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子育てを「誰かに頼って当たり前」に。“切り札”は24時間いつでも相談できる「助産師」

日本における「子育て」は、時に「孤育て」とも呼ばれる。

核家族化などを背景に、親族や近所からのサポートを受けられず、親が孤立した状態で育児をしなければならないケースが少なくないのだ。

数時間おきの授乳、日ごとに変化する我が子……。特に乳幼児を育てる親たちの不安やストレスは大きい。産後3〜6か月間はホルモンバランスが崩れやすく、母親の約10%は出産後に「産後うつ」を経験すると言われている。

近年では、男性の育休取得率も上昇しているが、産院では乳幼児のお世話の仕方に関するレクチャーを母親のみが受けるケースが多いことや、コロナ禍の影響などから、父親と母親が同じ“スタートライン”に立ちづらい課題もある。

こうした子育てにまつわる諸課題の解決に向けて「助産師」という人材が秘めた可能性を活用しようと始まったのが株式会社ジョサンシーズだ。

「助産師はお産をとるだけの人、というイメージも強いですが、産後ケアにはじまり性教育や更年期のサポートまで、幅広く、人の一生に寄り添うことができるプロなんです」と語る創業者の渡邊愛子さんも、元は助産師だ。

子育てを「自力で何とか乗り越えよう」とするものから、「第三者に頼るのが当たり前」と感じられる社会へーー。

助産師のポテンシャルを起点に、子育ての「当たり前」をアップデートするサービス、その扉を“ノック”する。(SIIF連載「インパクトエコノミーの扉」第3回)

【連載「インパクトエコノミーの扉」について】
社会課題の解決と、経済的な利益の追求を同時に志す人々がつくる新しい経済圏(=インパクトエコノミー)の啓発や事例づくりに取り組むSIIF(社会変革推進財団)による連載企画。効率・経済性の追求から離れ、社会をより良くする手段の一つとしての消費・生産のあり方を考えます。
日々の買い物を通じて、少しだけ社会を良くできるとしたら、あなたはどんな未来を選びますか?

変えたいのは、日本の育児の「当たり前」

ジョサンシーズは助産師による24時間LINE相談を月額3500円で、低月齢児を対象にしたベビーシッターサービスを1時間あたり3000円で提供している。

ジョサンシーズのサービスを使えば、助産師に24時間LINEで相談可能(写真はイメージ)

LINE相談では、利用者から最初の相談が寄せられたタイミングで担当の助産師が1人付く仕組みとなっている。どの利用者にどの助産師がつくのかは、利用者の好みや性格などを踏まえてマッチングしている。

こうした事業アイディアは、代表・渡邊愛子さん自身の原体験から生まれた。

ジョサンシーズ代表の渡邊愛子さん

渡邊さんは看護学校・助産師専門学校を卒業後に都内の大学病院の母体・胎児集中治療室(MFICU)でハイリスクな妊産婦のお産に携わってきた。さらに、産科クリニックでの勤務経験も持つ。だが、そんな「出産・産後ケア」のプロである渡邊さんにとっても、自分自身の出産・子育ては多くの「想定外」で溢れていた。

「『産後はしっかりと睡眠を取ることも難しい』と聞いてはいましたが、ここまでとは思いませんでした。3時間おきにミルクを飲ませなければいけないこともあって、本当に全然眠れない。こんなに大変なことを一人で、もしくは家族だけで抱え込んでしまう辛さを身をもって経験しました

日本の一般的な産院では、出産直後で身体も本調子ではないにもかかわらず、母親は授乳や沐浴、おむつの交換など育児の基礎を叩き込まれ、産後5日程度で退院。すぐに家庭での育児が始まる。

次に専門職とつながり助言をもらうことができるのは、基本的には1ヶ月健診のタイミングだ。

渡邊さんは初めて育児をした際、特に胸のトラブルに関して「あまりの痛さに自分ではケアできず、助産師に頼りたい」と感じた。

最初は出産をした産婦人科の医院に問い合わせ、ケアを受けたいと希望を伝えたが、産院側からは分娩への対応で手一杯で、対応することは難しいと断られてしまった。

ならば自治体のホームページから産後ケアを実施している産院を探してアプローチしようと考えたが、自治体のページに記載されているのは電話番号のみ。口コミも全く出ていない中で、「本当に自分に合ったケアを受けることができるか不安が大きかった」という。

