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「日本におけるインパクト投資の現状と課題 2021年度調査」を公表。投資残高が1兆円超と拡大する一方で、日本ならではの課題も見えてきました。

GSG国内諮問委員会(事務局:SIIF)は2022年4月26日、「日本におけるインパクト投資の現状と課題 2021年度調査」を公表しました。この報告書は、インパクト投資の定点観測を目的に、2016年度から毎年SIIFが作成しているものです。ここでは、SIIFインパクト・オフィサーの小笠原由佳と戸田満が、調査の概要と、そこから見えてきた日本の課題を解説します。

SIIFインパクト・オフィサー 小笠原由佳
SIIFインパクト・オフィサー 戸田満

報告書の中核は、国内の金融機関と機関投資家を対象に行ったアンケート調査の結果とその分析です。インパクト投資への関心や接点があると考えられる580組織を抽出してアンケートを配布し、77組織から回答を得ました。

77組織のうち、実際にインパクト投資に取り組んでいるのは31組織です。内訳は、運用機関6社、銀行・信託銀行6行をはじめ、ベンチャーキャピタル、保険会社、信用組合・信用金庫など多様です。財団や学校法人も含まれており、これは、社会課題解決を目的とするインパクト投資ならではの特徴といえます。

21年度調査の国内インパクト投資残高は昨年比2.5倍以上の1兆3,204億円

2021年度調査では、日本のインパクト投資残高は少なくとも1兆3,204億円あることが確認されました。これは昨年度調査のおよそ2.5倍にあたります。なお、インパクト投資家の国際ネットワーク団体であるGIIN(The Global Impact Investing Network)が行った2020年度調査(Annual Impact Investor's Survey)によると、調査で把握できた世界全体のインパクト投資残高は44兆円(4,040憶ドル)に上ります。調査年次や回答機関が異なるので厳密な比較はできませんが、世界全体の投資残高のうち、日本はまだ3%程度の規模に過ぎません。

日本におけるインパクト投資残高推移(単位:億円)

日本のインパクト投資市場がこれだけ急速に成長した要因は、大きく4つあると考えられます。1つは、21年度調査において新規参入組織が一定数みられ参入取り組み機関総数が1.5倍になったことが挙げられます。大手の都市銀行や運用機関が新規参入したことも大きいでしょう。

2つめは、従前からの取り組み機関の残高が拡大したことです。20年度調査では3,226億円だったのが、21年度調査では6,563億円と倍増しました。

3つめがアセットクラスの多様化で、これが最も大きな要因と考えられます。初期のインパクト投資は非上場株式投資(ベンチャー投資)が中心でしたが、最近は運用額が大きくなりやすい企業への融資や、上場株式投資での取り組みが広がり、21年度調査ではインパクト投資残高全体のうち融資と上場株式が93%を占めるようになりました。これには、2017年から19年にかけて作成された、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)が中心となった「ポジティブ・インパクト金融原則」や国際金融公社(IFC)が主導した「The Impact Principles」といった原則が、投融資の現場に浸透してきたことが反映していると思われます。「メインストリームのアセットクラスがインパクト化しつつある」といえるかもしれません。

4つめは、インパクト測定・マネジメント(IMM)・レポーティング体制の整備です。21年度調査ではインパクト投資の質を担保するために、インパクト投資の従来の算入基準に「最終投資家へのインパクト・レポーティング」を新たに追加しています。運用機関内だけでなく、最終投資家ともインパクト情報を共有することで、初めてインパクトに基づいた投資の意思決定が可能になります。IMM・レポーティング体制が整ってきたことで、基準を満たす取り組みが増えたと見ています。

業界内の認知・関心は向上したものの、市場の成長はこれから

この1年間で日本のインパクト投資市場にはどんな変化があったのでしょうか。アンケートの回答では、特に進展が見られた項目として「社会でのインパクト投資への認知度、関心度向上」「経営トップによる、インパクト創出への関心・理解」などが挙げられています。

図表7: 日本のインパクト投資市場の過去1年間の発展

ここで注意しなければならないのは、進展したのはあくまでも「認知・関心(特に金融機関・機関投資家組織内)」であり、実際の取り組みへの発展は限定的と見られることです。また、SIIFが別途、実施しているインパクト投資に関する一般消費者調査では、インパクト投資の認知度は6.6%(2021年調査)と、依然として一般の認知は低い水準に留まっています。

一方、今後の課題として第一に挙げられたのは「インパクト測定・マネジメント手法の体系化」でした。加えて、投資先の企業が提供するインパクト関連情報も、投資家自身のインパクトに対する目利き力も、どちらも不十分と見られています。

