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氷河を裂く革命――失われた世代の叛乱 3つの世代が変える日本
第一章 灰色の街角
朝の空気がひどく重く感じられるのは、寒空のせいだけではないらしい。東京郊外、古びたコンビニの自動ドアが開くと同時に、青木圭介(あおき・けいすけ)は鈍い頭痛を覚えた。52歳――かつては「就職氷河期世代」と呼ばれた年代の一員で、今に至るまで定職らしい定職を得られずにいる。
「青木さん、おつかれさま。今月のシフト、増やしてもらえると助かるんだけど……」
レジカウンターに立つ店長が、申し訳なさそうに声をかける。店長も40代半ばで、それほど年は離れていない。しかし一応「社員」として雇われているせいか、青木のようなアルバイトに頭を下げる立場らしい。
「深夜シフトですよね。ちょっと体がついていくかどうか……」
「そこをなんとか。このままだと採算が合わなくて、店も危ないんだよ。頼むよ」
青木は渋い顔でうなずく。こんな店でも、給料が入らなければ家のローンどころか光熱費さえ払えなくなる。安い時給だが、少しでもシフトに入っておかなければ生活が成り立たないのが現実だ。
店を出て、大通りへ出る頃には朝の通勤ラッシュが始まっていた。マスクをしたビジネスパーソンたちが無表情で駅を目指す。誠実に働けば将来は安泰――そんな幻想が通じる時代ではなくなって久しい。青木は深いため息をつきながら、街路樹の脇に並ぶ掲示物を眺める。
「増税反対」「高齢者優遇反対」「世直しせよ」――そんな言葉が乱雑に書かれたビラが貼られているが、警察官が警戒するように見回りをしている姿が目に入る。ビラ貼りさえ“違法行為”とみなされ、即逮捕されるケースもあるらしい。最近では、ネット上で政府批判すれば“テロ予備軍”扱いされかねないと聞く。
「……もう、どうにもならないのか」
青木が首を振り、足早に駅へ向かおうとしたとき、背後から呼び止める声がした。
「おい、そこのおっさん」
振り返ると、髪を金に染め、派手なジャケットを羽織った若者が立っている。タトゥーまで見え隠れし、見るからに荒んだ雰囲気だ。20代前半くらいだろうか。世間で「Z世代」と呼ばれる年代の一人に違いない。
「あんた、さっきのコンビニのバイトしてんだよな。時給いくら?」
「時給……千百円くらいだけど」
「へえ。そんなんじゃ生活できねーだろ。俺たちのほうがよっぽど稼げるぜ。興味あったら声かけな」
若者はひとり勝手に言うだけ言うと、携帯番号の書かれた紙を押しつけ、雑踏の向こうへ消えた。まるで闇の勧誘のようだったが、彼らなりの“救い”を差し伸べているつもりなのかもしれない。
ポケットに紙をしまい込み、青木は駅へ急ぐ。駅のホームへ駆け降りる頃には通勤電車がすでに到着していて、満員車両に押し込まれる。つり革を握りしめながら、彼は思う。
――自分は、このまま一生コンビニバイトを続けるしかないのだろうか。もう50代。少し先には定年どころか、年金すら怪しい未来が待っている。誰がこんな国にしたのか。
*
一方、新宿の雑居ビル地下。カフェの居抜き物件を改造した“作業スペース”に、乾いたモーター音が響いていた。3Dプリンターが小気味よく稼働し、透明な樹脂で作られたパーツを積み上げていく。モニターの前に座るのは、水野桜子(みずの・さくらこ)、36歳。いわゆる「ゆとり世代」の中期に生まれた彼女は、高校まではまったりと過ごし、大学卒業後はIT企業に就職したものの、業績不振でリストラに遭った。
「……よし、ここまでくれば完成度は80%ってとこかな」
彼女はディスプレイに映るCADデータを見つめ、メガネのブリッジを軽く指で押し上げた。このパーツは銃の一部。正確にいえば“3Dプリンター銃”の一部品にあたる。ここ最近、彼女が作っているのは、世間で言うところの“違法武器”に他ならない。
もっとも、本気で人を殺すためというよりは、威嚇目的に使う可能性が高い……と自分に言い聞かせている。いつからこんな仕事を引き受けるようになったのか、桜子自身、その答えをはっきり持ち合わせていない。
「桜子、そっちはどう?」
声をかけてきたのは、浅井翔(あさい・しょう)。45歳、就職氷河期世代の後期にあたる彼は、若いころからずっと非正規雇用で転々と職を替え、ついには運送会社の過酷労働で倒れかけた。そこから政治運動に興味を持ち、今では“体制打倒”を標榜する過激派グループのまとめ役だ。
「だいぶ完成に近いよ。あとは接合部をもう少し強化しないと」
「助かる。おれはさっき、北の国――あっちのルートに連絡してみたけど、そっちも順調に動きそうだ。金はかかるが、カラシニコフ系のパーツが出回るってよ」
北朝鮮ルート。聞くだけで警察や公安の目がギラつくだろう危険な言葉だ。浅井はそれすら平然と言うのだから、並大抵の覚悟ではないらしい。
「……本当にやるの?」
「やらなきゃ何も変わらないだろ。このままじゃ、団塊世代が“とどめ”を刺すまで、俺たちはずっと不遇のままだ。おれは何年も前から、そう確信してる」
桜子は唇を噛みながら、プリンターに目を戻した。非暴力のデモや署名活動、あらゆる手段が尽きてきた今、彼らが最後に見いだした道が武装闘争――それは皮肉としか言いようがない。だが、時代が彼らをそこへ追い込んだのだとも思えてくる。
*
同じ頃、国会近くのテレビスタジオ。スーツ姿の議員たちが生放送のワイドショーにゲスト出演している。その中心にいるのは、団塊世代の大物・森口弘明(もりぐち・ひろあき)、70代後半。かつて鉄鋼業界で働き、労組のトップから政界に進出した典型的な“成功者”だ。
「若者も中年も、己の努力不足を棚に上げて文句を言うんじゃない。増税だって国を維持するために必要な手段だ。我々団塊世代が築いたこの国を、彼らが次世代でしっかり支えるのは当然だろう?」
居丈高な言葉に、スタジオが微妙な空気に包まれる。しかし、司会者は逆らうような態度を見せない。スポンサー企業の多くも団塊世代が大株主として絡んでいることを考えれば、それも仕方ないことかもしれない。
裏方の控室で、その放送を見守っている一人の官僚がいた。鈴木勇太(すずき・ゆうた)、35歳。ゆとり世代と就職氷河期世代の狭間に生まれ、東大卒で官僚になったエリートだが、内情を知るほどに失望を深めている。
「また、あんなこと言って……このままじゃ本当に暴発するぞ」
警察庁や公安からの報告では「若者の過激化が深刻」「闇バイトを取りまとめる組織もある」といった不穏な情報が飛び交う。それでも大臣や上司は「厳しく取り締まればいい」と強硬策で片付けようとするばかりだ。
「森口先生こそ、昔は労働者の味方を名乗っていたじゃないか……」
呟きが虚空に消える。権力を得た途端に、“守るべき人々”を切り捨てる。それが団塊世代のやり方なのだろうか。このままでは、鈴木自身が信じてきた“公正”や“正義”という理念すら、ほんの幻だったと思い知らされることになる。
*
ビルの屋上で見渡す東京の景色は、灰色のもやをまとっていた。
青木は立ち止まり、金髪の若者――石田颯(いしだ・はやて)という名らしい――の教えてくれた場所を確認する。どうやらここは廃ビル同然の一角で、不法占拠の疑いすらある。エレベーターは故障し、薄暗い階段を上るしかなかったが、ようやく屋上へたどり着いた。
「あんた、マジで来たのか。物好きだな」
石田が煙草をくわえながらニヤリと笑う。周囲には同年代の荒くれ者たちが数人、ゴミ袋を放り投げながら談笑している。その一方で、彼らの足元には大きな段ボールが積まれていた。中身は何なのか、ただならぬ空気を感じる。
「闇バイト、って言ってたよな。俺みたいな中年にもできるのか?」
青木が不安と興味を抑えきれずに問う。石田は肩をすくめる。
「世直しに年齢なんて関係ねーよ。誰も助けてくれないなら、自分たちで手を動かすしかないだろ? だいたい偉そうにしてる団塊どもに従う意味なんてねーし」
「世直し……ねえ」
「そうだ。そっちに興味あるなら、しばらくこの仲間に混ざってみたら? どうせバイト代なんざクソみてえな金額しかもらえねーんだろ?」
粗暴な言葉に嫌悪を感じないといえば嘘になる。しかし、「世直し」という響きは、青木の心を奇妙に揺さぶる。遠い昔、まだ彼が大学生だったころ、“自分の手で社会を少しでも良くしたい”と思ったことがあったのを思い出す。それはいつしか挫折し、腐りきった自分を認めざるを得なかった。しかし今、ここでなら“何か”が変わるのだろうか。
「わかった、少し……付き合ってみるよ」
灰色の曇り空の下で、まるで最初から決められていたように、青木は静かにそう答えた。自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。かすかな罪悪感と、妙な昂揚感が混じり合い、胸の奥でじんわりと熱を帯びる。
こうして就職氷河期世代の“落伍者”、闇バイトを生業にするZ世代の“荒くれ”、そしてSNSの闇で武装を整えるゆとり世代の“ハッカー”たち――それぞれの思惑が、見えない糸で繋がりはじめる。
誰もが言う。「こんな社会はおかしい」「このままでは先がない」。
その言葉の先に、果たして“世直し”があるのか、それともさらなる混沌が待ち受けるのか。
灰色の東京の街角で、新たな幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
第二章 燻(くすぶ)る狼煙
ビル屋上の錆びた柵越しに見下ろす東京の街は、依然として灰色の空気に包まれていた。学生服を着た若者やサラリーマンが小走りに行き交い、頭上では街宣車が大音量のスピーカーを鳴らして「増税やむなし」「国家存続のため若年層も負担を!」と訴えている。
――まるで逆さまの世界だ、と青木圭介(あおき・けいすけ)は思う。50代を迎えてなお、まともな仕事に就けず、わずかな日銭を得るためにこき使われる。それを当然だと言わんばかりに、高齢の政治家たちはテレビで威圧的な演説を繰り広げる。
しかし、今日からは違う――そう胸中で呟く自分がいた。彼の足元には、先ほどZ世代の石田颯(いしだ・はやて)たちが運んできた箱が置かれている。中には黒く塗装されたパイプ状の部品や火薬のようなものが詰まっていた。詳しくは聞かされていないが、どうやら“見せしめ”に使うための簡易兵器らしい。
「よう、おっさん。準備はいいか?」
石田が吸いかけのタバコを踏み消しながら声をかける。その横には数人のZ世代がワイシャツの袖をまくり上げ、武器らしきものを組み立てている最中だ。いずれも荒くれ者の雰囲気を漂わせているが、目の奥にはどこか悲壮感のようなものが宿っていた。
「正直、まだ腹はくくれてないよ」
青木は乾いた笑いを漏らす。まさか自分が武器を持って暴れる集団に加わるとは、想像もしていなかった。しかし、さらに想像できない未来――永遠に搾取され、声を上げても踏みにじられる人生――が確定してしまうなら、こちらを選ぶのもありなのかもしれない。
「だったらよ、見てるだけでもいい。オレたちが行動するところを、しっかり目に焼き付けときなよ」
石田はそう言うと、若者たちと共に箱を抱えて階段を下りていった。彼らが目指しているのはビルの下層フロアにある“とある事務所”だと聞く。詳しくは言わないが、「団塊の利権」に関わる人物の息がかかった場所だという。
青木は柵に寄りかかりながら、彼らの背中を見送った。足がすくむような罪悪感もあるが、一方で、胸の内にかすかな昂揚が生まれているのを感じる。こんな生々しい緊張感は、これまでの人生にほとんどなかったのだ。
*
同じ頃、新宿の地下作業スペースでは、3Dプリンターの稼働音が途切れていた。モーターが停止し、生成されたプラスチック製パーツがバスケットに落ちる。水野桜子(みずの・さくらこ)はメガネを外して目頭を押さえた。集中しすぎたのか、頭がぼうっとする。
「大丈夫か、桜子?」
声をかけたのは浅井翔(あさい・しょう)。45歳の就職氷河期世代で、過激派グループをまとめる事実上のリーダーだ。彼はつい先ほどまで北朝鮮ルートの仲介人と連絡を取り合っていたらしく、スマートフォンを手放さずにいる。
「うん。だいたい仕上がった。あとはここを組み立てれば、3Dプリンター銃として完成形になるわ」
桜子はプリンターから取り出したパーツを組み合わせる。少し前なら想像もしなかった“組み立て作業”だ。それでも手つきは慣れたもので、カチッとパーツがはまると小さく息をついた。
「……すごいもんだな。まさか本当に武器が作れちまうなんて」
浅井はそれを感慨深げに眺める。
「そりゃあ精度は低いし、オモチャみたいなもん。でも、持ってるだけで威圧にはなるでしょ。実際に撃ち合いになるよりは、まずは『やれる』っていう意思表示が大事」
桜子は淡々と説明するが、内心の複雑さは拭えない。人を傷つけるための道具を作る行為に、心から納得しているわけではない。だが、就職氷河期世代やゆとり世代が何を言っても国や社会が変わらない現実を、痛いほど見てきたのだ。彼女自身もリストラされ、再就職できず、フリーランスで細々と生き残るしかなかった。
「桜子、もうすぐZ世代のメンバーがこっちに合流してくれるらしい。若い連中だが、どうやら行動力はあるようだ。荒っぽいが頼りになる」
「Z世代……SNSでもかなり過激な投稿を見かけるね。でも、彼らが抱える不満はわかる気がする。希望のない時代に生きてるんだもの」
「いや、俺たちも希望がないまま生きてきたクチだが、彼らはさらに先の暗闇を見てるんだろう。国の借金は増えて、年金なんて夢物語。給料は上がらない。……そりゃあヤケにもなるさ」
浅井の言葉に、桜子はうなずき返す。重税と世代間不公平、それに団塊世代の横暴。それらが複雑に絡み合い、若者や中年層を容赦なく追いつめている――そんな社会で、言葉だけの抗議に意味があるのだろうか。桜子は心中で問いかける。
*
一方、ある政府機関の会議室では、鈴木勇太(すずき・ゆうた)が端末の画面とにらめっこしていた。35歳の若手官僚として、少なくとも“社会を良くしよう”という理想は捨てていない。だが、最近報告が相次ぐ「武装テロ予兆」に関する情報を読むたびに、暗い気持ちが押し寄せる。
「鈴木くん、どうした? 顔色が悪いぞ」
年長の上司が、会議室の隅から声をかける。
「いえ……少し気になることがありまして」
「気にするな。どうせ一部の不満分子がSNSで騒いでるだけだ。公安には厳しく対処するよう指示してある。下手に譲歩なんてすれば、政権支持率が下がるからな」
上司の無神経な言葉に、鈴木は唇を噛む。彼の机上のレポートには、近頃「Z世代」「就職氷河期世代」「ゆとり世代」が連携を模索しているらしい、という情報が並んでいた。闇バイトや暗号通貨で資金を調達している形跡もあるという。
「森口議員(※団塊世代の大物)も今朝のニュースで強気の発言をしていた。ああやってハッキリ言わないと、若者がつけ上がると考えているらしいよ」
――若者がつけ上がる。
まるで親が子を叱るような言い草だ。鈴木は苛立ちを抑えきれない。こんな態度を続ければ、いずれ本当に暴力が噴き出すのではないか。むしろ、そうなるように仕向けているかのようにも思える。
「……今のままじゃ、いつか取り返しのつかないことになるかもしれません」
鈴木がそう呟いても、上司は鼻で笑っただけだった。
*
午後になると、青木と石田たちZ世代は、ビルの下層フロアの一室を占拠していた。そこは、団塊世代の有力者の関連会社が登記上だけ借りている“幽霊オフィス”らしい。薄暗い蛍光灯の下、石田たちは持ち込んだパイプ状の武器に導火線をセットする。
外から見ると単なる空き部屋で、鍵もかかっていなかった。スーツ姿の社員など誰一人おらず、この場所がどう利用されていたかは知れない。ただ、アタッシュケースや封筒の山が放置され、裏金まがいの現金が保管されていた形跡を感じさせる。
「ヘッ、この国じゃよくある話だ。カネの流れはすべて団塊のジジイどもが牛耳ってやがる」
石田は机の上にあった古い帳簿を蹴り飛ばす。埃が舞い、紙片が床に散らばった。
「おい、そろそろ火ぃ入れるぞ。おっさんもこっち来いよ」
「火を……入れる?」
「ここを使えなくしてやるんだよ。“こいつは自分たちの仕業だ”って宣言して、あの連中に見せつけてやる。俺たちは黙って従ってるわけじゃねえってな」
青木は思わず息を呑んだ。放火――やっていいことではないのは分かっている。だが、Z世代の若者たちは真剣な眼差しを向けてくる。
「おっさんたち氷河期世代は、ずっと理不尽に耐え続けてきたんだろ? でも社会は変わらなかった。ならよ、まずはこうやって形に残る抵抗をしなきゃ意味ねーんだよ!」
