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資本市場の中でのインパクト投資とは 後編

■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■

日本取引所グループ総合企画部課長の須藤奈応さんをゲストにお迎えし、資本市場の中でのインパクト投資について語るブログ後編。前回は海外の証券取引所でのインパクト投資に対する取り組みや、社会性の評価ツールの重要性についてお話しました。

(左)日本取引所グループ総合企画部課長 須藤奈応氏 (右)SIIF常務理事   工藤七子

事業に対するファン投資家を増やしていく

工藤七子(以下、工藤)起業家と投資家との対話を増やしていくことも課題ですね。

須藤奈応氏(以下、須藤)分科会では、上場すると投資家との距離が遠くなることを懸念する声が多くありました。経営者が直接ビジョンを伝えられるタイミングが株主総会ぐらいしかない。それについて、もう少し距離を縮められないかということを複数の起業家が発言していました。投資家はただお金を出すのではなく、自分たちの事業や製品のファンであって欲しいという思いです。

上場企業の中でもそういうことをやっている企業があります。例えばカゴメは、個人投資家向けの取組みに力を入れていることで有名ですね。2001年 度から「ファン株主10万人づくり」に取り組み、2017年12月末現在で約17万4千人。同社は社長と話せる機会や事業所見学会を行っているそうです。    ヤマハ発動機も「株主クラブ」を導入しています。株主クラブとはもともとフランスを中心に欧州の大手企業が導入しているやり方ですが、製品だけでなく工場見学やイベントへの招待といった体験を提供することで事業に対する理解を深めてもらう取り組みです。そういうことをしている企業もありますが、コストはどうしてもかかりますよね。

工藤  これも分科会の中で出た議論ですが、一つのやり方として種類株と    して議決権のない株を発行し、投資家からの関与を受けずにソーシャルミッ  ションを守るという手法もオプションとしては話題になりました。

でも、これは「ファン投資家」という考え方とは逆行しますし、企業として投資家を信頼してないということにもなります。四半期の収益ばかり指摘する投資家から守るためにあるのですが、もう少しポジティブに考えるとむしろソーシャルインパクトを一緒に追求してくれたり、応援してくれたりする投資家を増やす方が、種類株で守るよりも建設的ではないかとも感じます。

だから突き詰めていくと、「私たちの企業が持っている社会的価値はこれです」ということを、どう投資家と対話していくか。その社会的価値を応援してくれる投資家をどのように増やしていくことができるか—ということを考えていく方がいいのだと思います。

今回の提言でいっているように、例えば第三者レビュー機関を作ってインパクトレポートを出すような取り組みをサポートする環境を整えることや、生産的な対話を促すような仕組みづくりの方が本質的なアプローチかもしれないと考えています。

須藤  投資家と上場会社の対話促進を目的とした既存の取組みとして、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップコードがあります。投資家と上場会社との対話を通じて企業価値向上を目指す、そういう考え方が前提にあります。

工藤さんの指摘のとおり、対話の材料として社会性についても会社がきちんと説明することよって、社会性にそこまで詳しくない投資家であってもコメントがしやすくなりますし、社会性を踏まえた議論がやりやすくなると思います。それが企業価値向上につながっていきます。上場企業と投資家の対話はESG投資でもホットトピックですね。

工藤  今も企業はCSRの報告書を出していますが、ただの活動報告だけではなく、その企業が持っているサービスやプロダクトが社会的インパクトに  どのように貢献しているかという点まで踏み込んだレポートを出して、第三者レビュー機関がレビューすることができるようになってくると、もしかしたら長期的には東京証券取引所のウェブサイトなどで可視化できる仕組みができるのでは、といった議論も分科会で行われましたね。そういった企業に関心のある投資家が投資先を選びやすくするようなマッチング機能を持つことや、社会性の高い企業だけを集めた投資信託といったアイディアも出ました。

