連載 インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求#03 IMM“プラクティス”からインパクト“パフォーマンス”へ
インパクト投資の要、「IMM(Impact Measurement & Management、インパクト測定・マネジメント)」を考えるnote連載。第3回は「インパクト・パフォーマンス」について考えます。なぜ、単に「インパクト」ではなく「インパクト・パフォーマンス」なのか。そこには、環境・社会課題の解決に向けて、本質的、実質的な成果を上げなくてはならないという問題意識があります。グローバルの潮流と、今後の課題について考えます。
背景に地球規模の環境・社会課題に対する強い危機感
日本におけるインパクト投資の取り組みも、ようやく広がりを見せ始めました。これからは、いかにして実質的な成果を出していくかが問われる段階に入っていくのではないでしょうか。
グローバルでは、ここ数年でIMMの方法についての議論が飛躍的に進み、その原理、原則が整理されてきました。インパクトを測定するためのルール、手順、フレームワークといったものは整いつつあります。そこで今、世界的な議論の中心は、IMMの“プラクティス”から、インパクトの“パフォーマンス”へと移行しています。つまり、インパクト投資によって、現実にどれだけ環境や社会が変わったのか、どのぐらい成果が上がっているのか、その実績に目が向けられているのです。
背景には、インパクト投資市場が成熟してきたことと同時に、地球規模の環境・社会課題に対する強い危機感があります。実際、国際会議に参加してみると、日本国内とは比べものにならない切迫感をひしひしと感じます。昨年のG7をきっかけに発足したインパクト・タスクフォース(ITF)でも「インパクト投資の現状はまったく不十分だ、もっと加速させなければならない」という焦燥を感じました。
国内ではこれまで、GSG国内諮問委員会でIMM実践ガイドブックをまとめるなどして、IMMの普及に努めてきました。しかし、IMMを正しく実践しさえすれば、自ずと成果が上がるのかといえば、残念ながら、ものごとはそんなに単純ではありません。複雑な要素・要因が絡み合う環境・社会課題に対して、どこにどうアプローチすればどんなインパクトがどのぐらい出るのか、分析を繰り返しながら改善していく必要があると考えています。
インパクト・パフォーマンスを捉えるための尺度とベンチマーク
では、インパクトのパフォーマンス、成果をどうやって捉え、意思決定に反映すればいいのか。一つの参考になるのがGIINが開発を進めている「COMPASS:The Methodology for Comparing and Assessing Impact」です。
例えば、ヘルスケア分野の投資によって「1万人の健康指標が改善した」という数値を捉えることができたとして、それは果たして多いのか少ないのか。そこには様々な論点がありますが、「COMPASS」は、「SCALE」「PACE」「EFFICIENCY」の3つの尺度を挙げています。
まず、「SCALE」。どのくらいの規模なのか。上記の例なら「1万人」です。しかし、それだけでは「PACE」、どのぐらいのスピードで達成されたのかは分かりません。さらに、「EFFICIENCY」、投資の費用対効果を見る必要があります。
これまでの経験上、「SCALE」を見落とすことはありませんが、「PACE」「EFFICIENCY」にも注目しなければならないと改めて認識しました。
そしてもう一つ、重要な視点であり、インパクト・パフォーマンスを考える上でのキーワードと言えるのが、コンテクスト、文脈です。ここには、地域や文化、また制度やシステムも含まれます。
例えば、「取締役会の女性比率15%」という数値は、欧米ではとても低いけれど、日本国内での比較なら、まだ高いほうだといえるでしょう。また、最低賃金の額は、北欧では生活維持のために必要な賃金水準と見なすことができても、 アメリカでは生活を保つのに十分とは言えません。インパクトのパフォーマンスは、こうしたコンテクストから切り離しては語れないのではないでしょうか。
(参考)GENDER EQUALITY GLOBAL REPORT & RANKING 2022 EDITION
コンテクストを前提として、インパクト・パフォーマンスを測るためのベンチマークも必要です。
一例としては、まず「経年変化」があるでしょう。去年と比べて進化しているかどうか、です。これは、IMMを実践していれば、まず最低限のこととして測定・比較しているはずです。
次に、「目標達成度」。インパクト投資に際して設定した、目標値に対する進捗状況のことです。
ただ、「経年変化」と「目標達成度」だけでは、その値がインパクト・パフォーマンスとして十分なのかどうかは判断できません。