声を荒らげる石田。その言葉が青木の胸に突き刺さる。確かに、どんなに叫んでも、この国は微動だにしなかった。あの傲慢な政治家や企業幹部たちが反省するような事態にはなり得なかった。
「わかった、手伝うよ」
青木は意を決して答えた。もはや後戻りはできない。こんな方法が正しいとは言えないかもしれない。けれど、正しさだけで生きていける世の中でもなかった。そのことを、彼は何十年も身をもって知っている。
*
ドン……と鈍い音が響いた直後、煙がもくもくと部屋に立ち込める。激しい爆発ではない。あらかじめ火薬の量を抑えた小規模な“威嚇”用だ。
青木たちは事前に裏口から逃げ道を確保しており、爆煙が漂うオフィスから一斉に撤収した。まるで悪戯の延長線上のようにも見えるが、彼らにとっては必死のアピールだ。“団塊ども”の利権の一端を破壊し、世論に存在を示すというのが狙いだった。
外へ出ると、遠くでサイレンの音が聞こえる。誰かが通報したのだろうか。石田たちは顔を見合わせ、やがて下品な笑い声を上げた。
「ははっ、いいねえ。連中、慌てて飛んでくるだろうな。どうせ保身に走るだけだけどさ」
興奮気味の若者たちの傍らで、青木は小さく安堵の息をつく。想像していたより大きな被害にはならず、火の手もすぐに収まる程度で済んだようだ。破壊活動といえど、できれば人命を奪うことだけは避けたかった。
「これで……少しは見せつけられたのかな」
青木の呟きに、石田は歯を見せて笑う。
「まだ始まりだぜ、じじい。オレたちはこんなもんじゃ終わらない。もっと派手にやって、この国をぶっ壊してやる。そんで新しい道を作るんだよ」
新しい道――。耳障りの良い夢物語かもしれない。だが、夢を語らずには生きられない時代なのだと、青木は痛感する。
*
しばらくして、新宿の地下作業場に戻った青木を、桜子と浅井が出迎えた。見るからに焦げ臭い服の匂いに驚いたのか、桜子が眼を丸くする。
「何があったの?」
「少し……物を壊しちまった。Z世代の子たちと一緒にね」
「そうか」
浅井は青木の表情を一瞥して、険しい笑みを浮かべる。
「無茶はするなよ。でも、やるなら派手にいかないとな。こちらもカッサームロケットや3Dプリンター銃を使って、さらに大きな“メッセージ”を送り込む準備を進めてるから」
青木は浅井と桜子の視線を受け止めながら、胸の奥に湧き上がるものを感じた。彼らもまた本気だ。就職氷河期やゆとり世代が長年抱え続けた鬱屈を、ようやく形にして表現していく。賛否はあるだろうが、もう時間がない――そう痛感する。
一方で、Z世代の荒々しいやり方には桜子も戸惑っているらしく、半ば祈るような目で青木を見る。
「でも……なるべく、無関係な人が傷つくのだけは避けたい。暴力を振るうなら、それが本当に必要か、一人ひとりが考えてほしいの」
「わかってる」
青木は低く頷いた。少なくとも、単なる破壊衝動で終わらせるわけにはいかない。彼らはあくまで“世直し”を目的に動いている――その自負だけは失わずにいたい。
作業場の片隅には、自作のカッサームロケットが並んでいる。見た目は粗雑だが、致命的な威力を持ちうる兵器には違いない。それらを目にするたび、青木は自問する。これは“正義”なのだろうか。しかし同時に、誰一人本気で彼らを救わなかった現実を思い出す。
――この国は、声をあげる者を嘲笑し、押しつぶしてきた。
だからこそ、これからは力の行使をもって“俺たちは生きている”と訴えねばならないのか。正しさと暴力の狭間で、世代の怒りがかつてない炎を上げ始めていた。
*
その夜、テレビの緊急ニュースで“正体不明の爆発事件”が報じられた。「不審な集団がオフィスを破壊し逃走」という情報が出回り、警察は捜査を始めたが、詳しい状況は伏せられたままだ。ネット上では「やっと誰かが動いたか」「GJ(Good Job)!」という書き込みも散見され、若者を中心に奇妙な称賛ムードが漂い始める。
一方、団塊世代の大物議員・森口弘明は、テレビ番組で「厳罰をもって臨むべし」と断言した。若者に対する侮蔑的な言葉を交えつつ、“自分たちの財産を害する行為は断じて許さない”と強調する。その老獪な笑みからは、不穏な自信が感じられた。
「くそ……あいつら、また強気だな」
浅井がニュースを見ながら舌打ちする。桜子は眉をひそめ、やり場のない苛立ちを覚えた。
――相手は巨大な権力を持つ団塊世代だ。警察や自衛隊、行政やメディアまで影響下に置く彼らに、はたして歯向かうことは可能なのか。しかし、もう引き返せない地点を踏み越えた以上、彼らは進むしかない。
「私たちが『やられっぱなし』のまま終わるのはもう嫌。どんなに小さくても、正義の火があるなら燃やし続けたい」
桜子はそう呟くと、そっと握りこぶしを作った。隣で青木もうなずき返す。Z世代が行った破壊行動は、過激だが彼らなりに正義を求めた証でもある。無謀と言えばそれまでだが、今の日本社会を変えるためには、多少の暴力もやむなしと決意している者たちが増え始めていた。
各世代が抱える怒りは、確実にひとつにまとまりつつある。就職氷河期世代の恨み、ゆとり世代の欺かれた感覚、Z世代の切迫した破壊衝動。それらが交差し、やがて“大義”の灯火へと昇華しようとしていた。
幕引きに向けて
第二章では、Z世代が実際に小規模ながらも“攻撃”を行い、社会に対し自らの存在と怒りを示した。一方、就職氷河期世代やゆとり世代もまた、その暴力的手段を完全に否定できない立場に追い込まれている。それでも彼らは、できる限り“正義”を損なわない形で闘いたいと願う。
しかし、団塊世代の権力者はさらなる治安強化と弾圧に乗り出す気配を見せ、政府内の若手官僚・鈴木勇太は危機感を募らせるばかり。日本の行く先は、いよいよ不穏な暗闇に沈み込んでいく――。
第三章 嵐の幕開け
翌朝、東京の空は一層どんよりと曇り、冷たい雨粒がビル群に打ちつけていた。テレビのニュース番組は、昨晩発生した“謎の爆発騒ぎ”を断片的に報じているものの、詳細にはほとんど触れない。被害の規模は軽微で、負傷者もなかった。とはいえ、SNS上では「団塊利権を狙った犯行」「次はもっと大きな攻撃が来る」という噂が飛び交い、ざわつきが広がっていた。
1.政府内の暗雲
官庁街にある会議室。鈴木勇太(すずき・ゆうた)は資料の束を抱えて席に着くと、目の前には険しい顔つきの警察庁・公安関係者が並んでいた。
「昨日の爆発事件について、何か新しい情報は?」
会議の主導を執るのは、警察庁のキャリア官僚である男。シワの寄った額をこわばらせ、低い声で問いかける。
「現場の監視カメラには不審な若者グループが映っていたが、顔がマスクやフードで隠されており、鮮明な映像は得られなかったようです」
鈴木が手元のファイルを確認しながら答える。
「ただ、件のオフィスは森口議員を支持する団体の関連会社と繋がりがあった可能性が高い。そこが狙われたということは、いよいよ若者の反体制運動が本格化し始めたのではないかと……」
「一部過激派が騒いでいるだけだ。断固たる取り締まりで対処すれば済む」
警察庁の男はそう言い切り、机を叩く。顔には苛立ちと焦りが混じっているように見えるが、同時に“俺たちは正義だ”という思いが透けて見えた。
会議室の後方には森口弘明(もりぐち・ひろあき)議員の秘書が待機しており、状況を逐一メモしている。団塊世代の重鎮である森口は、若者の不満など気にも留めない強硬派だ。その意向を忠実に遂行する警察庁も、当然ながら武力鎮圧も辞さない構えでいる。
(本当に、それで片がつくのか……?)
鈴木は心の中で呟く。昨日の爆発自体は小規模だった。しかし、こうした行為が連鎖的に起これば、政府がいくら取り締まりを強化しても“火種”を完全に消すことは難しくなるのではないか。
2.拡散する共感
「今の動きって、ある意味“希望”なんじゃない?」
SNSの匿名コミュニティに書き込まれたメッセージが、次々に拡散されていく。
「正直、爆破はよくないけど、それでやっと団塊の老害どもが焦るなら応援する」
「もう増税も年金もアホらしい。ガツンとやってほしい」
書き込みの大半は若いZ世代によるものだが、よく見ると30代後半~50代と思しきユーザーも少なくない。“自分たちの世代がもう何十年も置き去りにされ、いまなお誰も助けてくれない現状を変えるなら、暴力でも仕方ない”という声すら少なくない。
一方で、善良な市民からは「巻き添えで無関係な人が死んだらどうする」「社会不安を煽るだけで状況が悪化しないか」という反対意見も出ている。議論は平行線をたどるが、いずれにせよ“何かが動き始めた”ことは誰もが感じ取っていた。
3.新たな作戦会議
「カッサームロケットはまだ試射段階だが、充分に飛ばせる見込みだ。半径数百メートルの範囲を狙える。命中精度は低いけどな」
浅井翔(あさい・しょう)は、新宿の地下作業スペースで数人の仲間と図面を見つめていた。傍らでは水野桜子(みずの・さくらこ)がノートパソコンを開き、建物の構造データを確認している。
「ロケットなんか撃ったら、さすがに大規模な警察出動になるよ」
桜子が声をひそめる。
「わかってる。でも一度、大きな衝撃を与えないと状況は変わらない。……そう思わないか、青木さん?」
そう振られて、壁際で黙っていた青木圭介(あおき・けいすけ)は、深い皺を刻んだ額に汗をにじませていた。先日のオフィス爆破を経験して、目覚めるような感覚と、背筋にひやりと走る罪悪感を同時に知った。
「……俺も、できれば人命を奪うような真似はしたくない。でも、結局あのオフィスが狙われて騒ぎになったことで、ネットじゃ“奴らは本気なんだ”って声が増えたのも事実だ」
浅井はうなずき、手持ちの地図に指をおろす。そこには某大企業の倉庫の位置が示されていた。
「ここに狙いを定める。団塊世代の元政治家が会長を務めていて、業績悪化を労働者に丸投げしてきた“ブラック”で有名な企業だ。倉庫には不当解雇された非正規の嘆きが詰まってる。実際、過去の裁判でも違法労働が認定されたらしい」
桜子は画面を操作して、その企業のデータを映し出す。残業代未払い、セクハラ・パワハラ、長期派遣の違法状態など、枚挙にいとまがない。抗議しても改善されず、団塊世代のトップが政治力で封じ込めてきたケースだ。
「なら、そこをロケットで一発……“やれる”ってことを見せつけるの?」
「そうだ。ただし時間帯を夜中に設定して、極力人影が少ないときに撃ち込む。幸い倉庫の外壁をぶち抜く程度なら、死傷者は最小限で済むはずだ。重要なのは“俺たちも黙ってない”という事実を叩きつけること」
青木は唇を噛み、ゴクリと唾を飲み込んだ。自分がこの計画に関わり、しかも容認している――そんな現実を認めるのは、まだ怖かった。しかし、いつまでも弱音を吐いてはいられない気もする。就職氷河期世代として、これ以上は堪えきれない苦痛があるのだ。
4.Z世代の本気
「おっさん、今度の作戦はオレたちも乗るぜ。てか、オレたちが先陣切るからよ」
雑居ビルの廊下で石田颯(いしだ・はやて)が言い放つ。22歳のZ世代である彼は、先日の“オフィス爆破”を実行した張本人だ。
「今回のロケットってやつ、撃つとこはオレがやりたい。楽しそうだし、団塊の奴らにもっと痛い目見せてやりてぇんだわ」
「楽しそうって……」
青木は苦々しい表情になる。石田のような若者は、正義感というよりは純粋な破壊衝動に近い欲求が混ざっているようで不安を覚える。
「悪いけど、そこは浅井さんと相談して決めてくれ」
「へっ、わかってるよ。オレらだけじゃロケットの使い方もわかんねーし。協力してやんよ、氷河期のじじいどもとよ」
石田はそう言って挑発的に笑うが、その奥にあるのはむしろ“早く何かを成し遂げたい”という焦りのようにも見える。自分たちの未来が見えず、現状打破のためなら違法行為すら厭わない――そんなZ世代特有の切迫感が、言葉の端々からにじみ出ていた。
5.正義と暴力のはざまで
深夜。倉庫地帯の裏手に止めたワゴン車の中で、浅井と桜子、青木、そしてZ世代数名が緊張感に包まれていた。
「よし……カッサームロケットはセット完了。タイマーも問題なし。発射したら、直ちにここから離れるぞ」
浅井が小さく拳を握る。
「桜子、監視カメラの映像はどう?」
「位置を解析したけど、ここから撃つ角度なら死角になるはず。車のナンバーも紙で隠してあるし、判別されるリスクは低いと思う」
桜子はタブレットを操作しながら答える。手元の画面には、事前にハッキングして入手した倉庫のセキュリティ情報が映し出されていた。警備員の巡回ルートも想定済みで、今はちょうど建物の北側が手薄になっているらしい。
ロケットの発射装置は、車外にひそかに固定してある金属パイプだ。素人の手作りとはいえ、爆発物を用いれば爆風と破片で壁を破壊できる。桜子は何度も念を押すように発射コントローラを確認し、深く息をついた。
「……それじゃあ、行こう。あと二分で発射する」
「了解。みんな、防音イヤーマフの準備しとけよ!」
浅井の声に、若者たちは緊張した面持ちで耳を塞ぐ。石田も燃えるような目をして窓の外を見つめている。
――ドン! それは先日の小さな爆発とは桁違いの衝撃音だった。パイプから噴き出す炎とともにロケット弾が星のように夜空を横切り、倉庫の外壁に激突。耳をつんざく轟音が響いた直後、炎と煙があたりを覆う。
「やった……!」
石田が歓喜の声を上げる。浅井も険しい顔で頷いた。桜子の表情は青ざめ、青木はハンドルを握る手が小刻みに震えていた。生まれて初めて感じる大規模な破壊の余韻が、車内を異様な空気で満たす。
「被害は倉庫の壁が一部吹き飛んだだけ……だと思う。人影はなかった、はず」
桜子はタブレットで防犯カメラの映像を遠隔チェックしながら、かろうじて報告する。倉庫の一角が崩れ、激しい火花が散っているが、大きな火災には至らない模様だ。
「さあ、逃げるぞ!」
浅井の指示でエンジンが唸り、ワゴン車が急発進する。激しい動悸に包まれつつ、青木はアクセルを踏む足に力を込めた。
6.社会の反応
数時間後。SNS上では「某企業の倉庫が何者かによって爆破された」という話題で持ちきりだった。会社側は「テロ行為だ」と即座にコメントを発表し、団塊の重鎮が運営するメディアも「若年層の暴力」や「就職氷河期世代の逆恨み」を批判的に報道。
だが、同時に「ブラック企業が狙われるのは当然だ」「正直、スカッとした」という書き込みも相次ぐ。大手ニュースサイトのコメント欄は賛否両論、炎上状態になっていた。
「やっぱりこうなるよね……」
浅井は新宿の地下作業場でタブレットを眺め、苦々しい笑みを浮かべる。桜子は少しホッとした様子でモニターを見つめていた。
「被害は倉庫だけで、負傷者はいないって報じられてる。良かった……」
一方、青木は黙ったまま椅子に座り、手を震わせていた。これが“正義”なのか――己に問い続けても、明確な答えは出ない。ただ、何もしなければ自分たちの窮状は見過ごされ、老若男女問わず多くの人々が地獄に堕ちていくかもしれない。ならば、破壊という名の行動もやむなし……そう自分に言い聞かせるしかなかった。
7.政府の強硬措置
その日のうちに、団塊世代の政治家たちは「非常事態宣言の検討」「警察権力のさらなる強化」をメディアで口にし始めた。特に森口弘明議員は「国を守るためには手段を選んでいられない」と公言し、警察庁や内閣府を巻き込んだ大規模な取り締まりを強く要求する。
官僚の鈴木はその動きを傍観する立場にあったが、いても立ってもいられない思いだった。
(どちらが正しいのか、もうわからない……。しかし、彼らを単なる犯罪者として一括りにするのは違う気がする。たとえ暴力を伴っていても、そこには理由があるはずだ)
そんな思いを抱えたまま、鈴木は極秘に手を回し、公安のデータベースにアクセスしようと試みる。もしや、この武装グループに内通できる余地はないだろうか――もしかすると、自分がその橋渡しをすれば、一方的な弾圧ではなく、対話の道が開けるかもしれない。
キーボードを叩く指が震える。国家公務員の身でありながら、反体制運動に協力するなど明らかに“裏切り”に当たる行為だ。それでも、鈴木は心の奥で叫ぶ声を止められなかった。
8.揺れる正義の炎
夜の街頭には警察車両が増え、監視カメラらしきものが至るところに設置され始めていた。ニュースでも「SNS検閲や通信傍受の法整備が急務」と騒がれ、世間は怖れと期待が入り混じった奇妙な空気をまとっている。
そんな中、Z世代の石田は仲間数名と酒を飲みながら高揚を噛みしめていた。
「ざまあみろ、クソ企業め。俺たちの世代を散々コケにしやがって」
