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昔ながらの特長が、いつのまにか時代の最先端に。富山発「職人に弟子入りできる宿」のユニークな魅力

空き家となった古民家を宿泊施設として改装する。宿泊業界と地方活性化の新たなビジネスモデルとしてすっかり定着した「古民家再生」だが、富山県の小さな町・井波(いなみ)のそれはひときわユニークだ。Forbes JAPANが選ぶ、今年の「カルチャープレナー30」にも選出され、独自の魅力を放っている。
 
井波は人口約8,000人のうち約200人も木彫り職人がいる日本有数の彫刻の町であり、伝統的なものづくりが息づく。その個性を活かすべく誕生したのが、地域の古民家を改修した分散型宿泊施設Bed and Craftだ。

コンセプトは「職人に弟子入りできる宿」。

2016年のオープン当初は海外からの観光客が中心だったが、コロナ禍の苦境を乗り越えた後は、国内での人気も高まった。2024年には、ミシュランによる個性溢れる魅力的な宿泊施設「セレクテッド」に、富山県で唯一選出されている。
 
国内外からの高い評価の背景には、一体何があるだろう?
小さな町で育まれてきた価値観と、スタートアップビジネスとの融合はどう実現されているのか?

SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第11回では、Bed and Craftの運営を手がけるコラレアルチザンジャパン代表の山川智嗣さんに話を聞いた。

コラレアルチザンジャパン代表の山川智嗣さん(コラレアルチザンジャパン提供)

上海から帰国し、「井波」の魅力に開眼

「こんなにも面白い町に、なぜこんなにも人が来ないのだろう?」
 
2015年、富山県南砺(なんと)市の井波を再訪した建築家の山川智嗣さんは、まず率直に驚いた。
 
建築家としての山川さんのキャリアは華々しい。富山県富山市で生まれ育ち、東京の設計事務所勤務を経てカナダに留学。その後、中国の世界的建築家・馬清運氏の事務所のチーフデザイナーを務めた後、2011年に上海で独立した。公共建築から商業施設まで、国際的なプロジェクトにも多数関わってきた。
 
日本でのプロジェクトを機に帰国したのは2016年5月。移住先を検討していた矢先、幼い頃に何度か訪れた南砺市井波に足を運び、その独自の魅力に開眼したという。

井波の街並み(コラレアルチザンジャパン提供)

「井波は『日本一の彫刻のまち』と呼ばれていて、小さな町に伝統工芸の職人がたくさんいるんですね。僕自身、工芸が好きだったのもあり、すぐに惹かれました。ところが、井波では神社の建築物のようなBtoBの事業が多いため、一般の人の生活にはあまり接点がない。そのため、全国はおろか県内でも知らない人が多いのです。金沢から白川郷を訪れるバスツアーの観光客が、トイレ休憩に立ち寄るポイント。それが井波でした」
 
短時間のトイレ休憩やおみやげタイムを何とか伸ばして、もっと滞在してほしい。この町の魅力を知ってほしい。そうした思いの先に、宿泊施設という選択肢がおのずと浮かび上がった。
 
「地域の魅力的な職人さんに出会っていただける機会をどうすれば作れるかと考えて思い浮かんだのが『職人に弟子入りできる宿』というコンセプトでした。それまでは30分や1時間しかなかった観光客の滞在時間が24時間に増えることで、職人にふれあい、深く知ってもらえるチャンスも高まると考えました」

Bed and Craft “KIN-NAKA”を手がけた木彫刻家の前川大地さん(コラレアルチザンジャパン提供)

こうして2016年9月、職人に弟子入りできる宿として「Bed and Craft」がオープンした。

6,000円の「体験」は高い!? 続けてきた試行錯誤

Bed and Craftは6棟の宿を持つ分散型宿泊施設だ。井波の木彫作家、漆芸家、陶芸家、仏師、作庭家がそれぞれの技術を活かして内装や庭のデザインを手掛け、建築家である山川さんとのコラボレーションによって古民家をまったく異なる趣を持つ6つの宿に生まれ変わらせた。
 
伝統工芸と融合させた宿を堪能する楽しみに加えて、「職人に弟子入り体験できる」ワークショップが他にはない目玉だ。だが、ワークショップの価格設定には頭を悩ませた。
 
「例えば、Bed and Craftでは1枚の山桜の木から木彫りのオリジナルスプーンを作るワークショップがあります。定員は4名まで、井波彫刻の技法を使って、職人に直接指導を受けられる3時間の本格的な内容です。当初は6,000円に設定したのですが、友人からは『木製スプーンならニトリで500円以下で買えるのに、高すぎる!』と不評でした」
 
