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『世界観のデザイン』から見たシステムチェンジ投資〜デザイン・フューチャリスト岩渕正樹さんに聞く

複雑な社会・環境問題を生みだす社会の構造に着目する「システムチェンジ投資」。インパクト投資の世界から生まれた課題解決の新たな潮流は、他の領域で日頃でイノベーションや社会変革に取り組むプロフェッショナルの目に、どのように映るのでしょうか。ここでは、システムチェンジ投資の研究開発を担当するSIIFインパクト・カタリストの古市奏文と佐々木喬史が、ニューヨーク在住で米国最大のメガバンク、JPモルガン・チェース銀行で「デザイン・フューチャリスト」として活躍する岩渕正樹さんにお話を伺いました。

岩渕正樹さん
米ニューヨーク在住のデザイン実践者・教育者・研究者。米JPモルガン・チェース銀行デザインフューチャリスト、東北大学客員准教授として、独自の未来洞察手法「世界観のデザイン」の展開による新規事業創出・人材育成に従事。東京大学工学部、同大学院学際情報学府修了後、IBM Designでの社会人経験を経て、2018年より在米。2020年パーソンズ美術大学修了。近年の受賞に米Core77デザインアワード2020など。カナダBeacon for Sustainable Living主催 Good Living 2050国際ビジョンコンテスト審査員。


問題解決のデザインから問題提起のデザインへ

ーー岩渕さんは、私たちが取り組んでいる「システムチェンジ投資」についてどんな印象をお持ちですか?

 私は先日『世界観のデザイン』(クロスメディア・パブリッシング刊)という書籍を上梓し、既存の常識の延長ではない未来の『世界観』を描き、そこに向かうためのアクションをデザインする方法についてまとめたところです。システムチェンジ投資の、産業や地域の『システム』のあるべき姿を思い描こうとする考え方と、現在とは異なる未来の『世界観』をデザインする行為は非常に親和性が高く、共通項が多いと感じました。

 一方で、両者の視点には違いもあります。システムチェンジ投資は、巨大なシステムを俯瞰的に捉えるものですよね。これに対して、私が実践する世界観のデザインは、もっと草の根的な視点からスタートします。例えば、AI技術を活用したプロダクトをデザインするとして、そのプロダクトが普及した先にはどんな良い面と悪い面があり、人間や社会に長期的にどんな影響を及ぼし、どんな可能性を開くのか、きわめて具体的な対象から大きなシステムの行く末のシナリオを描くのです。

 従って、世界観のデザインが対象としている超広義のデザインは、システムチェンジ投資に通じるものがあるのではないかと感じています。

ーー岩渕さんは、企業に対して未来のコンセプトづくりを支援しておられます。産業界でも、単独のプロダクトを超えて、システムに結び付く未来のデザインが必要とされているのでしょうか?

 問題が複雑化している現在、明るい未来を思い描くのは難しいことです。ひとことで「明るい未来」といっても、グローバル経済を勝ち抜く未来なのか、脱成長で自国なりの豊かさを求める未来なのか、未来をイメージする1人1人の価値観によって相当幅広いグラデーションがあると思います。そこで、具体的なデザインを通じて、単語だけでは曖昧なビジョンの共通認識をつくることに価値があると考える企業は増えていると思います。

 その共通認識は、必ずしも直接に売上増やプロダクト創造につながらないかもしれませんが、組織の共通の目印となる北極星を特定できれば、そこを目指して、ふだんは交流のない部署が連携したり、予測もしていなかった驚くようなコラボレーションが生まれることがあります。そんな化学反応に期待して、未来デザインや世界観デザインに取り組みたいという企業からお声掛けをいただいています。

ーー目先の実利からはいったん距離を取って、未来のあるべき世界観をデザインする。従来の問題解決のデザインから、問題提起や共通理解の醸成のためのデザインへと方法論が変わった背景には、どんなことがあったのでしょうか?