酒臭い息を吐きつつ、彼は拳を突き上げる。一部の仲間は「次こそ血を見せてやりたい」と言い、さらに激しい攻撃を求め始めていた。そこには、はたして“正義”の旗印がどこまで通用するのか――青木をはじめとする中年のメンバーは、不安と希望を同時に抱えながら、この先を見極めようとする。
一方、新宿の地下作業場で桜子は膝を抱え込んでいた。
「こんなこと、いつまで続けるんだろう……」
3Dプリンターの熱でこもる空気のなか、彼女は自問する。大切なのは人を傷つけないこと、そして暴力を振るう必然性があるかどうか。それを見失えば、彼らはただの犯罪集団になってしまう。
だけど、いま自分が離れてしまったら、青木や浅井、他のメンバーが道を踏み外すのではないか――そんな恐れが足をすくませる。自分が彼らと一緒にいる限り、少なくとも“無差別の破壊”にはならないはずだ。そう信じるほかない。
正義を求めて始まった暴力は、必ずしも制御がきくわけではない。それでも、彼らはいま立ち止まるわけにはいかなかった。就職氷河期世代も、ゆとり世代も、Z世代も――誰もが「これ以上、自分たちの声が踏みにじられるのは嫌だ」という共通の思いを抱いている。
こうして“第三の衝撃”を経て、日本の夜はさらに暗い混沌へと堕ちていく。警察の弾圧が強まる一方で、武装を強化しようとする若者・中年たちの勢いも止まらない。“正義”を掲げた闘争は、はたして光の道へつながるのか、それとも取り返しのつかない破滅へと続いていくのか――嵐の幕は切って落とされたばかりだった。
• 鈴木勇太(官僚) は内部からの協力を模索し始め、
• 青木圭介(氷河期世代) は正義と罪悪感の間で揺れ、
• 浅井翔(氷河期世代リーダー) はさらに大規模な行動を計画し、
• 水野桜子(ゆとり世代) は暴走しないよう必死に踏みとどまり、
• 石田颯(Z世代) は破壊衝動と鬱屈した怒りをより鮮明にしていく。
彼らが掲げる“世直し”という理想は、本当に社会を変える一歩となるのか、それともさらなる悲劇を生むだけなのか。
第四章 すれ違う欲望と理想
夜の闇が、東京のビル群をゆっくりと呑み込んでいくころ――。新宿の地下作業場には、いつものように3Dプリンターの低いうなり音が響いていた。プラスチック樹脂の匂いがこもる室内で、浅井翔(あさい・しょう)は無造作に椅子へ腰を下ろす。
「また、新しい銃のパーツの試作品か……」
手元のパーツを眺めながら、彼は呟いた。ノズルやグリップの細かな部分が改良されており、小型でありながら威嚇効果の高い一品に仕上がりつつある。
だが、かつて運送業の過酷労働に耐えながら日々を生き延びてきたころは、こんな凶器を手にするなど思いもしなかった。
「これが正しいのか……いや、そんなことを今さら考えても仕方ないか」
浅井は苦く笑う。どうにか社会を変えたい――その一心で仲間たちを束ねてきた。しかし、先日のカッサームロケット使用は明らかに一線を越えた行為でもあった。
1.羨望という名の揺らぎ
ドアの向こうから、一際陽気な笑い声が聞こえてくる。石田颯(いしだ・はやて)、22歳。Z世代の若者だ。彼が率いる荒くれ者たちが、何やら酒盛りでもしているのだろう。
「颯(はやて)たち、今日はやけに盛り上がってるな……」
浅井は立ち上がり、扉の隙間から様子を窺う。そこには、ロケット攻撃を成功させた戦果を誇り合うZ世代がいた。
「やっぱ“俺たち”が一番行動力あるよな! あの倉庫がぶっ壊れたって聞いたときは、マジでテンション上がったわ」
「昔の奴らはビビって何もしねえのに、俺らは本気でやってんだぜ?」
高揚した口調で語り合う石田に、仲間たちが相槌を打つ。豪快に笑う彼らの姿は、浅井にとってまぶしすぎるくらいに“若い”エネルギーを放っていた。
浅井はかつて、就職氷河期に苦しんだ仲間と一緒にデモや集会を開いたことがある。しかし、政治家や企業から「自己責任」「若い世代は甘えている」と罵倒されるばかりで、大きな変化にはつながらなかった。情熱は次第に尻すぼみになり、多くの仲間は生活のためにやむなく“現実”へと埋没していったのだ。
それに比べると、今のZ世代――石田たちは何のためらいもなく“破壊”を実行する。結果がどう転ぼうが「行動しないよりマシ」という切迫感が、彼らを突き動かしている。
(俺たちがやれなかったことを、あいつらはやってのけるんだな)
ほんの一瞬、浅井の胸に悔しさにも似た羨望が込み上げる。自分が若かった頃、もしこのくらいの“突破力”を持っていれば、既に社会を変えられていたかもしれない――そんな想像が頭をかすめる。
浅井は苦笑する。かといって、自分がこの歳になってから同じように突っ走るだけの体力と覚悟があるのかと問われれば、正直、自信がない。ぎりぎりのラインで暴力を振るいながらも、“世直し”の大義にすがっているのが今の姿だった。
2.溢れる破壊衝動
「よぉ、浅井さん。そっちでこそこそしてないで、一緒に飲もうぜ?」
気配に気づいた石田が、扉の向こうから顔を出す。
「ちょっとだけ顔出すよ」
浅井は困ったような笑みを浮かべて隣の部屋へ入る。そこは簡素な会議室に改装されたスペースで、壁には倉庫爆破後にSNSで話題になったスクリーンショットや、既存メディアの報道記事が貼られていた。
「しかし、あんたら氷河期世代はよくやるよな。ここまで過激な真似、ビビって嫌がるかと思ってたわ」
酒瓶をあおりながら石田が言う。
「まあ……おれらも長いこと虐げられてきたからな。そろそろキレるのも当然だろ」
浅井がそう返すと、石田がニヤリと笑う。
「そうそう。こうやって好き勝手ぶっ壊して、あいつらを焦らせるのは最高だよな。次はどんな派手なことをやってやろうかって、こっちもモチベ上がるし」
石田の瞳には、まるで炎が宿っているかのようだ。必要以上に血を求めているわけではなさそうだが、その底にはある種の“破壊衝動”が明確に潜んでいる。浅井はその強烈さに圧倒されながら、同時に羨望を抱く自分を意識していた。
(俺たちができなかったことを、この若者は平然と実行している。社会の変革なんて口先だけじゃなく、物理的に打ち込むという覚悟を持ってるんだ)
もし十数年前の自分に、これほど大胆な行動力があったなら――浅井はそう考えずにはいられなかった。
3.水野桜子の葛藤
同じ作業場の一角では、水野桜子(みずの・さくらこ)が何やらデータをチェックしていた。パソコンの画面には、破壊目標のリストとも言えるファイルが並んでいる。団塊世代が運営する企業の工場や、政界との癒着が指摘されるシンクタンクなど、次に攻撃する候補が多数リストアップされていた。
桜子はその一つひとつに目を走らせながら、息を詰める。
「どこも、やることがエグい……。ブラック労働や横領、脱税、政治家との裏取引。枚挙にいとまがないってわけね」
しかし、現実にはそれほど多くの施設を同時に破壊することは難しいし、どれもやりすぎれば市民生活に被害が及ぶ。ましてや命が失われるリスクは高い。
「浅井さんも石田くんも、このままどんどん先へ進んじゃうのかな……」
桜子は独り言のように呟く。最初は“やむにやまれず”手を染めた武装だったが、今では“さらに強い衝撃”を望む声が勢いを増しているのが分かる。
浅井の視線が石田へ向けられるとき、ほんの僅かに熱を帯びるのを桜子は感じ取っていた。憧れ、あるいは劣等感混じりの感情――。
「みんなが一枚岩ならいいけど、これで内部が暴走したら……」
暗い予感が頭をもたげる。自分が理性を失わないように、そして誰かが過剰な破壊に走るのを止められるように、桜子は必死でバランスを取ろうとする。
4.夢のかけら
酔いが回ってきたのか、石田がテーブルを軽く叩いて語り始める。
「俺さあ、ガキの頃は“普通の会社に勤めて、普通に給料もらって、家族作って”みたいな夢があったんだよね。けど、気づいたら世の中なんもかも崩壊してんじゃん? 国も親も自分の面倒なんか見てくれないし、クソみたいな求人しかねえし」
「……そんなもんだ。就職氷河期のころも、まさにそうだったよ。全員が一斉に“不景気なんで募集ありません”ってドアを閉められたようなもんだ」
浅井は酒を口にしながら遠い目をする。思えば、自分たち氷河期世代もまた“普通に働いて、普通に暮らす”という夢を奪われた世代だった。
「それなら、こうするしかねえじゃん。ぶっ壊して作り直すのが手っ取り早いんだよ。老害がどける気ないなら、俺たちが力尽くでどかしてやる」
その破壊的な言葉を聞きながら、浅井の胸に奇妙な共感が芽生える。石田が抱えるのは、紛れもなく“叶えられなかった普通の夢”への絶望。形は違えど、浅井自身が長年抱えてきた閉塞感と地続きなのだ。
――羨望と共感。そして、自分を突き動かすための意地。浅井は、彼らZ世代の姿に眩しさを感じながらも、自分が今さら同じようにはなれないことを知っていた。
5.政権側の強硬策
その夜遅く、テレビの緊急ニュースが流れ始める。団塊世代の象徴でもある森口弘明議員が会見を開き、大々的な強硬策を宣言していた。
「われわれはテロ行為に断固たる措置をとる。警察だけでなく、自衛隊の出動も視野に入れて、国民の安全を守り抜く!」
スタジオでの拍手や一部解説者の称賛が背中を押すかのように、森口は傲慢な口調を崩さない。
「まるで、アレだな……あいつら、どこまでやるつもりだ?」
画面を見つめる浅井が呟く。Z世代のひとりが「上等だぜ!」と声を荒らげるが、桜子は険しい顔をして首を横に振った。
「やがては都市部への検問や通信規制が本格化するかもしれない。SNSも徹底的に監視されるだろうし……そうなったら、次の行動は格段に難しくなる」
すでに公安の動きは活発化しており、仲間の一人が「家に警察が来てパソコンを押収された」という報告も入ってきていた。時間との勝負――いわば、警察が締め付けてくる前に、どれだけ“社会への衝撃”を与えられるかという戦いになりつつある。
6.浅井の決断
ニュースを見終わったあと、浅井はひとり黙り込んだまま考え込んでいた。石田やZ世代の若者たちは、激烈な破壊行動を強める気配がある。それに乗るなら、明らかに先は血で染まる道だ。
しかし、浅井は自分たちが「世直し」を掲げる以上、できる限り命を奪うような真似は避けたいとも思っている。とはいえ、既にロケット攻撃までしてしまった今、更なる“過激化”は避けられないのかもしれない。
(俺は……どうすべきなんだ)
視線を移すと、部屋の隅で石田が仲間と会話を弾ませている。その笑顔は無邪気とも言えるほどだが、その裏には強烈な闘争心が燃えている。
(自分が若い頃に持てなかったものを、あいつは持っている。羨ましい……そう思うのは仕方ないさ。でも、それだけじゃ終わらない。この先、あいつが暴走してしまったら――)
そのとき、石田と目が合う。石田は不敵な笑みを浮かべ、浅井にウインクを送った。まるで「次はもっとデカいことをやろうぜ」と言わんばかりの瞳だ。浅井は小さく頷き返すしかなかった。
――自分たち氷河期世代と、Z世代の破壊衝動。この2つのエネルギーをどう結びつけ、どう制御するか。浅井の胸には重い責任感とともに、底知れない焦燥感が渦巻いていた。
7.夜明け前の静寂
深夜、作業場から上がった浅井は、外の空気を吸おうとビルの屋上へ向かった。明かりのない闇が広がり、街のネオンが遠くに霞んで見える。
タバコに火をつけ、一息ついたところで、ふと扉が開く音がした。
「……桜子か?」
「ごめん、邪魔だったら下に戻るけど」
「いや、構わないさ。むしろ気が紛れる」
二人は金網フェンスに寄りかかり、夜風に当たる。桜子は黙ったまま、ビル群の先にある巨大な闇を見つめていた。
「石田くん……すごいよね。若さだけじゃなくて、覚悟があるというか。私たちが二の足を踏むようなことでも、ためらいなく飛び込んでく」
「そうだな。羨ましい。けど怖い。それに、もしあいつが本当に暴走したら、どこまで行くのか予想もつかない」
浅井の声には微かな震えが含まれていた。それに気づいた桜子は、自分の胸に生じた同質の不安を噛みしめる。彼らは確かに“正義”を求めているつもりだが、暴力を伴う正義は、その形をいとも簡単に歪ませてしまうものだ。
「……あいつらZ世代には、何かを恐れる暇さえ与えられなかったんだろうな。既に絶望の底にいて、どのみち失うものがないとわかってるからこその突き抜け方なんだろう」
浅井の言葉に桜子は小さくうなずく。貧困、無視、冷笑、そして将来への不安――どれ一つとして世代の問題を解決しようとしない日本社会に対する、根深い怒り。そこから生まれる行動力は計り知れない。
「でも、だからこそ私たちが見張ってなきゃ。浅井さんたちは氷河期世代としての経験があるんだし、私だってゆとり世代なりに色々見てきた。Zの子たちが間違った方向に向かわないようにしなきゃ」
桜子の静かな決意に、浅井もわずかに口元をほころばせる。
「そうだな。あいつらが俺たちの失敗を繰り返すことのないように、導いてやらなきゃならない。……もっとも、そもそも俺にそんな資格があるかどうか、わからないけどな」
言い終えると、浅井はタバコの火を消して、冷たい夜風に煙を揺らした。
夜明けはまだ遠い。混迷する日本の行方は、さらに重い闇の中へ沈みつつある。しかし、そこには若さゆえの猛進と、それを支えようとする世代の経験が交差する光が、かすかに揺らめいていた――。
第五章 決断の代償
1.揺れる官僚心
冬の寒風が吹き抜ける官庁街の一角に、鈴木勇太(すずき・ゆうた)は立ち尽くしていた。35歳、ゆとり世代と就職氷河期世代の狭間に生まれ、東大卒のエリート官僚として内閣府に勤務する。
そこまでの人生は順風満帆に見えたが、最近はまるで足元が崩れ落ちるような感覚に苛まれている。政府や団塊世代の政治家たちが押し進める強硬策――非常事態宣言、徹底したSNS検閲、さらには自衛隊投入の可能性まで示唆される状況が、鈴木の良心を締めつけていた。
「これが本当に、国民のためになるのか……?」
呟きが白い息となって宙に消える。自分が培ってきた“官僚としての誇り”は、国を動かし、より良い社会を実現するためのものだった。だが、今や“若者や中年世代を弾圧するための道具”として働かされているのではないか――そんな疑念が拭えない。
数日前、鈴木は政府のデータベースから極秘情報をダウンロードし、氷河期世代の武装組織に接触を図ろうとしていた。テロリスト扱いされる彼らだが、彼自身は必ずしも一方的な“悪”とは思えない。少なくとも、そこには痛切な叫びや正義があると感じている。
「鈴木さん。大臣が来られますので、会議室へお願いします」
背後から声をかけられ、思考にふけっていた鈴木は我に返る。ドアの向こうには、団塊世代のフィクサーとして名を馳せる森口弘明(もりぐち・ひろあき)議員の秘書が待っていた。
2.政権会議と弾圧の方針
鈴木が会議室へ入ると、そこには警察庁・防衛省の関係者を含む十数名がすでに着席していた。モニターには先日の倉庫爆破や企業施設へのカッサームロケット攻撃の映像が映し出されている。
「若年層や中年層の一部が暴徒化し、武装テロを敢行している。断固たる措置が必要だ」
警察庁の幹部が硬い口調で言い放つ。
「SNSでの犯行声明らしき書き込みもありました。特に就職氷河期やZ世代を名乗るアカウントが、さらなる攻撃を示唆しています」
森口議員はそんな説明を鼻で笑うように聞き流し、言葉を継いだ。
「全く、甘えた連中だ。自己責任を棚に上げて社会に反抗するとは何事だ。見せしめとして厳罰を与えれば、ほとんどは尻込みするだろう。早急に取り締まりを強化するように」
一切の譲歩を認めない森口の姿勢に、鈴木は歯噛みする思いで座っているしかなかった。次々と出されるのは、言論統制・通信傍受・市街地での検問拡大など、過剰とも言える治安維持策ばかりだ。
「鈴木くんはどう思う?」
不意に森口が振り返る。鋭い目つきで見据えられ、鈴木は息を呑んだ。
「……国民が不安を抱える状況を放置するのは問題です。しかし、生活苦や世代間不公平による不満を無視したまま取り締まるだけでは、根本的な解決にならないのでは」
慎重に言葉を選ぶが、森口は呵々大笑した。
「馬鹿言うな。根本的な解決など必要ない。俺たちは安定した政権運営ができればそれでいい。若者も中年も、黙って税を払っていればいいんだよ」
その傲慢さに、鈴木の胸は怒りで熱くなる。すぐに食ってかかりたい衝動に駆られるが、今はまだ時期尚早だ。自分の立ち位置がばれれば、処分されるのは確実だろう。
3.氷河期世代との連絡
夜半、オフィスを出た鈴木はスマートフォンの電源を切り、別の使い捨て端末を起動した。そこにインストールされているのは、セキュリティが高いと噂の暗号化チャットアプリ。
