私は久しぶりに大泣きした。脳みその水分がなくなる感じが、懐かしかった。(前編)
第13話(第2クール1話)
最近私は自分の人生を物語のように捉えていますが、
その日(5月12日(日))の出来事はあまりにも物語的すぎました。
第1話の最初に、
「月に一度会う父親から、今度会うときにどこの大学に行くか話してくださいね、とLINEで言われ、」
と書きました。
会う日が来たんですよ。
(母の日に父に会うのかというツッコミは置いといてください。)
まず私の家族構成について包み隠さずに言うと、
両親離婚してるんです。
私と姉は母親のもとで暮らし、
父親は10km程離れたところで一人暮らししています。
月に一度、学費を貰うため父親に会いに行きます。
電車で行き、晩御飯を食べさせてもらい、車で送ってもらうという流れです。
昨年度(先々月)までは姉も大学生だったので
学費を取りに行く義務があったのですが、今その義務があるのは私だけです。
まあ義務が無いだけで姉は好きでちょくちょく行くのですが。
で、その日が来たんですよ。
(本来は月末だが、都合が合わず2週間ほど遅れた。)
今回は姉無しですし、行きたい大学をプレゼンしなければならない。
第1クールにて、大学に行きたくないと散々書いてきました。
じゃあ「大学に行きたくない」と堂々と言えるのか。
言えるわけないじゃないですか。
書けるけど。
私、「文字と口とじゃ別の人」なんですよ。
現実の私はマジで無口です。
それゆえ父親からは「意思の無い人」だと思われているんですよね。
それでもプレゼンしろということだったので、
ここ2週間、言う練習をしてきたんです。
(↓一例)
「今回こそ、自分から言うんだ!」という強気な気持ちと、
それでも予想される何も言えなかったという未来への不安、
そして神のような存在への祈りなどを思いながら
父親の家に足を運びました。
案外すぐには訊かれなかった。父親はパソコンの前で仕事をしていた。
5分くらい経ってから、ついに切り出されてしまった。
父:「どこになった?大学。」
やはり私は何も言えなかった。
何も言えなくなることは父も予想できていたことであり、
父はもう一つ会話の切り口を用意していた。
父:「成績の分かるもの見せてもらえる?」
これも事前にLINEで言われていて、
私は昨年度の成績表と1月の模試の結果を持ってきていた。
成績表を見せた。
評定のところには、主に4、一部の文系科目に5、体育に3が並んでいた。
見て何が分かるのだろう、と純粋に疑問に思っていた。
父:「よっぽどな事が無いと2より下はつけないから、平均的なとこだろ?」
平均的ということが分かったそうだ。さらにしばらくして、
父:「やっぱり文系なんだな。」
と。一部の文系科目に並んだ5を見て思ったようだ。
文系選択をした、"1年ちょっと前の自分"が認められたような気がした。
続いて、模試の結果を見せた。
近くの国公立大学など(cf 第7話にて「"イツメン"大学」)を志望大学とし、
軒並みE判定が出ていた。
父:「だから、高望みだろ?」
高望みという考えは無かった。
塾では、1年後の自分は何にだってなれると洗脳されてきたので。
そうじゃん。高望みじゃん。
それから、
父:「もし入れたとして、その大学での勉強はついていけるのか?」
どんどん新しい視点が入ってくる。
受験生は合格をゴールに考えがちだ。私もそうだった。
さらに、
父:「その後は社会人だろ?」
話を聞いてる限り、社会人以外の選択肢は無さそうだった。
1クールで、「"表現"を仕事にする」だとか書いてきたが、
そんな選択肢はこの世には存在しないのだと思って、
もっと言えなくなった。
完璧な論理を前に、私は闘わずして負けたのだ。
父に仕事の電話がかかってきたので、一時休戦となった。
私は持ってきたiPadにメモをした。
今の会話で思ったこと・考えたことを。
溢れ出て、止まらなかったから。
溢れ出たものをメモせず、そのまま流しても困ることはないが、
もとより私は目的もなく記録する性格だったし、
最近それがnoteという目的を持って加速した。
![](https://assets.st-note.com/img/1715588095992-qEJXsspC0z.jpg?width=1200)
〈メモの内容〉
あとちょっとで言えるのに言えないのが、痒いところに手が届かないかのようだ。
答え(大学に行かず"表現"で食っていく)は出てるが、合っているかは分からない。
失敗は怖い。フラッシュバックが嫌だ。なら何も行動しないのが最善。
あと私に対するイメージが壊れるのが怖い。今までの関係が崩れるかも。
など。その一つに
自分で言うのが嫌ならば、バレてしまえばいい。それならこっちの意思で起こした行動ではないから、フラッシュバックは回避できる。
というのがあった。
電話が終わった。
父:「何してんの?(軽い口調)」
私:「メモ。」
父:「何のメモ?」
私:「思ったこと・考えたことのメモ。」
口を滑らすかたちで言ったが、後から思えば
この台詞はその日の功労賞・MVPであった。
父にiPadを取られて読まれそうになった。私は奪い返した。
「問いかけに応えない」以外の反抗は、これが初めてだったかもしれない。
父:「メモして誰かに見せんのか?」
私:(首を横に振る)
父:「じゃああれか、SNSか。ツイッターとかか。」
私:「あっ、noteなら。」
「あっ、」という思い出したような反応なったが、実際はその逆で、
SNSという切り口を私は待っていたのかもしれなく、
待ってたことを悟られないための「あっ、」だったのかもしれない。
まあnoteが通じなかったので、
「こういうブログみたいなの」と見せましたが。
とにかく、
数分前にメモした「バレてしまえば」が綺麗な伏線回収をしたのだった。
話題は、「書けるのに話せない」というところから、
「父さんだから話せないのか?」に転じた。
「会いたくないなら来なくていい」と言われる。
この言い方は、「そんなことはない」と返さなければならない
反語のようなものと捉えていた。
私は父親のことは嫌いではない。多分。
だって姉は父親のことが好きだし、家族愛は当然だし、
嫌いという感情は良くないし…。
正直、"この辺の自分"にはブレがあった。ピントが合わないのだ。
そんななか、父から言われた。
父:「学費、振り込みにするか?」
この台詞が引き金となって、私は泣き始めた。
涙の理由を語るのは難しいが、
堰き止めていた感情がどっと溢れた時に流れるものなのは知っている。
学費を取りに来る義務が無くなったからか?喜びか?
そんな単純なことではない。
私は久しぶりに大泣きした。脳みその水分がなくなる感じが、懐かしかった。
つづく。