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産官学連携 インパクトコンソーシアム 地域・実践分科会 開催報告【3】金融の視点から考える地域のインパクト創出

インパクトコンソーシアム「地域・実践分科会」は、2024年11月22日に第3回のオンライン会合を開催しました。これまでの2回はインパクト・スタートアップ、ローカル・ゼブラ企業など、事業者に焦点をあててきましたが、第3回・第4回は金融にフォーカスします。座長は慶應イノベーション・イニシアティブ プリンシパルの宜保友理子氏、副座長は日本政策投資銀行経営企画部サステナビリティ経営室長の金谷真吾氏が務めます。
 
ここでは、分科会共通の問いである「Why」「What・How」を金融の視点から深掘りし、地域のインパクト創出につながる「資金の出し手」「資金提供の手法」「投融資戦略のあり方」を考えます。第3回は主に「地域資源を活用してインパクトに取り組む意義(Why)」と「仕組み(What)」について理解を深めることを目的としました。


セッション1「投資から融資、コンサルティング。地域の資源を活かした地域金融機関の新しい価値」

 最初のセッションでは、地域金融機関を取り上げます。まず、九州フィナンシャルグループ・肥後銀行の坂田寛之氏が自社の事例を紹介しました。

「熊本地震からの復興」と「エクイティを通じた事業承継」

肥後銀行 経営企画部長 坂田寛之氏

 坂田氏が紹介した1つめの事例は、熊本地震で壊滅的な被害を受けた馬刺し製造加工メーカーの再生支援です。馬刺しは熊本の名産品であり、そのトップメーカーを地元資本で存続させることには大きな意義がありました。しかし、同社は震災以前から債務超過に陥っていたうえ、地震で倒壊した工場は再開の見通しが立たない状況でした。金融機関への返済を止めたとしても、生産再開のためには工場の新設が必要です。さらに、再開できたとしても、果たして売り上げを回復できるのか、という課題もありました。
 
 肥後銀行は、地域経済活性化支援機構(REVIC)と傘下の肥銀キャピタルと共同で震災ファンドを導入し、一方で、数々の厳しい交渉を経て熊本県を含む複数の債権放棄を成し遂げました。工場の新設には補助金を活用しています。経営立て直しのために第二会社方式を採り、肥銀キャピタル・REVICから社外取締役を立ててガバナンスの徹底を図りました。
 
 この事例を通して坂田氏は「デットに依存しない、エクイティの目線」「金融機関内だけではない、外部の専門知見との連携」の重要性を痛感したと語りました。同時に、震災を経験して「地方銀行は地域のためにこそある」ことに改めて気付かされたそうです。
 
 2つめの事例は、菓子製造メーカーの事業承継です。創業者である会長が高齢になり、肥後銀行の営業担当者に今後についての相談を持ち掛けたことがきっかけでした。一般事業会社へのM&Aや肥銀キャピタルのブリッジファンドで後継を見付けるのは難しく、創業者の「事業承継はしたいが相手は誰でもいいわけではない」という気持ちに寄り添って、日本投資ファンドとの共同買収を提案。ここでも、外部との連携によって、新社長招聘やガバナンス強化に成功し、最終的には大手企業へのM&Aによってエグジットを果たしました。
 
 熊本地震のあと、肥後銀行と肥銀キャピタルはベンチャー投資を再開し、スタートアップの支援に取り組んでいます(下図)。熊本大学にアントレプレナーサポートオフィスを設立し、起業資金の提供や企業の成長段階に応じた資金支援で、大学発の県内企業創出を目指します。
 
 坂田氏は「地域金融機関が自らの本分である地域支援に取り組んでいけば、それがおのずとインパクトにつながるのではないか」と語ります。「地銀として、ESGやSDGsについても、“ウォッシュ”にならないように取り組んでいきたい」。

ディスカッション1 地域金融機関におけるインパクト創出の「Why・What・How」

 坂田氏のプレゼンを受け、座長の宜保氏と坂田氏、ディスカッションメンバー(代理)である八十二インベストメント営業部副部長の山田尚那氏とでディスカッションを行いました。
 
宜保:まず、「Why」から伺います。地域金融機関にとって、インパクトとはどのような意味を持つとお考えですか?
 