須藤  社会課題解決に取り組む企業が上場しても、上場会社は3600社以上ありますから、どの企業がそういった企業なのかは個人投資家は発見しにくいと思います。その点でいえば、東京証券取引所では、個人投資家に株式投資を考える一つのきっかけや関心材料となるよう、特定のテーマや指標をベースに銘柄(テーマ銘柄)を抽出、公表しています。例えば、女性活躍を推進に優れた企業を選定する「なでしこ銘柄」(URLリンクを追加)は6年目を迎えています。選ばれた企業はなでしこ銘柄として対外的にアピールしやすくなるとも聞きます。そのソーシャルインパクト版みたいなものがあってもいいかなと思います。

ただそれには、何をもって「ソーシャルインパクト銘柄」と呼ぶのか、やはり何かしらの評価が必要になりますね。その評価は誰がやるのか、どうやってやるのかという話は出てくると思います。方法はいくつか想定はできますが、そこに至るまでには越えなくてはいけない課題がまだまだありますし、社会課題解決に取り組む企業の数が必要ですね。

社会的企業の存続性をどう考えるか

須藤 資本市場で多くの人から資金調達をするということは、当然ですが社会的インパクトだけを追求するわけにはいきません。企業としての存続性を維持しながら、収益追求と社会的インパクトのバランスをどう考えるかは上場する前に企業側で整理が必要と思います。収益性が出せないと市場からの評価は下がりますし、いざ資金調達をしたくても集まりにくくなります。

ソーシャルセクターの中には「ミッションとして掲げている社会課題を解決したら事業を閉じるという経営判断はあっても良い」と考える方もいるのかもしれませんが、企業の存続を前提に作られている資本市場からは理解を得られないだろうなと思います。そうすると一つの課題が解決しビジネスとして成り立たなくなったとき、どのように事業を存続させていくのか。社会課題を解決するための事業を辞めて通常のビジネスにシフトするのか。今はそういう局面に立たされている会社はあまりないと思いますが、これからはそういう論点が出てくる可能性はありますよね。

工藤  米国にはベネフィットコーポレーション※1という社会的企業のための法人格があり3000社以上認証されていますが、その中で2、3社上場していますよね。法人格として社会的企業なので、上場して、もしリターンに対する過剰なプレッシャーを受けた場合どうするのかということは、ウェブメディアなどでたまに話題になっています。その中の一社が、環境負荷を下げる最先端の自社ビルを建ててしまい、それが収益を圧迫して投資家から批判をされたというケースを聞きました。環境に配慮したビルという点だけ切り取ると、ベネフィットコーポレーションとしてはものすごく得点が高いと思うんですが、それは自分たちの業績と照らし合わせて身の丈に合っていたのかという批判はあるようです。

重要なのはそこにトレードオフがあってはいけないということ。ソーシャルインパクトと経済性のベストバランスを考えなくては。それで潰れたらどうしようもないですからね。持続可能性を担保して、一定の適切なリターンを見出して投資家にもお返ししながら、ソーシャルインパクトを失わないという、常に難しい経営判断が必要ですね。

長期的に株を保有するほど議決権が増える取引所

須藤  そういうバランスのとれたビジネスを構築するのに社会課題解決に    取り組む企業は普通のベンチャーの2倍は時間がかかると言われていますよね。

短期でものを見る人、長期で見る人、相対的に収益性を優先する人、ESG要因を重視する人、など多様な考えを持つ投資家が市場にいるから、企業が資金調達をしたいと思ったときに調達ができて、投資家が売買したいと思ったときにできます。市場の利便性の根源はここにあると思います。分科会でも議論になっていましたが、社会的インパクトを重視した、クローズドな世界で調達したいのであれば、それ専用の別の場所が必要だということです。   カナダとかシンガポールはまさしくそれを作った。起業家が「今はクローズドでいずれは一般の市場に移行する」とか、「ずっと移行せずにとどまる」と選択できたり、投資家は投資資金の性質に合わせて投資市場を選べるようになると良いと思います。

