見出し画像

新しい資本主義での「見えざる手」と「見える手」

SIIF インパクト・エコノミー・ラボ
織田 聡



1.「新しい資本主義」が志向する社会課題解決の方針

前回の拙ブログ(新しい資本主義、インパクト投資と社会企業)では、岸田内閣の『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』(以下グランドデザイン、2022年6月7日閣議決定)で謳われた

1       インパクト投資の促進
2       民間で公的役割を担う新たな法人形態の検討

という、市場志向型の社会課題解決の2つの方針を取り上げました。

そのうえで、上の「②民間で公的役割を担う新たな法人形態の検討」に対応するかたちで、ブログにてアメリカとイギリスで既に導入された新たな社会企業の形態を紹介するとともに、日本での検討における留意点をご紹介しました。

2.市場志向、民間主導で社会課題は解決できるか

ただ皆さんも薄々と感じているように、現在の社会課題は市場経済の中で発生してきたものであり、市場志向型の施策によって社会課題が予定調和的に解決されるとは限りません。

一般的に市場メカニズムだけでは社会の公正が達成されない領域として、
・外部経済および外部不経済、
・公共財(利用の非競合性、非排除性)
・情報の不完全性
・所得格差
などがあり、公共セクターによる介入が正当化されています。[1]

もし公共セクターの介入や誘導がない場合、市場志向型の社会課題解決はどの領域に向かうのでしょうか。一例としてSIIFが毎年金融機関に対して行っている調査を取り上げてみます。そこでは、インパクト投資の向かい先として再生可能エネルギーや気候変動対策など環境関連項目が上位を占めています。[2]

環境関連事業は外部不経済是正の好例であり、政府が適切なプライシングを行うことで事業者は収益が見込めるため参入も進みます。
しかし一方では、格差の是正などのように収益性の乏しい領域への社会企業による社会課題解決は期待しづらい状況にあります。

この点は政府も認識しているようで、「グランドデザイン」では社会課題解決の手法としてインパクト投資推進、社会企業の法人形態の検討のほかに

「孤独・孤立など社会的課題を解決するNPO等への支援」

も標榜されています。つまり、収益性が期待しづらい社会課題に対しては、社会企業ではなくNPOなど、非営利法人への支援を通じた解決を目指していることが読み取れます。

そこで今後は、「社会課題のうち、どこをNPO等に委ね、どこをインパクト投資と社会企業に委ねるか?」というタクソノミー(分類)が政策アジェンダとして登場すると考えられます。

そしてその次には、「インパクト投資と社会企業にどのような政策インセンティブを用意すべきか?」がアジェンダになるものと思われます。つまり「見えざる手」だけでなく、意思を持った「見える手」を用意する必要が出て来ます。

3.社会には、解決が必要な社会課題がどれくらいあるのか?

一口に社会課題と言っても、上記の問いに明確に答えられる人は多くないですし、人によって社会課題の範囲も異なります。まずは社会課題のスコープの共通認識を揃えておく必要があると思います。
日本で社会課題を広範囲にまとめた資料として㈱三菱総合研究所が毎年発表している『イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧』があります。[3]

そこでは
1       ウェルネス
2       水・食料
3      エネルギー・環境
4       モビリティ
5       防災・インフラ
6       教育・人財育成
の6分野で31個の社会課題が挙げられています。

ただ、『イノベーションによる解決が期待される』と表題にあるように、主にNPOが対処してきたような貧困や依存症のような社会課題は記載されていません。この他にもいくつかの企業、団体が社会課題のリストを作成していますが網羅性の点で改善の余地があります。そのため、今後政府内に社会課題解決の司令塔を設け、まず日本の社会課題の全体象を明らかにする必要があるのではないでしょうか。

今後SIIFとしても、社会課題の全体像把握に努め、公共、中間、民間の各セクターの分担に関して考察を進めたいと考えています。

4. 社会ニーズを市場志向型の施策に反映させるにはどうすればよいか?

現在、多くの社会企業が創意工夫を発揮して社会課題解決に乗り出しています。一方社会全体でみると、それら社会企業の事業領域が社会課題に合致するとは限らず、社会のニーズとのミスマッチが生じる恐れがあります。
そこで今後、「社会企業の行動やインパクト投資を社会的に望ましい方向に誘導するため、どういう政策インセンティブが必要か」を議論していく必必要があります。

前回のブログでも取り上げたアメリカのBenefit CorporationやイギリスのCommunity Interest Companyの認証制度はシグナリング効果やブランディング効果を持つため、制度そのものがインパクト投資を誘引する効果が見込まれます。

それ以外にも、政府による社会企業からの財サービスの優先調達、各種税制優遇などの各種インセンティブ施策が政策ツールとして考えられます(下図参照)。今後それらツールの有効性と、その裏側にあるコスト、デメリットを議論していくべきと考えています。[4]

図 社会企業に対する政策インセンティブ例
資料: SIIF

5.今後のSIIFの役割

いま見てきたように、社会課題の解決には、市場志向型の施策に加え、社会課題に関する情報の整備や官民の連携促進といった多面的な施策が必要となります。

SIIFには、社会課題やインパクト投資について長年にわたって蓄積してきた知見があり、また公共セクターと民間セクターの間に位置し、様々な機関とチャネルを持つというユニークなポジションにあります。

その知見とポジションを活かし、今後、インパクト投資を推進する役割を果たしながら、官と民を繋ぐプラットフォームとなって日本の社会課題解決を促進して参りたいと考えています。[5] 


[1]  所得格差は「市場の失敗」には分類されない点に留意。
[2]『日本におけるインパクト投資の現状と課題 2021年度版』P40
[3] 株式会社三菱総合研究所(2022)、『2021年度版イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧』
[4]  政策インセンティブはレント・シーキングを発生させやすく、また当初の意図とは別に永続化しやすい恐れがあるので、範囲と期限を限定的にすべき。
 [5] 具体的には、
・多様な主体が意見交換できる場づくり
・インパクト情報の収集と、活用ノウハウの共有
・インパクト投資家、社会企業などが直面する課題の、政策への反映
 など


いいなと思ったら応援しよう!