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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 7「ボウリングの歴史終焉がちらついてきた…」②
さて、蒼雷がポリーニの発明品「スウィートフックメーカー」に着替える間に、コージ達は自分達のゲームと、あとは得点の中間集計を大急ぎで行わなければならない。というか、実際コージ達はろくにゲームらしいゲームなどできないのが現実である。各レーンの一ゲーム目の得点を集計し、ハンディを加えて途中経過の発表をするのだから、大変なのは当然である。幸いディレルが表計算ソフトの入ったノートパソコンを持ってきているので、得点さえ集めれば順位はすぐに計算できそうである。
「今のところやっぱりトップはエラ夫人ですね。二一三点…」
「やっぱりなぁ…」
スコア二一三点となると、女子プロのスコアとしては平均的なレベルかもしれないが、コージ達にとってはすごすぎるスコアである。だいたいすべてのフレームでスペアをとっても一九〇点くらいなのだから、ストライクが何回か続かないと絶対に届かない点数になる。エラ夫人の場合もターキー(ストライクが三回連続)が、それも二回出ているのでこのスコアなのである。
ところがボウリング狂の先生方だって意外なほど負けてはいない。自称「ダイナミックボンバー」ことセルティ先生は一九〇(ハンデを入れると二一〇であるから、まだ十分優勝がねらえる)、ロスマルク先生でも一五五である。かえって学生連中のスコアがぼろぼろで、一〇〇から一三〇がやたら多い。
そんなぼろぼろの学生連中の中で、意外なほどハイスコアなのがディレルの妹セレーニアである。
「セレーニアちゃん、一七八?マジすげぇっ!」
「妹、こんなにボウリングうまかったんだ!」
「アニキが知らないって言うのも何なんだけど…」
実際コージはさっき彼女の投球をちらりと見たのだが、一見たしかにぜんぜんうまくない。ボールはピンク色のハウスボール一〇ポンド玉だし、女子大生にありがちのちょい投げストレート投球という感じである。ところがコントロールは抜群で、ストライクはほとんどとれないが、確実にスペアは取っている。これはもう才能の域としかいいようがない。
「アニキ~っ、あんまり恥ずかしいスコア出さないでよねーっ、妹として困るしー」
「そういわれても困っちゃうんですけどね…」
絶好調ということで、セレーニアも自信満々である。兄の方がマイボールでスコアが悪いというのは、たしかにさすがに格好悪い気もする。といってもディレルはディレルで一四〇くらいは行きそうなペースなので、普通に考えればさほど悪くはないのだが、セレーニアの絶好調と比べると完全にかすんでしまう。
もっともローダウン投法をひっさげたみぎても意外といいスコア、一六三である。
「でもみぎてくんはさすがですね。なんだかんだいっても一六三じゃないですか」
「へへへっ、俺さまもちょっとはがんばらないとかっこわりぃしさ」
さすがに優勝は難しいかもしれないが、マイボールを買ったばかりということを考えるとなかなか上出来である。とにかく破壊力が違うので、ヘッドピンに突き刺さればかなりの確率でストライクになるのである。
「しかしエラ夫人はさすがすごいですね。二一三って…」
「あら、今日のスコアはちょっと不本意ですわよ。レーンが荒れ気味でなかなか読みづらいですわ」
感嘆するディレルに、エラ夫人はちょっと苦笑して答える。まあプロのボウリング大会でも、全員がこれくらいのあれたスコアがになるということもままあるのだが、やはりほめられたハイスコアというわけではないらしい。まあだからこそセルティ先生達にも逆転のチャンスもあるというものなのだが…
さて、一ゲーム目の集計が終わった頃になって、ポリーニと蒼雷が戻ってくる。ポリーニの方はさっきのフリル付きのスカートの下に新開発の「スウィートなんちゃら」を着用であるから、レギンスをはいているようなものでさほどひどい格好ではない。しかし蒼雷はといえば、筋肉質の素肌に、上半身まで覆うウエットスーツ風の服を着ているようにしか見えない。ボウリング場ではあり得ない変な格好である。というかダイビングをする岩場かどこかでなければ理解できない服装と言っても過言ではない。
「今までのポリーニの発明品の中でも、一・二をあらそう格好の悪さって気がするな…」
「ええっ?やっぱりそうかしら…色をピンクか何かにしておけばよかったわ」