 まず前提として、産業界におけるデザインのメインストリームは、依然として問題解決のためのデザインですし、これからもそうであり続けるでしょう。ただ、21世紀に入った頃から、巨大化する地球規模の問題を前に、混沌とする社会自体を見直すような、問題を提起するようなデザイン理論が続々と現れ始めました。

 私が師事したアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーは、2000年代初めにロンドンで「スペキュラティヴ・デザイン」を提唱しました。スペキュラティヴは「思索的・思弁的」と訳されます。従来の問題解決型のデザインをいくら積み重ねても、現実には新たな問題が次々と発生している。そんな状況に対し、世界の常識を根本から問い直そうとするデザインが「スペキュラティヴ・デザイン」です。

 さらに、2015年にはアメリカのデザイン・アカデミアのトップに位置付けられるカーネギーメロン大学デザイン学部が「トランジションデザイン」を提唱しました。アメリカでも社会や経済の分断は深刻で、一般市民の未来への不安が大きい現状があります。そのなかで、デザイン主導で社会全体のシステムを望ましい未来に移行させようという思想が「トランジションデザイン」です。提唱から約10年が経ち、産業界でも「トランジションデザイン」の教育を受けた人たちが活躍を始めようとしている段階にきています。

壮大な未来を描きつつ、最初は小さな一歩から踏み出す

ーーシステムチェンジ投資では、従来のメインストリームに対するカウンターとして、マイノリティの視点を組み込んでいこうとする考え方があります。デザインの世界でも、同様のことが起きていますか?

 アメリカは人種のるつぼと言われるように、性別や人種の視点で多様性に富んでいますし、同時に技術の進歩によってパーソナライゼーションが容易になっている状況もあります。こうした背景から、広く一般を対象としたソリューションではなく、地域や一定層に特化したソリューションを提供する動きが見られます。例えば、フィンテックの流れから生まれた、オンライン完結型のスタートアップ系の銀行(ネオバンク)では、LGBTQの人たちを対象とした銀行や、アジア系マーケットと連携したアジア人のためのクレジットカードといった、特定の層のニーズを捉えたプロダクトが提供されています。

 全ての市民があまねく満足できるシステムをつくるのは不可能だと、歴史が証明しています。だからこそ、私は小規模な活動をスケールしていって大きなシステムを構築したり、既存のシステムに接続したりすることを意識しています。第一歩としてある特定のコミュニティにフォーカスして望ましい世界観を議論し、それに共感してくれるようなステークホルダーを包摂していくことによって、さらに近接のコミュニティへと敷衍していく。最初から全人類を対象にした巨大なシステムを構築するよりも、小さな実行・実践から広がるシステムに期待しています。

ーーインパクト投資には「ネガティブ・インパクト」という概念があります。システムチェンジ投資はネガティブ・インパクトを生みだすシステムそのものを抜本的に変えようとするものですが、既存の安定したシステムを変革することで、新たなネガティブ・インパクトを生みだすリスクもありえます。未来デザインでは、こうしたリスクをどう考えますか?

 ある特定の企業や団体の視点で未来をデザインすると、その企業なり団体なりに都合のいい未来になりかねません。ですから、まず「自分たち」を主語とせずに、「社会」にとって望ましい未来を描き、そのなかで自分たちが何をするべきかというステップで考えることがとても重要だと思います。それは、既存事業の延長でできることかもしれないし、まったく異なる何かかもしれない。そこに投資するべきかどうかはまた議論が必要になるでしょうが、まずは自分たちの都合を外して未来像をデザインすることから始めるしかありません。そのためには、プロジェクトの外のメンバーや、一般市民とも積極的に対話するようなことも心がけています。

 どんなに壮大な未来を描いたとしても、最初は小さな一歩から試します。それが壮大な未来への一歩であると意識しているだけで、小さな一歩からスケールしていくための推進力になるはずです。壮大な未来をイメージしつつ、明日から試せる一歩を考える、その両方の視座を持って進むことが大事ではないでしょうか。

