課題が解決される仕組みや状況をつくる「データ」と「資金」
1. はじめに:フードロスとシステムチェンジ
皆さんは「フードロス」と聞いたとき、何を思い浮かべますか?
個人の生活のレベルでは、ある人は「食べ残しはもったいない」、あるいは「冷蔵庫に入れていた賞味期限間近の卵を使わないと!」といったことを思い出すかもしれません。ただ、その目線を「フードロスの社会環境システム全体への影響」に切り替えてみると、少し違った事実が見えてきます。
この記事でご紹介するアメリカの非営利団体「ReFED」(リフェド)は、フードロスを気候変動や水資源の問題も呼び起こす「複雑な課題」だと捉えて、全米レベルでの課題解決に取り組んでいます。
ReFEDは、私たちの暮らしに欠かせない「食」の課題に対するイノベーションを生み出すための「科学的なデータ」と「資金」を提供する中間支援型非営利団体として、2030年までに全米のフードロスの50%削減を目指して活動しています。この記事では、システムチェンジ投資を推進するプレイヤーとしてのReFEDに焦点を当て、その取り組みを紹介します[ReFED, 2024]。
2. ReFEDの創業ストーリーと組織概要
創業ストーリー
ReFEDを創設したのは、アメリカでインパクト投資家として活動するJesse Fink氏です。Fink氏は、IT産業が隆盛を迎えた1990年代にIT企業の取締役を歴任しました。当時COOを務めていたPriceline社のエグジットを経験した後、パートナーのBetsy Fink氏が環境問題の専門家であったことも影響してインパクト投資家に転身。2000年代中頃までに、ファミリーオフィスと財団、インパクトVC MissionPoint Partnersを連続して設立しました。
Fink氏はMissionPoint Partnersでのインパクト投資事業において、システム思考を使ったリサーチペーパーの発行を行っていた経緯からアメリカにおけるフードロス問題の複雑さと深刻さを認識するようになり、2015年に非営利団体「ReFED」を設立しました[Yau and Jay, 2023]。
組織概要
ReFEDは2015年にアメリカで設立された非営利団体(501(c)(3)*1)かつ、「Rethink Food waste through Economics and Data」の略称で、その名前が示す通り、「資金」と「データ」の力でフードロスの解決を目指しています。2022年の年間事業収入は490万8,224米ドル*2、スタッフ20名とボードメンバー12名の体制で運営されています[ReFED, 2023]。
*1: アメリカの法律により、寄付に対する税制優遇を受ける非営利組織。
*2: 約7億3,000万円(1米ドル149円として算出)。うち約50%が寄付・助成によるもの。
3. ReFEDが目指すシステムチェンジ
解決する課題は何か
アメリカのNatural Resources Defense Council(2017)は2017年に発表した報告書において、毎年アメリカではすべての食料生産のうち40%がフードロスになっていると指摘し、ReFED(2024)はこの規模のフードロスは年間2.35億トンおよび1,450億食に相当すると試算しています。
ReFED創業者であるFink氏が最初にフードロスの問題と接点を持ったのは2005年、Fink夫妻がコネティカット州の農場経営に参画したときのことです。Fink夫妻は農家が野菜などの作物を収穫するにあたり、全量収穫をしたくても市場の需要が低すぎたり、人件費と釣り合わないためにたくさんの食物が廃棄される様子を目の当たりにしました。このリアリティを伴う経験が、後のReFEDの創業やフードロスを取り巻く課題構造分析につながっていきます[Yau and Jay, 2023]。
課題構造分析
ReFEDは、フードロスの領域でシステムチェンジを起こすために常に科学的な調査を行っており、フードロスの複雑な課題構造やネガティブなインパクトの可視化に努めています。
フードロスが発生する大きな理由は先述の需要と供給や、特に消費期限の短い生鮮食品などが生産者から加工工場を経由して小売店にたどり着くまで、時間と品質の管理がうまくいかずに廃棄となってしまうサプライチェーンの問題に起因します。そこでReFEDは、フードロスによって「経済」「気候変動」「水資源の浪費」「埋め立て土地の増加」「食へのアクセス」の5つの問題が引き起こされる課題構造を分析、社会に発信しています。
フードロスが引き起こす5つの問題
①経済損失:アメリカの余剰食料は4,730億ドルに相当
②気候変動:食料廃棄に伴う温室効果ガスの排出(全米総量の6.1%相当)
③水資源の浪費:食料廃棄に伴う水の消費(全米総量の22%相当)
④埋立土地の増加:食料廃棄にかかる埋立(全米総量の24%)
⑤食へのアクセス:アメリカ人の10人に1人が、主に経済的な理由で栄養的に必要な量の食料にアクセスできていない状況