「それだとバビロンファッション史に残る最悪のデザインになる」
さしものポリーニもデザインがボウリングにそぐわないということだけは自覚しているらしい。だからといって実験をあきらめる気は全くないことは当然なのだが…
「まあ見てらっしゃい。いずれ水泳と同じくこのファッションがボウリング界を席巻するわよ!」
「…ボウリング場でこの服ばっかりって言う光景だけは見たくないけど…」
スポーツの世界は厳しいので、もしこの服がすごい性能を発揮するとしたら、たしかに「ボウリング界を席巻」ということもあり得ない話ではないかもしれない。が、プロボウラが全員この服という姿を想像しただけで、ボウリングという球技がこの世から消え去りそうな気もしてくる。いずれにせよこの実験はさっさと済ませて、正常なボウリング大会に戻るのが吉だろう。
「まあとにかく蒼雷達のレーンだけ遅れてるから、ゲーム進めて」
「あ、そうだな…これで投げるって、それだけで拷問なんだけど」
「はいはい、文句言うより投げる」
ここで中途半端な慰めの言葉をかけても、ゲームが遅れるばかりで時間の無駄である。恥は一瞬で終わった方がいいにきまっている。
ということで蒼雷は真っ黒の全身タイツ姿(としか言いようがない情けない格好)でレーンに立つ。あんまりひどい格好なので、周囲の視線がこのレーンに集中する。例の実況解説があるもので、ますます赤っ恥度が増幅するわけである。
「さてさっきから更衣室に連行されていた蒼雷くんですが、すごいコスプレになって帰ってきました!」
「これはひどいですねぇ。ポリーニさんの発明とかいう話ですが、どう見てもウェットスーツか何かですね」
「果たしてこんな格好でボウリングができるんでしょうか?」
「どうでしょうねぇ、服でボウリングをするわけじゃないので、投げることはできるんでしょうが…」
「注目の一投です!」
こんな外野のひどい解説に、蒼雷はもう顔から火が出んばかりの赤面した表情でアプローチに立つ。ポリーニのほうは「見てらっしゃい、あっと言わせてやるから」という闘志むき出しの表情である。
「いいこと?蒼雷君っ!スーツは完璧なフォームに合わせてあるから、力まないで投げるのよ!」
「完璧なフォームって…うーん」
あからさまに半信半疑という表情で、蒼雷はボールを構える。そして…アプローチをよたよたと歩きはじめる。なんだかその姿は何かに引っ張られているような、妙な感じである。と、それに連動するようにボールを持つ手が前に突き出され、そのまま投球姿勢になる。
「あ、なんかまとも…かなぁ?」
「めちゃくちゃきつそうに見えますよ…あ…」
非常にぎこちなくだが、蒼雷はボールを何とか投げる。あんまり無理矢理という感じなので、球速はぜんぜんだめだが、ボール自体はまっすぐすすみ、さらに緩やかなナチュラルフックを描いてピンに吸い込まれた。
「おおおっ!キたぁっ!ストライクだぁっ!」
「あれでもストライク取れるんですねぇ…きつそうだけど」
どよめくギャラリーをよそに、蒼雷は一仕事終わったというような爽快な笑顔でベンチに戻ってきた。
「成功成功。じゃあこれでいいか?」
「完璧ね。じゃあこのゲーム、それでやったら優勝よ!」
「え…」
実験は一フレームだけのつもりだった蒼雷は、あっさり「そのままやれ」と言われて青い顔になる。
「この変な服、すげぇ苦しいんだよ。いちいち投げるときに手足に力が掛かってさ…」
「そりゃ当然じゃないの。正しいフォームに矯正してくれているんだから。ちゃんと活用してパーフェクトを目指してね」
「みぎてぇ、代わってくれよ」
「俺さまじゃその服着れないって…」
「みぎて、あきらめさせろって…」
みぎては同じ魔神族として、本音としては助け船を出してやりたいところなのだろう。しかし、そんなことをすれば被害が単純に二倍になるだけのような気もする。裏方で四苦八苦しているのだから、これ以上の苦労を背負い込むのはちょっと彼らには無理だろう。ということで、かわいそうだがここは蒼雷が犠牲となって、ポリーニの実験台を続けてもらうしかないようである。
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* * *
さて、二ゲーム目もどんどん進んでゆくと、いよいよ優勝候補は数名に絞られてくる。まず本命のエラ夫人は現時点で合計得点が三九六、それを追うかたちで「自称ダイナミックボンバー」セルティ先生が三五〇、さらにセレーニアが大健闘の三四一である。ハンディキャップが二ゲームで四〇点ある上に、まだ第九と第一〇フレームが残っているので、逆転のチャンスは十分ある。