 例えばUberは、創業者が「タクシーが拾えないなら、他の人の車に乗せてもらえるといいのに」と考えたことから始まり、今やひとつの巨大な交通システムを構築するに至っています。当初は乗りたい人と乗せたい人とのマッチングがなかなかうまくいかずにフラストレーションが溜まったところから、今ではアメリカ各地の空港にタクシー乗り場と並んでUber専用の乗り場が整備されるところまできている。小さな変化が価値を生み始めることで、長い時間をかけて既存のシステムに適合していき、さらに新しいシステムが駆動するようになっていく。これはひとつのスタートアップの成功事例ですが、これからは再現性を持ってシステムチェンジを実践する人材の価値が高まってくると思います。そのためには、巨大なシステムを常に視野に入れながら、小さな一歩を踏み出す、その両方を回遊できることが、最も重要だと思います。

ーーシステムチェンジ投資を考えるときには、多様なステークホルダーと共通のアジェンダを探ろうとするわけですが、そもそもみんなが合意できる未来を描くことは非常に困難です。絶対的な答えは存在しないでしょうし、かといって、合意のために妥協すると、何かの可能性を取りこぼしてしまうかもしれません。

 そこは難しいところで、パターンを整理したいですね。プロジェクトのミッションや、ステークホルダーの業界や関係性、様々な変数のもとで、ステークホルダー同士で共通のアジェンダを設定してスタートした方が良い場合もあれば、ひとまず小さな一歩から始め、そのうちに新しいシナジーが生まれてスケールしていくことを期待した方が良い場合など、いろんなパターンがありえると思います。

 スタートを切る前に全ステークホルダーが合意するまでシステムを突き詰めようとしても、結局のところ時間の無駄になりかねません。Uberだって既存のタクシー業界から絶えず逆風を受けていたはずですが、今となっては新しいエコシステムが構築されていて、既存のタクシーとも共存している。動的平衡で決着しつつあるんだろうなと思います。

ーー望ましい未来像は人によって多様で、コンセンサスを得るのは困難です。むしろ「このままではこんな破局を迎えてしまう」というバッドエンドのほうが合意しやすいのかもしれません。

 バッドエンドのシナリオを前もって想起しておくことも、世界観のデザインの価値だと認識されています。例えばテック業界では、やはり新たなテクノロジーが切り拓く明るい未来を描いたほうがものごとは進みやすい。一方で、私が籍を置くJPモルガン・チェース銀行のような巨大で保守的な企業では、イノベーティブなアイデアよりも、来るべきリスクに備えることのほうが受け入れられやすい。革新かリスク回避か、どちらの未来デザインが求められるかはケースバイケースだと思います。

デザインの力でステークホルダーに未来像を伝える

ーーシステムチェンジ投資のグローバルなコミュニティでは、“日本文化ならでは”のシステム理解があるのではないかという関心が寄せられています。米国を拠点にする岩渕さんから見て、“日本ならでは”の視点や方法があると思われますか? 

 ぱっと思いついたことで言うと、例えばVtuberのような存在は日本独自、というか、インフルエンサーの数や影響度、投げ銭といったエコノミーも含めて、アメリカよりも進んでいる気がします。リアルではない、ヴァーチャルな存在にも魂を感じるアニミズム的な感覚、人間・非人間の垣根を超えたシステムを構築する可能性は、日本ならではのものかもしれません。日常生活に霊体やロボットのような非人間が違和感なく組み込まれている物語やアニメも昔から数多く、これは実はかなり珍しいのではないでしょうか。

ーーシステムチェンジ投資の場合、やはり金融としての側面も大きく、どんなに斬新な未来を描こうとしても、最終的には資本主義の構造との接続が重要になります。デザインの世界ではどうでしょうか?

