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長き旅路の果てに――『十三機兵防衛圏』感想(※ネタバレあり)

 きっと人生には、その人の人格が氷魔のように結晶して明確なかたちをとる瞬間があるのだと思う。自信のなさや外からの影響、従属、そして責任からの自由をさんざん経験した子ども時代を経て、人が自ら決断を下す瞬間が。いま、ぼくはその道へ進もうとしていた。さまざまなことを目にし、両親や教師たちの考えかたを耳にしてきたぼくは、自分がまだ知らない事実があるのは認めるけれど、それでももう、新しい事実を知っても覆されないくらいにしっかりした人格を形成していた。新しい事実は世界についてのぼくの知識を拡大はするだろうが、その世界に対するぼくの接しかたや、その世界での自分の役割に関する認識を変えることはないだろう。とうとうぼくは、自分が正しいときにはそうとわかるくらいに、他人のことがわかるようになったのだった。

『ハローサマー、グッドバイ』マイクル・コーニイ
山岸真訳

 『ペルソナ』も『女神転生』も遊んだことがない私ですら、そのアトラス作品の噂は絶えず耳にしていた。その名は『十三機兵防衛圏』。シナリオの評価が尋常ではないほど高く、2019年にPS4版が発売された今なお、隠れた名作として語り継がれているゲーム作品だ。

 ――というのは陳腐な売り文句に聞こえるかもしれないが、本作を取り巻く環境は"異様に静かな熱気"に包まれているように思う。たとえるならシン・エヴァ公開直後の雰囲気に近しい。SNSでふと見かけたミームやネタバレが作品に触れるきっかけになることが珍しくない昨今、本作はその評判だけが伝搬している印象がある。それは本作をプレイした人々の「この作品をまっさらな状態で体感してほしい」という最大限の配慮と意志が、本作を取り巻く環境を成しているからであろうことは、本作をクリアした今、強く実感できる。……そりゃ語りたくても語れないよな。圧倒的な物量を誇るSF群像劇に完膚なきまでに打ちのめされました。

 個人的には、SF小説を読み耽っていた学生時代の頃をふと思い出しました。シナリオ重視のRPG好きの方にはもちろんですが、『戦闘妖精・雪風』や『エンダーのゲーム』、フィリップ・k・ディックといった60~80年代のSF小説が好きな方には強く勧めたい作品です。PVで惹かれたらぜひ。以下はネタバレありの感想です。


(※初っ端から致命的なネタバレを含みます。未プレイの方はクリアしたらまた会いに来てくれよな!👍)














「いや… これを時間移動の装置だと考えるのは… …早計なのかもしれないよ」

 ……いやもう、まんまとしてやられました。鞍部十郎や南奈津乃がSF映画の設定を現実に当てはめていたように、プレイヤーである私自身も典型的な「タイムトラベル」「ループもの」を本作に見出していました。

 だってほら、やっぱり定番じゃないですか。実は過去の不可解な出来事は未来人が関与していて、張り巡らされた伏線が徐々に回収されたり。別の世界線や前のループでは恋仲だったけど、大切な人を守るために離別する悲恋が描かれたり。私は『夏への扉』も『リプレイ』も読んだオタクだから詳しいんだ。それに「過去に戻ってやり直す」「ループもの」を要素として含む作品は最近では珍しくない。なるほど、本作もその系譜なのね――

ループは"やり直す"ためではなく、"終わらせる"ため。希望ではなく呪詛。
物語の捉え方が180度変わった瞬間でした。

 と、そうした読み手側の先入観を逆手に取る意図も制作陣にはあったのだろう。本作の世界観にはタイムトラベルの技術など存在しない。「予知夢」の正体は移植された過去の記憶であり、「タイムトラベル」は各年代ごとに設計されたセクター間を往来する(仮想空間上の)空間転移に過ぎない。「ループ」は実際に時間が巻き戻っているわけではない。無限ループは不可能で、現実世界にある施設の耐用年数による限界がある有限的なものだ。

 現実は空想科学小説サイエンス・フィクションのように彩られてはいない。過去を無かったことにすることはできない。現実世界に記録として残っているものといえば、飽くなき欲望と過ちの末に滅亡した人類の歴史と、宇宙船内で起きた血塗られた惨劇の記憶ばかりだ。

 そして巨大ロボットや怪獣は、シミュレーションゲームを流用した仮想空間上にしか存在しない。十三人の少年少女達が機兵で守ろうとした街は――『十三機兵防衛圏』は実在しない。

