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インパクト・ファーストの投資に戻る。1 -海外富裕層のインパクト投資への新たなアプローチー

このシリーズでは、海外富裕層のインパクト投資への新たなアプローチについてみていきます。

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2008年、リーマンショック後にインパクト投資という言葉がロックフェラー財団によって提唱されてから10年以上経った今、インパクト投資の原点に立ち返って、インパクト・ファーストの投資に戻ろうという流れが世界的に広がってきていることについて、米国のソーシャルインパクトのコンサルティング会社のブリッジスパングループが調査レポート”Back to the frontier: Investing that puts impact first” を発表しました。この記事は、本レポートを要約・翻訳し、一部私たちの考察を加えてお届けします。

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この記事を読んでいただきたい方:
・日本でファミリーの資産運用会社を持つ人
・インパクト創出を最優先とした投資に関心がある人
・家族その他のステークホルダーの理解を得ながら、インパクト投資を始めたい人

   

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【第1回】なぜ、今、インパクト・ファーストの投資なのか。

□インパクト・ファーストの投資とは何か

まず、インパクト・ファーストの投資とは、金銭的な利益よりも、社会課題の解決や価値創造によって起こる人や環境への正の変化を最も重要なリターンと考える投資の事を指します。言い換えると、インパクト・ファーストの投資を行うという事は、財務的リターンを求めないという意味ではなく、正の変化を追い求めるために、より高いリスクを許容するということです。

インパクト・ファーストの投資は、市場と同程度の期待リターンを求めるインパクト投資と、寄付や助成金の間の、中間領域を開拓するという意味で革新的だといえます。この領域の資金は実務家の間では「キャタリティック・キャピタル(触媒資本)」とも呼ばれます。米国マッカーサー財団は2019年にキャタリティック・キャピタル・コンソーシアムという、インパクト・ファーストのファンドや、社会的意義があり、かつ、拡大可能性の高い企業への資金提供を始めました。彼らは、提供する資金の性質を、「高いインパクトをもたらす可能性を秘めているにもかかわらず、アーリーステージであることやリスクが高いこと、適度なリターンしか期待できないこと、長い投資期間が必要であることなどの理由で、適切な資金調達ができない企業やファンドを支援したいと考える投資家に適している。」と説明しています。また、このような資金は、他の投資家の呼び水ともなり得るということも捉えておきたい特徴です。

最近では新型コロナウィルスの大流行や、気候変動、米国での人種差別や所得格差への関心の高まりにより、インパクト・ファーストの資金の必要性が、改めて叫ばれています。

□不足するインパクト・キャピタル

社会的に正のインパクトをもたらそうという企業の中には貧困、ジェンダー平等、人種的正義、気候変動などの解決や是正に取り組むことを目的としている企業(以下、このような企業を社会企業と呼びます)が多数存在します。このような課題は解決に長い年月を要することが多いため、柔軟で、超長期での回収を許容する、リスク許容度の高い資本を調達することが重要である一方、既存の資本市場において、上記のような資本の調達は非常に難しいのが現実です。

従来のファンドは、インパクト投資ファンドであったとしても、目標とする市場リターンを設定して資金を調達していることが多く、受託者責任の観点から極端にリスクの高い資金を社会起業家に提供することができません。一方、富裕層の資産の場合、個人やファミリーの大切にしたい価値観がインパクト・ファーストの投資の哲学と一致するのであれば、その方向に大きく舵を切ることができます。だからこそ、富裕層やファミリー・オフィスは、プライベート・エクイティのリスクやリターンの要件を満たさない有望な企業に対して資金を提供するインパクト・ファーストの投資を推進することができる、大変ユニークな立場にあると言えるでしょう。

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インパクト・ファーストを実践する2つの「壁」

1.最も大きな壁は「マインドセット」。今までのやり方や考え方、投資哲学の転換が必要。

インパクト・ファーストの投資を阻むのは、この投資が「市場リターンを求める投資」と「フィランソロピーによる寄付・助成金」という2つの大きなカテゴリーの中間にあるという点から生れる心理的・組織的な障壁が大きいようです。

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ほとんどの投資家にとって、インパクト・ファーストの投資は、「財産を増やすことが投資の使命である」という考え方に反していると感じるでしょう。インパクト・ファーストに懐疑的な人たちは、このような投資は成長可能性の低いビジネスを助け、市場を歪める可能性があると懸念しています。また、ファンドマネージャーやプロのファイナンシャル・アドバイザーは、成功の尺度としての財務パフォーマンスに、顧客以上に固執することがあります。ファミリー・オフィスのスタッフをプロフェッショナル化すればするほど、伝統的な資産運用会社からの採用が増え、結果として伝統的なリターンを追求することになります。インパクト・ファースト投資の心理的障壁を克服するためには、インパクト・ファースト投資を、上記の図のようなリターンの連続性における一つの選択肢として認識する必要があります。

この選択は、リスクに対して寛容で忍耐強い投資家を必要とする社会企業の資金調達において最適な形であり、インパクト・ファーストの投資は、これまでとは異なる投資の考え方といえます。

   

2. もう一つの壁は、効果的で効率的なインパクト測定・評価と「インパクト・フィデリティー」

Global Impact Investing Network (GIIN) の定義では、インパクト投資にはインパクト測定・評価は必須です。一方で、インパクト測定・評価はグローバルでもその手法がまだ整備段階にあり、効果的かつ効率的なインパクト測定・評価の実践が難しいことが、インパクト投資の発展を妨げる唯一最大の要因として挙げられています。

最後に、ファンドマネージャーが顧客の利益のために行動する義務があるという「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」は誰もが理解していますが、フィデューシャリー・デューティーに対する「インパクト・フィデリティ」という概念はまだ浸透していません。インパクト・フィデリティとは、顧客が目標とするインパクト創出のために忠実に行動する義務を意味します。インパクト・フィデリティの概念が広がることで、投資責任者が顧客のインパクト目標に忠実に投資を実行するということがより一般的になるでしょう。

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次は、インパクト・ファーストの投資を実践する3つのステップについて。

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