図表8: インパクト投資を増やすうえでの課題

日本のインパクト投資市場の成熟度をどう見るか、アンケートの回答を前出のGIIN調査と比較したのが下の図です。グローバルでは「順調に成長している」という回答が7割に迫るのに対し、日本では7割が「これから成長していく段階」と回答しています。周回遅れが現状といえますが、インパクト投資に取り組む国内31組織の9割が「今後もインパクト投資を増やしたい」と答えています。これからの進展が期待されます。

図表6: 日本とグローバルのインパクト投資市場の成熟度合


海外のアセットオーナーはインパクト投資に積極的

では、これからインパクト投資を増やしていくために、何が課題となるのでしょうか。

世界に共通する課題として、インパクト測定・マネジメントの手法がまだ十分に確立されていないことなどが挙げられます。一方、日本国内で特に顕著な課題もあります。中でも私たちが着目したのは、保険会社や年金基金といったアセットオーナーと、その背後にいる個人の保険・年金加入者、あるいは個人投資家の認識や関心です。

海外のアセットオーナーは、近年積極的にインパクト投資に取り組むようになりました。調査(Phenix Capital Impact Investing Asset Owner Trend Report 2019)によれば、アセットオーナーの90%以上が「社会と環境にプラスのインパクトを与えることが、資金を預かる受託者責任の重要な要素である」と回答しています。すでに33%のアセットオーナーが資金の10%以上をインパクト投資に配分しており、今後さらに増えていくと見込まれます。

海外のアセットオーナーがインパクト投資に取り組む動機は、大きく5つあると考えられます。

1つは、気候変動や食糧問題などの課題解決が経済活動の基盤を支え、ポートフォリオ全体のリスクを下げるという考え方。もう1つは、重要な社会課題の解決はニーズが高く、高い経済的リターンにつながるという考え方。これら2つは、ESG投資にも共通する考え方です。ほか、3つめとして、非上場株式が多いインパクト投資をポートフォリオに組み入れることで、リスクを分散するという動機も挙げられます。

残る2つは、よりインパクト志向の考え方です。1つは、積極的に社会・環境目標を念頭に置いて資金を配分する投資家が増えていること。もう1つは、年金基金や保険において、その加入者がサスティナビリティに興味を持っていることです。この点は日本との大きな違いで、欧米の保険や年金加入者は自分たちが支払う年金掛け金や保険料が何に使われるかに関心が高く、アセットオーナーにインパクト投資を促す要因になっています。


2022年4月26日 メディア説明会(SIIF事務所にて)

日本では保険と年金でインパクト投資への態度が異なる

一方、日本のアセットオーナーは、保険会社と年金基金とで対応が分かれているようです。

第一生命は、2021年11月に21機関が署名した「インパクト志向金融宣言」で主導的な役割を果たしました。その後、かんぽ生命、住友生命も宣言に署名しています。また、金融庁・GSG国内諮問委員会共催の「インパクト投資に関する勉強会」には現在、上記3社に加え、日本生命、三井住友海上、明治安田生命の合計6社が参加しています。

対して、年金基金はインパクト投資に未だ消極的です。国内最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、その「2020年度 ESG活動報告」に「GPIFとインパクト投資」と題したコラムを立て、「『社会問題の解決に貢献する』こと自体を目的とする投資は、現行の法令及び当法人が行う投資行動の『目的』の下では行わない」と明言しています。

前述のように海外のアセットオーナーの間では、インパクト創出を受託者責任で許容されると捉えることが一般化していますが、日本ではまだ、インパクトは「他事考慮」であり、受託者責任に反するという思い込みがあるようです。実際には、期待されるリターンを確保できる範囲でインパクト創出を求めることに問題はないと日本の法律上でも整理されつつあるのですが、理解はまだ拡がっていません。

受益者側の個人も、サステナビリティに対する関心が十分に醸成されていないと思われます。投資より貯蓄を指向する人が多く、「投資を通じて社会を変える」という意識も浸透していません。ましてや、年金基金の運用が社会に影響を与えるとは思ってもいないのが現状ではないでしょうか。これには、そもそも自分たちで運用商品を選ぶ確定拠出年金が普及していないなど、年金制度自体の問題も反映しています。

以上を整理すると、アセットオーナーと個人の両方に、インパクト投資に関する理解を促していくことが重要と考えられます。アセットオーナーには、インパクト追求が受託者責任と矛盾しないことの理解促進、ESG投資からインパクト投資への接続、既存の好事例やフレームワークの共有など。個人に対しては、投資や年金・保険についての理解促進、資金運用を通じて社会を変えること、インパクト投資への興味・関心を喚起していくための、努力と工夫が求められるでしょう。

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