 しかし成長を遂げて大人になった少年少女達は『十三機兵防衛圏』を、守り抜いた街を現実のものに昇華していく。終幕の場面、彼らは五年越しに仮想空間上の咲良高校に帰還。郷登蓮也と東雲諒子は、自分たちが守った街にいる住民AIに生育ポッドで肉体を与え、第二の地球に迎え入れるための研究をしていると語った。この仮想空間で住民たちと過ごしてきた十数年間は決して偽りではない。この街の歴史を新たに紡いでいくことが、彼らにとっての「防衛」なのだ。

「まったく人間は愚かだわ その最たるものが…私というわけね もしこれが全部うまく行ったら あなたたちが責任を取りなさい」

 オリジナルの森村博士も、郷登の"賭け"と"お願い"、沢渡の言動に感化されたことで最終戦闘で助力する。ナノマシン流出による人類滅亡をもたらしたことに対する贖罪という動機や、他人に対する猜疑心の募りもあったのだろう、彼女は人類復興のリーダーとなることに固執していた。しかし最終的には郷登たちに人類の命運を託した。

 『十三機兵防衛圏』――実に多義的で、儚くも美しいタイトルだ。それは不真面目なエンジニアが生み出した空想が入り混じる仮想空間に過ぎず、人類滅亡のプログラムを仕組んだ科学者の絶望が表れる惨劇の舞台。しかし少年少女が青春時代を過ごした代えがたい故郷であり、二千万年越しに地球の文化と知識が継承される空間。住民たちは怪獣襲撃の記憶を失い、彼らの活躍を知る者はいない。しかし彼らは確かに「防衛」してみせたのだ。蜃気楼のように儚い故郷を、想い人を、紡がれてきた歴史を、途絶えていた誰かの想いを、人類の未来を。

東雲諒子編ほんま辛かった。幸せになってくれ。

 ……まさかここまで話が広がるとは。プレイ開始当初はタイムトラベル青春SFの枠組みでしか捉えていなかったので、さまざまな時系列・登場人物たちの視点を通じて徐々にスケールが広がり、「崩壊編」に繋がっていく様は圧巻でした。地球じゃないわ、アンドロイドがいるわ、2188年の遠未来の話かと思ったらさらに二千万年経ってるわ、仮想現実だわ。先の読めない展開の連続に夢中になり、ゴールデンティークで一気に駆け抜けました。

「無敵の女子高生は… 今どきロボットにだって乗っちゃうんだから!」

 しかし振り返ってみれば、どれだけ途方もなく壮大な物語であろうとも、その主役となったのは、恋に生きる健気な女子高生や、惚れた女のために身体を張る不器用な男子といった、どこまでも等身大な少年少女達だ。二千万年の時を経ようとも、血塗られた歴史と記憶が押し寄せようとも、ここにあるのはごくありふれた青春の物語。そうであればこそ、彼らの過ごす日常や、その空気感が愛おしくてたまらなくなった。あと沖野司で性癖歪みました。こいつ魔性すぎるだろ。

 最後に――私が本作をプレイしたのは奇しくも2024年。薬師寺恵と如月兎美が和泉十郎に邂逅する年でした。普段何気なく過ごしている今この時代の日常も、遥か遠くの未来では郷愁を感じさせるのだろうか。そう考えると精一杯生きたいなと思える。出会えてよかった。本当に本当に素敵な作品でした。

 アトラス×ヴァニラウェアは『ユニコーンオーバーロード』という新作が最近発売されたそうです。いずれそちらも遊んでみます。それではまたどこかで。

 [……]あれが地球だ、とエンダーは思った。外周何千キロメートルもある球体ではなく、輝く湖をかかえた森、丘の頂にひっそりと、木々のなかにそびえた一軒の家、草深い斜面をくだると水辺に至り、水と空の境に住む虫たちを捕食すべく、魚たちは跳ねあがり、鳥たちは急降下する。地球とは、コオロギや風や鳥たちが奏でる絶えまない音だ。そして、はるか彼方の幼年期からエンダーに語りかけてくるひとりの少女の声だ。そのむかし、エンダーを恐怖から守ってくれたのと同じ声。それを生かしつづけるためなら彼はなんでもするだろう。たとえ学校へもどることだって、これからまた四年、四十年、いやたとえ四千年でも、ふたたび地球を離れることだってしよう。その同じ声のためなら。たとえ彼女がピーターのほうを愛していようとも。

『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード
田中一江訳