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斉藤壮馬 "in bloom"

斉藤壮馬

山梨出身の声優/シンガーによる、2年ぶりフルレンス2作目。

彼の音楽遍歴がなかなか面白くて、上のインタビューを最後まで一気に読みきってしまった。「洋楽を聴いてみたい」つってんのに筋肉少女帯をゴリゴリに薦めてくる中学時代の友人、凄く良いと思う。そこから己の嗅覚を頼りに The Libertines やら Arcade Fire やら ART-SCHOOL やらとアンテナを広げていったというのも、いかにもロックオタクの道まっしぐらな感じで、その微笑ましさに中年は思わずしみじみとしてしまったのだった。

それで本作。ここでは彼自身がすべての作詞作曲を手掛けており、バックを固める演奏陣には豪華な顔ぶれが揃っている。ミュージシャンという肩書を背負い、自らの力量を存分に発揮できる場に立った彼は、上記のようなインプットを土台にして、的を絞りすぎずに、できる限りの可能性をフル活用している。

オープナー "carpool" がすでに秀曲である。メロディは少し Base Ball Bear を彷彿とさせる端正なポップさ。そしてギターサウンドはジャングリーな軽やかさに90年代シューゲイザーの質感を交え、メロディの持つ切なさをカラフルに映えさせている。これはおそらく彼の内にあるロック観、その中でも最たる王道として備わっているものを素直に提示したのだろう。続く "シュレディンガー・ガール" は歯切れの良い疾走感をまとうことでますますベボベ感が増しているが、それは XTC や The Smiths のようなニューウェーブ以降の古き良き英国バンドの影響とも読み替えられるもので、シンプルな中にもダシの旨味が感じられる。

だが3曲目 "Vampire Weekend" からは様相が変わる。タイトルに度肝を抜かれるが曲調自体は VW と関係なく、粘り気のあるファンキーなビートと誘惑的な歌詞がマッチしたシンセポップ。また "キッチン" ではボサノバ、"ペトリコール" ではジャズを取り入れて洒脱な一面を見せ、"Summerholic!" ではさらに打って変わってパーティー感満載のロックンロールと、手を変え品を変えでバラエティの豊かさをアピールしようとする試みが目立つ。

アニメ/声優界隈のアルバムを掘っていると、雑多とも言えるほど様々な曲調を取り揃えた作品に出くわす確率は、実のところ結構高い。一口に声優ソングと言っても、例えばバッキバキに圧の強いトランス/ユーロビート、渋谷系の遺伝子を受け継いだネオアコポップ、ヴィジュアル系かと見まがうようなシンフォメタル、ボカロ文化以降と言える情報量過多な和メロ路線、俗に言う電波ソング…と色んなパターンがあるわけだが、どのファン層にも対応できる受け皿の広さを目指したのか、場合によってはそれらすべてを網羅しているものまであったりする。だがそういった場合、声色を駆使することでどんな曲調も器用にこなせてしまう声優としてのスキルの高さが逆に災いし、オリジナル作であるにもかかわらず統一感なしのコンピレーション状態となり、もはや誰の作品を聴いているのかわからなくなることがしばしばある。そんな時は常々、もっと歌い手の記名性を高めるためにも、ちゃんと俯瞰的に判断できるプロデューサーがつけばいいのに…などと思うのである。

しかし彼の場合は不思議と、そんな風に取っ散らかった印象がない。何故だろうかと考えていたが…もちろん彼の特徴的な声質もアルバム全体の印象をまとめるのに大きな役割を果たしているだろうし、主幹であるロック/オルタナティブ曲を要所要所に配置することで、大まかな流れをブレさせていないというのもある。そして…何だかこう書くと自分がいかにもシンガーソングライター至上主義みたいで少し気が引けるのだが、やはりすべての曲が彼自身のバックボーンに裏打ちされた、彼自身のペンによるものである、というのが大きいと思う。どの曲でも歌い手本人の趣向、キャラクター、こういうことをやりたいというビジョンが明確に反映されているし、プレイヤーの人選を見ても、そのビジョンを形にするための方向性に淀みがない。

ただ惜しむらくは、全体を見渡したときに楽曲ごとの粒がやや不揃いな気がする…と言うのは、多彩な楽曲を用意してはいるものの、やはり良くも悪くも、ロック/オルタナティブ系の楽曲に最も力が入っているように感じるのである。前述の "carpool" や "シュレディンガー・ガール" は先鋒を務めるに相応しい鮮烈なインパクトがあるし、後半に入るとシューゲイザー色が格段に増す "パレット" 、さらには本筋のシューゲイザーバンド The Florist を従えての8分に及ぶ大曲 "いさな" で完全にノックアウトされる。スケールの大きい幻想的な世界観、そしてそれを丁寧に、細部まで完璧に構築してやろうとする野心。何なら Plastic Tree などと同列に並べてもまるで違和感のない充実度なのだ。こういったシューゲイザー要素がマス向けのポップ作品においても有効に機能し得るという事実に、すっかり感心してしまった。それらと比較するとアルバム中盤の横道に逸れた楽曲群は、良質ではあるけれども脇役という印象が拭えず、相対的に見劣りするというのが正直なところ。

もちろんそんなケチを差し引いても十分、今作は斉藤壮馬という "ミュージシャン" の才能をはっきりと見せつけている力作だと思う。何だか、早見沙織なんかにしてもそうだが、彼のせいで声優がミュージシャン活動をする際のハードルの高さがえらく引き上げられてしまってないか?などと余計な心配をしてしまいそうになるな。それくらいの魅力がここにはある、ということだが。

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