分科会活動報告#01 インパクト測定・マネジメント(IMM)分科会〜お悩みから出発して規範づくりを模索中
インパクト志向金融宣言では、テーマごと、アセットクラスごとの課題を掘り下げるために、7つの分科会を設けています。おのおの、テーマは署名機関の意見・要望に基づいて設定しており、メンバーは関心のある分科会に自由に参加できます。2022年6月の活動開始から約半年が経過しましたが、どの分科会でも活発な議論が行われているようです。ここでは、各分科会の座長・副座長に、これまでの成果や今後の課題・展望について聞いていきます。
第1回は、最も参加者の多いインパクト測定・マネジメント(IMM)分科会をご紹介します。IMMはインパクト志向金融における中心的課題であり、全体をカバーする領域でもあることから、当面の座長は事務局であるSIIFと、賛同機関であり事務局補佐でもある社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)が務めています。
多様な業態・アセットクラスが参加。共通の土台づくりからスタート
--これまでの半年間は、どんな活動をしてきましたか?
今田 IMM分科会には多くの署名機関から関心が寄せられており、たいへんありがたく思っています。ただ、その裏返しとして、参加機関の業態やアセットクラスがさまざまで、分科会に期待する内容もまたさまざまです。そこでまず、共通の土台をつくるために、IMMの基礎をおさらいするところから始めました。
菅野 現時点で、分科会の登録署名機関数は約30社。一金融機関で複数名参加されることもあるのですが、月1回ペースで開催するセッションの参加者数は、各回30人ぐらいでしょうか。各セッションでは最初に全員で議題を設定し、そのあとブレイクアウトルームに移って少人数でディスカッションしてもらっています。これまでのところ、皆さん、とてもオープンに課題や経験を共有してくださっていて、大切なピアラーニングの場になり得ていると感じています。
今田 当初数回は「お悩みポイント」をテーマにセッションを行いました。参加者に、IMMを実践する上で迷っていることや難しいポイントを挙げてもらうというものです。
ーーどんな「お悩み」が挙げられたんですか?
今田 例えば、「インパクトウォッシュにならないために、何をどこまでやればいいのか」という疑問です。
菅野 IMM分科会に限らず、よく尋ねられるテーマですね。
今田 ただ、これまでのところ、誰かが解答を用意するというような体裁は取っていません。誰も「これが正解」というものを持っているわけではありませんから。そういう意味では、この分科会は、インパクトファイナンス全般にある程度言えることかもしれませんが、質問すれば誰かが答えを出してくれるというものではないです。
菅野 IMMもインパクトファイナンスも、まだまだ発展途上ですしね。
共有の知的財産と個々の競争優位性のバランスを図る
今田 これからは日本がグローバルな場でのルールメイキングを担っていくべきだといわれています。インパクト志向金融宣言で、そしてIMM分科会で試みようとしているのは、実践を担う人たちが、自らのトライアル&エラーから得た経験や知見を共有し、議論を積み上げていくことです。「お悩み」の答えについていえば、参加者の中から誰かが「もしかすると、それはこういうことじゃないですか」と言い出す。最初は生煮えの意見でもいいんです。お互いに意見を交わすことで、徐々に合意や納得に近付いていく。こういうピアラーニングのやり方が根付いていく必要があります。
菅野 今後は参加者もどんどん増えていくでしょうから、自由に意見を言い合える、安全な場をキープできるように注意しなければなりませんね。
今田 会社ごとの経験や知見を共有することは、ともすると従来のビジネス慣行に相反するものになりかねません。通常は社外に公開しない情報を共有する必要も生じるでしょう。そこで、例えばチャタムハウスルールのように、共有した情報を利用する際は匿名化する、といった約束事を設けるとか。みんなが「ここではシェアしていいよね」と思える、それが安全ということですね。共有の財産を築くことと、個々の競争優位性の保持を両立させる試みです。