[ReFED (2024), Rabbitt, M.P., Hales, L.J., Burke, M.P., & Coleman-Jensen, A. (2023)]
システムレベルのインパクト
上記の課題構造の認識をもとに、ReFEDは創業初期の2016年に「2030年までに全米のフードロスを50%削減する」というシステムレベルのインパクト目標を掲げるとともに、それを実現する全米規模の経済分析と実行ロードマップ策定を行いました。この取り組みが起点となり、30以上の企業、非営利団体、財団、政府、大学が参加するネットワーク組織として本格的に活動を開始しました[ReFED, 2024]。
ReFEDの作成した2030年までに全米のフードロスを半減させるロードマップでは、単年で毎年2,100万トンのフードロス削減を積み上げることで、先述の経済、食へのアクセス、気候変動・自然資源へのネガティブな影響を減少させるとともに、農業・食産業などでの新しい雇用の創出を目指しています[ReFED, 2024]。
4. 資金とデータの力で、テコを動かす
Theory of Changeとソリューション
それでは、ReFEDはどのように全米レベルでのフードロス削減のシステムチェンジに取り組もうとしているかをご紹介します。
ReFEDの事業モデルの特徴的なポイントとして、ReFEDは自らの役割を食と農の業界のステークホルダーが集う「Big Tent(大きなテント)」と定義し、科学的なデータとイノベーションに対する資金・インキュベーションの提供を通して、システムチェンジへ向けたステークホルダーの行動変容を促しています。逆に言うと、フードロス削減に直接的に寄与するサービスの開発や運営には関与しない、「データ」と「資金」でテコの原理を働かせる中間支援団体としてのスタンスを表明しています[ReFED ,2024; Yau and Jay ,2023]。
実際に、ReFEDのTheory of Change(ソーシャルインパクト創出の戦略を可視化するフレームワーク)を確認すると、実際に行う活動(Activities)はデータの提供、ステークホルダーへの働きかけ、資金提供、食料システムに関する知見の発信の4種類となっており、それらを通してフードロス関連のソリューション提供事業者をはじめとする食・農の領域のステークホルダーの行動変容を促す戦略が説明されています[ReFED, 2024]。
主な成果と課題、ステークホルダー
では、「資金」と「データ」を使ってステークホルダーの行動変容を促す、とは一体どういうことなのでしょうか?
この記事では、ReFEDの象徴的なアウトプットのひとつ、「Insights Engine」をご紹介します。Insights Engineは、フードロス課題の現状把握や数多あるソリューションの有効性、政策などを経済価値とソーシャルインパクトの両面から参照できる包括的なデータベースです[ReFED, 2023]。
具体的な例を挙げると、Insights Engineの「Solution Provider Directory」は、全米の1,500以上のフードロスに対するソリューション提供事業者を検索できる機能となっています。この機能は、フードロスを引き起こす需要と供給、そしてサプライチェーンの問題を解決するためのソリューションを「Prevention(消費者・生産者の教育や消費期限の可視化、データ管理などの予防)」「Rescue(市場に流通していない食料品の活用促進:フードバンクなど)」「Recycle(廃棄食料のリサイクル、堆肥化など)」のカテゴリから検索できるものです[ReFED, 2024]。このデータベースは、ReFEDのステークホルダーの事業や政策プランニング、あるいはReFEDがフードロス関連事業者に資金提供を行う際のポートフォリオ戦略を考えるうえでも役立てられるツールとなっています。
このInsights Engineのデータは、2023年時点で確認できているだけで874のフードロスに取り組むステークホルダー(企業、NPO/NGO、行政、投資家・財団など)によって活用されています[ReFED, 2023]。例えば、アメリカのワシントン州の環境局は、フードロス削減計画「Use Food Well Washington Plan」の策定にInsights Engineを活用しています[ReFED]。ワシントン州環境局は、Use Food Well Washington Planで提示された30のフードロス削減施策を実施することで、年間10億ドルの経済効果が期待できると評価・公表しており[State of Washington]、ReFEDの提供したデータがシステムチェンジに向けた州レベルの政策意思決定を促したといえる事例となっています。
