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スペイン国民は何に怒っているのか?泥を投げたのには理由がある

バレンシアの災害から数日が経ちましたが、現地の状況は改善されるどころか混乱が続いています。

個人的には最初の募金もできました。教えてくださりありがとうございました!とりあえず継続して募金をする以外、日本からできることはありません。

スペインでこれほど大きな災害に直面しているのを見たことがなかったので、災害対策の遅さに驚いています。なんでこんなに遅いの?政府は何をやっているの?

原因は、複雑なスペイン国内の政治。普段はカタルーニャ以外でこんなことはあまり意識しませんが、やっぱりこの国結構闇が深い。陽キャの国は偽りの姿。バレンシアで、スペインで一体何が起こっているのか?を解説いたします。

国民の怒りが止まらない

災害が起こったのが10月29日。その日からスペイン国営放送やラジオ、新聞でもどこでも、スペインの人々は怒り続けています。インタビューで、Xで、みんな怒っている。

最初は「ぶつける場所のない怒りを表現しているのか」と思いました。比べるまでもなく、スペインの人たちは日本の人たちほど忍耐強くもないでしょう。以前、どこかで「日本人は自然災害に対しては諦めに似た気持ちを持っている」と見たことがあります。

「スペインの感覚では自然災害は怒りの対象なのかも」と思ったのですが、全然違った。彼らは中央政府に、自治州政府に対してフラストレーションを溜めているんです。それはもう、止まらないくらいに。

被災地がカオス状態に

災害が起こってから5日後の11月4日、スペイン中央政府首相のペドロ・サンチェスとバレンシア州知事(首相)カルロス・マソン、それに国王夫妻が最もダメージを受けているとされるパイポルタを訪れました。

犠牲者もたくさん出てしまった、行方不明者も多い、まったく片付いていない、住民とボランティアの人たちが朝から晩まで泥にまみれながら作業をしているところに現れた4人に怒りが爆発。

もともと口の悪いスペイン国民ですが、「帰れ」「人殺し」の大ブーイング。物や泥まで投げられるカオスとなり、中央政府首相とバレンシア州知事はほぼ逃げ帰るような状況になりました。

中央政府首相、州首相に大爆発

国民の怒りの大半は国王夫妻に向けられたものではないようで、王と王妃に対しては追い返すのではなく現状を訴える映像も見られました。Xでも新聞でも「王だけがしっかり責任を持って話を聞き、元凶は逃げ帰った」とかなり辛辣に書かれています。

サッカースペイン代表のモラタ選手も、インスタに「Yo, con el Reyジョ コン エル レイ(王を支持する)」と投稿していました。

ちなみにですが、スポーツ選手や著名人が自分の考えを表明するのはスペインでは珍しいことではありません。

日本では「宗教と政治の話はするな」なんて言われますが、政治の話をしないスペイン人に会ったことない。政治は頻繁に登場する話題で、何かしら意見を述べないと「おもしろくない」みたいな顔をされます。

話を戻して、今回のこと。外部の私が見ても、ペドロ・サンチェスとカルロス・マソンの2人に怒りが向けられるのは当然。この「中央政府」と「自治州政府」、お互いの無駄な様子見が被災地の救済を遅らせた原因だと、多くのスペイン国民は知っているからです。

だって軍の出動が遅れたのも、警察や消防や救急隊の派遣が少ないのも、全部中央政府と州政府のせいで国王にはなんの権限もないんです。日本の天皇陛下と同じ。

スペイン中央政府、自治州政府とは

まず、簡単にスペインという国がどのように形作られているのかを見てみましょう。

スペイン王国には全部で17の自治州が存在し、それぞれの地方に異なるレベルで自治権が認められています。

外交、貿易など中央政府が持っている権利もありますが、自治州に委ねられている部分も多い。もちろん州ごとに州議会が存在します。

スペインの17の州は「ある程度、独自に州を収めることができる」ということ。自治州の行政とは別に、中央政府がスペインという国をまとめる行政機関として存在しています。中央政府、州政府の2つの機関があるというわけです。

2017年にはカタルーニャ州政府が独立運動、さらに投票までを行い中央政府から自治権を停止させられたこともあります。その時の州知事は未だ亡命中。

中央政府は「社会労働者党」、対して・・

スペインの中央政府の首相ペドロ・サンチェスは「社会労働者党」(PSOE)の党首です。対してバレンシア州政府の州知事、カルロス・マソンは「国民党」(PP)所属。この2つの政党がスペインの2大政党です。長年のライバル同士なの。

まあ、力関係的にはやはり中央政府の方が強く、州政府はできるだけ中央政府に自治州の行政に関わってほしくないというのが本音のよう。特に所属する党が違うし。

そして、このしょうもない政党同士の駆け引きによって、被災地の救済が遅れているらしいのです。

怒りをぶつけられて当然の理由

はい。スペインという国の政府が大体こういうものということを分かっていただいた上で、次に進みましょう。

とにかく中央政府と州政府があって、バレンシアの場合は違う政党から首相が出ているということを理解していただければOK。もう難しくない。ここからどうして被災地支援が遅れているのか?です。