 たとえ脱資本主義を標榜しようとも、今この瞬間の私たち自身は日々の生活の糧を得るために資本主義に迎合せざるを得ないのが現実です。最終的にはお金を生みだす何かをデザインしなくてはなりません。

 ただ、私が今、銀行で試みているのは、最初から経済指標を念頭に置くのではなく、例えば、銀行が顧客の誕生日をお祝いするためにはどんな活動をすればいいのか、などの別視点から発想するプロジェクトです。一見、利益からは遠いように思いますが、顧客の誕生日を把握できれば、それに合わせた旅行やディナーの提案ができるかもしれない。次の一年に向けた抱負を聞いて、資産形成や金融商品のレコメンドができるかもしれない。銀行や利益とは全く異なるテーマから問いや思索を重ねて、銀行のシステムに接続するところまで行く。そのようにすることで、現在の経済指標に寄与しつつも、より顧客に寄り添った銀行になっていけるのではないか、と考えています。そうした変化を生み出し続けていって、銀行が銀行でないエンティティにいつの間にかなってしまっている、というシステムチェンジを密かに画策しています。

 例えば最近、パタゴニアのアメリカの公式オンラインショップでは、新品と並んで中古品も選べるようになっています。彼らはきっと、それで売り上げを増やすというよりは、古いものを大事に着るライフスタイルを提案しようとするところから始まっていると思います。中古品を循環させることで資源を守り、廃棄物を減らし、最終的には自社の売り上げにも還元される。新しい経済の好循環をつくる一例だと思います。

ーーその好循環に消費者を自然に参加させられることが、デザインの魅力かもしれませんね。システムチェンジ投資では、ステークホルダーに未来像を理解してもらおうと啓蒙的になりがちですが、パタゴニアの例や岩渕さんの実践では、理論を意識させずに体験的に伝える工夫がなされているように思います。

 壮大な未来像や美しいスローガンをそのまま伝えようとしても、一般市民はそこまで興味が無かったり、共感が得られにくいのが現実ではないでしょうか。パタゴニアは地球環境への配慮で知られる企業ではありますが、一般顧客の立場では、社会貢献を打ち出されても、そもそもの製品のデザインや機能性が悪ければ本末転倒です。そんな顧客に対して自分たちの想いをどうやって伝えるか。顧客が自社の商品を買うことで結果的に地球環境に寄与している、そのことが後から自然に理解されるようなコミュニケーションをデザインすることはできると思いますね。

ーー岩渕さんが実践しているワークショップやデザインの世界では、意思決定のあり方に変化はありますか。今、トップダウンのリーダーシップから、集合知や協働を前提としたリーダーシップへと、時代が変わってきており、それがシステムチェンジ投資においても重要だと考えているのですが。

 チェース銀行のような巨大企業では完全なティール組織のようなあり方は難しいですし、ある程度のヒエラルキー型の仕組みは必要だと思っています。ただ、日本と違ってアメリカの組織では個人のパフォーマンスを示さなければ生き残れませんから、指示待ち的な姿勢の人は少ないですね。日本で未来デザインのワークショップをしてもどこか受け身的な「研修」「お勉強」の域を出ないことも多いですが、アメリカでは「この手法を使って実際に何ができるのか」「明日職場で使ってみよう」と自ら動き始める人が多い。そういう意味では、1人1人の自律性やリーダーシップが強いように感じます。
 未来のビジョンを描いて見せるカリスマ的リーダーシップのあり方(ビジョナリー・リーダー)が語られていますが、それよりも、そのビジョンに向けてどんな一歩を踏み出せばいいかを考えられる人を増やす必要があると考えています。組織は1人のカリスマがいるだけでは回りませんし、未来を考えることは面白いけれど、そこから遡って、現実に立ち戻るところが一番難しい。その難しいところに向き合い、小さい一歩でも何か実行してみよう、という前向きなマインドセットを持った人材が、システムチェンジの実践には必要不可欠です。

ーー本日はありがとうございました。。。

【取材:SIIFインパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト古市奏文、佐々木喬史】

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