坂田:人口減少や少子高齢化、後継者問題といった地域課題の解決を目指すためには、もはや金融だけでは対応できません。私たち九州フィナンシャルグループでは、パーパスやビジョンからあえて「金融」という言葉を外しました。金融の枠組みを超えて地域の価値向上を主眼に置くことがインパクトだと考えています。
 
山田:八十二銀行グループは経営理念に「健全経営を堅持し、もって地域社会の発展に寄与する」を掲げています。地域社会・地域経済の活性化は経営の目的そのものです。地域におけるインパクトとは、最終的に、地域住民1人1人の生活の質向上に現れるのではないでしょうか。
 
宜保:「What」についてはいかがでしょうか。坂田さまはエクイティの活用について語られました。地域金融機関にとって、デットとエクイティを組み合わせる利点はどこにありますか?
 
坂田:デットのみでは企業再生に限界があると感じています。地域金融機関としては、業績悪化の前に経営者に修正を働きかけたいところですが、聞き入れてもらうのは難しい。エクイティファンドを導入すれば、社外取締役として企業の内側から発言できます。これがデットとエクイティの違いではないでしょうか。
 
山田:八十二銀行グループにも、デットとエクイティを組み合わせて投資した実績があります。キノコの生産材製造会社で、高齢の経営者が「地場産業を守りたい」という強い意志で大規模な設備投資を行った事例です。後継者が不在だったため、万一の場合はファンドが引き受ける前提で融資しました。エクイティの導入によって、経営者に事業承継の必要性をご認識いただいたことも大きかったと思います。デットは財務面のアドバイスに強みがあり、エクイティを組み合わせることで、経営へのより深いアドバイスが可能になります。
 
宜保:最後に「How」です。他国にない特徴として、日本は各地に大学があります。知的基盤産業創生の鍵になると考えますが、連携には難しさもあります。肥後銀行ではどのような工夫をなさっていますか?
 
坂田:大学の先生方はやはり、研究や論文に注力しておられます。そこで、起業に関心を持っていただくために、ピッチコンテストを開催したり、起業時のGAP資金提供を行っています。さらに、資金面以外の伴走者も必要ですので、銀行が自らアクセラレーターの役割も担い、地元から企業を創出していきたいと考えています。
 
金谷副座長:同じ銀行員として、デットの限界、デットから投資・コンサルティングに進む難しさと面白さに共感しました。地方銀行は地域金融の雄ですから、1つ1つの案件を通じて社会課題を解決しつつ、地域全体のインパクト創出を牽引していただきたいと思います。

セッション2「地域のスタートアップエコシステムとインパクトのバトン」

 2つめのセッションでは、沖縄で社会起業のエコシステム形成に取り組む、うむさんラボの比屋根隆氏に事例を紹介していただきました。比屋根氏は当分科会のディスカッションメンバーでもあります。

沖縄と世界の未来を豊かにする人財と事業の創出

うむさんラボ 代表取締役CEO 比屋根隆氏

 沖縄を拠点とする比屋根氏は、沖縄振興のための人材や事業のインキュベーションに取り組んでいます。2008年に次世代リーダーの発掘・育成プロジェクト「Ryukyufrogs」を創設。中学生・高校生・大学生・高専生を対象に毎年10人程度を選抜し、シリコンバレー研修を含む6カ月のイノベーションプログラムを提供、これまでの16年間で100人以上の卒業生を輩出しています。プログラムのメンターとして招聘した起業家や投資家もまた、沖縄のスタートアップの育成や支援を担ってくれるようになったそうです。
 
 2018年には、沖縄に社会起業のエコシステムとコミュニティをつくることを目的に、うむさんラボを設立。琉球新報と連携して「OKINAWA SDGsプロジェクト」をスタートしました。県内企業とともに沖縄の課題解決に向けたワークショップを開催したり、プロジェクトの立ち上げを支援しています。また、ボーダレス・ジャパンと一緒に毎年アカデミーを開催し、新たな社会起業家を育成しています。
 