“浅井翔(あさい・しょう)”――氷河期世代を中心に武装組織をまとめる男の名だ。メディアは彼らを「反社会的テロ集団」と報じるが、鈴木は違うと思っている。むしろ社会に忘れ去られた人々が、最後の手段として声をあげているだけではないか。
震える指で画面をタップする。
“こちらは官僚の鈴木。話がしたい。あなた方に協力できるかもしれない……”
送信ボタンを押すと、胸の奥が大きく鼓動した。まさに一線を越える瞬間だ――国家公務員としての立場を捨て、ある意味では“裏切り”を行うことになる。それでも、鈴木にはもう選択の余地がなかった。森口のような政治家の横暴が、この国を破滅へ導くだけだという危機感が、彼を突き動かしていた。
4.悲劇の訪れ
そんな折、新宿の地下作業場では、浅井たちが交代で見張りをしていた。政府の強権発動により、いつ踏み込まれてもおかしくない状況だからだ。
そこへ、Z世代の石田颯(いしだ・はやて)が血相を変えて駆け込んでくる。
「大変だ……!! 仲間のひとり、捕まったらしい。しかも警察の連中は“容疑者が逃げようとしたので発砲した”とか言って、入院先でも取り調べしてる……」
石田の声は震え、怒りと焦りが入り混じった表情だ。どうやらメンバーの若者が突発的な行動を起こそうとして、警官隊に包囲されてしまったらしい。
浅井と水野桜子(みずの・さくらこ)、青木圭介(あおき・けいすけ)は顔を見合わせる。ついに弾圧が具体的な形で牙を剥き始めたのだ。
「助けに行かなきゃ。病院に駆け込んでどうにか奪還しないと……!」
石田は拳を握りしめるが、桜子が声を荒げて止める。
「そんな無茶、相手は武装した警官隊なのよ? 私たちが突っ込んだら、もっと大きな被害が出る」
「でもこのまま見殺しにするのかよ! あいつはオレたちと一緒にやってきた仲間なんだぞ!」
浅井は苦悩の末、苦渋の決断を下す。
「石田……一旦落ち着け。病院は警察が完全に押さえているはずだ。今突撃しても逆に全員逮捕か、最悪なら撃ち殺される。ここは耐えるしかない……」
「ふざけんな! あんたがそんな腰抜けだから、いつまでたっても団塊どもに舐められるんだろ!」
普段から浅井に一目置いていた石田だが、このときばかりは激情を抑えられなかった。いずれにせよ、彼らはただ仲間の悲劇を歯ぎしりしながら見つめるしかなかった。
5.官僚との接触
翌日、浅井のスマートフォン(使い捨てSIM)に暗号化チャットの通知が届く。
“官僚の鈴木です。貴方たちの目的と状況を知りたい。もし話が合うなら、私が持つ情報を共有できるかもしれない。抑圧を止める方法を探したい。”
思わず画面を凝視する浅井。すぐ脇で桜子が興味を示す。
「本物の官僚かしら? 罠の可能性もあるわよ」
「そうだな……でも、もしかしたら味方になり得る存在かもしれない」
浅井は、ここで一か八か賭けるしかないと判断する。団塊世代の政治家や警察が本腰を入れて弾圧を進めているいま、内通者がいれば自分たちの行動に大きな助けとなる。
暗号化チャットを通じ、浅井は鈴木とのやり取りを始めた。どんな社会を目指すのか、なぜ武力闘争に踏み切ったのか――問いと答えを重ねるうち、鈴木は純粋に“世代間格差と理不尽を是正したい”と思っていることが伝わってくる。
「奴らの動きは速いです。近日中に非常事態宣言を強行し、あなたたち武装グループを一斉制圧する方針らしい」
チャットの文字を読みながら、浅井は唸る。死闘は避けられない――そう確信せざるを得なかった。
6.さらに広がる悲劇
ほどなく、メンバーのひとりが警察の過剰な取り締まりで亡くなったという知らせが届く。容疑者逃走の名目で撃たれたが、実際には両手を挙げて降伏姿勢だったという目撃証言もある。しかしメディアはそれを報道せず、「テロリストが公務員に危害を加えようとしていた」と警察発表を垂れ流すだけだった。
作業場は沈鬱な空気に包まれる。Z世代の石田は「よくも仲間を殺しやがった!」と声を荒げ、さらに激しい攻撃を要求する。ゆとり世代の桜子は悲嘆に暮れながらも「今こそ武器を使うしかないのかもしれない」と決意を固め始める。青木は涙をこぼしながら、剥き出しの怒りを胸に蓄えていた。
「これで、完全にもう後戻りはできなくなった。俺たちを踏みにじる連中を許すわけにはいかない」
浅井は震える声でそう宣言した。就職氷河期世代として、長年味わってきた屈辱と悲しみが限界を超え、武装闘争への抵抗感すら薄れつつある。
「集まってくれ……本格的な作戦を立てるぞ」
7.正義の戦いは幕を開ける
乾いた空気の夜。地下作業場にメンバーが揃い、浅井が地図と資料をテーブルに広げる。カッサームロケットや3Dプリンター銃、さらには北朝鮮から密輸された武器をどう運用するか、誰を標的にするか――議論は加熱し、最終的には「団塊世代の政治家や大企業幹部が集まるホテルでの会合を狙う」という案が浮上する。
「そこには森口弘明議員も出席すると聞いた。奴がいなければ、政府の強硬策は多少は緩むかもしれない」
石田が言うと、浅井や桜子は黙り込む。確かに森口を排除すれば、状況が変わるかもしれない。だが、それは“暗殺”に近い形となる可能性が高い。
「命を狙うなんて……本当にそこまでやるの?」
桜子が唇を震わせる。彼女は人命を奪うことに強い抵抗を感じている。しかし、ここへ来ての流血はもはや現実的な選択肢となってしまった。
そんな彼らの議論を背に、浅井はスマートフォンで鈴木への連絡を取ろうとする。
「もしそのホテル情報が正しければ、警備体制も厳重だ。鈴木の力を借りられれば、政府側の布陣を把握できるかもしれない」
Z世代が鼻息荒く拳を握る一方、桜子や青木は顔を強ばらせる。暴力を“超えてはいけない一線”へ踏み込んでしまう恐怖が忍び寄っていた。
しかし、もう後には引けない。仲間が撃たれ、悲劇が起き、政府と団塊世代の弾圧が激化するなかで、正義を貫くためにはさらなる闘争が必要なのだと――誰もが感じていた。
「これが……俺たちの戦いだ」
浅井は拳をぎゅっと握りしめ、テーブルの上の地図を見下ろす。その眼には、かつての就職氷河期世代が味わった挫折とは異なる、研ぎ澄まされた決意の炎が宿っていた。
8.そして夜明けへ
幾つもの悲劇が重なり、それぞれの正義が極限まで煮詰まった今、氷河期・ゆとり・Z世代の“世直し”運動は、政府と団塊世代が用意した鉄槌に真っ向から挑む形で激化の一途をたどる。
一方、内通を決断した鈴木勇太の行動は、どこまで彼らを助け、どこまで国家機構の網をかいくぐれるのか。自ら望む形で情報を渡すのか、あるいは警察にバレてしまうのか――その運命はまだ誰にも分からない。
混沌とした闇が覆い始める東京の街で、正義の戦いは静かに、しかし確実に幕を開けようとしていた。
次に訪れるのは勝利か、破滅か。それとも、全く別の未来か。世代の叫びが燃え上がる中、夜明けの光はなお遠いままに揺れている――。
第六章 狂宴の告白
1.官僚からの決定的情報
夜の帳が下りる頃、浅井翔(あさい・しょう)は使い捨て端末に届いた暗号メッセージを開封した。差出人は“官僚・鈴木勇太”――内通を決意した人物だ。
「大企業・政治家が集う秘密会合の日時と場所が、確定したらしい……」
浅井が読み上げると、周囲に集まったメンバーたちの顔に緊張が走る。就職氷河期・ゆとり・Z世代による“世直し運動”は、ここにきて団塊世代の政治中枢へと一気に迫ろうとしていた。
石田颯(いしだ・はやて)らZ世代の荒くれ者たちは、不穏な光を瞳に宿して顔を見合わせる。先日、仲間が弾圧で亡くなったばかりだ。リーダー格の浅井や、水野桜子(みずの・さくらこ)、青木圭介(あおき・けいすけ)たちも、追い詰められた思いで行動を決断する。
「森口弘明議員も、その会合に出席するんだよな……」
石田が確かめるように低く呟く。
「そうだ。だが、今回の目的は“暗殺”じゃない。奴を表の舞台で引きずり下ろすための、インパクトある一手が必要だ」
浅井は歯を食いしばりながら言う。先日までは、森口を抹殺するしかないという意見もあった。しかし、それでは団塊世代が抱える権力構造を根本から崩せるとは限らない。むしろ“テロリスト”の烙印を押され、さらに弾圧が強まる可能性が高い。
「奴に真の姿を吐かせるんだ。そうすれば、“高潔な国士”を気取ってるあの男が、どれだけ我欲にまみれているか国民の目に晒せる」
桜子がノートPCの画面を見ながら補足する。
「自白剤入りの麻酔銃を使うという作戦よ。私が手に入れた海外製のドラッグを、特殊な弾頭に仕込んである。人命への致命傷を避けつつ、強制的に意識混濁と吐真効果を狙うわ」
Z世代のメンバーは口々に「すげえな」「そんなのどこで手に入れたんだ?」とざわめくが、桜子は苦笑する。闇ネットや特殊な海外ルートを駆使すれば、限界はあるとはいえ不可能ではないのだ。
2.真夜中のホテル突入
決行日。豪奢なホテルの一室では、大企業の重役や政治家、そしてその関係者が集う秘密会合がまさに始まろうとしていた。そこでは、これからの増税政策や公共事業の配分など、利権が渦巻く議論が行われるはずだ。そして、その中心人物こそ団塊世代のフィクサー・森口弘明議員。
鈴木勇太は事前に会場のレイアウトや警備体制を知らせてくれている。ホテルの地下駐車場から厨房、従業員通路を抜けていけば、比較的容易に会合のフロアへ到達できる見込み。
作戦は単純明快。少人数でコッソリ侵入して森口を麻酔銃で撃ち、すぐに車へ運び込む。その後、裏ルートの“秘密アジト”へ連行し、ライブ配信を行う予定だった。SNSで実況すれば、たとえ既存のメディアが黙殺しても、世間に衝撃を与えることは可能だ――そう彼らは踏んでいた。
「いいか、絶対に殺すなよ。人が死ねば“テロ”のレッテルが貼られる。必ず生かして、大恥をかかせてやるんだ」
浅井は仲間たちにそう言い含める。石田たちZ世代も、怒りを抑えながら頷いた。
青木は緊張で汗ばんだ手のひらをズボンで拭いつつ、既にこの世直し運動が後戻りできない段階に来ていることを実感していた。
3.予想外の乱闘
潜入は思いのほかスムーズに進んだ。制服警備員は少数で、大半が上層階のパーティ会場周辺に集中している。会合が行われる中会議室の前まで、桜子がタブレット端末を操りつつ監視カメラをループ再生させながら一行を誘導する。
しかし、扉を開けた瞬間、予想外の事態が起きた。
「なんだ、お前らは――!」
そこには、私設ボディガードらしき男たちが数名控えていたのだ。森口議員にとってよほど大切な会合なのだろう。ボディガードが浅井たちを怪しみ、すぐに警戒モードを取る。
「撃て!」
石田が即座に短剣のような器具を放り投げ、相手の足元を攪乱する。続けて桜子が仕込んだ催涙スプレーを噴射。浅井は素早く動いてボディガードの腕を払うが、うまく当て身を入れそこね、軽く反撃を受けてしまう。
「くっ……!」
床に倒れ込みかけた浅井を青木が支え、何とか態勢を立て直す。Z世代の若者たちは慣れた様子で複数方向から攻め込み、少数ながら力技で押さえ込んだ。
「この……テロリストが!」
ボディガードの一人が叫ぶ中、桜子は一瞬の隙を突いて会議室へ突入。そこに腰掛けていた森口弘明議員は、一瞬驚愕の表情を見せ、すぐさま退路を探すように立ち上がった。
「逃がすな! 今だ!」
桜子が合図を送り、浅井が“自白剤入り麻酔銃”を構えて森口に照準を合わせる。標的は森口の肩口――殺傷力が限りなく低く、かつ薬液を注入しやすいポイントだ。
4.森口弘明議員、墜つ
パン、と乾いた発射音が響く。特殊弾頭が森口議員の肩をかすめ、そこから瞬時に薬液が注入される。
「ぐっ……なんだ……これは……」
森口は自分の肩を押さえながらよろめき、壁に手をつく。意識が朦朧とし始め、やがて膝をつきその場へうずくまった。
「よし、効いたか……」
浅井はホッとしたように息をつく。殺傷力は低い代わりに、効果が出るまでには多少の時間差がある。万が一、反撃されていたら厄介だったが、森口が立ち上がる様子はない。
「くそ……お前ら、誰に向かって……こんなマネを……!」
森口は半ば意識を保ったまま、朦朧と言葉を吐き出す。興奮状態からか、次第に自白剤の作用が表れ始めていた。
「こ、こいつら……なんで、こんな……。おれは国を……守って……いや……国なんぞどうでも……」
言葉が支離滅裂になる。だが、そこには本心がちらつく兆しがあった。浅井たちはスマートフォンを取り出し、ライブ配信の準備を急ぐ。
5.暴言と失禁
麻酔と自白剤が回り切った森口議員は、トロンとした目で周囲を睨み渡す。
「若者も中年も、カネのない奴らはクズだ……。自己責任だろ……俺たち団塊が、日本をつくったんだぞ……」
声がやけに大きい。会議室の外で倒れこんでいるボディガードたちが「あの議員があんなことを……」という表情で、動揺しながら遠巻きに見ている。
「年金? どうせ払っても、貧乏な奴らは死ぬだけだ……。票をくれる年寄りを大事にするのが当たり前だろ……あぁ? 氷河期? ゆとり? Z? んなもん、知るか……税金は取り立てて当然だろう……ぐっ…ぅ…」
醜い本音が止めどなくあふれ出す。桜子が静かにスマートフォンのカメラを向け、SNS配信用のライブモードを開始する。
「政府だの国だの……そんなのは、俺の踏み台なんだ……愚民どもがッ……だれも俺を止められねえ……」
噛みつくような声で怒鳴りながら、森口は汗を浮かべた顔をゆがめ、突然「うっ……」と苦しそうに呻いた。次の瞬間、股間に湿った染みが広がっていく。
「わ……失禁した……?」
石田が驚き混じりの声を漏らすと、森口は意識が朦朧としながらも、自分の身体に起きている事態を理解したのか、顔を真っ赤にしてのたうち回る。
「やめろ……撮るな……こんな……姿……」
しかし、ライブ映像は既に配信中だ。団塊世代のトップ政治家として君臨してきた森口弘明議員が、自らの醜い本音を曝け出し、恥ずかしげもなく失禁している。SNS上には瞬く間に「森口の自爆」「老害の本音が暴露」といったコメントが溢れかえる。
6.混乱からの撤収
「いいぞ、浅井さん……! これで国民に見せつけられる……あいつらが本当は何を考えてるのか!」
石田は興奮して笑い声を上げ、桜子は「そんな風に狂喜するのは止めて……これ以上ない醜態をさらしてるんだから、もういいでしょ」とたしなめる。
外ではホテルスタッフや警備員が騒ぎを聞きつけて集まり始めており、下手をすれば大規模な警察出動に発展しかねない。そもそも今回の作戦は森口を“確保”するのではなく、“恥をさらさせる”というのが主旨だった。
「撤収するぞ。これ以上長居して包囲されたら逃げ道がない」
浅井が即断し、Z世代の若者たちが森口を床に放置して素早く会議室を後にする。失禁して半狂乱状態の森口は、もはや追跡する余力はない。
桜子はスマートフォンを操作しながら最後に部屋を見回し、念のために配信を終了させる。ホテルの廊下を駆け抜け、裏口から待機していた車へ乗り込み、勢いよく発進した。
7.狂宴の告白、世間の反応
車の中、みなが荒い呼吸を整えつつ、ライブ配信のコメント欄を確認する。動画は数分程度の短いものだったが、瞬く間に拡散されていた。
「マジかよ、あの森口議員が失禁? しかも“税金は取り立てて当然だろう”って本音ダダ洩れ?」
「なんだこれ、コラ画像か? リアルすぎる……」
「こんなの即削除されるに決まってる。保存急げ!」
案の定、既存のニュース番組は「テロリストによる違法配信」と報じるだけで、映像自体をほとんど流さない。しかしSNS上では拡散が止まらず、コピーや切り抜き動画が次々に投稿されていた。
「やった……! これで奴らの正体が世間に暴かれるはずだ。団塊のアイコンみたいな森口があのざまを見せたら、さすがに民衆も気づくだろう」
青木が喜びを露わにする一方で、桜子は複雑そうに眉をひそめる。
「確かに衝撃的だけど、だからといって一気に体制が崩壊するわけじゃない。むしろ政府は必死に隠蔽しようとするだろうし……それに、このやり方がどこまで“正義”と呼べるのか、わからない」
石田は桜子の言葉に肩をすくめる。
「まあでも、あいつが悪辣な本音を吐いて失禁したんだから、これ以上ない恥だろ? ざまあみろって感じだよ」
興奮気味に語るZ世代と、ほっとする氷河期世代、そして道徳的な葛藤を拭いきれない桜子。それぞれの思いが交錯しながらも、今回の作戦は成功を収めたかに見えた。
8.官僚・鈴木の胸中
一方、内通者として情報を流した鈴木勇太は、自身のパソコンでそのライブ配信の録画を見ていた。
「森口先生、これは……完全に終わったな」
凄まじい暴言と失禁の一部始終を目の当たりにしながらも、鈴木はただ静かに息を飲む。上司や同僚が崇拝していた“国を動かす大物議員”が、その威厳を根こそぎ失う姿を見せたのだ。
「もう少し穏健なやり方はなかったのか……?」