「しかし今回は大荒れの展開ですねぇ、レーンコンディションが難しいようです」
「まあその分アマチュアにもチャンスが出てきてますね。これは最後まで目を離せませんよ」
実は恐ろしいことに、あのウエットスーツもどきを着込まされた蒼雷も、意外と上位に食い込める位置につけている。何せ第一ゲームこそ一五三だったものの、第二ゲームは今のところ第七フレーム終了時点でターキーを含む一二三で、優勝はちょっと難しそうだが、男性ではトップスコアの可能性も高い。
「おおっと!またストライクだぁっ!」
またもストライクが飛び出した時点で、さすがのコージも今回のポリーニの発明品が、意外なほどちゃんと機能していることを認めざるを得なかった。まあ「全身リスタイ」みたいなものなので、それなりに役に立つことは何となく判る。が、ここまでまともに機能すると、なんだか嘘みたいな気がしてくるほどである。
しかしその「ぴちぴちスーツ」を着ている当の蒼雷だが、これはどうみても着心地良さそうには見えない。第一、まっすぐ歩くことすら難しいのである。前に歩こうとすると、別にアプローチに立っているわけでもないのに、手の方が勝手に動いて投球フォームになる。これではトイレ一つゆくこともできない。さらに表情を見ていれば判るのだが…絶対暑いのは間違いなさそうである。
「蒼雷く~んっ!あと二フレームよっ!」
「うふーっ!さすがにこれ暑い」
「あと少しだからがんばりなさいよっ!」
体力的には魔神族なのでまだぜんぜん余裕なのだろうが、暑さと締め付けられる息苦しさで精神的にきつそうである。が、魔神族たるもの、この程度のことで音を上げてはいけないというのが、暗黙のルールなのである。
「うーん、あれすげぇのか、最悪なのか俺さますっげぇ悩む」
「スコアはいいから一応成功ではあるんでしょうけどねぇ…」
みぎては、複雑そうな表情で蒼雷の投球を見てつぶやく。今日は幸いにして回避できたが、いつもだったら蒼雷ではなくみぎてが実験台になっていたはずだからである。とにかくスコアはいいので、成功と言えば成功なのだろうが、あの最悪の服を着るのは人生最低の体験という気もしてしまう。
「みぎてくん、蒼雷君には悪いけどがんばってくださいよ。あの変な服が流行になったらボウリングが滅びそうな気がしてくるじゃないですか」
「うーん、それは俺さまも思う…」
ディレルが心配そうにそんなことを言うと、みぎても大いにうなづく。実はみぎてのスコアも、同じ第七フレームで一〇二と、二マーク(つまりスペア二回分)ちょっとの差である。一ゲーム目が蒼雷より一〇いいので、本当にわずかな差といってもいい。
しかしそんなディレルの発言にポリーニは相当カチンときたようである。
「蒼雷君!あんなこと言われたら黙ってられないわ!次も絶対にストライクよ!」
「ふう、がんばります…」
実は蒼雷もディレルたちの意見に賛成なのだが、この状況でそんなことを口走れるわけがない。しんどそうにベンチから立ち上がると、よたよたとアプローチへと向かう。
「蒼雷君~がんばって~☆☆☆」
「なんだかあのままこと切れそうな気がしてくるな、蒼雷…」
「サウナスーツみたいなものですからねぇ…」
ポリーニのいつになく興奮した黄色い声援と、コージたちの不安混じりのなま暖かい視線の中、蒼雷はボールを構え、ぎこちない動きで投球に入る。
「おおおっ!ストライクだぁっ!」
「…恐ろしい展開になってきましたよ…」
「ボウリングの歴史終焉がちらついてきた…」
結局第九フレームもストライクと言うことで、蒼雷は最低でも一五三、さらに一〇フレームの成績によっては最高二一三まで一気に到達である。これはさすがにこの変態サウナスーツの威力を見直さないといけないかもしれない。もっともボウリング場がこんな変態的スーツで埋め尽くされる光景を想像するだけで、気が遠くなってくるような気もするのだが。
「みぎてくん、もうこうなったら後には引けませんよ。ボウリング界を守るために、真の力を出しちゃってください!」
「マジやばいよなぁたしかに…」
ディレルに言われるまでもなく、みぎても「ここは気合いを入れないとやばい」ということくらいは十分わかっているようである。いや、別にボウリング界がどうこうというのは大げさかもしれないが、現時点で(男性陣で)独走する蒼雷に追いつく可能性があるのは、みぎて一人なのである。
(8「奥さんのためだし、許してあげるわ」へつづく)