また、全国・多国籍企業の事例としては、アメリカのカリフォルニア州に本拠を置くGoogle社も社内のフードロス削減に取り組んでいます。Google社は世界56ヵ国に事業展開し、社員食堂などで毎日数十万食の食事を提供しています。そのなかで生まれる食料廃棄を問題視したGoogle社はInsights Engineを活用して20のフードロス削減施策を導入し、対外的にも2025年までにGoogle社でのフードロスを50%削減し、埋立地を増やす原因となる食料廃棄をゼロにすると公表しています[ReFED; Google, 2022]。この50%という数字は、ReFEDが掲げる「2030年までに全米のフードロスを50%削減」とも符号します。
5. ReFEDにみる3つの示唆
ReFEDの事例は、日本でシステムチェンジを志向する、あるいはこれから検討する企業・行政・非営利団体の皆さんにとってどのような示唆を持つのでしょうか。この記事では3つの論点を提示し、結びとさせていただきたいと考えています。
①課題が解決される仕組みと状況をつくる
②「データ」と「資金」提供に注力
③経営者のフィランソロピーを起点としたシステムチェンジ
ここまで記事をお読みいただき、ReFEDのような間接的・中間的な取り組みのソーシャルインパクト測定・評価(例:フードロスを削減した結果が、温室効果ガス削減にどの程度貢献しているか)をどのように行っているか、疑問に持たれた方もいらっしゃるかもしれません。
まさしくReFEDのようにシステムチェンジを志向し、かつ中間支援の役割を選択している事業体にとって、温室効果ガス削減のように社会全体のほかのアクターの行為の影響を受けるマクロレベルのインパクト測定は容易ではないと考えられます。他方で、社会課題解決に直接的に立ち向かうのではなく、必要なステークホルダーに「科学的データ」と「資金」を提供して「課題が解決される仕組みや状況をつくる=“Creating enabling conditions[Yau and Jay, 2023]”」事業体としての役割自体は、これからの日本のインパクト志向の資金提供や中間支援のやり方を考えるうえで非常に示唆深いと考えられます。
最後に、このReFEDの取り組みが、1990年代にIT起業・経営を経験した個人富裕層といえるFink氏のリーダーシップで立ち上がった事実も興味深い事実です。2024年時点で、日本においても新興富裕層の方による財団や基金を立ち上げる動きがいくつか生まれていますが、そうした新しいお金の流れが「システムチェンジ投資」を通して社会課題の根源的解決に活かされるようになる可能性や兆しにも、注目していきたいと考えています。
Reference
1. Household Food Security in the United States in 2022[Rabbitt, M.P., Hales, L.J., Burke, M.P., & Coleman-Jensen, A., 2023]
2. Insights Engine[ReFED, 2024]
3. Insights Engine Solution Provider Directory[ReFED, 2024]
4. MissionPoint Partners
5. Our history[ReFED, 2024]
6. Our Impact[ReFED, 2024]
7. Overview[ReFED, 2024]
8. ReFED Impact Story: Using the ReFED Insights Engine to Help Use Food Well in Washington[ReFED]
9. ReFED Impact Story: How Google Uses the Insights Engine to Help Set Big Goals[ReFED]
10. Systemic Investing to Tackle the US Food Waste Challenge - The Fink Family and ReFED[Yau, A. & Jay, J., 2023]
11. The Betsy and Jesse Fink Family Foundation
12. The solutions[ReFED, 2024]
13. The 2022 Annual Impact Report and Audit report[ReFED, 2023]
14. Two new pledges to reduce food loss and waste at Google[Google, 2022]
15. Use Food Well Washington Plan[Department of Ecology, State of Washington]
16. WASTED: HOW AMERICA IS LOSING UP TO 40 PERCENT OF ITS FOOD FROM FARM TO FORK TO LANDFILL[Natural Resources Defense Council, 2017]
17. What is food waste[ReFED, 2024]
===
<本記事のマガジン>