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The Cure "Songs of a Lost World"

Nov 1, 2024 / Fiction, Lost Music, Polydor, Universal, Capitol

イギリス・クローリー出身のロックバンドによる、16年ぶりフルレンス14作目。

今作を一周して、まさにこれ以上ない、完璧な作品だと思った。The Cure の音楽として、The Cure の物語の終着点として。Robert Smith 自身はあとアルバム2枚分ほどのアイディアは用意してあると述べているが、その一方で自分が70歳になれば The Cure は終了するとも述べている。その言葉にどれほどの信憑性があるかは謎だが、残された時間はあと5年程度。現実的に考えて、これが The Cure の最終作となる可能性は大いにある。それはもちろん残念なことだが、今作を聴いた後だと、それも決して悪くはないなと正直思った。有終の美という言葉がぴったりだ。欲を言えば日本で単独公演をやってほしい。最後にそれさえあれば、きっと自分は The Cure に対して何の未練もなく手を振れる。

1曲目 "Alone" からして非の打ち所がない。ギターとシンセが境目なく混ざり合って幻惑的な世界観を演出し、その一方でギチギチに歪んだベースと硬く引き締まったドラムは陶酔よりも緊張感を生み出す。目一杯溜めに溜めたイントロを経て、Robert がいつもの調子で、昔から1ミリも変わらない声で奔放に歌いだす。仄暗く、切実で、しかしなぜか優しく、刹那的だけれど永遠に続くようでもある、全ての外界から切り離された The Cure の世界。名盤の誉れ高い1989年作 "Disintegration" を現代風にブラッシュアップしたようでもあるし、久しぶりの Paul Corkett との共同プロデュースという点で言えば2000年作 "Bloodflowers" の進化版にも見える。The Cure のダークサイドの魅力を凝縮/収斂し、16年のブランクを挟むことで結晶化した、ゴシックロックの理想形そのものだ。

アルバム全体はスロウテンポで統一されており、"Just Like Heaven" のようなキュートに弾けたポップソングは一切ない。だがその中にも豊かな緩急は存在する。3曲目 "A Fragile Thing" は後ろノリで跳ねるファンク調のリズムとセンチメンタルなピアノの音色が印象的で、張り詰めていた空気が少し解けた感がある。そして7曲目 "All I Ever Am" は、これはもう新たな The Cure の代表曲と呼んで差し支えないだろう。過去の楽曲で言えば "Lovesong" あたりを彷彿とさせるが、よりタフに仕上がった演奏が物憂げなメロディをシリアスに引き立てる。アルバムの中で一際キャッチーな曲調だが、その光は鈍く霞んでおり、ダークな世界観の中に違和感なく密接に組み込まれている。
その一方で中盤の "Warsong" や "Drone:Nodrone" では過去最高かもしれない勢いのヘヴィネスを発揮する。なんとも重厚な密度である。

収録曲のリストを取り上げるだけでも、ここまで分かりやすく「終末」を意識した内容がかつてあっただろうかというくらい、Robert の言葉は悲嘆に暮れていて、失意に満ち、出口が見当たらない。"Alone" の歌詞なんかは表現者としての Robert Smith の遺書なのかと思ったくらいだし、10分超に渡る終曲、その名も "Endsong" は自らの命を激しく燃やし尽くすかのような壮絶さだ。だがそうした陰鬱な要素とは裏腹に、バンドの演奏、そして Robert の導人としての振る舞いはひどくパワフルで堂々としており、厳かに煌びやかで、何ならこれまでのファンを一人残さず受け入れる包容力すらも感じられる。実際の BPM よりも生き生きとした精力を感じるし、確固たる美意識に貫かれた表現には全くの迷いが見られない。ゴシックロックの開祖であるのはもちろん、サイケデリックな深み、グラム由来のクラシカルな意匠、メタリックなグルーヴ、ポストパンクのささくれ立った野心、そしてギターをアコースティックに持ち替えたとしても通用するメロディの美しさもここには存在する。きっと「ロック」と名の付くジャンルの全てがこの一枚に集約されていると言っても過言ではないかもしれない。それは逆に言えば、もうすぐ50年にも及ぶ The Cure のこれまでの活動で生み出してきた波動が、どこかひとつのサブジャンルに収まるようなものでは全くない規格外の大きさだったことの裏付けでもある。そういった自信と貫禄が音に漲っている。

自分は BUCK-TICK や Plastic Tree 、cali≠gari といった日本のヴィジュアル系バンドのルーツを辿って The Cure に行き着いたクチだが、人によってはそれが My Bloody Valentine や Slowdive といったシューゲイザーだったり、あるいは Korn や Deftones のようなメタルだったり、The xx や Chvrches などのまるっきり一世代下のミュージシャンだったりするだろう。このアルバムは聴き手がどこからやってきたのかを問わない。The Cure の音楽性からは全方位的に道が伸びているし、どの道も遮ることなく受け入れる。そんな作品が約50年に及ぶキャリアの締めくくりだなんて、話が出来すぎにも程があるんじゃないか。今作をもって The Cure は完成し、Robert Smith は全てを手に入れた。いやまあ、あと一枚ポップに振り切れた作品をさらっと出してくれても良いけども。それで彼らのキャリアにケチがつくわけではないさ。

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