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2021上半期ベストトラック33選(6選)

早いもので今年の半分が終わってしまった。なので恒例の企画ものをやろうかと思ったが、ベストアルバムは年末のためにあえて置いておきたい。その代わりに、今年聴いた中で良かった楽曲をかき集めてプレイリストにしてみた。全33曲、約2時間半。曲の並びは単純にリリースされた順。何かしらの作業の BGM にでもしてもらえればこれ幸い。

それで、ただプレイリストを貼り付けただけでは味気ないなと思い、33曲の中から特に素晴らしいと感じた6曲を以下にピックアップする。順不同。



For Those I Love "Birthday / The Pain"

6歳の時に殺人の現場を目撃してから、その出来事がトラウマとしてずっと頭から離れずにいるという For Those I Love こと David Balfe 。彼が今年発表したデビューアルバムは、その一枚丸ごとが自死してしまった彼の友人に捧げられているわけだが、"Birthday / The Pain" ではその友人も含め、彼の身近に起こった数々の死にまつわる体験、その記憶をさかのぼりながら自分自身を根っこから見つめ直している。楽曲に鮮やかな色彩を与えているのは米国のファンクグループ The Sentiments の "She Won't Be Gone Long" からのサンプリング。この「愛を諦め続けている」と歌う一節のリフレイン、これは言い換えれば「愛を諦めきれない」ということでもある。どれだけ死に憑りつかれ、打ちのめされても、David は愛を諦めきれずにいる。


Japanese Breakfast "Be Sweet"

Japanese Breakfast こと Michelle Zauner の過去の楽曲を聴いてみると、インディロックやシンセポップといった要素はすでに彼女の主幹であったが、それらは軽やかな中にそこはかとなく憂いを帯び、空間的にデザインされたサウンドが霧のようにポップなメロディを覆い隠していた。病死した彼女の母親がアルバムのテーマになっていたことを考えれば、輝きを自ら曇らせようとするその趣向は必然的なものだったのかもしれない。しかし今年の新譜では彼女のモードは完全に切り替わっている。特にこの "Be Sweet" の目一杯に弾ける甘酸っぱさ、「優しくしてよ/あなたを信じたいから」と言いたいことをスパッと言ってのける鮮烈さはどうだ。80年代風のノスタルジックな感触、またふわりと香るアジアン・エキゾチックなフレーバーも絶妙なもの。


宇多田ヒカル "One Last Kiss"

思ったことはだいたいこちらの記事に書いたのだが、自分は近年の宇多田ヒカルだと "忘却" "誓い" "Time" といった実験的要素の強めな楽曲を好む傾向がある気がする。この "One Last Kiss" もそう。ポップスとしての普遍的な魅力があるのはもちろん、A. G. Cook の参加も手伝ってトラックは精緻さに磨きをかけ、歌に込められた情念の重みをさらに引き立てている。デビューから20年を経て、何なら今がクリエイティビティのピークなのではと思うくらい、トラックと歌の説得力が尋常ではないのである。何度も繰り返し歌われる "I love you more than you'll ever know" の一節は、編集によってトラックの中に取り込まれていきそうな軽みを帯びながらも、慈愛が呪縛へとすり替わるギリギリのラインを綱渡りしているような、ある種の畏れにも似た聴き心地がある。こんな歌を歌える人は他にいないと改めて。


吉澤嘉代子 "鬼"

いやこのサビはさすがにズルでしょ。聴いてしまったが最後、いつまでたっても頭から離れないでいる。そもそも "赤星青星" というアルバムが、恋愛、ひいては他者との関係性をテーマとした作品だった中で、この曲は恋人への嫉妬を歌うという特別シンプルな内容だが、ラムちゃんを口寄せしてまで自分の考えるパーフェクトな Kawaii を目指す、そのシンプルさの突き詰め方がちょっと凄い。あと Kawaii を目指しつつも彼女自身と楽曲の間には結構距離がある気がすると言うか、例えばやくしまるえつこやラブリーサマーちゃんにも通じる上品さやインテリジェンスがあるのも、創作物としての完成度を高めるのに貢献していると思う。危うい感情を危ういままで晒さない、その取扱い方が良い意味でクールだなと。


black midi "John L"

イギリスを中心に起こっているポストパンク再リバイバルの波は今年も継続し、すでに飽和状態に向かっているような気がしないでもない昨今、このバンドは十把一絡げにされてたまるかと早々に波から離脱し、ピアノやバイオリンなど演奏パートを増量の上、ポストパンクからさらに先祖返りしてのプログレッシブロックへの変異を達成した。特にアルバムからいち早く先行公開されたこの曲は MV 含めてあまりにもインパクトが強烈で、変わり続けることこそが正義だとする彼らの美学の象徴のようだ。高度なテクニックの応酬がシリアスさと諧謔の双方を引き寄せてごちゃ混ぜにし、総体としての印象はこの上なくキャッチー。ただ方向性こそ変わったが、ここで発揮されているラディカルな精神性は数多のポストパンクバンドよりもよっぽど本来のポストパンク的だと思う。


Hiatus Kaiyote "Chivalry Is Not Dead"

「マダラコウラナメクジ(蛍光色になる)とタツノオトシゴ(尻尾を結んで踊る)の奇妙な求愛ダンスをテーマにした曲」とのこと。ちょっと何を言っているのかよくわからんが、要するにセックスの歌らしい。そして演奏がまたえげつない。これをトラップの派生版と呼んでいいのだろうか?基本的には本来の BPM に対して半分のテンポでリズムを刻んでいるので、楽曲全体にはなだらかな浮遊感が発生しているのだが、そのリズムに対してドラムのフィル、また他のボーカル、ベース、シンセにしても、気持ち良さ最優先で好き放題に旋律や打点を入れまくっており、そのため物理的ななだらかさとは裏腹の、異様なまでにうねりまくりのドライブ感で体を即座に持っていかれる。中でもハイ/ロウ/緩/急をゴリゴリに切り替えまくる Nai Palm の迫力といったら。スリリング極まりない3分半のグルーヴ小宇宙。



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