社会の仕組みを変える戦略とは
1. はじめに:システムチェンジの戦略を作るために
ソーシャル・イノベーションの分野では、社会を変えるための事業やプログラムの戦略づくりのフレームワークとして「Theory of Change(セオリー・オブ・チェンジ、ToC)」がよく知られています。
しかしながら、社会・環境システムの構造そのものを変えようとするときは個別の事業やプログラムのレベルを超えて、社会・環境システムの構造に働きかける戦略を作る必要があります。ですが、「複雑なシステム」に対して介入するための戦略・計画をどのように立てるべきかというテーマには絶対の正解はなく、システムチェンジを目指す実践者の方にとっては頭を悩ませるポイントではないでしょうか。
そこで、この記事ではシステムチェンジを目指す事業者や投資家の皆さんに向けて、システムレベルの変化を目指す取り組みでのセオリー・オブ・チェンジの活用についての仮説を示したいと考えています。
※この記事は【SIIFが捉える、世界の「システムチェンジ投資」】でご紹介した、システムチェンジ投資における4つの構成要素のうち、「システムチェンジの戦略を示すセオリー・オブ・チェンジ」について解説するものとなります。また、本記事の内容は別の記事(社会・環境システムの複雑さを知る「システム分析」)と関連しており、併せてお読みいただけるとより理解が深まるかたちになっています。
2. セオリー・オブ・チェンジとは
セオリー・オブ・チェンジのコンサルティングや普及啓発を行う非営利団体 Center for Theory of Change(アメリカ)によると、セオリー・オブ・チェンジは以下のように定義されています。
以下は、上記のCenter for Theory of Changeがモデル化した「ツリー型セオリー・オブ・チェンジ」の基本構造となり、どういった介入によって途中成果を積み上げ、長期成果や究極成果を実現していくかを可視化するものになっています[田辺・内田, 2022]。
ちなみにセオリー・オブ・チェンジの起源には諸説ありますが、評価学の研究やプログラム評価の実践に端を発しており、研究者のキャロル・ワイス氏が1995年に「理論をもとにしたプログラム評価」を論じる際にセオリー・オブ・チェンジを提唱したのが最初ではないかとされています[Weiss, 1995; 田辺・内田, 2022]。
システムチェンジにおけるセオリー・オブ・チェンジ
では、今回のテーマである「システムチェンジ」において、セオリー・オブ・チェンジはどのように活用していけるのか、あるいはそうでないのかを見ていきたいと思います。
前述の通り、セオリー・オブ・チェンジは個別の事業やプログラムがどのように事業の成果(アウトカム)や社会の変化(インパクト)を生み出すかのプロセスや仮説を可視化するツールとして活用されてきました。
しかしながら、世界のインパクト投資に関する議論のなかでは、広汎で複雑なシステムレベルのインパクトを実現する場面でのセオリー・オブ・チェンジの限界も指摘され始めています。具体的には、セオリー・オブ・チェンジをある事業・活動とその結果の因果関係を直線的に可視化するために使うだけでは、システム全体のなかの多様なアクターや要素への影響や相互作用を捉えきれないといったポイントです[Schlütter et al., 2023; Impact frontier, 2023]。
こうした指摘に対して、この記事ではセオリー・オブ・チェンジそのものの有用性を否定することはしません。むしろ、セオリー・オブ・チェンジの本質である「期待される変化がなぜ・どのように起きるかの全体像を可視化する」特徴に立ち返って、システムチェンジを目指す際の戦略がどのように作られうるかをご紹介します。
そこでご紹介するのが、「システミック・セオリー・オブ・チェンジ」あるいは「セオリー・オブ・トランスフォーメーション」などと呼ばれる、セオリー・オブ・チェンジをシステムチェンジの文脈で使う際の派生形ともいえるフレームワークです。
アメリカのプログラム評価の分野で先駆的な役割を果たし続けている研究者でありコンサルタントのマイケル・クィン・パットン氏は、「セオリー・オブ・チェンジは事業やプログラムが生み出す変化を表現するものだが、セオリー・オブ・トランスフォーメーションはより多層的で、国や分野のサイロを超え、多数のセオリー・オブ・チェンジの複合体としてシステムレベルの変化がどのようにして起きるかを表現するもの」としています[Patton, 2019]。
ほかには、システム思考の専門家であるディビッド・ピーター・ストロー氏は、現状のシステムを理想のビジョンに近づけていくために、事業・活動などの「介入が成果を生み出している状態(=理想のビジョンに向かっている状態)のシステム図」を描くアプローチを「システミック・セオリー・オブ・チェンジ」として提唱しています[Stroh, 2015]。
3. システムの全体像、時間軸、ダイナミズムに着目する
システムチェンジの戦略を作るために、事業やプログラムが受益者・ユーザーにどのような影響や変化をもたらすかを説明するだけではなく、事業やプログラムから影響を受けた受益者・ユーザーが社会システムのほかのアクターにどのような影響を伝播させていきうるかも含めて、広範なシステムのなかでの相互フィードバックを可視化する。
「なんとなく考え方はわかった気がするけど、実際どうすればいいのか?」
そのように思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。もう少し具体的にご理解いただくために、システム思考を用いた持続的開発のコンサルティングを手掛けるDESTA社(インド)が行った整理の事例をご紹介します。
以下(図表2)は畜産農家の収入向上プログラムのセオリー・オブ・チェンジで、家畜用飼料と水を確保する活動(Activity)が家畜の数を増やす結果(Output)につながり、畜産物の収穫・販売増(Outcome)により畜産農家の収入(Impact)が向上するという変化を表現しています[DESTA Resarch LLP, 2022]。
上記のセオリー・オブ・チェンジは、畜産農家の収入向上というゴール達成に向けた直線的なプロセスを表現していますが、これを畜産農家、家畜、自然資本(水と飼料)という3つのアクターの関わり、つまりシステムで捉えたのが以下の図(図表3)です。
