SIIF新理事長に大野修一氏が就任
■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■
今年6月、坂東眞理子に代わって大野修一がSIIF理事長に就任しました。今回は彼のユニークな人柄と経歴を対談形式でご紹介します。
左:大野理事長 右:工藤常務理事
大野 修一(おおの・しゅういち)
日系大手総合商社からOECD(経済協力開発機構)、世界銀行への出向を経て、2001年日本財団入団。2014年よりGlobal Steering Group for Impact Investment(GSG)日本国内諮問委員を務める。2016年に笹川平和財団理事長に就任後、同財団で100億円規模の「 アジア女性インパクトファンド」 を設立。2020年6月よりSIIFの新理事長に就任。
ヨーロッパを放浪していた学生時代
工藤 まずは日系大手総合商社に入られる前の経歴から。大学時代は、ヨーロッパにいらしたんですよね。
大野 当時は全共闘真っ盛りでした。僕は日本を飛び出して2年間、皿洗い、ヒッチハイクしながらヨーロッパを放浪していました。
工藤 エスペラント語も話せると聞きましたが…。
大野 子どもの頃から海外に憧れていてね。中学生のころ、たまたま本屋さんで見つけたエスペラント語の本にのめり込んだ。だから初めて話せるようになった外国語はエスペラント語です。エスペラント語は世界の文化を橋渡しするために国際語として作られ、第一次大戦後、反戦機運が高まる中で盛り上がった。高校では一年生なのにエスペラント同好会を作って会長になったり、全国高校エスペラント連合の合宿を主催したりしました。そのころは理想に燃えていたんでね。
工藤 大野さんが現在のキャリアに至った原点には理想主義というか、世界平和や経済的な不平等に対する憤りみたいものがあったんですね。
大野 まあ、当時はヒッピー文化華やかなりし時代でね(笑)。AVPN(Asian Venture Philanthropy Network)の前CEOのDoug Millerさんとも同世代で、彼も学生時代は放浪してアフリカにいたそうです。お互い長髪だった頃の写真を見せあって盛り上がりました。
工藤 それはぜひ見たいですね。実はその世代の方々でインパクト投資の分野をけん引していらっしゃる方が多くいます。大野さんは海外に幅広いネットワークをお持ちなのも印象的です。就職したのはなぜ商社だったのですか?
大野 ヨーロッパで放浪していたとき、結局仕事をしなければ世の中は変わらないと気づいた。今もよく覚えています。フランス・リヨンで朝のラッシュ時に、駅でぼんやり座っていたら、みんなが忙しそうに出勤していく。そのとき、そちらがリアルワールドだと気付いた。仕事もしないで放浪して理屈を言っていても、世の中は何も変わらない。それで、日本に帰ってビジネスの世界に飛び込みました。
根底に「世の中を変えたい」思いがある
工藤 その後は日系大手商社に入社してOECD(経済協力開発機構)、世界銀行への出向を経て、2001年日本財団に入られた。
大野 日本財団を作った笹川良一さんについては右翼=保守派の大物というイメージでしたが、『笹川良一研究』(中央公論社)を読んで、認識が変わった。戦前の日本にとって国粋主義は反体制派だった。僕の時代は左翼が反体制派でしたが、根底にあるのは「世の中を変えたい」という熱い思い。そこは同じだと分かり、日本財団に入ることにしました。
工藤 慈善事業に関しても最初はあまりいいイメージを持たれていなかったとか?
大野 自分の理解が浅かったので、「慈善事業=お金をばらまくだけ」と思いそのようなやり方に対しては不信感があった。でも入ってみると、僕が出会った人たちの多くはみんな理想や使命感に燃えた魅力的な人たち。そして、現実の中でもがいていた。だから日本財団に入ってチャリティに対する見方はものすごく変わりましたね。
ただ、助成金に対しては下手したら麻薬にもなり得るという見方は持っています。僕が海外担当の役員だったとき、アジアの途上国における障害者支援に力を入れてきましたが、助成金を与えて彼らを助けるというやり方では行き詰ってしまった。方向を転換して力を入れたのは、スキルを与えること。特に、ICT革命の最大の受益者となるべきは障害者だ。それで、アジアに障害者のためのITトレーニングセンターや現地の銀行と提携してビジネス向け低利融資制度を作りました。チャリティの世界で投資や融資の手法をもっと使えないものかと模索していたときにインパクト投資に出会った。
実は入社面接でお会いしてます
工藤 個人的に思い出深いのは入社採用面接のとき、大野さんは役員でいらしたから最終面接でお会いしているんです。当時日本財団は企業との連携すらまだ始まってない時代でしたが、私が「ファンドを作りたい」と言ったら大野さんが「僕も同じことを考えていた」と言ってくださったんです。
大野 え、覚えてない。
工藤 ですよね…(笑) そんなふうに言ってくれる人が理事にいるんだと驚きました。社会的投資推進室を作ったときも大野さんが担当役員でしたね。
大野 でも、すぐに日本財団を辞めて笹川平和財団に移ってしまった(笑)。だからせめてもと思い、笹川平和財団でアジアの女性起業家に投資をするインパクトファンドの立ち上げをお手伝いした。もともと20億円ぐらいの構想だったけれど最終的には100億円の基金になった。
インパクト投資を受ける側のニーズは?
工藤 2014年に設立されたGSGでは日本の民間代表としてロンドン、ローマ、トロント、リスボンなどで一緒に会合に参加しましたね。今のインパクト投資についてはどういう印象をお持ちですか?
大野 僕はずっとアジアの障害者を支援してきましたが、そのこととインパクト投資は意外と接点を持っていない。それが今の僕の問題意識です。SIIFの頑張りもあって、日本でもインパクト投資が金融のメインストリームから認められるようになってきましたが、まだCSR的に捉えられることも多い。一方で、インパクト投資を受ける側はどうか。そこにズレがうまれている気がします。障害者支援で親しくなった国の一つがミャンマーですが、そこでスタートアップビジネスを支援するコンサルティングを行っている女性に聞いてみると、彼女たちがやっているビジネスとインパクト投資はまだ接点がないという。起業家側のサポートをもっと本気でやらないと、インパクト投資家が増えても投資先が無いという状況になりかねない。金融業界でのインパクト投資の取組は引き続き後押ししつつ、受け手のニーズに寄り添うのが次のステップだという気がしています。
工藤 新任されてSIIFについてはどういう印象を持ちましたか? 今までの組織よりだいぶ小さくてベンチャーっぽい組織だと思いますが。
大野 楽しいし居心地いいね。よくこんな人たちが集まってくれたという気持ちです。若い人にも優秀な人が多く、すごくエキサイティングな組織です。構成員のバックグラウンドも多士済々ですが、中には高給を棒に振ってこちらに転職した人もいる。まず皆さんの考え方を聞いてこの組織で僕がポジティブに手伝えることを考えていきたいですね。