独り言のように呟く。だが、政府や団塊世代の政治家が若者・中年世代を弾圧するばかりで耳を傾けなかった現実を考えれば、これしか方法がなかったのかもしれない。少なくとも、彼もまた同じ想いに駆られた結果、情報を渡したのだ。
やがて執務室の外から慌ただしい足音が聞こえ、同僚が駆け込んでくる。
「大変だ、森口先生が何者かに襲われ、あろうことかネットで失禁シーンが配信されたらしい……! さっそく政府内で隠蔽に動くとか、緊急声明を出すとか、色々バタバタしてる!」
「そうか……」
鈴木は落ち着き払って返事をし、そっと机の端末をスリープ状態にする。これから始まるのは混乱の連鎖――そして、鈴木自身もその渦中に身を置くのだろう。
(これが国を揺るがす契機になるならば……俺はもう、引き返さない)
9.夜明けの予感
新宿の地下作業場へ戻った浅井たち。入口の扉を開けるなり、石田たちZ世代が笑顔で拍手喝采を浴びせる。
「お帰り! 最高だったぜ、あのジジイの情けない顔!」
一方で桜子は奥の席に腰を下ろし、タブレットを操作しては溜め息をつく。青木はそんな桜子を気遣うように肩を叩く。
「確かにやり方は過激かもしれない。でも、団塊世代の本音をここまで晒すには、これくらいしかなかったんだ……」
浅井は静かに頷き、仲間の顔を順に見渡す。失われた世代の無念、ゆとり世代の欺かれた感覚、Z世代の破壊衝動――すべてが今夜の結果へ結びついた。そして、政府やメディアがどう対応するかは未知数だが、一石を投じたのは確かだった。
「俺たちの正義は、まだ完璧じゃない。それでも、何もしなければずっと踏みにじられるだけなんだ。今こそ立ち上がるときだ……!」
拳を握る浅井の瞳には、新たな闘争の決意が見えていた。団塊世代への一矢を報いたにすぎない。だが、この映像がもたらす波紋は確実に広がり始めている――。
夜明けの訪れは近いのか、それともさらなる混沌が待ち受けているのか。いずれにせよ、正義の闘いは、ここからが真の始まりだと誰もが感じていた。
第七章 宣戦布告と暗流の行方
1.森口失禁映像の衝撃
翌朝、SNSのタイムラインは“森口弘明議員の失禁映像”一色となっていた。就職氷河期(ロスジェネ)・ゆとり世代・Z世代のユーザーを中心に、彼の暴言やみっともない姿を切り取ったコラージュやミームが猛烈な勢いで拡散されている。
「バカにされた俺たちが今度はお前を笑う番だ!」
「これが“自己責任”を連呼してきた老害の本音」
「みっともない! あれで国会議員? こんなのに人生壊された世代の気持ちを察してくれ」
さらに、映像の拡散だけにとどまらず、各世代が自ら受けてきた不公平や理不尽な差別を告発する投稿が相次ぐ。
企業でのパワハラや非正規雇用のまま年齢だけを重ねたロスジェネ。リストラや不遇な就職先しか選べず、過度の奨学金ローンを抱えたゆとり世代。そして、最初から景気回復の兆しが見えぬ社会に生まれ育ち、闇バイトや裏稼業へ追いやられるZ世代。
彼らは口々に言う。“この世代間の格差はもう個人レベルの問題ではない。まるでアパルトヘイト(人種隔離政策)のように、世代によって制度的・構造的な差別が行われているのだ”と。
「就職氷河期に放り出された俺たちに明日はなかった。ゆとり世代には『ゆとり』のレッテルを貼って軽んじ、Z世代には未来さえ与えない。一体、どの世代なら正当に扱われるのか?」
こんな書き込みが何万件もリツイートされ、重苦しい共感の空気が広がるなか、森口議員を筆頭とする団塊世代が築いてきた体制への不満が一気に噴き出していた。
2.政府の混乱と情報統制
一方、政府は予想をはるかに超える映像拡散のスピードに大いに焦りを感じていた。マスメディアは「動画が違法アップロードされたテロリストの工作」と批判的に報じようとするが、SNSの拡散力の前には焼け石に水。
慌ただしい緊急会議で、警察庁の上層部や官房、与党幹部が協議を重ねる。森口弘明議員自身は病院に搬送され、取り調べができる状態ではないらしい。議員仲間や後援者からは「映像をすぐに削除しろ」「メディアを抑えろ」という圧力がかかるが、SNS上の膨大なデータを完全に封殺するのは不可能だ。
「若年層と中年層による反体制運動は、もはやテロの域を超えた社会運動になりつつある。非常事態宣言の発動も視野に入れざるを得ない」
警察庁の幹部がそう切り出すと、与党幹部は躊躇いなく頷いた。
「国民の分断を招く一部過激派を鎮圧するため、断固として対応するべきだ。既に集会やデモを取り締まる条例の改正案も用意してある。SNSの監視も強化しよう」
しかし、それはただの力押しにすぎない。“国民の安全と平和を守るため”という名目で検閲と弾圧を正当化し、若者・中年をさらに追い詰めることになるのは明らかだった。
3.揺れる官僚・鈴木勇太
官邸の廊下を足早に進む官僚、鈴木勇太(すずき・ゆうた)は薄暗い表情をしていた。内閣府の若手エースと称えられ、ゆとり世代と就職氷河期世代のはざまで育った彼は、上層部がもっぱら強硬策に傾く様子を苦々しく思っている。
「映像がここまで拡散してしまったのでは、既存のメディアコントロールだけでは追いつかない。それどころか、過度な検閲はかえって反発を呼ぶでしょう」
小声で訴えても、周囲の幹部たちからは「あんな連中は暴力に訴えるテロリストだ。容赦なく取り締まる」と跳ね返される。鈴木は唇を噛む。
(彼らが本当に“テロリスト”なのか? あの議員の失禁映像を見て、誰が彼らを一方的な悪と断じられるというのか……)
夜遅く、彼は人けのない庁舎の一室でスマートフォンの暗号化アプリを立ち上げる。画面には浅井翔(あさい・しょう)とのチャットルーム。今や彼は“共犯者”に近い立場だ。
「政府は非常事態宣言を検討中。SNSや集会も強制力を伴い禁止される恐れがあります。新たな取り締まり対象リストの中に、あなたたちの名前が……」
送信ボタンを押すと、鈴木の心臓が激しく鼓動する。立場を完全に捨てる覚悟を問われる時が近いのだろう。どちらの側につくのか、いや、もはや答えは出ている――ただ、“官僚”という看板を下ろす日が近いかもしれない。
4.SNS大炎上と“アパルトヘイト”論
「こんな世代間差別、見たことない。氷河期、ゆとり、Zがこのまま搾取され続けるなら、完全にアパルトヘイトじゃん」
「自分の世代は“下層民”扱い。正社員にもなれず、老後の蓄えも期待できない。もう我慢ならない」
「政府は高齢者の票田を守るために、若い世代を見殺しにしてきた。その実態がようやくバレただけさ」
SNS上では失禁コラージュとともに、「アパルトヘイト」という言葉がハッシュタグ化され、急上昇する。民族や人種が異なるわけでもないのに、世代が違うだけで生活レベルや将来の展望がまるで違う――これを“構造的差別”と見る声が過半数を超えつつあった。
そして、その矛先は「高齢世代」への単純な敵意だけでなく、「若者の不満を真正面から受け止めず、力で潰そうとする政府」という体制全般に向かい始める。具体的には、強硬な治安維持策に乗り気な与党の政治家、そして利権を守るために暗躍する官僚機構。その頂点に、すでに大きく傷ついたとはいえ、森口弘明議員のような団塊世代の巨頭が君臨しているのだ。
5.地下作業場での決起
「見てこれ。#アパルトヘイト #団塊の悪行 なんてタグが怒涛の勢いで拡散中……」
水野桜子(みずの・さくらこ)はモニターに映るSNSのトレンドを眺めながら、深いため息をつく。
「強硬策で弾圧される前に、もっとはっきり国民の支持を取り付けたい。そう思う人たちが一斉に声を上げ始めたわ」
新宿の地下作業場には、就職氷河期世代を代表する浅井翔、Z世代の石田颯(いしだ・はやて)、そして青木圭介(あおき・けいすけ)らが集まっている。森口議員の失禁映像を仕掛けた直後から、確かに社会の空気は変わり始めた。
「ただ、このまま煽るだけ煽って、政府が非常事態宣言を出せば、俺たちの活動自体が一気に潰されかねない。下手すると市街地に軍隊が出張ってきてもおかしくないぞ」
青木が心配そうに眉をひそめる。まるで戒厳令のような事態になれば、生活も情報も全面的に統制される可能性がある。
一方、石田は握り拳を振り上げ、声を荒らげる。
「だからこそ今だろ! 連中が力で弾圧する前に、こっちももっと手を打たなきゃ。団塊ジジイどもだけにいい思いさせてたまるか!」
彼らZ世代の一部には、SNSで火がついた今こそ“革命”のチャンスだと考える空気がある。先日の森口拉致作戦で手応えを感じ、「次はもっと大きな場所を狙おう」という意欲すら見せている。
桜子はそんな石田を横目で見ながら、静かに浅井に意見を求める。
「どうするの、浅井さん? 私たちがどこまでエスカレートしていいのか、判断のしどころじゃない?」
浅井は少し考え込んだ後、端末を開き、内通者である鈴木とのチャットを確認する。そこには「政府内では“治安維持特別法”に基づく強権発動が秒読み状態」「次の一手を控えるように」という警告が書かれていた。
「……今は一旦、余計な武力行使を控える。世論がこちらに傾きはじめてるのを感じるんだ。武力よりも、まず言葉と映像の力で、奴らを追い詰められるかもしれない」
石田は不満げに舌打ちするが、浅井の決断を強く否定することはない。桜子や青木も頷き、しばし静かに事態の推移を見守ることにした。
6.官僚の覚悟
「鈴木くん、森口議員の件で取り調べを行うぞ。君も同行してくれ」
上司の無機質な声に、鈴木は内心身震いする。今まさに病院で療養中の森口が、錯乱状態ではあるが徐々に意識を取り戻しているという。警察官や検察官も集まり、裏事情を聴取する準備を進めているらしい。
(まずい。森口が俺たちに不利なことを口走れば、内通の疑いがそちらへ向かうかも……)
もちろん、森口が錯乱中に正確な情報を把握しているかは不明だ。ただ、森口派の政治家や官僚が「犯人は誰だ? 内通者がいるに違いない」と血眼になって探しているのは間違いない。
病院へ向かう車中、鈴木は使い捨てスマートフォンを取り出し、文字を打ち始める。
「状況が変わりつつある。森口が目を覚ませば、誰かがあなたたちの正体を掴む可能性がある。下手をすれば一斉検挙だ。どうか慎重に……」
送信して数秒、画面に“既読”のサインがつく。浅井からの返信はまだない。だが、鈴木はこれが最後の警告になるかもしれないと覚悟していた。
7.“アパルトヘイト”批判の盛り上がり
一方、ネット上では「世代間アパルトヘイトを終わらせろ」というスローガンが盛り上がりを見せている。特にロスジェネ世代を中心に、“闇バイト”や非正規雇用で疲弊した人々、さらにはゆとり・Z世代の若者も含め、連帯を呼びかける動きが活発化。街頭でのフラッシュモブや、ゲリラ的な垂れ幕掲示など、半ばカウンターカルチャーに近い運動が各地で散発的に起こっていた。
「就職氷河期は国の失策だろ! 何が自己責任だ!」
「ゆとり世代は詰め込み教育の犠牲者でもある。義務教育の失敗だ!」
「Z世代にはそもそも未来がない!将来設計すら絶望的!」
こうしたデモやアクションが、いまやメインストリームのメディアではなく、SNSライブや動画配信サービスで生中継される。政府や警察がいくら “違法” “テロの予兆” といったレッテルを貼ろうとも、もはや社会は大きく動き出していた。
8.決起へ向けた静かな足音
「状況はまさに流動的だ。今こそ、俺たちは真の“世直し”を実現するために動くべきだ」
地下作業場で、浅井は集まったメンバーに静かな声で語りかける。SNSでの波が広がる一方、政府は非常事態宣言をちらつかせている。次の瞬間には、いつ強制捜査や軍事的制圧が入るかもしれない。
「官僚の鈴木は、こちらにとって貴重な情報源だ。まだ彼の身元が割れていないのは奇跡だが、逆に言えばもう時間はない」
Z世代の石田がこぶしを握り、“次はもっと派手にやろうぜ”と息巻いているが、浅井はそれを制しながら意見をまとめる。
「暴力だけが手段じゃない。世論が変わっている今、むしろ『正義』を維持するために、過度な破壊活動は封印すべきだ。俺たちが相手を殺さず森口を失禁させたように、“痛快”かつ“人命を尊重”するやり方で人々を振り向かせるんだ」
桜子や青木は、その言葉に深く頷く。石田は少し不満げだが、先日の作戦で一定の達成感を味わったこともあり、強引に反対はしなかった。
「でも、もし政府が本気で弾圧に来たら……?」
青木の声に浅井は目を伏せる。
「そのときは、最後まで抵抗する。しかし、それはあくまで最終手段だ。俺たちが大義を守るため、まずは市民を味方につける必要がある」
外から聞こえる車や人の喧騒が、一層高まっているように感じられる。夜の街は目に見えぬ暗流に包まれ、次なる決戦の足音が近づいていた。
9.新たなるうねりと、官僚の苦悩
夜、官邸付近では警察車両や機動隊が配置され、物々しい空気が漂う。SNS上では「非常事態宣言が出されるまで時間の問題」「検問や通信規制が始まるのでは」という噂が飛び交っていた。
その頃、病院では森口議員が薬物の影響から少しずつ回復し始めていたが、混乱した発言や映像の確認により、逆上しているという。
「……テロリストだ……必ず処刑しろ……」
唾を飛ばしながら吠える姿を目の当たりにして、鈴木勇太は震える手で書類を抱える。もし森口が正気に戻り、「官僚の誰かが情報をリークしている」と言い出したら、鈴木自身も危ない。
(ここで俺があっち側に行けば、あるいは安全かもしれない。だが――)
鈴木の脳裏には、浅井たちの必死な姿や、就職氷河期・ゆとり・Z世代がSNSで叫ぶ“アパルトヘイト”糾弾の声が浮かぶ。自分は一度、そちらへ手を差し伸べようと決めたはずだ。いまさら裏切るわけにはいかない。
「人にはそれぞれ正義がある、と言いたいが……森口先生や政府上層部のやり方は、あまりにも国民を踏みにじっている。これではいつか国が壊れる」
鈴木は意を決し、内ポケットに忍ばせていた使い捨て端末を握りしめる。恐らく最後になるかもしれない“秘匿チャット”を開き、浅井へのメッセージを打ち始めた。
「今夜、政府の治安部隊が出動する可能性が高い。大規模な検問や家宅捜索が始まるかもしれない。どうか気を付けて――」
10.正義の戦いへ続く道
こうして、森口弘明議員の失禁映像コラージュによるSNS旋風をきっかけに、ロスジェネ・ゆとり・Z世代が訴える“不公平と人権侵害”が社会を大きく揺さぶり始めた。
「これはアパルトヘイトだ」という論調が、単なる過激発言に留まらず、多くの人々の共感を得ている。一方、政府や与党、警察・官僚機構は非常事態宣言も辞さない強硬策で事態の収拾を図ろうとしている。
官僚・鈴木勇太は、最後の一線を越える覚悟を固めつつある。団塊世代の牙城に在りながら、内側から支援し、社会を根本から変える一手となるのだろうか――。
両陣営の思惑が激しくぶつかり合うなか、夜明け前の東京は静かに、しかし着実に戦いの火蓋が切られようとしていた。
まとめ
• 森口議員失禁映像 を足がかりに、若年・中年層が受けてきた理不尽を「世代間アパルトヘイト」として告発する声がSNSで急拡大。
• 政府 は非常事態宣言や大規模な治安強化で応じようとし、対立がさらに先鋭化。
• 官僚・鈴木勇太 は、政府内部の弾圧方針に背いてまで浅井たちへ情報をリークし続け、ついに最後の一線を越える決意を固めつつある。
第八章 燃え広がる抗争の炎
1.非常事態宣言の夜
噂されていた最悪の事態は、突然訪れた。深夜、総理官邸から発された緊急声明――「特定集団によるテロ行為の可能性が高まったため、政府は非常事態を宣言する」。
テレビやラジオ、そして主要なニュースサイトが一斉に「国民の安全を守るための必要措置だ」と報じる。一方でSNS上では、「これは政府による強権発動の口実だ」「ついに戒厳令に近い形が始まる」と批判や恐怖の声があふれかえる。
官僚・鈴木勇太(すずき・ゆうた)はその報せを庁舎のモニターで確認し、胸の奥が冷たく凍るように感じた。
(やはりやるのか……。これで全国規模での検問や通信制限、集会の禁止などが法的に可能になる。下手をすれば軍事力の行使すら――)
鈴木は自分のスマートフォンを握りしめたまま、暗号アプリを立ち上げる。浅井(あさい・しょう)たちへ一報を入れなくては。
2.市街地で始まる弾圧
東京の主要道路や駅前広場、公共施設には、次々と警察車両と機動隊の姿が現れ始めた。検問所では通行人を一人ひとり職務質問し、スマホやバッグの中身を調べ、少しでも不審な点があれば任意同行を求める。
やがて、政府に批判的なビラを貼っていたり、SNSに過激な書き込みをしていた疑いだけで逮捕される例まで出てきた。
「おい、なんだそのスマホ? 見せろ!」
「離してよ! 何も悪いことしてないのに!」
