For Those I Love "For Those I Love"
アイルランド・ダブリン出身のプロデューサー David Balfe のソロユニットによる初フルレンス。
音楽と言葉の主従関係について思いを馳せる。同じ楽器、同じ和音、同じ波長の音楽であったとしても、そこにどのような言葉を乗せるかによって音は劇的に表情を変化させる。清らかなピアノの音色は終わりのない悲しみを乗せることで冷たいナイフへと様変わりし、クラスメイトへのささやかな片思いは豪華なオーケストラ・ストリングスによって天変地異かのような重大性を持ち、抑圧、被差別からの解放を綴ったレゲエはをレイドバックした陽気なムードの中に緊張感を宿す。筋肉を躍動させるリズムに、想像力をかきたたせるメロディに、本来ならば言葉は必要ないのかもしれない。しかし言葉は音が本来持つ印象を過剰にブーストさせたり、あるいは真逆の方角へ捻じ曲げたりで、時には音そのものを差し置いて楽曲の中で第一の主導権を握る場合もある。この強大な力に危険性を察知したミュージシャンは、あえて意味を伝わりにくくするために修辞に凝ったり、ボーカルパートをヘヴィに加工してテクスチャー化したりといった対策を取る。あくまでも音自体の存在感や機能性を重んじるエレクトロニック系の作曲家であればなおさら、そもそも言葉を乗せるべきかどうかも含め、そういった言葉の問題と必然的に向き合わざるを得ないだろう。
ではこの For Those I Love はどうか。ジャンルはテクノだが、完全に言葉の人である。音楽と言葉がふたつの大きな両輪となり、互いを相乗効果でフル回転させ、がっつりアクセルベタ踏みで深淵へとひた走る、言葉の持つポテンシャルを最大限に活用したダイナミックな作風をこのデビュー作で披露している。
オープナーは "I Have a Love" 。"I have a love, and it never fades" という歌詞からこの曲は始まる。この一節は別の場面でも至るところで表れ、この曲のみならずアルバム全体を貫く大きなテーマともなっている。要するに、この作品は彼の学生の頃からの親友であり、かつて一緒に組んでいたパンクバンドのメンバーでもある、3年前に自殺してしまった詩人 Paul Curran に捧げられている。車の中で愛する音楽をシェアし、芸術のためだとして廃墟の郵便局からソファを持ち出して野原で燃やし、ライブハウスで聴衆を沸かせてこの世のすべてを手に入れた気分になっていた、数々の経験をともにしてきた親友。今では完全に過去のものとなってしまった記憶の数々が、まるで走馬灯のように目まぐるしいスピードで曲中を駆け巡る。また "Top Scheme" では出来損ないの世界へと怒りの矛先を向け、"Myth / I Don't" では死を受け入れられずに深い苦悩に絡み取られている様子を生々しく綴る。そしてそこから時間をかけて家族や友人、恋人、そして音楽に支えられながら再度立ち上がっていくまでの心境を、何曲分にも渡って吐露し続けている。中~低音域の迫力ある声質、矢継ぎ早にまくしたてるラップスタイル、常に音の中心にボーカルパートが鎮座するミックス、さらには英語の発音にアイルランド地方の訛りが強く出ているのも相まって、とにかく声の存在感、言葉の強烈さが際立っている。
ただでさえ切迫した加速度のある言葉は、同じように切迫した加速度のあるトラックと合わさって指数関数的に強度を膨れ上がらせている。基本にあるのは4分打ちのハウス/トランス、または UK ガラージ/グライムだろう(歌詞の中には Mike Skinner (The Streets) への言及も複数ある)。だが彼の作る音は洗練からは程遠く、いささか大味なビート、Burial を連想させるダークなダブ音響、ザックリした大胆なサンプル使い、いずれを取って見ても粗削りでいなたい感触が強い。それゆえにエモーショナルな言葉との結びつきは密接で、琴線に触れる、どころか琴線を土足で踏み散らしていくくらいの勢いを持って聴き手の感情を揺さぶってくる。ある意味で彼のルーツであるパンクロックのスピリットが生かされていると思わなくもない。甘美なノスタルジーに悲痛さが滲み出し、様々なレイヤーが多角的に暴風雨のように迫り来る中、ボーカルは太い輪郭線を引いてくっきりと浮かび上がり、水と油にも似た関係性でボーカルとトラックが共存している。どちらも一歩も引く気配がなく、互いに火花を散らしながら拮抗し、したたかに激情を刻み続けているのだ。
7曲目 "Birthday / The Pain" で70年代頃のファンク/ R&B を思わせる彩り豊かなメロディが顔を出してきた瞬間、それまでずっとシリアスな曲調が続いていただけに思わず安堵する。過去の忌まわしい記憶を引きずりながら、それでもなお肺の底から愛を叫ぼう、勇気を持ってこの先の人生を過ごそうと自分自身に宣言する、あまりにも輝かしい一幕に涙が落ちそうになる。そして次曲 "You Live / No One Like You" では、Paul の魂は今でもまだ生きていると語る。思い出の場所に、本の中に、フットボールの名シーンの中に、友人達の言葉の中に。つまり Paul と関連づいている人々や物事、そこに Paul を我々が記憶している限り、Paul は決して死なないというわけである。この世の誰からも忘れ去られてしまった時に、真の意味で人は死ぬ。我々は彼を死なせない。その決意を彼は "愛" と呼んでいる。「俺には愛がある。決して消えることのない愛が」。決して癒やせはしない傷だらけの壮絶な愛。それは決して自分を過去に縛り付ける鎖ではなく、結果的に過去を振り切って未来に進むための原動力となり、現在の自分を支えてくれる仲間との絆にもなり得る。もちろんこの作品にも Paul は生きている。随所に挟まれるボイスメモなどはもはややりすぎなくらいのダメ押しだ。今作は David なりの Paul への餞であり、盤に刻み込んで記憶に残すことは Paul を、そして David 自身を生かすための手段でもある。
音に活性化された言葉が突き刺さり、言葉に活性化された音が意識を奪い去る。少なくとも現時点では、今年聴いた中で最も暴力的であり、同時に最も優しい作品だと言える。