そこで考えられるのが、「他社との比較」です。同じようなインパクトを狙う他社と比較したとき、自社はどの程度のレベルなのか。インパクト投資家にしてみれば、同じ投資をするなら、より高いインパクト・パフォーマンスを出すところに投資したいでしょう。しかし、そもそもインパクトを測定している企業、さらにそれを開示している企業はまだ少なく、今後は、比較のためのデータの構築と集約が求められています 。
World Benchmarking Alliance は、社会、食と農業、気候とエネルギーといった分野ごとにベンチマークを設定し、上場企業を開示情報を元に採点し、ランキングして公表しています。
インパクト・パフォーマンスを捉えるために、最終受益者の声を聞く
インパクトにはポジティブなものとネガティブなものがある、ということは広く認識されていますが、これに加えて、「期待通り」か「想定外」かという軸も考えなくてはなりません。想定外のポジティブなインパクトが生まれることもあるでしょうし、想定外のネガティブなインパクトが生じることもありえます。けれども、想定外であるがゆえに、捕捉することは難しい。
結局、肝心なのは、目標が何だったかとは関係なく、最終受益者である人々に、実際にどんな変化が生じているのか、ということです。けれども、それを捉えることができているインパクト投資家は、世界にもほとんどいないのではないでしょうか。
インパクト投資家は、投資先を通じて最終受益者の変化を知るしかなく、そこにはどうしても限界があります。投資家にできることといえば、投資先へのエンゲージメントを通じて、調査やアンケート結果などのデータを提供してもらうとか、現場を視察して変化を肌で感じるように努める、といった程度でしょう。もっとも、持ち株比率が低い場合は、それさえ難しいかもしれません。
こうした問題意識のもとに、インパクト投資の老舗的な存在であるアキュメンからスピンアウトして設立された 60decibelsは、インパクト投資家に代わって最終受益者の声を直接聞き、その変化を調査する機関です。併せて、対象分野ごとに共通した問いを設定してデータを蓄積し、ベンチマークを構築しようとしているようです。
連載第2回で取り上げた Omidyar Network も、60decibels を通じて、自らの教育関連ポートフォリオのインパクトを測定しています。これは、投資先24企業による最終受益者、14ヶ国・4800人超の声を聞くというものでした。下はその報告書の一部です。
SIIFは今、国内のインパクト投資家として初めて、 60decibels に依頼して、投資先企業の最終受益者の声を把握する試みを行っているところです。言語やコミュニケーション方法の違いを超えて、日本国内でも有効に使えるかどうかを確かめたいと考えています。
データベースの構築、インパクト・パフォーマンスの捕捉と、その先にある課題
これまで述べたインパクト・パフォーマンスの追求の考え方を投資実務に活かすために、今、求められる第一歩は、 インパクトに関するデータベースの構築です。前出のGIINは、世界中のインパクト投資家からデータを集め、匿名化して比較できるようにすることを目指しています。日本国内では、行政・民間のあらゆる機関に情報が分散しています。これらを共通の物差しに従って横断的に収集し、課題解決のために使えるデータベースとして構築できないでしょうか。非営利法人であるSIIFとして、こうした官民連携プロジェクトのお手伝いができないかと考えています。
次に、データベースを基礎として、インパクト・パフォーマンスをどうやって捕捉するか、どうすればよりインパクト・パフォーマンスを高められるかといった手法の研究・検討が必要です。これは、学術・研究機関が担うべき役割だと思います。
英国は、「エビデンス (証拠)に基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making: EBPM)」を推進するために、政策分野ごとにデータを収集・分析・レポートする研究 機関のネットワーク、 What Works Networkを設置しています。おそらく、こうした事例が参考になるでしょう。
そして、投資である以上、最終的に必ず問題になるのが、インパクトのパフォーマンスと財務のパフォーマンスの関係です。もちろん、ビジネスモデルそのものにおいて両者が直接相関するケースもあるでしょうし、インパクト・パフォーマンスが上がることによってユーザー数が増え、商品価値が高まることもあるでしょう。対象とするマーケット全体の持続性を高めることで、結果として企業の財務パフォーマンスに寄与することも考えられます。その関係性のパターンを捉え、情報や分析の蓄積が求められます。
さらに、そのもう一段階先に、期待した財務やインパクト・パフォーマンスが十分に発揮されないとき、インパクト戦略そのものをどうやって再構築するか、という大きな課題があります。そこにはおそらく、既知の理論や枠組みを探していてはたどり着けない、この連載のタイトル通りの「フロンティア」があるのではないかと考えています。私たちは引き続き、解のない探求を続けていかなければならないのでしょう。
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