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システムチェンジの糸口をつかむには? KESIKI 井上さんと語る「Systems Change Collective」事業

2022年からSIIFインパクト・エコノミー・ラボにインパクト・カタリストとしてご参画くださっている、デザインファームKESIKI エグゼクティブ・ディレクター、井上裕太さん。国内外で企業変革やイノベーションを支援しておられるほか、産学官民連携のご経験も豊富です。今回のSystems Change Collective(以下、SCC)事業の立ち上げにあたっても、様々なアドバイスをいただいています。 

ここでは、SCC事業を担当するSIIFインパクト・オフィサー加藤有也とSIIF常務理事工藤七子が、井上さんに、SCC事業が目指すシステムチェンジの参考になる事例やヒントを教えていただきました。


デザイン分野にも、システムチェンジを志向する動き

工藤 井上さんにはこれまで、ラボのリサーチでも様々な海外事例をご紹介いただいています。その中で、「システムチェンジ」という言葉こそ使っていなくても、システムチェンジに通じる潮流はある、とおっしゃっていましたよね。

井上 「システム思考」や「システムチェンジ」という概念の追求は、SIIFのような非営利セクターが中心になって推し進めてきたものでしょう。ただ、そのコンセプトを理解した上で周りを見渡してみると、デザインファームやスタートアップの中でも、システムチェンジ的な志向を持った取り組みが始まっているように思えるんです。私自身が身を置いているデザイン分野と、SIIFが関与している事業や金融をうまく掛け算できれば面白いんじゃないでしょうか。

今、デザインの世界では、モノのデザインから体験のデザインへ、その対象が広がっています。そして、本当の意味で体験をデザインしようと思えば、体験全体を包含するような、サービスを取り巻くエコシステムやサプライチェーンにまで視野を広げていく必要が出てくる。そうすると、そこで求められるのはシステム思考ではないでしょうか。

例えば、私が関わっている官民連携事業で、ある地方都市をデザインの力で活性化しようとしたとき、以前だったらブランディングを決め、かっこいいウェブサイトを立ち上げて、いくつかアイコニックな拠点をつくる、というアプローチを取ったことでしょう。

しかし今は、もっと掘り下げて「そもそも、この町はどんな未来を目指すのか?」「そのビジョンをどうやって職員や市民に浸透させていくのか?」「ビジョンを実現するにはどんな仕組みが必要なのか?」「そのために多様なステークホルダーをどう巻き込んでいけるか?」というふうに考えていきます。

それは、SIIFがビジョンペーパーをつくった考え方に近いんじゃないかと思います。ただ、私たちはそこまで自覚的にシステム思考を突き詰めてこなかったので、SIIFでの活動はものすごく勉強になっています。ラボでもSCC事業でも、いろんな点で学び合い、掛け算できそうだと期待しています。

工藤 ぜひぜひ、掛け算しましょう! 

校舎の改修をデザイン教育に変えた、台湾の試み

工藤 これまで井上さんがご覧になった事例で、システムチェンジの端緒になりそうなものはありますか?

井上 そうですね。私はグッドデザイン賞・TISDC(台湾)審査委員などを務めた経験があるんですが、実は台湾政府はデザイン思考を採り入れていて、それが政策にも及んでいます。

台湾も日本と同様に少子化が進んでいて、教育に予算を割けなくなっています。その中で、課題の1つが校舎の老朽化でした。従来なら、政府が予算と要件を設定して設計者に競合させ、その中から改修案を選ぶ、という流れになると思いますが、ここで、政府機関である台湾デザイン研究院は大きく発想を転換しました。

「Design Movement on Campus」Taiwan Design Research Institute

彼らは、校舎の改修のプロセスそのものを、デザイン教育の実践の場として捉え直したんです。校舎を使っている教師と生徒が、自ら教室や設備の課題を洗い出し、使い手目線でアイデアを出し合う。もちろんそこに、建築デザインのプロもファシリテーターとして関与して、改修案を練り上げます。最終的には専門家が実施設計に落とし込んで改修するんですが、現場の課題にもとづいた実践的で部分的な改修なので非常に低予算で済む。

なおかつ、彼らはこのプロセスを仕組み化して、台湾各地の学校に拡げていきました。校舎を改修することが教育になり、教育を通じて校舎が改善していく。校舎を改修することがゴールではなくて、改修にかかわる人たちのマインドセットまでが変わっていくような試みでした。

SIIFが視野に入れるシステムチェンジに比べれば、対象とする範囲は限られますし、彼ら自身もシステムチェンジをしようと考えているわけではないかもしれません。でも、システムチェンジにつながる学びがあると思います。

加藤 とても刺激になる事例ですね。システムチェンジを目指すには、目の前で起きている課題に対して、直線的に解を出すのではなく、問いの立て方そのものを変える必要があるのでしょうね。

井上 「どうすれば低予算で校舎を改装できるか?」ではなく「校舎をデザインできるチャンスがある!」と捉えて、教育の機会に変えている。問いの立て方そのものが、システムチェンジ的といえるかもしれません。

お寺の役割を問い直し、子どもの支援につないだ仕組み

井上 国内の事例では、NPO法人「おてらおやつクラブ」の活動がユニークです。全国のお寺からお供えものの食品などを集め、各地の支援団体を介して子どもたちに届けるというものです。2018年度のグッドデザイン大賞を受賞しました。

認定NPO法人おてらおやつクラブ

発端は、お寺さん自身の「たくさんのお供えものを無駄にしないためにはどうすればいいんだろう?」という問いだったと思います。ただ、彼らはそれを1つのピースとして、ほかに「地域に根ざすお寺だからこそできることはないか?」や「貧困に苦しむ子どもを支援する方法はないか?」といった問いを組み合わせた。