ただでさえ辛い出産直後の時期に、一体どこを頼れば良いのかもわからない。助産師である自分でさえ、こんなに途方に暮れるなんて…。

この時に感じたあまりに大きな衝撃が、渡邊さんを起業へと後押しした。

「産後すぐにパッとそれぞれの環境に戻されて、そこでいきなり様々な問題に直面する人も少なくない。しかも、外からサポートを受けることなく、自分たちの力だけでどうにか乗り越えようとする人々がほとんどです。私はこんな日本の育児の『当たり前』を変えたいんです」

深刻な「産後うつ」、コロナ禍で増加も

泣き止まない子どもをあやしたり、3時間おきに授乳する生活を送るといった大きなストレスにさらされることで、母親の約10%は出産後に「産後うつ」を経験すると言われている。

さらに、コロナ禍では産後うつ状態の母親が増加。神奈川県立保健福祉大学の研究グループによる調査では、コロナ禍で出産・育児を経験した女性の約3割が産後うつ状態にあるとの結果も提示されている。

近年では、母親だけでなく父親の産後うつリスクも指摘されている。

うつ症状が悪化した場合、子どもに手を上げてしまうおそれや、最悪の場合には自ら命を絶ってしまうおそれもある。

子育てを母親と父親をはじめとする家族だけで担うモデルの限界が、さまざまな形で顕在化しているのが現状だ。

家族だけで子育てを担うモデルの限界が顕在化している

6割の助産師がキャリアを手放す、解決したいもう一つの課題

こうした深刻な課題を背景に、現在では自治体に対して「産後ケアの施策」が努力義務として課せられるようになった。しかし、産後ケアのニーズは膨れ上がる一方で、自治体側と連携し、適切なサービスを届けられる助産師の数はまだ十分ではないという。

そこには、助産師を取り巻く課題も関係している。

現在、助産師は女性だけが取得できる国家資格だ。資格取得後は産院に勤務する働き方を選ぶ場合が圧倒的多数となっており、次いで地域で開業した上で自治体から委託を受ける形で1ヶ月訪問などを担当するケースが多い。

働き方が柔軟でないことや働く場の選択肢の少なさから、「(自分自身の)育児や介護などで産院で働くことができなくなると、キャリアを手放してしまう場合が多い」と渡邊さん。数年であっても、一度現場を離れると「復帰が怖い」と漏らす人も少なくない。

資格を持っているが、現場で働いていない「潜在助産師」は資格取得者の総数の6割を超えていると推計されている。

こうした助産師をめぐる厳しい現状は、渡邊さんをジョサンシーズ創業に駆り立てたもう一つの理由でもある。

「貴重な能力と知識を持っているにもかかわらず、助産師が力を発揮できる場が限られている。女性のキャリアという意味でも日本社会全体としても、非常に勿体ないことだと思います」

産後ケア、性教育、更年期のサポートなど幅広い専門性を持ち、子育てに関しても豊富な専門知識と高い技能を持つ助産師。ジョサンシーズのサービスは、彼女たちのポテンシャルと世間の認識とのギャップを埋めることも同時に志している。

