金融庁共催「インパクト投資に関する勉強会 第6回目」を終えて
エグゼクティブアドバイザー(インパクト投資に関する勉強会を企画運営) 安間 匡明
6月29日に第6回勉強会が開催されました。昨年2020年6月18日にインパクト投資に関する勉強会を始めてほぼ一年となりました。
この場では、第6回勉強会に至る経緯を私の視線で振り返りたいと思います。始りは2018年の秋でした。社会変革推進財団(SIIF)の工藤七子さんから2つの目標を話して頂きました。ひとつは、日本の金融におけるインパクト投資のメインストリーム化、もうひとつは日本が議長国となる2019年6月に開催されるG20大阪における「インパクト投資のアジェンダ化」でした。いずれも意欲的な目標ではありましたが、インパクト投資が根付いていない日本の金融における取組としては、適切な課題設定であったと思います。今思えば、工藤さんからのこのお話が、私も参画することとなったこの活動の起点になったのです。
2018年12月のG20ブエノスアイレスの首脳宣言の第7パラグラフ(Future of Work) においては、インパクト投資について初めてG20 としての言及がなされました。鵜尾雅隆さんをリーダーとして推進活動していた私たちはアルゼンチンからの吉報に喜ぶ暇もなく、翌年6月に迫るG20大阪会合において私たちが果たすべき役割の難易度を改めて認識しました。そして、トランプ政権がG20 におけるサステナブルファイナンス・スタディグループ(SFSG)の活動を事実上休止させようとしているなかで、主要国間の調整に腐心されていたファイナンストラック所管の財務省・金融庁の方々から適切な助言を頂いて、シェルパトラックに目を向けることになりました。当時、外務省の地球規模課題総括課長であった甲木浩太郎さんを訪ねると私たちの活動に理解を頂けました。そして、G20においてSDGsなどの開発課題を議論するために設置されているDevelopment Working Group(DWG)においてSDGsに必要な民間資金フローの重要な原資としてインパクト投資の重要性が認識されるように他のG20諸国の関係者とともに活動を開始しました。東京で開催されたDWG関係者を集めて開催して頂いた非公式の別枠セッションでは、インパクト投資の重要性への認識が醸成され、6月の大阪会合にも繋がっていきます。 そして、インパクト投資の明記はなかったものの、首脳宣言において「ブレンディッド・ファイナンスを含むその他の革新的資金調達メカニズムが各国の共同の取組を高めていく上で重要な役割を担う」と言及されたほか、G20の首脳間討議において安倍総理(当時)からは「日本は、地球規模課題の解決に必要な資金確保のため、社会的インパクト投資や、休眠預金を含む多様で革新的な資金調達の在り方を検討し、国際的議論の先頭に立つ」という画期的な発言を頂くことができました。その後もインパクト投資推進は、地球規模課題総括課の後任課長である吉田綾さんに引き継がれ、今もご理解・ご協力を頂いています。
しかしながら、せっかく総理から頂いた心強い発言は国内メディアでは主な新聞で大きく報道されることはありませんでした。それは私たちの国内推進活動が十分でないことと、インパクト投資の国内認知度が低かったことを意味していました。私たちの活動は国際的には繋がりながら、足元で定着していなかったのです。もう一度国内に目を向けて取り組む必要を感じ、同じ年の2019年9月のインパクト投資フォーラムの開催 に向けて動き始めます。このイベントでは、GIINのアミットCEOやロックフェラー財団のベルナスコニ常務理事を基調講演者やパネリストとして招聘するとともに、国内外の主要な投資家を招き、SIBなどを含む複数の個別テーマに関してブレイクアウトセッションを設けて、参加国内関係者(250名規模)の関心をより高めていくことになりました。そしてこの時、金融庁の遠藤長官(当時)にも基調講演を頂けたことで、地域創生課題に取り組む地域金融を含めて、日本の金融機関が自主的にインパクト志向の金融を推進することの重要性も明確になりました。