叫び声と怒号が交錯するなか、市民はみな怯えた表情で道を急ぐ。無関係な人々も巻き込まれ、肩を掴まれる、不当に荷物を漁られるなどの行為が横行し始めると、「守るべき一般市民を逆に脅かしているのでは?」という疑問が広まっていった。
それでも政府は「これは一部テロリストから国民を守るため」という一点張りだ。メディアの多くも政府発表を鵜呑みにするが、SNSの生配信では「取り締まりの対象が無差別に拡大している」「無関係な通行人が暴行を受けた」という映像が次々と流れてきた。
3.青木圭介と“歪んだ日常”
コンビニでアルバイトを続けていた青木圭介(あおき・けいすけ)は、深夜勤務の帰り道、思わぬ場面に遭遇する。
大通りから少し外れた路地裏で、警察官が若いカップルを職務質問し、カップルの男性の顔を地面へ押しつけていた。どうやら「SNSでテロを肯定する書き込みをした疑い」とのことらしいが、彼らは必死に否定している。周囲の人々は怖くて近寄れず、遠巻きに見つめるだけだった。
(いつからこんな国になってしまったんだ……)
青木は心の中で絶望が渦巻くのを感じる。政府への不満を持ちつつも、自分自身が“闘い”に身を投じていることが改めて怖くなった。しかし、もう後戻りできない地点を越えている。無関係な一般市民が次々と理不尽な被害を受け始めているのだから、一刻も早く何とかしなければ――。
4.官僚・鈴木の最終的決断
「また民間人への取り締まりが増えています。これはあまりにも度が過ぎる……!」
会議室で警察庁幹部とやり合う鈴木勇太。しかし、返ってくる言葉は冷淡そのものだった。
「非常事態下では仕方ない。市民に『必要以上に警戒される』くらいでちょうどいいんだよ。すべては安全確保のためだ」
「しかし、その“安全”という言葉が何を指しているのか、もう一度考えるべきでは……?」
「生意気言うな、鈴木くん。君はどちらの味方なんだ?」
鋭い視線に射竦められ、鈴木は口を閉じる。――答えはわかりきっていた。もう自分は、森口議員らが牛耳る権力の側には立てない。
深夜、オフィスで誰もいなくなった頃、鈴木は最後のファイルを極秘にコピーし、使い捨て端末を手に庁舎を出る。スーツの胸ポケットには、辞表と身分証が揃えて入っていた。
(ここまでか……。浅井たちと合流するか、それともどこかで匿ってもらうしかないかもしれない)
5.SNS呼びかけ、立ち上がる市民
一方、地下作業場では浅井翔、水野桜子、石田颯(いしだ・はやて)らが大きなモニターを囲んでいた。非常事態下の日本の映像が次々と映し出される。各地で起きる検問、機動隊との衝突、むやみな拘束……
「これじゃあ、政府が掲げる“安全”とやらのために、むしろ一般市民の生活が壊されてるじゃないか」
桜子の怒りまじりの声に、石田が興奮した面持ちで応える。
「だからこそ今がチャンスだ。市民の大半が政府に反感を抱き始めてる。マスメディアには騙されない人間が増えてるんだ。オレたちが本気で呼びかけりゃ、一気にみんな立ち上がる!」
浅井は重い口を開く。
「……でも、武力衝突に発展すれば、さらなる犠牲が出るだろう。市民のデモに対して政府が武力を行使したら、どうなる?」
「それでもやるしかない! こんな理不尽な弾圧を、いつまでも許すわけにいかない!」
石田の怒声に、一瞬場が凍りつく。誰もが怖れているのは“本格的な内戦”だ。だが、もはやそんなシナリオすら現実味を帯びている。
桜子は深呼吸し、黙々とSNSへのメッセージを打ち込み始める。
「大規模な行動を呼びかけるわ。私たちは“テロ”じゃない。『こんな社会を変えたい』という正当な要求なんだって、国民と一緒に訴えたいの」
6.夜明けの衝突
翌日早朝。新宿中央公園には、警察に未申請の“ゲリラ集会”にもかかわらず、ロスジェネ・ゆとり・Z世代だけでなく、理不尽な弾圧に憤る一般市民までもが押し寄せ始めた。
プラカードには「私たちはテロリストじゃない」「仕事を返せ」「アパルトヘイト反対」など、様々なメッセージが書かれている。高齢者らしき人の姿も混じり、「孫が警官に殴られた。許せない」と怒りの声を上げる。
当初は数百人規模と見られたが、SNSの呼びかけで次々と人々が流れ込んできており、あっという間に千人以上の大集団となる。
だが、ほどなく警察部隊が公園を取り囲む。拡声器で「この集会は違法である。直ちに解散せよ」と繰り返し警告が流れ、シールドを持った機動隊が列を作って進み出す。
「やめろ! こっちは平和的に集まってるだけだ!」
「暴力を使うなら、こっちも黙ってないぞ!」
人々の叫びに呼応するように、浅井たちが前に出てマイクを握る。桜子はスマートフォンを使い、ライブ配信でその一部始終を世界に向けて伝える。
7.火花散る抵抗
最前線に立った石田がマスクを外し、歯を食いしばる。
「俺たちは、ただ普通に生きたいだけだ! それをテロリスト扱いして弾圧するなんて、おかしいだろ!」
機動隊からは催涙スプレーや放水車が投入され、人々の悲鳴が公園に響き渡る。逃げ場を失った者たちは倒れ込み、咳き込む。怒りに駆られた若者たちが投石を試みると、それを口実に警察側はさらに強硬な逮捕を行う。
一方、配信を見た市民が続々と公園周辺に駆けつける。増援を恐れた警察は公園入口を封鎖し始め、現場は一瞬にして大混乱に陥った。
浅井は必死に周囲を見回すが、あまりの群衆と混乱で状況を把握できない。桜子はスマホをかざしながら叫ぶ。
「今、ここで何が起こってるかを見て! 警官隊が無防備の人を次々と――」
その時、装備を身につけた警官が桜子を突き飛ばそうとする。青木が慌てて桜子の腕を掴み、地面に倒れ込むのを防いだ。
「……これが“非常事態”の真の姿なのかよ……っ!」
8.一般市民の反撃
意外なことに、ここで先頭に立ったのは、長らく政治に無関心を装ってきたと見られる“普通の市民”たちだった。
「警察が一般市民を殴るなんてあり得ない! 俺たちに何の罪があるんだ!」
「非正規だから、就職氷河期だから、若いからって、そんなことで弾圧されてたまるか!」
周囲にいた中年のサラリーマンや主婦層、高校生や大学生までもが声を上げ始める。機動隊の前に立ちはだかり、身を挺して仲間を守ろうとする者が続出。すでに“世直し運動”という概念を超えて、“国民が政府の暴力に対し一丸となって抵抗する”様相を帯び始めていた。
混乱のなか、石田が小型拡声器を手に取り、必死に叫ぶ。
「みんな、恐れるな! オレたちは数で勝ってる! 相手が武力で来るなら、こっちは団結で対抗しよう!」
人々の叫びと怒号が交錯し、放水車の水しぶきが公園の木々を濡らす。SNSライブには「もう内戦状態だ」「こんな国、見たことない」「頑張れ!」といったコメントが殺到し、視聴者数は爆発的に増えていく。
9.官僚・鈴木の登場
そのとき、公園の一角で声を張り上げる人物がいた。スーツ姿にコートを羽織り、髪は乱れて泥まみれになっているが、目には強い意志が宿っている。――官僚・鈴木勇太。
検問をかいくぐり、ついに浅井たちのもとへ辿り着いたのだ。
「鈴木さん……!」
浅井が驚きの声を上げる。桜子や石田、青木も目を見張る。彼らを“裏切る”リスクを負ってまで、ここに来たということは、鈴木が本気で自分たちと行動を共にしようとしている証だ。
「もう、政府内部では手の施しようがない……。俺はここで証言する。政府の非常事態宣言は、団塊世代の権力者が自分たちの利権を守るために仕組んだものだということを!」
鈴木は声を枯らし、拡声器を握りしめる。周囲の市民が一瞬注目し、機動隊も対応をためらう。
「警察のみなさん、あなたたちだって本当はこんなことを望んでないはずだ! ロスジェネ、ゆとり、Z世代、そして普通の市民まで巻き込み、弾圧していく行為は誰のためにやってるんだ! 森口議員たちのためか!? そんなのおかしいと思わないのか!」
その瞬間、機動隊の前列で盾を構えていた一人の若い警官が動揺の色を浮かべた。もしかしたら彼もまた、ゆとり世代かもしれない――鈴木の叫びは微かに彼の心を揺さぶったかもしれない。
10.炎上する社会と、揺らぐ未来
こうして非常事態宣言下での警察による強権的弾圧は、多くの無関係な市民を巻き込み、さらなる混乱と怒りを引き起こした。公園の大規模集会は、SNSを通じて一瞬にして全国へと伝播し、他の地域でも同様の抗議行動が拡大し始めている。
“テロリスト”と蔑まれていたロスジェネ・ゆとり・Z世代連合の訴えは、今や世代の枠を越えた「反弾圧・反独裁」の声と結びつきつつある。そして、その中心には命がけで政府を内部告発する官僚・鈴木勇太の姿があった。
「みんな、もう一歩も引かないぞ……!」
浅井は地面に倒れる仲間を助け起こし、拳を握りしめる。周囲には泣き叫ぶ人、怒りに燃える人、怯える人が入り混じりながらも、政府への反感で気持ちを一つにし始めていた。
催涙ガスと水しぶきが渦巻く公園の中央で、桜子がスマホを掲げ、全世界へ向けて生配信を続ける。その映像が意味するのは、もはや単なる“世直し運動”ではない。これは、多くの人々が理不尽な暴力と権力に立ち向かう、大きな変革への一歩かもしれなかった。
この後、政府はさらなる軍事的措置を検討するのか、それともここで譲歩に転じるのか――日本社会は今、歴史的な岐路に差しかかっている。ロスジェネ・ゆとり・Z世代、それに呼応した一般市民の大規模行動は、想像を超えた未来へ突き進もうとしていた。果たしてこの先、誰が勝利し、どんな形の“正義”が残されるのか。火花散る市街地の夜明けを迎える頃には、日本の姿は大きく変わっているに違いない。
第九章 散りゆく灯火と新たなる希望
1.軍事力行使の宣言
混迷を極める日本。非常事態宣言下における警察・機動隊の弾圧にも関わらず、全国の都市部でロスジェネ(就職氷河期)・ゆとり・Z世代を中心とする大規模なデモや集会が頻発。さらに無関係な一般市民まで加わったことで、政府の権威は急速に揺らぎつつあった。
そしてついに、総理官邸から「武装テロ勢力の存在が確認された」との発表が出る。森口弘明議員ら団塊世代の強硬派が後押しし、“自衛隊の出動” による治安維持が検討され始めたのだ。メディアは「必要悪」「最小限の軍事力行使」と報じるが、実際は大都市への兵員派遣や上陸部隊の投入など、事実上の“戒厳令”が敷かれる状況に近い。
警察では対応しきれない規模の混乱――政府上層部はそう判断したという。しかし、その本質は「団塊世代の利権と支配構造を死守するための最後の手段」と官僚・鈴木勇太(すずき・ゆうた)は確信していた。
2.再び燃え上がる市街戦
東京・新宿の大通り。装甲車が堂々と通りを塞ぎ、道路脇には迷彩服を着た自衛官たちが配備されている。要人警護や重要施設の防衛を名目としながらも、その銃口は“国内の一般市民”に向いているかのようだった。
デモ隊の前列には就職氷河期世代のリーダー、浅井翔(あさい・しょう)。そしてZ世代の石田颯(いしだ・はやて)が肩を並べる。水野桜子(みずの・さくらこ)や青木圭介(あおき・けいすけ)は少し離れた場所から状況を中継しており、SNSのライブ画面にはリアルタイムで数万人が集まっていた。
「俺たちは国を壊したいわけじゃない! ただ、老害の横暴と不公正に終止符を打ちたいだけだ!」
マイクを握る石田の声が街に響く。デモ隊の後方からも怒号と拍手が混じり、熱気が最高潮に達していく。しかし、自衛官の隊列が一歩前に進むと、人々は一瞬たじろいだ。銃火器を携えた軍の威圧感は、警察の機動隊とはまるで次元が違う。
その時、上空をドローンらしき影が幾つも舞う。それらは政府が投入した監視用かもしれないし、一般市民が自分たちで飛ばしているカメラかもしれない。混乱の度合いが増すにつれ、どこから攻撃が始まってもおかしくない張り詰めた空気が広がった。
3.弾丸が横切る瞬間
機先を制したのは、政府側の特殊部隊だった。混乱の中で“指名手配されている過激派がデモ隊に紛れ込んでいる”との情報を得たらしく、上層部から発砲許可が下りたという。
それは、ほんの数発の銃声に始まり、やがて激しい連鎖を生み出す。
浅井翔はすぐ近くで閃光を目にし、石田を庇うように体を反転させた瞬間――胸のあたりに灼熱の痛みが走った。
「がっ……!」
勢いで足元が崩れ、地面へ倒れ込む浅井。周囲から悲鳴が上がり、石田が慌てて駆け寄る。
「浅井さん、しっかり……!」
赤い鮮血が浅井のシャツを染めていく。彼は必死に息を整えようとするが、うまく呼吸ができない。視界が激しく揺れ、意識が遠のきそうになる。
「畜生……政府が……こんな……撃ってくるなんて……」
石田の眼には怒りと動揺が入り交じり、涙がこみ上げそうになっている。
4.別れの言葉
デモ隊が悲鳴と怒号を上げる中、銃声は断続的に鳴り響き、さらに混乱は拡大していく。桜子のスマートフォンカメラには“浅井翔が撃たれた”というショッキングな映像が映り込み、多くの視聴者が絶句していた。
石田は浅井を抱き起こし、血で湿ったシャツを押さえながら声を張り上げる。
「誰か、救急車! くそっ、なんで……!」
しかし周囲は大混乱で救急車も近づけず、警察や自衛隊も制圧行動を優先している。浅井はうわごとのように石田の名を呼んだ。
「は……やて……」
「浅井さん、しゃべんないで! すぐ助けるから……!」
「いいんだ……もう、俺はいい……俺たち、氷河期世代は、ずっと報われなかったが……お前たちには……」
浅井はしがみついてくる石田の肩を弱々しく掴み、涙を浮かべる。血の気が失せて青白くなった唇が、最後の言葉を紡ぐ。
「いい世の中……残してやれなくて……ごめんな……」
石田の瞳から大粒の涙がこぼれる。歯を食いしばり、嗚咽をこらえきれない。
「あんた……なんでこんな……! こんなのあんまりだ……!」
浅井は力尽きる寸前まで石田の顔を見つめ、かすかな笑みを残しながら、ゆっくりと目を閉じた――。
5.悲しみに染まる市街地
浅井翔、就職氷河期世代の先頭に立ち、過激な武力だけでなく世論への働きかけで“平和的な革命”を模索していた男が、無情にも政府の銃弾に倒れてしまう。その瞬間、デモ隊の中に静寂が走り、それはやがて怒りの炎に変わった。
「殺された……浅井さんが……!」
「もう許さない……政府なんか絶対に許さない!」
血を流したまま動かない浅井の姿がSNS配信を通じて映し出されると、画面越しに見ていた多くの人々が衝撃を受け、「#浅井を忘れない」「#政府の暴挙を止めろ」といったハッシュタグが瞬く間に拡散されていく。
6.石田颯(いしだ・はやて)の嗚咽
浅井の身体を支えたまま、石田は声にならないほどの嗚咽を漏らし続けた。普段は血気盛んで荒々しい言動を繰り返す彼だが、このときばかりはあまりの悲痛に打ちのめされていた。
「なんで……氷河期の人たちがこんな形で死ななきゃなんねえんだよ……くそっ……!」
地面に拳を叩きつけながら泣く石田を、周囲の仲間たちが取り囲み、涙を浮かべる。桜子や青木も、ショックで動揺しながら浅井の亡骸を見守る。
――こうして就職氷河期世代のリーダーだった浅井翔は、無情にも命を落とした。彼が抱え続けた世代の恨みや無念、そして希望や夢は、はたして誰が受け継いでいくのか……。
7.官僚・鈴木勇太の奔走
一方、混乱の人波をかき分け、鈴木勇太はようやく現場へと駆けつけた。遠目に浅井が倒れたことを知り、唇を結んで目を伏せる。こんな惨劇を招くことになるとわかっていたなら、もっと早く強硬派を止められなかったのか――強烈な罪悪感が胸を刺す。
「鈴木さん……!」
駆け寄ってきた桜子が声を詰まらせる。浅井の死を告げられ、鈴木は拳を震わせた。
「なんてことだ……こんな……許せない……!」
このままではさらなる犠牲者が出るだけだ。そう直感した鈴木は、胸ポケットからコピーした政府内部文書を取り出す。そこには自衛隊出動を正当化するための裏工作や団塊世代の権力者たちの利権調整が赤裸々に綴られていた。
「桜子さん、これを……ネットで拡散してくれ。政府がなぜここまで軍事力を行使してまで弾圧を進めるのか、その理由が全部書いてある。森口議員と取り巻きがどれだけ醜い打算をしていたか……」
桜子は涙を拭いながらファイルを手に取り、ライブ配信用のスマホカメラに向かって言葉を絞り出す。
「皆さん、聞いてください……政府は、私たちが思っている以上に腐敗していて、国民を踏みにじろうとしている。その証拠がここにあります……!」
8.最期の願いと引き継がれる火
激しい混乱の中、石田は浅井の冷たくなった体を抱え、ぼんやりと空を見上げていた。涙はもう枯れ、代わりに凍てつくような怒りがこみ上げる。
「浅井さん……俺たちZ世代が、ちゃんとこの国を変えるよ。あんたの遺志は無駄にしない……」