お寺は全国各地にあって、信仰の場でありながらコミュニティの拠点でもあります。営利企業でないからこそ、寄附を受ける側にとっても受け取りやすいでしょう。とはいえ、お寺が直接、お供えものを必要なところに届けられるかといえば、それは難しい。そこで、母子家庭や生活困窮者の支援を専門とする団体をネットワークしたわけです。

「うちのお寺のおやつ配れないかな?」から「全国のお寺が同じ事情を抱えているよね?」となり、「これからのお寺が社会において果たすべき役割とは?」と視座が高まっていく。これがシステムチェンジかと言われると判断は難しいかもしれないけれど、学びの1つにはなるのでは。

工藤 問いを変える、あるいは、そのものが持つ価値を別の側面から問い直す、ということですね。

SCC事業のプロセス全体を通じて知見を蓄積し共有する

井上 SCC事業を通じてSIIFがどんな活動をしていくか、1つのヒントになりそうなのが、IKEAのシンクタンク「SPACE10」の手法です。残念ながら最近クローズしてしまったんですが、ここはリサーチのアウトプットが面白いんですよ。

ふつう、企業のシンクタンクは、その企業のためだけにリサーチして報告するものですし、外部に発表するとしても、専門性の高い報告書を作成するでしょう。しかし彼らは、リサーチで得た知見をもとにプロトタイピングし、社会に公開するんです。例えば、植物工場のリサーチなら、期間限定のレストランをつくって実際に食べてもらうとか、サステナブルな食を目指す研究では、藻類や昆虫を美味しく食べるレシピ集を出版するとか。

システムチェンジを起こすには、より広いステークホルダーに刺激を与えて巻き込んでいく、こんな工夫が参考になるのではないでしょうか。

加藤 面白いですね。SCC事業は、システムチェンジを目指す視点から投資やビジネスを見直したとき、一番効果的なツボ、レバレッジ・ポイントはどこかを探そうという試みです。その一歩目を踏み出してみるための手法にもなりそうですね。

井上さんは、SCC事業の意義をどんなふうに見ておられますか?

井上 これまでエコシステムビルダーとして社会構造を変えようとしてきたSIIFが、具体的な仮説を立てて一点突破を目指していくところにワクワクしますね。

大きな構造を変えようとするとき、全部を一気にひっくり返すのは難しい。けれども何か1つ、象徴的な変化を起こすことができたら、そこから変化が一気に広がっていくことはありえます。デザインの世界では「ビーコン」、つまり狼煙と言うんですが、システムチェンジの萌芽をつくりに行くわけですよね。

そして、SIIFならそれを政策提言につなげたり、業界の重要なステークホルダーと共有したりできるでしょう。その往復運動に、大きな可能性を感じます。

工藤 嬉しいお言葉ですね。おっしゃるとおり、何かシンボリックな狼煙を挙げることが大事だと思います。どうすればそれができるんでしょう?

井上 それが場所なのか町なのか組織なのか、単位は小さくとも、ToCを基軸にしてベンチマークになりうる取り組みを1つつくれば、全体が加速していくと思う。

しっかりとリソースを投入してビジョンペーパーをつくれたのはSIIFだからこそですし、これに基づいて投資すること自体に大きな意味がある。おそらく、これからプロジェクトを進めていくうちに、ビジョンペーパーを修整したり、アクションを修整したり、という往復があるでしょう。その取り組みのプロセス全体をキャプチャーして、そこから得た知見をシェアできると面白いですよね。失敗も含めて公開すればいいと思う。SIIFなら可能ですよね。

他にも、SIIFだからこそ出来ると思うのは、SIIFがつくったToCで他の投資機関にも投資してもらうこと。成果をクリエイティブコモンズとして公開し、他の機関と共有してもらうことができるのは、SIIFの強みだと思います。

ある海外のベンチャーキャピタルがホームページでタームシートを公開しているんですが、これが面白いんですよ。普通、VCのタームシートにはお金のことと法律のことしか書いていないものですが、これはパーパスとコアバリューから始まって、利益の一部をどう配分して寄附に回すか、まで書いてある。

システムチェンジを志す投資活動なら、その目的からぶれないための工夫をタームシートに盛り込む、そして、それを誰もが使えるひな形として確立する。そんな成果物もありえるかもしれませんね。

加藤 それは面白い。まさに私たちが考えていたことでもあります。

井上 システムチェンジを目指す投資のアニュアルレポートには、何をどう書けばいいのか。それも多分、今まで誰も挑んでいなかったチャレンジでしょうね。このプロジェクトのあらゆる過程がチャレンジですし、そこで生まれるものすべてが、貴重なアセットになるのではないでしょうか。

〈井上 裕太 プロフィール〉
KESIKI INC. Co-Founder, Executive Director /
SIIF インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト
マッキンゼーで経営コンサルティングに従事後、独立。日米で企業変革を支援するほか、「WIRED」誌でシリコンバレーのスタートアップ・エコシステムを取材。東日本大震災で被災した若者の教育支援財団の立ち上げ、文科省初の官民協働プロジェクト「トビタテ留学JAPAN」プログラムの発起などを経て、クリエイティブを基軸としたスタートアップスタジオ、quantumを設立。イノベーション支援及び共同事業開発・投資を主導した。その後、デザインファームのKESIKIを創業し、主に企業や公共機関の組織変革・文化醸成と新事業開発に取り組む。社会変革推進財団 Impact Economy LabのImpact Catalyst、グッドデザイン賞・ニューホープ賞審査委員なども務める。


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