工藤  クローズドなシステムといえば分科会でも取り上げた株主コミュニ ティ制度※2は親和性が高そうですね。

須藤  既存の制度をうまく活用できるかもしれませんね。株主コミュニティ制度もそうですし、東京証券取引所にはプロの投資家に限定されたTOKYO PRO Market※3という上場市場があります。TOKYO PRO Marketは、プロ向けなので、マザーズなど他市場に比べて柔軟な上場基準で設計されています。株主数や利益に関する数値基準もありませんし、四半期開示なども任意になるため、上場準備の負担が一部軽減されます。2018年には29社上場していて、地域企業が多いですね。

提言書でも触れた株式型クラウドファンディングも可能性がありますね。あるいはさきほどのシンガポールやカナダみたいな世界観を独自に作り出すという発想はあってもおかしくないと思います。

欧米では、既存の市場では解決できない課題を解決するために、新たな市場を作っていこうという動きも出てきているようです。社会課題の解決に取り組む企業を特別に対象としたものではないですが、一般的なベンチャーの中でも、ここで議論したような考え方に共感する方もいらっしゃるということなのでしょう。特に、シリコンバレーのあるアメリカ西海岸においていくつか取組みが行われています。最近話題になったのは、ロングターム・ストックエクスチェンジ(LTSE)※4。まったくの新機軸で、長期に保有すればす るほど議決権が多くなる上場制度が特徴的です。また、イギリスでは、シーダーズという株式投資型クラウドファンディング業者が流通市場を作りました。その流通市場が1ヵ月に2週間だけしか開かず、しかも予め決められた価格でのみ売買がされるんです。流通の場で新規投資家は入れないようになっているので、もともとのクラウドファンディング案件で投資をした人たちだけで売買が行われることになります。株主はファン株主であってほしいという企業側のニーズも満たされますし、株式の異動の場が投資家には確保されていることになりますね。

海外を見ると、色々なやり方が挑戦されているようですので、それを参考にしつつ、日本に合ったやり方をみんなで考えれば良いのではないかと思います。スクラッチで作ってもいいし、今あるものを活用してもいいと思います。既存の市場にインパクト投資を無理矢理合わせるのではなく、インパクト投資に合った仕組みを、うまく作っていく方が企業成長を促すことができると思います。

工藤  ソーシャルIPOを目指すスタートアップであれば、インパクトレポートを出したり、投資家と対話したりしながらやっていく道があると思いますし、もっと小規模で上場志向ではない企業であれば、株主コミュニティ制度やクラウドファンディング、TOKYO PRO Marketみたいなサブ市場を活用して、クローズドなマーケットの中で共感型のお金を集めるというように、資金調達の選択肢の多様性が高まっていくといいですね。

須藤奈応氏プロフィール
慶応義塾大学法学部政治学科(アフリカ地域研究)卒業後、2005年東京証券取引所(現日本取引所グループ)に入社。2013
年、ペンシルベニア大学ウォートン校へ留学。在学中、社会的証券取引所を設立したIIX(インパクト・インベスティメント・エクスチェンジ・アシア)でのインターンやカンボジアでのボランティアを経験。MBA取得後は、日本取引所グループ総合企画部にて活躍。

※1 ベネフィット・コーポレーションとは米国の企業形態の1つで、経済的   利益だけではなく、社会と環境への影響にも配慮する企業に適用される      (出典:幸せ経済社会研究所)

※2 株主コミュニティとは、地域に根差した企業等の資金調達を支援する観点から、非上場株式の取引・換金ニーズに応えることを目的として、2015年5月に創設された非上場株式の流通取引・資金調達の制度(出典:日本証券業協会)

※3 TOKYO PRO Market
2008年の改正金融商品取引法により導入された「プロ向け市場制度」に基づき、国内外のプロ投資家に新たな機会を提供することを目的として2009年に開設された株式市場(出典:野村證券)

※4 ロングターム・ストックエクスチェンジ(LTSE)は、企業幹部に対する短期目標達成の報酬を廃止することで、四半期ごとの業績ではなく長期的な革新に注力するよう呼び掛けることなどが特徴。株主に株式の保有期間に応じて議決権を与える仕組みも提唱している(出典:ロイター)