さて、この年の秋のGSG国内諮問委員会において、副委員長の鵜尾さんが「次は金融庁において勉強会ができたらいいな」と囁きました。それを受けて私は、その翌月にはSIIFの菅野文美さん・小笠原由佳さんとともに金融庁チーフサステナブルファイナンスオフィサー(CSFO)の池田賢志さんを訪ね、金融庁とGSG国内諮問委員会との共催勉強会を提案しました。池田さんは快く提案を聞いてくださり、すぐに座長を探し出す必要が出てきました。たまたま大和証券のセミナーに来ておられた高崎経済大学の水口剛教授にお会いし、翌週には座長就任を依頼してご協力を頂くことになりました。勉強会の設置の在り方には日本総研の足達英一郎さんの有益な助言も頂きました。
座長となってくださった水口先生は、環境省のESG金融ハイレベルパネル会合において設置されたポジティブインパクトファイナンス・タスクフォース(TF)の座長もされることになっていました。ほぼ同じ時期に審議を行うこととなる同TFと金融庁・GSG共催インパクト投資勉強会との連携性が俄かに重要となり、私はそのTFの委員として橋わたし役を担うことになりました。その結果、環境省の環境経済課とGSG・SIIFの活動との連携も徐々に密接になっていきます。TF設立時の課長補佐であった永田綾さん(当時)、ご後任の今井亮介さん(現職)のご協力で、GSG国内諮問委員会の下に設置されたIMMワーキンググループ(IMMWG) の主要メンバーとの協議も行われるようになりました。この時の協議は、後述するインパクトの測定・マネジメント(Impact Measurement & Management:IMM)に関するものでした。
さて、金融庁・GSG共催の「インパクト投資に関する勉強会」における最大の転機は、2020年11月20日に開催された第3回勉強会 にあったと思います。社会的インパクトマネジメントイニシアティブ(SIMI)の今田克司さんの御紹介で、Oxford大学SaidビジネススクールのKarim HARJI氏を事前配布動画のスピーカーとして招聘し、勉強会ではそのプレゼンテーションを今田さんに解説してもらいました。多くの金融機関がインパクトの測定の技術的方法論に走りがちとなる傾向に警鐘を鳴らし、インパクトの意図とマネジメントの重要性を今田さんが論理的かつ熱く語って頂き、それが多くの委員の心にしっかりと届いたことが画期的であったと感じました。
正直のところ、このセッティングには不安もありました。第1回・第2回の勉強会では、インパクト投資の概念に関しての異なる理解、取り組む金融機関の立ち位置の違い、対象となる金融プロダクツごとの相違に伴い、参加者の間では、共通認識に立った議論よりもむしろ思惑の違いが鮮明になり、この勉強会の進め方そのものも含めて批判的な意見があったように思います。既に浸透していたESG投資はともかくとしても、リターンとの両立性やアセットオーナーからの実需を含めて懐疑的な見方が消えないインパクト投資の在り様に関して、インパクト創出に必要となるIMMを真正面から議論することで、インパクト投資に対する消化不良がさらに深まる可能性すらありました。しかしながら、今田さんの解説、パネリスト(三井住友信託銀行・金井司さん、日本政策投資銀行・竹ケ原啓介さん、ソーシャルインベストメントパートナーズ・白石智哉さん)のコメントおよび水口座長のパネル討議の差配はそんな懸念を払拭してくれました。その後の勉強会では、金融プロダクツごとに、IMMの在り方を議論してきています。未公開企業向け投資、上場企業向け投資や債券、そして銀行や地域・中小金融機関による融資を通じたそれぞれのIMMについて順に議論がなされてきました。IMMを議論することで本来のインパクト投資とそうでないものの区別が明らかになってきたと思います。インパクトウオッシュされたインパクト投資には、IMMが埋め込まれておらず、「インパクトを測定・評価していますからこれはインパクト投資です」という形式的なアリバイ証明に問題があることが明確になってきたのです。