だが、海外からの観光客の反応は真逆だった。
 
「日本のマスター(職人)が自分たちだけのために、3時間も割いて直接手ほどきをしてくれた。これで6,000円は安すぎるから価格をもっと上げるべき、という反応が相次いだのです。開業直後から2020年までは日本の伝統文化に興味を持つ海外からのお客様が7~8割を占めていたこともあり、そうした声に背中を押されてワークショップの価格を1万3,000円に再設定しました」

オリジナルスプーンをつくるワークショップ(コラレアルチザンジャパン提供)

コロナ禍では海外からの客足が途絶え、一時は苦境に立たされたが、危機を乗り越えて以降は体験価値を求めて訪れる日本人観光客もじわじわと増え、今では国内客の割合の方が高くなったという。
 
国内外を問わず、『旅先では普段はできない体験をしたい』と希望するお客様が増えてきている実感があります
 
2024年には、ミシュランによる個性溢れる魅力的な宿泊施設「セレクテッド」にも富山県で唯一選出され、国内外から注目を集めた。

Bed and Craftの宿「TATEGU-YA」(コラレアルチザンジャパン提供)

周回遅れで走っていたはずが、いつのまにか先頭に

Bed and Craftでは、40代前後と比較的若い職人が中心を担っている。「職人=後継者探しに困っている高齢のベテラン」という印象がいい意味で裏切られる。

「この井波の町の面白いところは、職人の95%が一子相伝ではないことなんです。僕らは『職人に弟子入りできる宿』と謳っていますが、実はそもそも、ここが『職人に弟子入りできる地域』なんです。外部の人がやってきて『彫刻家になりたいです』と組合に言えば、『こことあそこを紹介します』とリクルートしてくれますよ」

Bed and Craft“taë”を手がけた漆芸家の田中早苗さん(コラレアルチザンジャパン提供)

間口が広く、選択肢がある。各地で伝統技術の継承が危ぶまれる中、こうしたオープンな姿勢は、井波の強さと言えるのではないか。

さらにもうひとつ、「資本主義に取り残されていた要素が一周まわって強みになった部分もある」と山川さんは語る。

「例えば、井波の彫刻は企画、制作、営業、販売まですべて基本的に一人の彫刻師がひとつの工房で担当します。伝統工芸の世界にしては珍しく、分業制ではなく問屋もない。だから大量生産には不向きだけれども、直接エンドユーザーと繋がることができる。30年ほど前に、人々のライフスタイルの変化によって彫刻の売り上げが急激に落ちた時期は『問屋を作らなかったせいで時代に取り残された』と議論が起きたそうですが、今は一周まわって、エンドユーザーと直に繋がれることが再び強みになった。誰がどんな思いで作っているか、が重視される時代ですからね。そうした地域性も含めて生き残ってきた価値を繋いでいきたいです」

かつて井波彫刻が最も必要とされたのは、和室の天井付近に設置される欄間(らんま)という建具だった。冠婚葬祭を自宅でおこなっていた時代、木工の調度品や工芸品は重要な暮らしのアイテムだった。

「もちろん、冠婚葬祭を家でやる時代に戻りましょう、と時代を逆行するのではなく、今のライフスタイルで木工彫刻を使ってもらうにはどうすればいいのか。両輪で考えていくことが大事ですし、Bed and Craftの存在がそうした契機になっていたいと思いますね」

ホテルの内装(コラレアルチザンジャパン提供)

「手伝ってください」とは絶対に言わない

Bed and Craftの2棟目以降はオーナーシップ制度を採用。法人や投資家が出資者となり、山川さんが運営するコラレアルチザンジャパンが主体となって、企画・設計・運営までワンストップで行っている。自社だけの利益に拘泥するのではなく、協働の手をどんどん広げていきたいという思いに、手を挙げるオーナーが相次いだ。
 
もちろん、最初からすべてがスムーズに事が運んだわけではない。「井波出身なわけでもない中国帰りの建築家が、町おこしをしようとしている」との断片的な情報が当初は飛び交ったせいか、「最初は地元の人々から警戒されてのマイナスからのスタートでした」と山川さんは笑う。

