見出し画像

Bill Orcutt "Music for Four Guitars"

Sep 2, 2022 / Palilalia

アメリカ・フロリダ出身のギタリストによる、単独名義では1年4ヶ月ぶりとなるフルレンス13作目。

今年で御年60歳、すでに長大なキャリアの持ち主である Bill Orcutt だが、自分が彼のことを初めて認知したのは、不勉強ながら昨年の Chris Corsano とのコラボ作 "Made Out of Sound" だった。ギターとドラム、各自の鬼気迫る即興演奏を Bill が編集でダビングし、とてもリモートで録音されたとは思えないほどの丁々発止なセッションが刻まれた本作は、一見の自分を虜にするには十分すぎる凄まじさだった。それで彼のディスコグラフィーを遡ってみようとしたものの、あちこちとのコラボ作や、彼の個人レーベル Palilalia からひっそりと自主制作でリリースされたものも含めれば、その数はなんとも膨大であり、彼の全貌を掴みきるのにはなかなか骨が折れる。ただ少なくとも言えるのは、基本的にブルースロックを下地とした即興が持ち味である彼にとって、この度の新作 "Music for Four Guitars" はこれまでとは少なからず異質な、ひとつの新境地と言える作品ではないかと思う。

そもそもは表題通り、4人のギタリストを揃えてアルバムを制作する予定だったのが、結局は Bill 本人がギターを4人分弾いてダビングする形に落ち着いたのだという。なので Bill ならではの鋼の振動が4本。その時点でただならぬ気配を感じる。楽曲自体はいつもの即興プレイではなく、きちんと作曲された4パート分のフレーズを反復し、緻密に組み合わせて構成されたもので、ブルースやジャズと言うよりもマスロック、あるいは現代音楽に近い感触となっている。真っ先に連想したのは Steve Reich "Electric Counterpoint" 。ああいったミニマル・ミュージックの構築美、反復により醸成される陶酔感が今作にも共通している。

だがもちろん、相違点も色々ある。まずギターサウンドのプロダクションがえげつない。アンプから放たれる周波数をまるごと真空パックしたかのような臨場感、かつ聴き手の鼓膜を抉り取る勢いのシャープさ。輪郭が極めて太く、言葉本来の意味でヘヴィ・メタリックであるとも言える音自体の強烈さが第一にインパクトを残す。またそれによって紡がれる楽曲も一筋縄ではいかないものばかりだ。冒頭 "A Different View" では、太刀一閃とばかりに繰り出される面妖なフレーズが重なり、不協和音スレスレの領域を搔い潜りながら楽曲が進行していく。続く "Two Things Close Together" も同様で、ともすればポストパンク的、ゴシックロック的とも捉えられる不穏なフレーズばかりが、極めて理知的に、幾何学的に配置されて入り組んだ総体を成している。その後には "At a Distance" や "Seen from Above" など、ブルース由来のルーズなグルーヴを有した朗らかな曲調もあるが、殺伐とした尖りまくりのギターサウンドは依然として険しい表情を保ち、ブルースが本来持つ牧歌的な雰囲気は大胆に捻じ曲げられ、厳格と柔和が入り混じった奇妙なカタルシスへと転じている。

また、どの曲も1~2分台の短尺曲ばかりなことも今作の特徴である。曲構成的にはミニマル・ミュージックの手法が取られているのは確かだが、通常ミニマルと言えば尺を目一杯に長く使い、フレーズの反復を執拗に引き延ばして聴き手の意識を微睡みへ向かわせるというのが通例だろう。だが彼はミニマルを意識しつつ、一音一音の気迫、1秒未満の瞬間の切れ味にも大きく注力している。曲の始まりから聴き手の首根っこを鷲掴みし、己の音世界にザブンと浸らせるくらいの強引さがあるのだ。ファスト教養ではないが、他所が10分以上をかけて丹念に錬成する恍惚を、彼は1~2分に凝縮し、ミニマル特有の作用を即効で全身へと回らせる。鋭角の弦の軋み、音の隙間の静寂に潜む緊張感、それらが全速力で恍惚を生み出して駆け抜け、その様が殺伐を通り越して雅やかにも感じられてくる。

エクスペリメンタルの部類に入る音楽性ではあるが、小難しい印象はない。徹底的に鍛え抜かれた金属製の響きが、プリミティブな快楽性を携えて、何らかの調性に縛られることなく、自由に舞い踊っているだけだ。少し背筋を正して息を深くつき、14曲30分の決して長くはない音の飛礫に身を任せた後は、何だか脳ミソを丸ごと洗浄機にかけられたような、少し特別な気分になるのであった。


いいなと思ったら応援しよう!