菅野 競争優位性、あるいは差別化はイノベーションの源泉ですから、妨げないようにしたいですね。今田さんがおっしゃる通り、共有財産と競争優位性のバランスは本当に重要ですし、これまでもこれからも、手探りしながらその振り子の調整を続けなければならないな、と思いました。
個々の実践に基づくピアラーニングで、共通の規範づくりを目指す
今田 インパクトファイナンスは、まだルール以前の「norm(規範)」をつくる段階だと考えています。ルールというと、かっちりと決まったものが上から降りてくるイメージがありますが、今はそれより前の、一定のやり方の模範を固めていく段階です。グローバルに見ても、いろいろな規範が並列している状況といえるでしょう。実践を担う人々は、その中から選び取り、試してみて、その結果・経験をフィードバックする。その往復運動が、今まさに始まっているのではないでしょうか。
菅野 さまざまな規範がある中で、何をもって正とするか善とするか。実践者は自ら選び取るしかないけれど、目的がインパクトの創出にあることを忘れてはいけないですね。
今田 グローバルでも、ピアラーニングを通じて蓄積した議論を暫定的に文書化しては見直す、その繰り返しで規範づくりが進んできたようです。日本でもこの分科会で同じようなことが実践できるか、模索しているところです。
菅野 これまでの議論で印象的だったのは「すでにインパクト融資を受けている企業に対して新たにインパクト融資を行う際、投資家としてどう振る舞うべきか」という「お悩み」です。先行する投資家との間で合意済みのインパクトKPIがあるとき、それと異なるKPIを提案していいのだろうか、と。
今田 1つの企業に対して、インパクト投資家が重複するケースが生じている。
菅野 それはインパクトファイナンスに取り組む金融機関が増えたという業界の発展の表れでもあって、うれしいお悩みではありますよね。この議題でブレイクアウトの議論をしたとき、複数の方から「インパクト投資家同士は競合のように考えがちだけれど、本質的な目的は、企業が創出するインパクトにどれだけ貢献できるかということ。IMMは企業を主体に考えることが重要ではないでしょうか」という意見が出ました。この分科会における規範の1つの方向性を示す、とてもいい議論だったと思います。
全体に、業態・アセットクラスごとに、IMMの“横串”を通していく
ーー今後の課題や展開についてはいかがお考えですか?
菅野 さきほどの議論の続きでいうと、IMMは資金提供者だけで完結するものではなく、事業会社の経営や事業にどう組み込んでいくかが課題です。IMM分科会としても、インパクト志向金融宣言としても、今後は企業との連携が必要になってくるだろうと思います。
今田 分科会同士の間に横串を通す議論もしていますよね。
菅野 地域金融機関にもVCにも、それぞれのIMMの論点があります。一方で、金融機関の業態やアセットクラスの如何を問わない、IMMの共通認識も構築しなければなりません。両面から“横串”が1つのキーワードになっています。
今田 すでにVC分科会ではVCにおけるIMMを検討しましょうという議論も始まっているようです。それで、IMMの基本形を解説する会を一緒にやりました。それをもとにVCなりの深掘りをするとか、あるいは、中小企業と相対する地域金融機関の場合はどうかとか。そうやって少しずつ具体論・実践論に分け入っていくことで、さらに粒度の細かい、議論しやすい論点が立ち現れてくるのではないかと思います。他方で、日本全体におけるIMMの進展を考える機会を持つことも必要でしょう。うまく展開できれば、分科会の参加者にとっても、IMMを効果的に進めるために役立つ知見が得られて、議論に参加する意義が感じられるようになると思います。
菅野 日本国内はもちろん、今後はグローバルとも連携していきたいですね。
今田 具体的な方法については、ちょうど今、分科会メンバーと一緒に議論して、整理しているタイミングです。
菅野 安全なピアラーニングの場を維持するためにも、今後は少しずつ、署名機関の皆さんの主体的な運営に移行していくのがいいと考えています。