彼は拳を握り、揺れる視線を桜子や青木、そして集まる仲間たちへ向ける。先ほどまで泣き崩れていた周囲の若者たちも、何かを決意したかのように立ち上がり始めた。
「鈴木さん……何としてでも、政府の秘密を世に伝えてください。俺たちは……こんな暴力的なやり方に屈しない」
石田が声を絞り出すと、鈴木も頷いて応える。
「わかった。俺にできることはすべてやる。浅井さんを犠牲にしてまで続けられるような体制なら、そんなものはもうぶち壊すしかない……!」
包囲する自衛隊と警察をかいくぐるように、市民たちは結束を強めていく。SNSを通じて拡散される内部文書と、浅井の死に様が象徴する“政府の暴挙”は、瞬く間に国内外へ発信され、人々の憤りを一層かき立てることになる。
浅井翔という灯火は消えた。しかし、その炎はZ世代やゆとり世代、ロスジェネの仲間たち、そして官僚・鈴木勇太の心へ確かに移り、さらに強く燃え上がっていくのだった。
9.静寂と混沌
夕刻、戦場のようになった街路には、放置された車、壊れたバリケード、焼け焦げた痕跡が残る。心身ともに疲弊した人々の姿がそこかしこに見える。
空にはドローンが低く旋回し、まだ警戒態勢が解かれない。市民の一部は安全を求めて避難し、ある者は遠巻きに見守りながら、政府と反対派の行く末を案じている。
桜子がスマホ越しに配信を続けながら、震える声で語りかける。
「浅井さんのような犠牲は、もう二度と出したくない……私たちは戦いたくないのに……どうして、国がここまで追いつめるんだろう……」
青木は肩を落としつつ、浅井の最後の姿を忘れまいと誓うように目を閉じる。いつかこの混乱の先に、彼が望んだ“公正な社会”が実現するのだろうか――。
10.夜明けへの道
遠くにサイレンの音が響き、ヘリコプターらしき機体が飛ぶ影が見える。どちらの勢力も、一歩も引かないまま長期戦の様相を呈し始めている。
しかし、浅井の死を目撃した市民は、もはや黙って座視しないだろう。彼らは新たに石田たちZ世代を中心に団結し、官僚・鈴木勇太によって暴かれた政府の腐敗を猛然と追及しようと立ち上がる。
大きな犠牲と悲しみを背負いながらも、日本中に広まりつつある抵抗の炎は、もう誰にも消せない段階へと突入していた。
第十章 静かなる弔い、そして決戦の鐘
1.簡素な葬式
あの惨劇から数日後。激しい抗議行動と弾圧、そして街の混乱に翻弄される中、ロスジェネ(就職氷河期)世代のリーダー・浅井翔(あさい・しょう)の葬儀は想像を絶する困難を伴った。
警察や政府関係者の目を避け、まともな式場を確保するのは事実上不可能に近い状況。だが、ある小さな葬儀会社が“世直し運動”に共鳴し、「大がかりな式はできなくても、最低限の弔いは果たしたい」と申し出てくれたのである。
式場という名目すら立てられないため、駅にほど近い古い商店街の裏手にある倉庫スペースが急遽「葬儀場」となった。周囲を警戒しながら、ゆとり世代やZ世代のメンバーが交代で見張りに立つ。
棺に横たわる浅井の顔は、血の気を失いながらも、どこか穏やかな表情をたたえているように見えた。葬儀屋のスタッフができる限りのメイクを施し、その最期を静かに送り出せるよう配慮してくれたのだ。
「浅井さん……ほんの少しの間だったけど、あんたがいなきゃここまで来れなかった」
喪服代わりに黒いパーカーを着たZ世代の石田颯(いしだ・はやて)は、棺のそばで唇を噛みしめながら、かすれた声で別れを告げる。
水野桜子(みずの・さくらこ)や青木圭介(あおき・けいすけ)も、数少ない花を供えながら胸を痛めていた。激動の中で散った浅井の死は、メンバーたちの心に大きな穴を穿ち、同時に新たな決意を芽生えさせる契機にもなっていた。
2.官僚・鈴木勇太がもたらす不正データ
浅井の葬儀が終わりに近づくころ、官僚・鈴木勇太(すずき・ゆうた)が人目を忍んで倉庫スペースに現れた。彼の顔には疲労の色が濃く刻まれているが、その眼差しは揺るがない決意を宿している。
「これが……政府の不正を示す決定的なデータです」
そう言って取り出したのは暗号化されたUSBメモリ。政府内のデジタル文書や録音データが入っており、団塊世代の一部政治家や官僚たちがいかに利権を操り、若い世代を踏みにじってきたかが赤裸々に記されているという。
「これをネットで拡散し、人々の目に触れさせれば、政府は言い逃れできなくなるはずだ……。ただし、公開すれば俺の正体も完全にバレる。そうなれば命の保証はない」
鈴木の言葉に、桜子は迷いなく頷く。
「私が拡散します。今さらリスクを恐れても仕方ない」
SNSや動画配信を駆使し、分散アップロードによってデータを一気に拡散する――桜子のITスキルが生きる場面だ。Z世代の仲間たちも暗号化通信の方法に協力し、政府による検閲を回避する対策を施す。
3.拡散がもたらす衝撃
数時間もしないうちに、鈴木が提供した不正データはSNSを中心に瞬く間に拡散され始めた。そこには衝撃的な文言の数々――
• 団塊世代の有力議員が選挙区で高齢者向けの優遇策を回していた裏で、若年層支援策の予算を大幅に削減。
• 特殊な法人を通じて軍事関連企業に巨額の裏金が流れており、それが非常事態宣言下の自衛隊出動に絡んでいる。
• “就職氷河期救済プログラム”と銘打たれた事業予算の大半が、高齢世代の天下り機構に横流しされていた。
従来、こうした告発は“一部の陰謀論”として黙殺されがちだったが、政府内部の官僚本人がリークしたという事実は重く、メディアも無視できない事態になりつつあった。やがて各地の警察、自衛隊の現場部隊にもこの情報が漏れ伝わり、「自分たちが守ってきた組織は何をしていたのか?」と疑問を抱く者が続出。
「俺たち、国民を守っているんじゃないのか……? こんな汚い政治家のために銃を向けていたのか?」
「従えと言われたから従ってきただけだ。でも、もう限界だ……」
SNSで語られる警察官や自衛官の匿名の呟きは不満と動揺に満ち、現場は一気に士気を失い始める。
4.苛立つ政府と“忠誠を誓う特殊部隊”
一方、官邸や与党本部では完全に危機感が高まり、森口弘明議員ら団塊世代の強硬派は、ろくに反省もなく「誰が漏らしたんだ!」「今すぐ検挙しろ!」と叫ぶばかり。
しかし、警察や自衛隊の多数が事実上の“ストライキ状態”に陥り、上層部が命令を出しても現場は動かない。指揮系統が混乱し、命令系統はマヒし始めていた。
そこで政府が最後の頼みとしたのが、**“忠誠を誓う特殊部隊”**だった。主に政権中枢と特定の軍事利権が結びつき、完全な秘密裏に訓練・装備を与えられてきた部隊である。
表向きには存在しないはずの部隊だが、総理や森口議員の一声で動き出し、政府に歯向かう勢力を“殲滅”するよう指示が下る。
「構わん、叩き潰せ。どんな手段を使ってもいい。もう猶予はない」
会議室で森口が血相を変えて言い放つ。その姿はもはや狂気に近い。国を支えるどころか、自らの利権を死守するために軍を差し向ける道を選んだのだ。
5.護衛を申し出る元警察特殊部隊、自衛隊
しかし、政府の思惑を察知したかのように、“元”警察特殊部隊員や“元”自衛隊員がSNSや裏ルートでメンバーたちと接触してきた。彼らは現職を退き、もしくは退職勧奨などで組織を去った者たちだが、いまの暴走する政権を見かねて行動を起こす決意を固めたという。
「自分たちも、最初は国民のために働いていると思っていた。しかし、上層部の腐敗ぶりを見ていられなくなった。もし君たちに協力できるなら、警備や護衛を引き受けたい」
そう名乗り出るのは、厳しい訓練と実戦経験を積んだ精鋭たち。正規部隊ほどの装備はないにせよ、市街戦に長けたスキルやノウハウは大きな戦力となる。
Z世代の石田はその提案に目を見張る。
「本当か……? でも、あんたら命を懸けることになるぞ?」
「覚悟はある。浅井翔という男の死に、俺たちも心を動かされた。一緒にいる若者たちを守りたい。それが、国の本当の姿だと信じるから」
こうしてメンバーたちは、“元”警察特殊部隊や元自衛隊の仲間を加え、戦力を強化し始める。彼らは政府と完全に決別する覚悟を固め、残された人々を守ろうと誓うのだった。
6.最後の火蓋が落ちる
時を同じくして、政府が放った忠誠部隊も着々と動き始める。顔を覆うバラクラバや防弾プレートに身を包んだ兵士たちが、黒塗りの車両や装甲車に乗り込み、メンバーの拠点を突き止めるべく市内を静かに捜索する。
それを察知した元警察特殊部隊のリーダー格が、石田や桜子、そして官僚・鈴木に警告を発する。
「ここはもう危ない。できれば市街地を離れたほうがいい。武器も最新鋭のものを持っているだろうから、正面からの衝突は避けるべきだ」
しかし、桜子は首を振る。
「もう逃げるわけにはいかない。浅井さんが命を落としてまで届けようとしたメッセージがあるんです。それを踏みにじられたら、何のために闘ってきたのかわからない」
一方、石田は曇った目で遠くを見つめる。
「……あんな政府のやり方、絶対に許すわけにはいかない。浅井さんの死を無駄にしないためにも、ここで立ち向かうしかない」
そして官僚・鈴木も、決意を込めて頷く。
「俺は最初から“正義”なんてものを信じていなかった。でも、この国に希望があるとするなら、それはあなたたちが築く新しい社会だ。僕も力を貸す」
こうして、メンバーたちは互いに意志を確かめ合い、静かに戦闘配置を整え始める。まるで暴風雨の前の静けさ。倉庫の外では、既に複数の黒塗り車両が街路を封鎖しつつあった。
7.市街地の戒厳令
やがて夜の帳が降りる頃、都心は異様な緊張感に包まれていた。警察や自衛隊の一部は動かなくなったものの、政府に忠誠を誓う特殊部隊がいくつもの拠点を包囲し、メンバーたちの潜伏先を割り出そうと動いている。
SNSでは「ついに最終決戦か?」「市街戦が本格化するのか?」という不安混じりの声が広がる一方、「腐敗した政府を倒せ」「浅井の仇を!」と過激な書き込みも相次ぎ、国中が興奮状態に陥っていた。
スラム化したエリアの一角に位置する倉庫街。そこに陣取るメンバーたちのもとに、旧知の葬儀会社が差し入れを届けてくれた。ささやかな非常食や簡易毛布などだ。
「最後まで応援してます。どうか皆さん無事で……」
そう言って葬儀会社の社員が頭を下げ、夜の暗闇へ消えていく。まさか葬儀の手配だけでなく、彼らを支援するとは――。
石田は小さくため息をつきながら、微かな希望を感じた。まだ、彼らを助けようとする人々がいる。浅井の葬儀を手伝ってくれたように、今回も見捨てずに協力してくれる。
8.決戦へ臨む仲間たち
倉庫内では、元警察特殊部隊らが武器の点検を行っている。簡易な防弾装備や盾、そして必要最低限の銃器を手に、完璧とは言えないが、普通の市民が武器を持つよりははるかに心強い戦力だ。
官僚・鈴木勇太は防弾チョッキを渡され、恐る恐る身に着ける。かつては想像もしなかった「戦場」に自分がいる現実が、今なお信じられない。
桜子はIT端末を駆使し、ドローンや街頭カメラのハッキング情報をモニターに映し出している。政府特殊部隊の動きは鮮明ではないが、複数の車両が付近の道路を封鎖しているのが確認できる。
「もうすぐ来る……」
青木がごくりと唾を飲み込む。彼もまた浅井の死に強い衝撃を受けながら、後戻りできない道を歩いていた。
「俺たち、マジでやるんだな……」
9.火蓋が落ちる
夜風がひときわ冷たく感じられる頃、一発の銃声が空気を切り裂いた。闇を裂くように閃光弾が飛び込み、倉庫の内部が一瞬白く染まる。外からは拡声器の低い声が響く。
「こちらは政府特殊部隊だ。建物内にいる者は全員武装解除して投降しろ。さもなくば無差別射撃も辞さない!」
石田は咄嗟に仲間に合図を送る。
「みんな、準備しろ! こっちから応戦するぞ!」
元警察特殊部隊のメンバーたちが指示を出し、ベストな防御態勢を取る。桜子はIT端末を守るように抱え、鈴木は身を縮めながらも必死に踏みとどまる。彼らは戦いを望んでいるわけではない。だが、政府の暴力を前にして、これ以上退けば浅井の死まで無駄になると思うと、もう後には引けない。
「こっちだって、いい加減に無茶苦茶な弾圧を受けるのはごめんなんだ……!」
石田の怒声を合図に、ついに最後の決戦の幕が上がる。政府が放った忠誠部隊 VS. 市民を守ろうと立ち上がった元警察特殊部隊・元自衛隊。そして、その陰には浅井の死を悼む若者たちの怒りと、官僚・鈴木の正義が交錯する。
銃声が再び轟き、闇に光弾が飛び交う。日本という国の在り方を賭けた究極の対立が、ここに頂点を迎えようとしていた。
第十一章 最後の火花
1.戦端開く夜
黒いバラクラバを被った男たちが、次々と倉庫街へ侵入する。政府に“忠誠を誓う特殊部隊”――元々は政権中枢が密かに養成してきた選りすぐりの戦闘員たちだ。各人が高度な装備を備え、暗視ゴーグルの緑色の光がちらつく。
「ここを制圧すれば、一気に連中のリーダー格を抑えられる。許可は出ている、容赦するな」
先頭らしき男が暗い声で命じると、部下たちは無言で頷き、倉庫へじりじりと近づく。
一方、倉庫内に陣取るロスジェネ(就職氷河期)・ゆとり・Z世代連合のメンバーたちは最後の確認を行っていた。
• 北朝鮮製兵器:短距離携行ミサイルや対人用地雷の類を少数ながら保管している。
• カッサームロケット:自作ながら破壊力は侮れず、牽制や防御ラインとして配置。
• 3Dプリンター銃:火力は低いが、近距離での威嚇や接近戦に十分使える。
• ドローン:桜子がハッキングツールを組み込み、監視や小型爆弾投下などを狙う。
• 爆破物:市街戦ではリスクが高いが、非常時の切り札として一部を用意してある。
事の善悪はさておき、ここは生き残るための総力戦だ。彼らにとっても、政府にとっても後がない。
2.ドローンの翼
「来るぞ……!」
石田颯(いしだ・はやて)がゴーグル越しに外の様子を伺う。すでに特殊部隊が周囲を取り囲んでいるのは明白だ。
桜子(水野桜子)はPC画面を睨み、ドローンのカメラ映像をリアルタイムでチェックする。操縦桿を操作すると、倉庫上部のシャッターが開き、小型ドローンが数機勢いよく飛び出した。
「やった……! 映ってる。あの辺に一個中隊はいるわね……距離50メートル、あっ、屋根の影にもう一組!」
ヘッドセットで報告すると、メンバーたちはそれぞれ配置につく。元警察特殊部隊や元自衛官がリーダーシップを取り、攻撃ラインを編成していく。
ドローンの一部には、手製の小型爆弾が積載されていた。桜子が信号を送ると、低空を飛びながら静かに特殊部隊の後方へ回り込み、ピンポイントで爆発を起こす。
「ぐあっ……!」
「伏せろ!」
外から悲鳴と怒号が聞こえる。特殊部隊も想定外のドローン攻撃に一瞬乱れたが、やはり訓練された精鋭だ。すぐさま態勢を立て直し、反撃のための閃光弾と催涙ガスを投げ込んできた。
3.カッサームロケットの火
倉庫の左翼側に設置されているカッサームロケット発射台。元々、中東地域の情報を調べながら試作したものだが、威力は馬鹿にできない。
「撃て……!」
石田の合図で引き金を引くと、簡素な金属パイプから火炎が噴出し、自作ロケットが夜空を切り裂くように飛ぶ。
ドン! と衝撃音が響き、遠方で火花が上がる。瓦礫や破片が飛び散り、一帯を爆煙が覆う。おそらく特殊部隊の一部隊が待機していたポイントが被害を受けたのだろう。
だが、命中精度は低く、想定外の場所に着弾するリスクもある。石田は歯を食いしばりながら、「一般市民が巻き込まれないことを祈るしかない」と胸中で呟く。
4.北朝鮮製兵器の切り札
さらに、かつて北朝鮮ルートで手に入れた携行型ロケットランチャーが、倉庫の裏手に潜んでいるメンバーの手で構えられる。操作マニュアルは断片的で危険な賭けだが、強力な破壊力は特殊部隊を牽制するには十分だ。
「くそ……まさか日本国内でこんなものを撃つことになるなんて……」
青木圭介(あおき・けいすけ)は苦々しく呟きつつも、浅井翔(あさい・しょう)の死を思い出す。もしここで引いたら浅井の犠牲は無駄になる。彼は決死の思いで引き金を引いた。
ズンッ! と背中に衝撃が返り、ロケット弾が闇夜を直線に突き進む。着弾と同時に爆炎が上がり、特殊部隊の車両を大きく破壊する。その爆音と閃光が夜空を染めた。
5.激突する3Dプリンター銃
倉庫内部では白兵戦が勃発。特殊部隊の一部が強行突入を試み、閃光弾やゴム弾を混在させつつ急襲してくる。そこへ応戦するのが、3Dプリンター銃を握ったロスジェネ・ゆとり・Z世代メンバーだ。
作りは粗雑だが、至近距離での発砲なら威嚇とダメージに十分使える。銃撃音がこだまする中、銃口を向けられた特殊部隊員が身を伏せたり、逃げ場を探したりして混戦状態になる。
「こっちは引きつけて、一気に反撃だ!」
