しい演奏も、音響空間の中で環境音やシンセと同居することでシリアスばかりになりすぎず、ともすればユーモラスなポップさすら生まれ落ちる瞬間がそこかしこにある。この柔和さこそが Lia Kohl 流のアンビエント/ポストクラシカルであり、独自の味の決め手なのだろうと思う。
なんでもない日常の、本当になんでもない音に色彩や表情を与える。安らぎと同時に好奇心をくすぐられる感覚が湧きたつ。現実と非現実の区別、または音と音楽の区別すら曖昧になってくる。音楽というアートフォームがいかに自由であるかを実感させられるが、彼女の冒険はまだまだこれからが本番なのだろう。