注目いただきたいのが青字の矢印で表現されている矢印で、これは時間差で現れる原因と結果となります。例えば、家畜の頭数が増えればより多くの飼料と水が必要になるのは当然の結果(フローの増加)で、増えていく家畜が畜産農家の方の水と飼料の在庫をやがて圧迫します(ストックの減少)。そして中長期的には、増えた家畜による水・飼料不足が農家の事業成長の足かせとなる可能性を表現しています[DESTA Resarch LLP, 2022]。
この事例から学べることは、システム内のアクターの相互作用が続くことで、ある時点において成果が出ていた活動の伸びしろが減衰または逆効果になる可能性と、時間の経過や状況の変化によってシステムへの介入の仕方を変える必要があることです。
このような例を踏まえると、システムチェンジやそれを目指すインパクト投資の戦略を考えるうえで重要なのが、「システムの全体像」と「時間軸」、そして「ダイナミズム(要素間の非直線形の相互作用)」を検討してシステムレベルのセオリー・オブ・チェンジを作ることです。
上記の畜産農家の事例は農業を取り巻くシステムのごく一部を切り取った簡易的な例かもしれませんが、この事例に照らしてさらに網羅的なシステムレベルのセオリー・オブ・チェンジの作り方を考えてみましょう。
まず「システムの全体像」に関しては、例えば政府による畜産関係の規制や補助といった政策、水や飼料の総量に影響を与える気候や自然環境、畜産物の販売先(卸や市場など)との関係や競争環境、食文化の変化といったより多様なアクターや要素が存在すると考えられます。それらのアクターが数年から10年かけて(「時間軸」)、上記のループ図のように相互に影響を与え合う(「ダイナミズム」)としたらどんな変化が生まれていくかを分析していくことで、システムの全体像がより網羅的に解像度高く理解できるようになります。
そうしてシステムに対する理解を深めたうえで、社会システムのレベルでインパクトを生み出すための介入(事業や活動、複数になる場合もあり)を検討し、それをシステム図に落とし込んで、システムチェンジが起きた後の理想の状態を描くことで、システムレベルのセオリー・オブ・チェンジの完成度が上がっていくと考えられます。
システムレベルのセオリー・オブ・チェンジに関しては世界的にも公開されている実例がまだ多くありません。しかしながら、オランダ・ユトレヒト大学のDeep Transitions Labが作成した持続可能な金融システムへの移行(Transformative Invenstment)についてのシステムマップは、課題を取り巻くシステムの全体像と介入の打ち手を高い解像度で描き出しています[Deep Transitions Lab, 2023]。
4. システムから学び、未来への一手を打つ
しかしながら、システムレベルのセオリー・オブ・チェンジが形になったところで本当に重要なのは「つねにシステムの観察・分析を継続し、自社の事業や投資先のシステムレベルのインパクトを測定・評価し、学習し続けること」だと考えます。
私たちはどこまでいっても大きな社会システム、ひいては地球環境の一部に過ぎず、システム全体をコントロールすることはできません。私たちにできるのはシステムのなかに存在してそこで起きていることを観測または感じ取り、その時々で最適と思われる行動を起こし、結果を観察して謙虚に学び続けることです。
この記事では、そのプロセスを可能にしていくツールとしての「システムレベルのセオリー・オブ・チェンジ」をご紹介しました。また、この記事の内容と関連度が高いコンテンツは以下となっておりますので、よろしければご参照ください。
Reference
1. What is Theory of Change?[Center for Theory of Change]
2. Nothing as practical as good theory: Exploring theory-based evaluation for comprehensive community initiatives for children and families. New approaches to evaluating community initiatives: Concepts, methods, and contexts, 1, pp.65-92.[Weiss, C.H., 1995]
3. 社会課題の可視化とセオリー・オブ・チェンジ[田辺大・内田浩史、国民経済雑誌、226(1)、pp.71-95、2022]
4. Getting Started with Systems Mapping & Impact Management[Impact Frontier, 2023]
5. Missing the impact in impact investing research–a systematic review and critical reflection of the literature. Journal of Management Studies[Schlütter, D., Schätzlein, L., Hahn, R. and Waldner, C., 2023]
6. Blue marble evaluation: Premises and principles. Guilford Publications.[Patton, M.Q., 2019]
7. Systems thinking for social change: A practical guide to solving complex problems, avoiding unintended consequences, and achieving lasting results[Stroh, D.P., Chelsea Green Publishing, 2015]
8. Systems Theory of Change[Desta Research LLP., 2023]
9. Transformative Investment Systems Map[Deep Transitions Lab, 2023]
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