元警察特殊部隊の指示のもと、数名が連携して相手の注意を引きつけ、別のメンバーが横合いから3Dプリンター銃を発射。訓練された相手を完全に制圧とはいかないが、少なくとも侵攻を食い止めるだけの効果はある。
6.爆破物の宴
やがて両陣営の攻防が激しさを増し、建物のあちこちで散発的な火花が上がり始める。倉庫の壁が弾痕でボロボロになり、屋根が部分的に崩落しかけている。
“最悪の場合”のために準備していた爆破物――それは市街戦で使うには大きなリスクを伴うが、ここまで来たら背に腹は代えられない。
「もう一度、巨大な一撃をかますしかない……!」
石田は爆破スイッチを握りしめながら、喉を鳴らす。元警察特殊部隊のリーダーが「タイミングを合わせろ! 味方が巻き込まれる!」と叫び、合図を送る。
数秒のカウントダウン。すると、倉庫外壁の下部に仕掛けていた爆破物が轟音とともに爆発。衝撃波で周囲の特殊部隊員が吹き飛ばされ、強固に思えた包囲線に大きな穴が開く。
7.官僚・鈴木勇太の覚悟
激しい爆音の中、官僚・鈴木勇太は耳を押さえ、地面に伏せていた。ここに来るまでの人生では想像もできなかった銃撃と爆発の嵐。恐怖で足がすくむが、彼の胸には「日本を変えるんだ」という想いが宿っている。
「ここで負けたら、浅井さんの死も、みんなの犠牲も、無駄になる……!」
鈴木はPC端末を叩き、先ほど拡散した政府不正データに続く新たな証拠ファイルをSNSへと投げ込む。官邸が特殊部隊を秘密裏に運用してきた経緯や、団塊世代の政治家らの横暴を示す音声記録など、決定打となりうる情報を次々アップロードする。
やがてコメント欄には「政府はもう終わりだ」「こんな連中に国を任せられるか」という声が溢れ、リアルタイムで世論が激しく動いているのが感じられる。
8.瓦解する特殊部隊
強烈な爆破やロケット攻撃、さらにドローンの奇襲により、特殊部隊の隊形は完全に乱れていた。それでも尚、彼らは職務に従い攻め込もうとするが、通信系統の一部が妨害され、上層からの指示が届かなくなっている。
裏では桜子がハッキングツールを駆使し、特殊部隊が使う通信チャンネルを妨害していたのだ。
「これじゃ連携なんて取れない! いったん退却するしかない!」
「しかし、上からは絶対命令が……」
「もういい……国がこんな状態で、何を守るってんだ……」
隊員たちの動揺は決定的だった。いくら精鋭といえど、絶妙なゲリラ戦と電子戦を仕掛けられ、さらに世論の反発を浴びるなかで士気を保つのは難しい。
9.決着の瞬間
夜明けが近づく頃、倉庫街での銃声が徐々に減り始める。対峙していた特殊部隊は、事実上壊滅状態か、もしくは退却を選んだようだ。
車両の残骸や瓦礫が散乱し、炎で赤く染まる夜空をバックに、石田やメンバーたちが静かに立ち上がる。傷や煤だらけだが、なんとか生き延びた。
「終わった、のか……?」
青木が呆然と呟くと、桜子はドローンのカメラ映像を確認する。まだ周囲には警戒すべき残党がいるかもしれないが、大規模な侵攻は収まった模様だ。
鈴木はネットの反応をチェックし、晴れやかな表情で伝える。
「政府の内部告発データが完全に拡散してる。しかも特殊部隊が民間人に銃を向けた映像も広がって……もう政府は言い逃れできない」
石田はごくりと唾を飲み、夜空を見上げる。脳裏に浅井の姿が浮かんだ。
「浅井さん……見てますか。俺たち、勝ちましたよ。正しいかどうかはわからないけど、少なくとも、この理不尽な弾圧を押し返した……!」
10.大団円へ
こうして、ロスジェネ・ゆとり・Z世代連合は政府の忠誠部隊を退け、事実上の勝利を収める。全国的にも警察や自衛隊の大半が“職務拒否”または“判断保留”に傾き、政府上層部は崩壊寸前の状態に追い込まれた。
官邸では、森口弘明議員ら強硬派が責任を問われる形で失脚。非常事態宣言の撤回に向けた動きが急速に進み、臨時国会開催や新政府樹立を求める声が市民から沸き上がる。
倉庫街から夜が明け始める頃、桜子や青木、元警察特殊部隊らは傷ついた仲間を助け起こし、簡易の治療を始める。大きな犠牲も出たが、戦いは終わったのだ。
「浅井さんがずっと求めていた平等な社会……これから、みんなで作っていかなきゃね」
桜子が静かに呟くと、石田は力強く頷く。
「そうだ。もう誰かが命を落とすようなことはごめんだ。これからは、言葉と行動で、ちゃんと政治を動かしてやる」
官僚・鈴木勇太はその光景を眩しそうに見つめる。
「僕も微力ながら力を貸します。例え解雇されても、罰せられても、もう逃げない。あなたたちが築く新時代に少しでも貢献できるなら……」
焼け焦げの匂いがまだ漂う倉庫街の向こう、東の空が白んでいく。破壊された街並みは決して元通りにはならないかもしれない。それでも、若い世代が主導する新たな社会への扉が、今まさに開こうとしていた。
――浅井翔の残した意志と、世代を超えた連帯が実を結び、日本は長い苦境を経て、新しい一歩を踏み出そうとしている。
エピローグ ― 革命の果てに
1.新しい国会と“臨時政府”の誕生
特別国会が招集されたのは、政府の事実上の崩壊と非常事態宣言の撤回がほぼ同時に行われた直後だった。与党幹部や高齢世代の政治家が大挙して辞任し、森口弘明議員をはじめとする強硬派の団塊世代が軒並み失脚したことで、国会の勢力図は一気に塗り替えられる。
かつては無名だった若手官僚や、ロスジェネ・ゆとり・Z世代の代弁者を自任する地方議員らが、驚くほど急速に台頭していった。誰もが「もはや古い政治を再生する術はない」という認識を共有する中、新たなリーダーシップが必要とされたのだ。
官僚・鈴木勇太(すずき・ゆうた)はこの動きの中、若き改革勢力に推される形で臨時政府の経済・財政再建チームに参加した。腐敗を暴く“内部告発者”として名を馳せた鈴木は、もはや旧来の上司からの圧力を受ける立場にはなかった。
2.大胆な政治改革
臨時政府は、国民の支持を背景に、これまで“タブー”とされていた政策を次々と打ち出す。特に高齢世代に偏った社会保障を一から見直す動きは革命的といえた。
1. 高齢者の政治参加制限
• 高齢有権者の票が絶対的すぎる現状を是正するため、一部では「70歳以上の人間が国政に一定の制限を受けるのはおかしい」という反論もあったが、“若い世代の未来を守るため、合理的な調整が必要”との判断で法案が可決。
• 具体的には「投票権の制限」ではなく、「国会議員や自治体首長における厳格な年齢上限」と「世代別の議席割り当て」などが導入され、高齢偏重の政治を抑える改革が行われた。
2. 年金廃止・解散払い戻し
• 長年の不信感を生んできた年金制度をいっそ廃止し、積立金を個々人に返還する、いわゆる「解散払い戻し」を実施。高齢世代も含め、現行制度に期待できない若者たちからは大きな賛同を得た。
• もちろん混乱も大きかったが、同時に「老後は国に頼るのでなく、自分の資産や新たな社会保障モデルでカバーしていく」という新たな姿勢が生まれる契機にもなった。
3. 健康保険の国民3割平等負担化
• これまで「現役3割負担、高齢者1割負担(または2割)」という構造的な不公平が批判されていた。臨時政府は一律3割負担の平等化を断行。
• 「高齢弱者を切り捨てるのか」という声もあったが、代わりに低所得者には別枠で補助を行う仕組みを整備。世代でなく所得に応じた補助に切り替えることで、若者・中年層も公平に負担する設計が実現した。
4. 医師会の解散と医師権限の縮小
• 長らく強権的な立場にあった医師会は、団塊世代や政治家との癒着が指摘されていた。臨時政府はそれを断固として排除し、医師会を解散。
• 国策として“医師免許更新制”や“オンライン診療の自由化”などを次々に打ち出し、医師だけが絶対的に偉いという構造を改める。
• これにより、医療の現場は大きく揺れたが、若い医師や看護師、薬剤師などが積極的に支えることで新しい医療体制を模索していくことになった。
5. 高齢富裕層の過度な資産への資産課税
• 相続税や固定資産税を大幅に強化すると同時に、一定額以上の金融資産を保有する高齢者には“超過資産課税”を導入。
• 世代間格差を是正するための政策として賛否両論だったが、ロスジェネや若い世代には“ようやく富の再分配が行われる”と歓迎される。
6. 社会保険料の徹底見直し
• これまで給料から自動的に差し引かれていた莫大な社会保険料について、“この制度は誰に恩恵を与えているのか”という根本的疑問が再燃。
• 結果として、所得に応じた累進制や“ベーシックインカム的な給付”と紐づける形で社会保険を再編し、“老後のための保険”という概念から“全世代のための互助”へと転換した。
3.ロスジェネ世代の名誉回復
これらの大改革を進める過程で、大きくクローズアップされたのが“就職氷河期(ロスジェネ)世代がどれだけ理不尽な仕打ちを受けてきたか”という事実だった。
かつて自己責任論で片付けられていた非正規雇用の放置、年収の低さ、キャリア形成の阻害――これらは構造的な問題であり、当時の政治や経済界が見て見ぬふりをしていたことが明るみに出た。
臨時政府は正式にロスジェネ世代へ謝罪と賠償金(補償金)を支給する方針を打ち出し、さらに再教育や職業訓練の機会を拡充する。
就職氷河期世代を“国の失政による被害者”として位置付けたことで、社会全体の認識が改まるきっかけになり、さらにゆとり世代やZ世代に対しても「同じ失敗は繰り返さない」という合意が生まれていく。
4.革命がもたらした新しい息吹
これらの政策は一気に進められたわけではない。多くの反対や混乱もあったが、「旧来のバランスを守っていては日本は再生できない」という機運が若年・中年世代のみならず、多くの国民に共有されたからこそ実現できた。
石田颯(いしだ・はやて)はZ世代の代表格として政治シーンにも顔を出すようになり、SNSを通じて新たな運動を展開。“若者の声を最前線で取り入れる”仕組みづくりに奔走しながら、時折“浅井翔(あさい・しょう)”の名を胸中で呼び、「ここまで変わった世界を見たら、あの人はどんな顔をするだろう」と想いを馳せる。
桜子(水野桜子)はIT技術の専門家として、新しい医療制度やオンライン行政サービスの構築をサポート。青木圭介(あおき・けいすけ)は再教育プログラムを活用し、念願の資格取得に挑戦している。
官僚・鈴木勇太は引き続き財政再建チームの一員として、世代間格差を埋める仕組みづくりに奮闘。かつては政治家や官僚を信じられなかった市民も、今の行政には一筋の光を見いだし始めた。
5.未来への旅立ち
激動の革命が終わりを告げてから一年あまり。街並みには依然として傷跡が残っているが、新たに誕生した議会や行政府のもと、人々は明るい表情を取り戻しつつあった。
浅井翔の墓標には「理不尽な国を変えようとした男」と刻まれ、多くの若者が足を運んで“負けるなよ”“この国は変わったよ”と声をかけていく。
年金廃止後の新制度は混乱もあるが、少なくとも「世代で分断される社会」から「すべての世代が共に助け合う社会」へ――そんな意識変革が進み始めている。
かつて「医師会の力が絶対だった」と嘆かれた医療現場も、看護師や他職種の立場が大幅に改善され、新人医師が出身や学閥に囚われずに働ける仕組みが整ってきた。何よりも、「老若男女問わず平等な負担」という大原則が力を持ち始めたことが大きい。
ロスジェネ世代は数十年遅れて「もう一度チャレンジの場」を手に入れた。誰もが苦労の連続ではあるが、少なくとも自己責任論に苛まれず、“構造的差別”というアパルトヘイトを克服した社会の中で再出発を切る。
Z世代が切り拓く未来と、ゆとり世代・ロスジェネ世代の経験が融合し、まさしく「革命」と呼べる大転換期を日本は迎えたのだ。
そして、新しい時代へ
激しい争いと犠牲を伴った革命は、決して綺麗な物語ではない。だが、そこからこそ本当の再生が生まれる。
高齢者と若者が分断されていた政治構造は崩れ去り、富と医療と教育が、より公平に分配される制度へと切り替わった。多数の反対もあるが、それ以上に“大多数の国民が納得できる未来”を作ろうとする意志が勝ったのだ。
かつての指導者、浅井翔の遺志を継ぎ、Z世代の石田颯は言う。
「今度は俺たちが責任を持って、新しい日本を形にしていく。上の世代が壊した分は取り返すし、下の世代には同じ思いを絶対にさせない。これが俺たちの誓いさ」
国会議事堂の前には、新設された“世代共生委員会”のプレートが輝いている。官僚・鈴木勇太が苦笑いしながら、桜子や青木、石田と目を交わす。
それは長い戦いのあとに訪れた、一つの“希望の証”。何度でも立ち上がる若い世代と、かつて誰にも救われなかったロスジェネ世代が、ようやく胸を張って未来を歩める時が来たのだ――。
革命は成就した。 だが、それは終わりではなく新たな始まり。世代の名誉を取り戻し、国を再生する長い旅はこれからも続いていく。誰もが納得できる社会を求めて、幾多の困難を乗り越えながら、また一歩ずつ前へ――。
あとがき
本作は、就職氷河期(ロスジェネ)世代・ゆとり世代・Z世代が織り成す「世直しの物語」を題材に、“もし彼らの怒りや不満が大規模な武装闘争へ発展したら”“日本の社会・政治はどう動くか”という壮大なシミュレーションを試みたものです。
作品中では、あえて極端な状況―― 政府の強権的弾圧や非常事態宣言、自衛隊出動 など――を配置し、そこに ロスジェネ世代やZ世代の怒り をぶつける形を取りました。銃撃や爆発、ドローン戦など、一見すれば過激で荒唐無稽な描写に思えるかもしれません。しかし、こうした極端な設定の裏には、現実社会に潜む「少子高齢化の加速」「世代格差の拡大」「制度疲労による不満」など、実在の問題が根付いています。
日本は長年にわたり、高齢世代を優遇し、若年~中年世代を冷遇してきたとされます。特に就職氷河期世代は社会的支援を受けにくいまま年齢を重ね、やがてそれが「自己責任論」や「競争に負けた世代」というレッテルを生む結果となりました。本作では、そうした実情を下敷きにしながら、“彼らが声を上げたとき、社会はどう動くのか”を描いています。
もちろん、現実の日本社会で本当に武装蜂起や市街戦が勃発する可能性は限りなく低いでしょう。しかし、歴史を振り返れば、社会に大きな歪みが生じた際、平和的な手段で解決できず、革命や内戦へと移行してしまった例は数え切れません。本作は「その危機は決して他人事ではない」という警鐘のつもりでもあります。
最終的に本作では、浅井翔 のように命を落とすリーダーがいて、政府が極限まで強硬化し、多くの人々が苦しむ末に、ようやく社会が変わり始める。そんな“革命”の道筋を描きました。理想的には、ここまで悲惨な衝突を経験することなく、平和的かつ合理的な改革が行われるべきです。しかし物語の世界では、いったん暴力に火がつくと、加速するように混乱が広がり、最後まで止まらなくなる――そこにフィクションの恐ろしさと面白さがあるのだと思います。
読者の皆様には、この物語を通じて、以下のような問いを感じていただければ幸いです。
• “世代”という切り口で生まれる構造的な不公平、あるいは差別とは何なのか。
• 国や社会が若者・中年を救わないとき、彼らはどんな手段を取る可能性があるのか。
• 政治不信が頂点に達したとき、人々は何を拠り所に未来を切り開くのか。
結末では、革命とも呼べる大きな変化が訪れ、「年金廃止」「高齢世代の政治参加制限」「医師会の解体」などが矢継ぎ早に実現します。実際の社会では賛否両論や混乱が必ず付きまとうテーマですが、本作では「抜本的な解決策」をあえて大胆に提示しました。こうした強烈な改変が、小説としてのエンターテインメント性だけでなく、読者に“もし本当にやるとしたら?”という想像を促す狙いも込められています。
物語の末尾では、新たな社会の息吹と共に、亡きリーダーの志を継いで進んでいく世代の姿が描かれます。けっしてこれで日本が完全に救われたわけではなく、新たな制度・価値観に向けた試行錯誤の始まりです。それでも、かつての絶望を乗り越えた彼らが、次の世代に少しでもマシな未来を手渡すのだという希望を残したかった――その点が本作の締めくくりとして、筆者の伝えたかったメッセージです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語が、現実社会を見つめなおす小さなきっかけになれば幸いです。どうか皆様の心の中にも、浅井翔たちが燃やした“世直しの炎”が、ほんの一瞬でも灯っていただければ――それ以上の喜びはありません。
重ねて、お時間を割いて本作をご覧いただき、感謝申し上げます。
また、どこかでお会いできる日を願って。
――(完)――