現在サービスを支える助産師の数は数百人規模に及ぶ。

子育ての悩みを抱えた時、すぐさま「ヘルプ」を出せる社会をつくるため、仲間は着実に増え始めている。

「誰も取り残さない」ために、産院を入り口に

悩みを抱える親と、助産師をつなぎ、子育てを社会に開いていくーー。

ジョサンシーズの理念を実現するために重要になってくるのは両者の「出会いの場」だ。

ジョサンシーズでは現在、産院1カ所と提携し、その産院を退院した親に対して1ヶ月健診を終えるまでサービスを提供する検証事業を実施している。

出産直後に、助産師にいつでも相談可能な心強さやサービスの便利さを体感してもらうことで、「助産師」に育児をサポートしてもらうという選択肢が広まっていくことを狙う。

育児を社会に開く、その切り札が助産師だ

「産院を退院して急に赤ちゃんと2人になって不安だった。育児に関するプロとつながることができて嬉しい」

「一番大変な時期に、助産師さんが自宅にきてくれて安心できた」

利用者からは実際に、このような言葉が多く寄せられているという。

「助産師さんがベビーシッターとして来てくれている間、少しだけ睡眠を取りたい」といった使い方も少なくない。

少子化がますます進む今、産院にとっても生き残りをかけたサービスの差別化は急務だ。

出産を控えた妊婦や家族にとって、今後は「産後ケアの充実度合い」も産院選びをする際の判断材料の一つになるのではないかと渡邊さんは考える。

仮に産院の分娩費用にこうしたサービスを受けるための費用も組み込むことができれば、あらゆる人に充実した産後ケアを届けることが可能となる。

「産後に想定外のことがどれだけ続いても、産院退院時に助産師とつながることができていれば誰も取り残すことがない。産院との連携は、全ての親をきちんとフォローできる仕組みづくりに向けた第一歩だと捉えています」

医師の時間外労働を規制する「医師の働き方改革」が2024年4月に本格化する流れの中で、今後は看護師や薬剤師、助産師など医師以外の医療従事者がより一層活躍することが求められる。

渡邊さんは、2023年5月にはForbes Japanが選ぶ「100通りの世界を救う希望NEXT100人」にも選ばれた。社会全体で産後ケアの充実を目指す上で、助産師の眠った力を引き出すジョサンシーズの事業にかかる期待は大きい。

家族だけに閉じがちな「育児」を社会に開き、十分には活用されていない助産師の力を引き出すことで課題解決に導く。皆が損をしない形で作りたいのは、もう誰も育児の悩みを抱え込まずに済む未来だ。

複雑な連立方程式に、あえて飛び込むジョサンシーズ。「課題解決の方法は見えてきた。あとは結果を出すだけです」。取材の最後、渡邊さんは笑顔で語った。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜ジョサンシーズ が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

「大切なものは目に見えない」(注1)という言葉がありますが、世の中の「社会課題」やそれが解決されることの「インパクト」もまた、全てが自明のものとして存在しているわけではなく、「目に見えていない」ことが多々あります。

今回のジョサンシーズの事業は、世の中的に見過ごされてきた「産後ケア」という社会課題を、その重要さに気づいたベンチャー起業家が事業づくりを通して、世の中に具体的に可視化・提示し、解決に向けたアクションをビジネスにして提案する一例だと言えます。そこには単なるビジネス機会の創出を超えて、社会の変化につながるようなダイナミズムと、潜在的な大きなインパクト実現の可能性を感じます。

ところで、ジョサンシーズは社会的な事業であることを特別に謳っているベンチャーではありませんが、こういった社会への変化の働きかけ自体が事業として伴うことは、社会的企業の大きな特徴でもあります。

我々の議論においてもよく、「ベンチャー企業(Startup)」と「社会的企業(Social Startup)」の違いはなにか?という問いがあり、実際に多くのVCや投資家がその違いを気にしてしまう一方で、昨今では目的やアプローチが共通化していることも多く、言葉や定義による形式的な区別は意味を成さなくなってきています。

今回のジョサンシーズもスタートアップとしてのスピード感やスケールの効く展開を持ちながらも、実態として非常に強く社会的な課題解決へのコミットメントを持つ企業だと言えます。前述した区別をすること自体がナンセンスかも知れません。

ジョサンシーズの事例からは、まさしく「目には見えていない」社会的な企業のあり方が伝わってきたように感じます。

(注1)サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry)の著書「星の王子さま」(Le Petit Prince)に登場する名言です。この本は、1943年に出版されたフランスの小説で、星の王子さまがさまざまな冒険を通じて人間の価値観や感情について考察し、その中でこの言葉が登場します。「大切なものは目に見えない」という言葉の意味には様々な解釈がありますが、主に人々とのつながりや友情が、目に見えないものであり、真の幸福と充実は物質的なものではなく、感情的な豊かさと人間関係から生まれるというメッセージだと考えられます。LINE相談やシッターサービスを通じて産後の夫婦に寄り添うことで、孤独やうつをケアしようとするジョサンシーズのサービスはまさにこのことを体現していると言えるかも知れません。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/取材・編集:湯気】


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