 こうして県内企業とのネットワークを構築し、起業家も増えてきたところで、2024年にインパクト投資ファンド「カリーファンド」を立ち上げました。県内企業からも投資を募り、ともにインパクトを学び、企業経営にも活かしてもらうことを目指しています。
 
 うむさんラボは、国の助成でスタートアップの種をまき、県のスタートアップ支援を活用して事業創出につなげ、カリーファンドから出資する、一連のエコシステムを構築しています(下図)。さらに、沖縄の開発金融公庫が協調して融資する事例も現れているそうです。目標は、2030年度までに県民も参加するファンドをつくること。「株式会社沖縄県」をコンセプトに、世代やセクターを超えて多様な人々が集まるカンファレンス&フェスティバル「ミチシルベ」を毎年開催する計画です。

ディスカッション2 地域の社会起業エコシステム形成の「Why・What・How」

 比屋根氏のプレゼンを受けたディスカッションには、休眠預金の指定活用団体である日本民間公益活動推進機構(JANPIA)の出資事業部長、小崎亜依子氏(当分科会ディスカッションメンバー)が加わりました。
 
宜保:「Why」の観点から比屋根さまに伺います。起業家から投資家へ転身なさったときのビジョンはどのようなものだったのでしょう?
 
比屋根:投資家に転身したというより、沖縄にインパクト志向の起業家が継続的に生まれ、その事業が発展する仕組みをつくりたいと考えてうむさんラボを創業しました。社会課題は構造的に捉えなければアプローチできませんから、企業単体や点ではなく、線や面で事業や資金の連携を強化し、推進する必要があると考えています。
 
宜保:JANPIAは、メディアなどで英国のPlace-Based Impact Investing(PBII、地域密着型インパクト)を紹介しています。同じ文脈で日本の地域金融機関の役割を考えるとどうなるでしょう?
 
小崎:PBIIは新しい概念と思われがちですが、実は日本の地域金融機関が果たしてきた役割に近いと考えています。日本の地域金融機関はずっと、地元企業や住民を支援し、地域の面的な発展や課題解決に貢献してきました。そこに、これまでなかったインパクトの視点や枠組みを導入することで、新しい可能性が開けるのではないでしょうか。
 
宜保:次に「What」について、比屋根さまはファンドレイジングや人材育成のためにどのような戦略を取っていますか。
 
比屋根:中長期的な視点を持って、ファンド出資者を含む県内企業や起業家、NPO、自治体との関係性を大切に育んでいます。前述の「ミチシルベ」も、リアルで集まることに意義があると考えて開催しています。ここで、例えば起業家のプレゼンを県民に直接聞いてもらうなど、対面の交流を通じて理解者・応援者を増やしていく戦略です。
 
宜保:沖縄には比屋根さまも参画し、産官学金が集結する「おきなわスタートアップ・エコシステム」があるそうですね。地域にエコシステムを形成するための工夫や課題を教えていただけますか?
 
比屋根:「おきなわスタートアップ・エコシステム」では、インパクトを共通言語にセミナーやイベントを行って、起業家を育成しています。並行して、中核メンバーが集まってじっくり語り合う場も設けます。エコシステムをつくるためには、1人1人の情熱の連鎖が大切です。残念なのは、行政の担当者が3年程度で入れ替わることで、熱意ある担当者が中長期でコミットできるような体制ができるとありがたいですね。
 
宜保:「How」の観点では小崎さまに伺います。JANPIAは支援分野の1つに「地域活性化」を挙げていますが、地域におけるインパクトエコシステム創出のために、どのような連携ができますか?
 
小崎:JANPIAは「インパクトファースト」を掲げて、地域課題解決を目指すファンドへの出資を進めています。従来の投融資ではカバーできない、新しいソリューションに挑戦するときに連携できれば、可能性が開けるのではないでしょうか。
 
金谷副座長:セッション1の地方銀行とは異なる地域の金融のあり方がよく分かる議論でした。「若者にとって魅力的なエコシステム」「社会課題を超えるためのバックキャスト」「共通用語としてのインパクト」の3つがキーワードになるでしょうか。比屋根さまが挙げた行政担当者の異動の課題は銀行にもあります。熱意や能力は簡単に引き継げるものではありません。今後は官民ともに、ローテーションの長期化が望まれます。

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