スペインの「警報レベル」は4段階

スペインはこのような災害に対して4つのレベルが設けられており、それぞれ指揮を取る機関が異なります。

  • レベル0・・・市議会が指揮を取る

  • レベル1・・・州議会が指揮を取る

  • レベル2・・・州議会が指揮を取りながら、中央政府の助けも得られる

  • レベル3・・・中央政府が指揮を取る

今回のこのバレンシアの洪水は、スペインどころかヨーロッパで最悪の自然災害と言われています。それなのに、いまだにレベル2に該当すると判断されている。

どう見たってもう州で解決できる状態ではありません。「中央政府の助け」ではなく、中央政府主導で被災地の救済に向き合わなければならないのは明らかなのに、未だに州で動いているんです。

警報レベル、中央政府は自ら上げることができる。バレンシア州も中央政府に頼むことができるはずなのに、やりません。

動かせる機関の違い

このレベルがどう影響するかというと、州政府と中央政府は動かせる機関が違う。スペインには地元警察から軍まで、このような非常事態に対応する機関が6つあります。


Policía Localポリシア ロカル・・・地元の警察。市の要請で動く。このような緊急時は交通整備や避難誘導などを行う。

Protección civilプロテクシオン シビル・・・市民保護部隊。州の要請で動く。緊急時は避難所を設置したり、市民を避難させたりする仕事を担う。

・G.C.y P.N.・・・La Guardia Civil y La Policía Nacionalラ グアルディア シビル イ ラ ポリシア ナシオナルの略称。治安警備隊。州の要請で動き、中央政府を通して他の州にも要請することができる。被災地での犯罪を防ぐ役割や、水中でのレスキュー部隊を持つ。

Bomberosボンベロス・・・消防隊。市と州の要請で動き、中央政府を通して他の州に援助を頼むこともできる。被災者の救済を担う。今回は水害なので、役割は大きい。

UMEウー エメ エー・・・La Unidad Militar de Emergenciasラ ウニダ ミリタル デ エメルヘンシアスの略称。緊急事態対処部隊。州政府が中央政府に頼むことで動く。名前の通り、緊急事態において人々の救助を行う。

Fuerza armadaフエルサ アルマダ・・・スペイン軍。州政府が中央政府に頼むことで動く。被災地で橋の再建や道の確保、空から物資を運ぶ、被災者の救済など何もかも行う。


ご覧いただくと分かるのですが、州ができる救援は限られている。Protección civilまでしかバレンシア州では動かせず、後は中央政府なんです。

最初からレベル3の災害として対応していれば中央政府が軍も動かせたし、UMEも動かせたし、他の地域から救援を送り込むこともできた。助かった人も増えたはずです。

それなのに中央政府はバレンシア州に頼まれるのを待ち、挙句の果てに

「Si necesita más recursos, que los pida(もっと救済が必要であれば、頼んでください)」

なんていうふざけた事を言っている。どう見たってもっと必要やろ、総動員しろよ!こりゃ怒るの当たり前でしょ。

他国の申し出も断るバレンシア州知事

災害が起きた次の日の30日、隣国のフランス、さらにはエルサルバドルとアルゼンチンも救援を申し出たと伝えられています。

しかし、中央政府は「軍も動いているので大丈夫」という理由でそれを断っている。

また、カタルーニャ州の消防隊とビスカヤ県の消防隊がバレンシアに向かう許可を出してくれと何度も要請したそうですが、それもすべて断られているそうです。カタルーニャの消防隊なんて途中まで行って「受け入れ態勢が整っていない」という理由で引き返したと書かれています。

でも、どこからも救援が来てないかというとそうでもない。PPが強い地域からの救援は受け入れている。自分(バレンシア州)と同じ政党の救援は受け入れているのに、それ以外からは受け入れない。これは泥も投げられるやろ。

中央政府はどうして指揮を取らないのか

どうしてスペイン中央政府は指揮を取らないのか?についても、国内で様々な議論がされています。

「コロナ禍の時に緊急事態宣言を出して、政党へ批判が集まったから」「州政府がやると言っているし、レベル3に上げて責任を取りたくないから」などが理由じゃないかと言われていますが、そんなこと今現在被災している人たちからしたら関係のないことです。

もっと支援を送り、一刻も早く現状を改善してほしい。ボランティアもその一心で集まっているのに、国と州の足並みが揃わず我慢の限界!という状態と伝えられています。

国民が怒るのは当たり前

軍の投入も遅れ、人数も足りず、災害から5日も経つのにまったく助けが来ていない街や村もあるそうです。つい昨日、フランスの警察が先に現地入りし「え?スペインの救助来てないの?誰も?」と驚いているというなんとも情けないニュースも見ました。

日本のニュースでは「スペイン人が国王に泥を投げた」という伝え方ばかりがされていますが、どうしてあそこまで怒っているのか?というのはまったく報道されません。

確かにあの不満の爆発のさせ方は良くないし、暴力を振るうのも罵声を浴びせるのも良くないけれど、怒りの理由は正当なもの。

確かに普段も日本人よりお行儀は悪いけれど、民度が低いわけでも野蛮なわけでもない。悪く言われても仕方がないのは、あの場から逃げ出した中央政府と州政府首相だけだと思う。
もういい加減にして、協力してバレンシアを助けて。


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