しかしながら、インパクト投資をめぐる日本の状況は課題が山積みです。量的な拡大と質的な向上の両方を求める立場としては、日本におけるアセットオーナー(AO)の関心の拡大が最も重要な課題です。極端に言えば一部の生命保険会社を除けば、インパクト志向が明確なAOはわが国ではほとんど確認できませんでした。しかしながら漸くここにきて、複数のAOからのインパクト投資開始検討に関する問い合わせが増えてきています。私たちがもっとAOにとってのインパクト投資の意義(例えばユニバーサルオーナーシップを持つAOにとっての意義)を明確に説明できなければならないと感じています。
次に重要となるのは、インパクト投資の対象となりうる良質なディールフローの拡大です。インパクト投資の重要な特性は、ファイナンシャルリターンを犠牲にせず、インパクトとの両立を目指すことです。ですからインパクト投資の推進には、その両立を可能とする良質な投資案件の存在が不可欠です。残念ながら日本ではインパクト投資の歴史が浅く、AOからの関心も低かったため、資本市場を通じた良質なインパクト投資ディールフローへの創出圧力は極めて弱いものでした。また、資本市場からの圧力を語る以前に、イノベーションを伴う起業を推進するエコシステム形成が圧倒的に諸外国に比べ遅れています。大企業によるイノベーションも平均的には諸外国に比べて進んでいるとは言えません。このような状況ではファイナンシャルリターンはあるかもしれないがインパクトが見込めない案件と、潜在的にはインパクトはあるかもしれないがファイナンシャルリターンが見込めない案件ばかりが市場に溢れ、インパクト投資は事実上推進できない状況になってしまいます。素より、環境社会課題解決を財務的価値に転換できる能力は企業経営者の誰もが皆持っているものではありませんし、それは優れた事業開発能力をもつ経営者や起業家だけがもつものです。金融機関に求められるのはその優劣を取捨選択する目利き力であり、リスクを緩和・分散させる金融仲介能力ですが、その能力を最大限発揮してもらうためにも、数多くの経営者による旺盛な事業開発力と起業力が求められます。つまり金融機関だけの努力だけではインパクト投資は進まないという意味です。
3つ目の課題は、IMMです。既にインパクトマネジメントの重要性については既述した通りですが、インパクトの測定に関しての標準化・比較可能化・記号化・数値化などの問題も大量処理を必要とする金融業界にとっては避けて通れない課題です。ここでは詳細には触れませんが、革新的な測定手法や投資家にとって意味のあるしかも簡便な方法が開発されれば、そのことだけでもインパクト投資の一層の普及には貢献できると思います。
4つ目は、特に大手上場企業に求められるサステイナビリティ関連の情報開示です。開示が進めば、資本市場はより透明性をもって投資先企業へのエンゲージメントを行うことができるようになります。なぜ大手企業が先かと言えば、大きなインパクトをもつ大企業が取り組むことが重要であり、開示コストの負担が相対的に大きい中堅中小企業においても、大企業に倣って取り組む企業が出てくれば、全体としても推進しやすくなるからです。
5つ目は、やはり金融機関の存在目的とは何かを改めて考えることだと思います。バブル崩壊以降、わが国も新自由主義的な経済政策を進めてきた結果、経済の表の効率性は増したかもしれませんが、日本の経済と社会は事業活動によって生み出される外部不経済性で満ち溢れ、同時にグローバル化・金融自由化・規制緩和・ICT推進などの施策によって明らかに貧富の格差は拡大し、それによって教育の格差も固定化してしまいました。そうしたすべての経済的な負の側面は、金融機関の抱える融資先・投資先のポートフォリオにおいて蓄積しています。その結果、金融機関の株価は低迷し、株価純資産倍率(PBR)は軒並み1.0を大幅に下回っています。この悪循環こそ、金融機関自らがその行動様式を変容させる最大の理由であるように思われます。インパクト投資はそのことを考える最良の機会ではないかと考えます。
以上のようなことも含め引き続き多くの方々のご理解とご協力を得て、一緒に考えながら、勉強会の議論も第2フェーズに向けて進んでまいりたいと思っています。