「地域の会合から町内会の慰安旅行まで、とにかく地元の集まりにはマメに地道に参加し続けました。ほとんどどこへ行っても僕が最年少でしたが、年輩の方々とお話するのがもとから好きなので苦ではなかったですね。ただし、どの会でも『手伝ってください』とは絶対に言わない。その代わりに『自分はこういうことをやりたい、皆さんに認めてもらえるよう頑張るので見守ってください』と伝え続けました」

不用意なしがらみを避け、結果で示す。最初の数年は特定の個人や団体に助けを求めず、行政の補助金も使わず、自腹かつ自力で頑張るスタンスを愚直に示し続けた。

「1年、2年と続けていくと、応援してくれる人が少しずつ増えていきました。人や情報を紹介してもらえるようになり、『あそこに空き家があるけどいい案ないかな』と相談してくれる人も出てきて、今に至ります。だから地域で活動しようと思ったら、最初からあまり仲間は増やさないほうがいい、というのが僕の考えです」

地域活性の鍵は、継承と拡大のバランス

2018年、小さな町である井波は「宮大工の鑿(のみ)一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」として日本遺産に認定された。

井波の街並み(コラレアルチザンジャパン提供)

追い風を受けて、山川さんは有志らと共に一般社団法人ジソウラボを設立。行政や民間企業とは異なる立ち位置から、「100年後の新たな文化をつくる人材」を募集・育成することを目的とした団体だ。Bed and Craftとは別の角度から地域のバックアップや空き家再生などにも取り組んでいる。
 
「地域独自の文化や技術に注目し、伝えていく事業やスタートアップが『カルチャープレナー』と呼ばれていますが、首都圏を中心に活動する方が多かったり、目立ったりしている印象もあります。本来は地域ごとにそういう役割やプレーヤーが存在するべきで、子どもたちには、こういう職能が地方にもあるんだということをしっかり足元から見せていきたいと思いますね」

補助金に頼り、小さく閉じて継承するだけの文化はいずれ先細りしていく。土地が本来もつ文化や強みにしっかり目を凝らし、他者と連携することで、価値を再発見し続けなければ未来はない。

「周回遅れで走っていたら先頭にいた」井波という町とコラレアルチザンジャパンの連携から学ぶべきことは多いはずだ。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜「Bed&Craft」が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

今回は、井波の街・文化をきっかけに「プルリバース(Pluriverse)」という概念について考えてみます。

これまでこの連載でも取り上げてきたように、日本が長年の歴史の中で培ってきた「文化資本」がいま社会的インパクトの観点からも見直され、様々な形で独自の価値を放ち始めています。今回取材したBed and Craftがある南砺市井波エリアも木工彫刻・弟子入り文化もその具体的事例と言えるでしょう。
それでは、井波がそのような独自の文化を作り、「文化資本」として培うことができたのはなぜだったのでしょうか?

文中でも言及がある通り、それは図らずも(?)問屋文化が生まれず、「資本主義」から切り離されたことで、産業の効率化や工業製品としての分業化などとも距離が生まれ、日本の全体の経済の流れとは異なるリズムや進化のステップを刻み続けてきたことによるのではないかと思います。

私自身井波には何度か訪れていますが、街に入ると同時にすぐに気づくのが、その街全体が持つ独特の時間間隔とリズムです。少し大げさかもしれませんが、ゆったりとした空気をまといつつも、神聖な時間の経過を感じるその街の空気こそが最大の文化資本なのではないかと感じるほどです。

現在の一元的なイデオロギーや主義主張とは異なる歴史と価値観のもとに、多様な社会を構築する社会的な構想力や世界観が「プルリバース(Pluriverse)」と呼ばれ、昨今注目されています。(注1.)井波を訪れるたびに感じられるのは、そういった現在の当たり前とは異なる文化や価値観が許されることから生まれるエネルギーと包摂力なのかもしれません。

(注1.)様々な起源を持つ価値観文化がそれぞれに共存しながらも織りなす多元世界という意味。人類学者アルトゥーロ・エスコバルの著書『Designs for the Pluriverse(デザインズ・フォー・ザ・プルリバース)』により知られるようになった。社会的インパクトの関連で語れば、我々の社会がいかにプルリバースを世界の中で実現していけるかが、将来的な文化資本、そして経済の観点から重要だと考えられます。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【取材・執筆:阿部花恵/企画・編集:南麻理江(湯気)/デザイン:赤井田紗希】

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